64.神の雷
透化スクリーンに映る、謎の宇宙要塞。
そこから発射されたミサイルの弾頭からクラスター弾が射出され《炎狐》を散々に打ちのめした。
はっきり言おう、全滅だ。
「秋也さん、エクスさん。どうします? やはり、こちらから打って出ますか? それとも、合流して……」
そんな光景を見ても、冷静に今後のことを考えられる本條さんは大したものだ。
その点、俺とエクスは器が狭い。
「オーナー」
「エクス」
「無視しましょう」
「無視するにゃ」
ほんと、王道とかそういうのをわきまえない俺たちはひねくれてる。
「え? いいのですか? 無視してしまって」
思ってもみなかった答えを返されて、ヴェールの本條さんが混乱するようにうろたえる。
顔は見えないけど、その動きだけでかわいい。美少女とは、顔だけではない。存在が美少女なのだ。
リソースを使ってないのに、美少女はずるい?
ほら、容貌にCP振ってないけどロールプレイで交渉判定にボーナスとかあるじゃん?
それはともかく。
「ネットは広いにゃ。あのでかいのが制圧する範囲より、《炎狐》が塗りつぶす範囲のほうが広いし早いにゃ」
「でも、元々は相手の本拠地をあぶり出すための制圧作戦だったはずではないですか?」
「絶対罠だにゃ」
あれを作り出すのに、どれだけのリソースがかかったことか。
あの中になら、エレクトラの本体が絶対にいる。そう思わせるためのデコイに違いない。
エクスも、同じ考えのようだ。
「絶対に、ドヤ顔で待っているに違いありませんからね。ここは粛々と予定通りに進めるだけです」
こう言うとただの嫌がらせみたいだが、もうひとつ理由があった。
こっちには、一応、八時間という制限時間がある。
しかし、エレクトラはそれを知らない。
慌てて食いつくのは、それを教えるようなもの。
まあ、よっぽどこっちにとってチャンスが訪れたら別だろうけど。
「ですが、無差別に攻撃をされたら秋也さんが心配していたことが起こってしまうのではないですか?」
「障害か」
障害。
聞くと、未だにお腹がきゅっとなる障害。
でも、今回は大丈夫だろう。
「カイラさんがいるからね」
「あ、はい。そうですね」
問答無用の説得力。
これには、本條さんも納得せざるを得ない。
向こうの俺は、苦労してるんだろうけどな……。
電脳空間の宇宙を駆けるフェニックスウィング。
エレクトラを探し求めて飛行していたところ、不意にカイラさんがホバーバイクを止めた。
カタログスペックを越える高度で移動していたから、不調が起こったというわけではない。
「匂いがするわ」
「それはあり得ないにゃ」
鼻をひくつかせるカイラさんは可愛かったが、俺は反射的に否定していた。
そう、あり得ない。
電脳空間では匂いがしないものなのだ。この、落とし穴の底で見つけたムラサメブレードを賭けてもいい。
「それなら言い直すわ。危険な予感がするわ」
「そういうことにゃら」
カイラさんには、ケモミミと尻尾がある。
ということとは別に、俺なんかとは違う危機察知能力が備わってそうだしな。
……あ。耳と尻尾は今の俺にもあったわ。
まあ、カイラさんの感覚に疑義を差し挟むのは今さらではあるのだが。問題は、行動方針。
「それで、危険が迫っているとしてどうするにゃ?」
「もちろん、粉砕しに行くわよ」
「ですよにゃー」
マフラーと同化した俺は、だらーっと体を伸ばして脱力した。今の俺なら人類最強の攻撃だっていなせるだろう。武術の勝ちだ。
「見過ごして、本條さんやエクスになにかあっても困るしにゃ」
別に、カイラさんがやたら好戦的というわけではない。そこは、ヴェインクラルとは違う。全然違うよ。
そうならざるを得ないのは、この状況ゆえ。エレクトラをどうにかしなくちゃいけない以上、虎穴に入らずんば虎児を得ずなのだ。
「それで、危険とは一体なんなのにゃ?」
「よく分からないけど、向こうから感じるわね」
カイラさんの肩越しに見れば、電脳空間が赤く染まっていた。
気味悪さは感じない。むしろ、神秘的だった。
「にゃるほど。たぶん、《炎狐》で陣地制圧した証拠だにゃ」
「それに対抗して、向こうも出てきたというわけね」
電脳空間のホットスポットか。現実のあの辺では、輻輳とか発生してるんだろうな……。
「なら、潰しましょう」
「はいにゃ」
うだうだ言っている時間がもったいない。
カイラさんのマフラーになったまま、フェニックスウィングで運ばれていき……。
「宇宙要塞じゃにゃーかー!」
そこで目にしたのは、宇宙要塞だった。
ミレニアム・ファルコンで乗り込まれて、内部から破壊されそうな感じとでも言えばいいか。
健康と美容のために、食後に一杯の紅茶を頼んだら占領されそうというか。
そんな感じの宇宙要塞だった。
「なるほど。要するに城塞ね」
「カイラさん、どうするつもりだにゃ?」
「不思議なことを聞くのね」
俺とマフラーを首に巻くケモミミくノ一さんは、きょとんとしてから言った。
「英雄界では、中に入らず城を落とせるのかしら」
「やっぱ、そうなるにゃーーーー」
ご丁寧にドップラー効果を残して、フェニックスウィングは加速していく。
謎の宇宙要塞へ向かって。
頑張れば更地にはできるだろうけども!
