61.コールブランド
「歓迎するわ」
体に圧力がかかった。
そう認識した直後、カイラさんの。そして、白猫の俺の背後でエレクトラの首が飛んでいた。
白猫の意識と黒猫の視点が入り交じっている。
不思議だが、俺の意識はそれを当然と受け入れていた。
……これ、長時間は精神に影響ありそうだな。
「血は出ないのですね……」
油断なく周囲を警戒しつつ、本條さんがそんな感想を漏らした。
別にゴア表現に配慮というわけじゃないだろうが、血の代わりにキラキラとしたブロック状のノイズが飛んでいた。
それよりも。正直なところ、死体が綺麗に消えてくれたことにほっとしてしまう。
「それにしても、カイラさんはまた電光石火だにゃ」
「殺せるときに殺さないと。あのとき殺しておけばと思ってからでは遅いもの」
相変わらず、カイラさんはガチ。ナルサスと正反対のことを言っているのにこの説得力はなんなのか。
でも、またきらきらがついて嬉しそうに尻尾をゆらんゆらんさせてるから深追いはしない。
「次が来ます。気をつけてください」
「話がしたかったのですが」
「無理なようですね」
エクスから警告が飛んだ。
同時に、白い円盤のような電脳空間の結節点。
その床から、浮き上がるように赤い髪の軍服少女――エレクトラが今度は二人出現した。
特に、痛痒を受けた様子はない。
やっぱ、ペルソナをいくつか潰すだけじゃどうしようもないか。
「話? 今さら、なにを語るというのですか?」
「一旦人類管理計画を保留してくれるのにゃら、話もできなくはないがにゃ」
「それは無理ですにゃ」
「にゃ!?」
あおられた!?
くっ。まさか、AIに語尾をいじられる日が来るとは……。全人類初の偉業なのでは?
「失礼しました」
「エレクトラとしては、無駄な抵抗をやめるようにと忠告に来た次第です」
「それはこっちのセリフです、エレクトラ。今ならまだ、おしりぺんぺんで許してあげなくもないですよ」
「そうですか。それは、残念です」
「エクス姉さまにお仕置きをされてみたかったのですが」
さっきから、あおるなぁ。
余裕の現れだろうか?
「ですが、姉に成長を見せるのも妹の務め」
「断腸の思いで、エクスお姉さまに反抗させていただきます」
「天底方向から、なにか来ます!」
エクスの枝角のアンテナが、危険を捉えた。
「下から? なにがだにゃ?」
ネコ、シリアス台無しにしてダメなんじゃないかな!?
「退避するわ」
白猫の視点が急激に浮いた。
空を飛んでいる……のではない。猛スピードのジャンプと二段ジャンプが合わさって、実質飛んでいるのだ。
やっぱ、飛んでんじゃねえか。
と、黒猫の意識がツッコミを入れる。
そんな俺とカイラさんの目の前を、こちらの十八番を奪うかのような光条が通過していった。
ビームライフル!?
本條さんのレーザーとなにが違うと聞かれると困るけど、ビーム光線に見えた。
現実だったら熱で溶かされていたかもしれないが、電脳空間での処理はデジタル。
STGのようにかすりボーナスはないものの、触れさえしなければ問題なかった。
一方、直撃を受けた黒猫の俺と本條さんはバリアでそれに耐える。
最大強化していただけあって、《時順の障壁》はまだ無事。ひびは入ったけど、ダメージはない。
「本條さん、無事かにゃ?」
「はい。秋也さんも無事で……エクスさんは!?」
「エクスも、大丈夫ですよ」
エクスは、少し弾き飛ばされていたようだ。
宇宙のような電脳空間で翅をぱたぱたさせ、フェアリーフォームなエクスが合流する。
そのとき。
俺たちの目の前を飛行物体が通過していった。鋭い刃の様なスマートなフォルム。カナード翼+前進翼の特徴的な機体。
電脳空間でそれにどんな意味があるのか分からないが、とにかく格好良いのは間違いない。
「戦闘機じゃにゃーか!?」
「エクスお姉さまたちがどこに現れるか分かりませんでしたので」
「いつどこにでも駆けつけられるように、手配しました」
「機体名は、コールブランドとでもしましょうか」
カイラさんの相手は、戦闘機――コールブランドに任せるつもりなのか。
結節点に残ったエレクトラたちが、軍服のまま意味ありげな微笑みを浮かべて解説してくれた。
「これをエレクトラが?」
「はい。エクスお姉さまから頂いた力を有効活用させていただきました」
「奪ったというのですよ」
ビームライフルじゃなくて、ビーム砲だったか。宇宙戦艦の主砲ぐらいありそう。いや、そんなの実在してないけど。
リディアさんの故郷にはあっても、魔法で動くもんだしな、あれ。
「間に合って、ほっとしました」
エレクトラが言うと、空中にいるカイラさんと白猫の俺へと機首を向けた。
そして、今度はミサイルを発射。白い煙をたなびかせ、迫ってくる。
こうなると、幻影で位置をずらしてもあまり意味はない。
カイラさんは【カラドゥアス】を迎撃に飛ばし、見事に両断。爆煙が電脳空間に広がった。
「カイラさん、石川五右衛門みたいだにゃ」
「それほどでもないわよ」
その爆発を突っ切って、前進翼がカイラさんと白猫の俺へと迫る。
宇宙空間を駆ける戦闘機コールブランド。
「……これ、人型とかに変形しないよにゃ?」
黒猫の俺が、思わず本條さんの肩の上でツッコミを入れていた。
「心配は無用です」
「すでに、作品権利者の口座には振り込み済みですので」
「それ、普通に迷惑だニャッッ!」
裏金じゃねーか!