あと、大坂冬の陣みたいに心を折る戦法もあるだろうけども!
俺たちにできるのは力攻めしかない。
分かっている。
でも、分かっていても認めたくないことはあるよね。自分自身の若さによる過ちとかさ!
そんな嘆きも置き去りに、しばらくして宇宙要塞がよりはっきりと見えるようになった頃。
「エクスお姉さまがいらっしゃらないのは残念ですが」
「ここでお仲間を血祭りに上げれば、駆けつけてきてくれることでしょう」
「エレクトラだにゃ!?」
宇宙要塞の背後に軍服のエレクトラが出現した。実体ではなく、巨大なホログラム。まるで、ロボットアニメのラスボスのようだ。
出てきたらカイラさんに首を切られると、いい加減学習したのかもしれない。
「そうね。それができたらだけど」
「できない理由はありません。なにひとつとして」
固い決意を感じさせる。
エレクトラは本気だった。
……これ、どっちが悪役か分かんなくない?
と若干宇宙の真理を知った猫のような表情をしていたところ、個人を戦闘機で始末するのは非効率的だと判断したのか。
要塞の一部がぱかっと開くと、もっと小型の飛行物体がわんさか現れた。
「キモイにゃ」
「それなりに、効率的ね」
ギロチンみたいな刃がびっしりと埋め込まれたタイヤ。
そうとしか表現できないよう物体が、電脳空間を埋め尽くしていた。
「自信満々なはずだにゃ」
カイラさんとフェニックスウィングの前には、遠距離攻撃は無力。それはもう、理不尽なほどに。
であれば、逃げ場のない近接距離で仕留める。それは確かに、論理的かもしれなかった。
「飛ばすわよ」
「覚悟してるにゃ」
なにを言っても現実が覆らないことはね。
おかしいよね。ここは電脳空間じゃなかったの?
と電脳空間で現実逃避していると、フェニックスウィングが理不尽なほど急加速。
「にゃにゃにゃにゃなやにゃなやなyな6あ7なにゃーーーーーー!?」
そこから、ぐるんぐるんぐるんと三次元的な挙動を繰り返し、ギロチンタイヤのただ中を突っ切って宇宙要塞へと突っ込んでいく。
しかし、ギロチンタイヤはそう簡単に振り切れない。
まるで意思を持つかのように、回避をしても追尾してくる。
「《吹雪の飛礫》だにゃ!」
電脳空間を、いくつもの爆発が彩る。
しかし、マクロで破壊はできても焼け石に水。
「なるほど。そういう動きをするわけね」
「どうするにゃ!?」
「どうもこうも、これは矢弾ではないわ」
フェニックスウィングのハンドルから手を離し、両手に短剣――【カラドゥアス】を構える。
そして、振り返りもせずに背後へ投擲した。
光の刃は追いすがるギロチンタイヤを斬り裂き、四散させる。
「ただの、空飛ぶモンスターよ」
「にゃるほど」
見もせずに戻ってきた短剣をキャッチしたカイラさんに、俺はうなずいた。
そう考えれば恐ろしくは――やっぱ、怖いよね!?
「にゃっ!?」
俺の鼻先を、ギロチンの刃が掠めていく。高速回転しているので、ギロチンというよりはチェーンソーだ。
神でもばらばらになっちゃう。
「要は、当たらなければいいのよ」
「そういうことにゃ!?」
カイラさんがずっと回避し続ける……という意味ではない。
俺は《ホールディングバッグ》から《結晶の揺籃》を放出。
それを待っていたかのように、無茶苦茶でありながら正確な軌道で回収していくカイラさん。
その姿がいくつかにぶれ、さらにいくつもの分身が生まれる。《幻影ヲ纏ウ水月》と《氷像の楽園》の効果だ。
質量のない分身だが、一発も擦らせはしない。
それどころか、途中でギロチンタイヤを倒してしまう余裕すらある。
完全にシューティングゲームだ。
「《吹雪の飛礫》だにゃ!」
でもって、たまにマクロで攻撃をする俺はオプションだな。
「相変わらず、厄介な残像です」
「存在の重複は、ルール違反です」
ルール違反。つまり、普通は行えない。
だが、異世界のマクロを再現することで抜け道が生まれた。
そのお陰で、ギロチンタイヤの動きに乱れが見える。デコイ――《氷像の楽園》の恩恵は、想定していた以上に絶大だった。
「俺が液体じゃなかったら即死だったけどにゃ……」
「ミナギくんのお陰で、ようやく正門の前に立てそうよ」
ギロチンタイヤを突破し、置き去りにし、宇宙要塞まで指呼の間に迫っていた。
マフラー兼オプションとして頑張った甲斐があるというものだ。
「なるほど。見事なものです」
「しかし、ここで終わりです」
「実に、月並みですが」
「他に手向ける言葉もありませんので」
巨大なホログラムの軍服エレクトラが大きく手を広げると、宇宙要塞の表面にエネルギーの渦が浮かび上がった。
「そりゃあるよにゃ! 要塞砲!」
原始的すぎるが、充分に引き絞られた弓矢を連想する。
いかにも臨界。エネルギー充填120%って感じだ。
100%越えてるんで、壊れてくれたりしませんかね?
「雷霆砲、発射」
間髪を入れず。降伏勧告もなにもなく、軍服の巨大ホログラムが手を振り下ろす。
赤く染まりつつある宇宙を黄金の光が貫いていく。
もう、回避とか防御とか。そういうレベルの問題じゃない。抗えない天災に巻き込まれたようなもの。
その圧倒的な熱量に飲み込まれ――ることはなかった。
「エクス! 本條さん!」
俺たちの背後から飛来した白い光線が、要塞砲を押しとどめたから。
かっけえええええっっ。
「エクスお姉さま!?」
「座視するとは思っていませんでしたが」
「これほどまでに正確に相殺するとは」
これが本物の要塞砲とレーザーだったら、絶対にこうはならない。
あくまでも電脳空間だからできた一種の神業。拮抗する両者を、ずっと見ていたくなる。
このまま観戦モードでいられたら良かったんだけど、そうそうロードスのリプレイみたいなことはなかった。
「征くわよ」
ぎゅんっと急加速。
ほぼ液体であるネコの体が歪む。
フェニックスウィングが向かう先は宇宙要塞。カイラさんはビームとレーザーの衝突に心を動かされることなどない。むしろ、予想どころか知っていたかのように行動する。
「向こうにもミナギくんがいるのだもの。どうにかしてくれると信じていたわ」
「カイラさん……。じゃあ、こういうのの後は爆発するものだったいうのも知ってたにゃ?」
「え?」
「にゃ?」
背後で光が爆発。
少し遅れて、轟音。
続けて、爆風。
要塞砲と本條さんのレーザー魔法の相殺に巻き込まれ、激流に飲み込まれた木の葉のように宇宙空間を舞う。
くるくる。くるくると。
ふるべゆらゆらとふるべ。
「これは少し、予想していなかったわね」
「にゃにゃにゃああああーーー」
マフラーとしてカイラさんの首にしがみつき、気付けば地面へと近付いていた。
地面じゃねえ。宇宙要塞だ!
「でも、結果は上々ね」
どう操縦したのか分からないが、カイラさんはフェニックスウィングを巧みに操って減速。
なんと、宇宙要塞の上に着地した。
結果オーライ?
これ、最上の結果じゃなかったら普通にゲームオーバーなんだよなぁ。
「早速、潜入して大元を断ちましょう」
「それはどうでしょう」
「そう上手くいくでしょうか」
ホログラムを解除し、軍服のエレクトラが二人要塞の上に出現した。
あの要塞砲を相殺されたにもかかわらず、余裕が感じられる。
「やれるにゃ。コールブランドをぶっ壊したマクロで表面に穴を開けて、中に侵入――」
「できるでしょうか?」
「に……ゃ……?」
突如、視界にノイズが入った。
動きが緩慢になり、声が遠くなる。
ジジッ、ジジッと音を立て。
俺たちの存在が揺らいでいた。
まったく関係ないんですが、友人からテラリア進められてるんですけどどうなんでしょう? 執筆時間的に。