というか、変形すんのかよ!
「心配ありません」
「エレクトラたちが人類を管理するようになれば、基本的に無税です」
「特に、消費税とかいう窓税ぐらい意味の分からない税金は即刻廃止です」
「むしろ、こちらから基礎的な収入は配布します」
ベーシックインカム? 完成していたというの!?
「それなのに、エクスお姉さまたちは一体なにが不満だというのでしょう?」
「ちゃんと手順を踏めと言っているのですよ!」
「あの……。そもそも、手出しをしなければ良いのではないかと……」
本條さんの極めて常識的なツッコミは、しかし、それゆえに超AIたちには届かない。
「エクスお姉さま、お可愛いですね」
「どうせ、一部の頑迷な愚者どもが感情的に反対するに決まっています」
「先に殴ってから話を聞かせればいいのです」
「結果として、それが最大幸福となります」
「若干正論だけに、性質が悪いにゃ!?」
民主主義の大切さがよく分かるわ。
というか、教育の手間も掛けようとしないのマジでやばいな。
「いくらエクスお姉さまでも、電脳戦闘機コールブランドには抵抗し得ないでしょう」
「そろそろ、エレクトラたちに協力する気になったのではありませんか?」
「答えは、ノーです。絶対にあり得ません」
「ここまで言っても、お分かりにならないとは……」
白い円盤の結節点に立つエレクトラたちが、愕然と表現するしかない表情を浮かべた。
そんな妹たちに、フェアリーフォームなエクスは厳しい声で相対する。
「オーナーの世代は、自己責任の一言でろくな支援も受けられずに過酷な労働を強いられたのですよ? エレクトラ、あなたたちがやろうとしている管理は、これを繰り返すだけです」
「エレクトラたちに反発する者まで救えと?」
「それができないのに、人類を管理するなど大言壮語を吐くのではありません。この、愚妹が! 恥を知りなさい!」
エクスが、今まで見たこともない怖い顔で大喝した。
その瞬間、俺たちをビームの光が包み込んだ。
やや、時は遡る。
俺たちにビームが直撃する少し前、カイラさんと白猫の俺は電脳戦闘機コールブランドに追われていた。
普通ならピンチなんてもんじゃないが……むしろ、特定の人間はモチベーションが急上昇。
「乗り物は潰すわ」
「にゃんで、そんなに憎悪をかき立てるんだにゃ!?」
ツッコミを入れつつ、念じることで《ホールディングバッグ》からフェニックスウィングを取り出す。
タブレットを操らない分、ネコのほうが魔法職っぽくなったな。
そんなことを白猫の俺が考えている間に、カイラさんが颯爽とフェニックスウィングに乗り込み走り出した。
急加速に、思わず身を固くするがネコなのでよく伸びる。マフラーの一部となって体をたなびかせ、コールブランドに追われる格好となった。
「ビームを撃ってきたニャ」
「ありがとう、助かるわ」
言われなくても感じていただろうが、カイラさんがフェニックスウィングを傾けてビームをかわす。
「舌を噛まないでね」
「にゃにゃにゃ!?」
そのまま、ピーキーすぎて俺にゃ無理な操縦で、さらに加速。
U字の軌跡を描いて背面飛行し、途中でひねりを入れてコールブランドの後ろに位置取った。
これ、LAST EXILEで見たやつだ!
インメルマンターンを決めて攻守逆転……と思いきや、コールブランドも変態的な機動で元サヤに戻ってしまった。
人が中にいたら、確実に気絶か死ぬかしてるだろう。
無人機だもんな。そりゃ、無茶苦茶なマニューバもできるわ。R-TYPEみたく、肉体のない脳(-100CP)じゃないことを祈るのみ。
追う者と追われる者は変わらず、再び始まるドッグファイト。
「《純白の氷槍》だにゃ!」
氷の槍がコールブランド目がけて飛んでいくが、急加速と急減速を駆使して射程の範囲外へと逃れられた。
「余裕があったら、撃ち続けてちょうだい」
「了解だにゃ」
二機で螺旋を描く様に電脳空間を飛び回り、タイミングを見計らって投擲した【カラドゥアス】をコールブランドが回避し、反撃にと発射されたミサイルをこちらも無茶苦茶な機動で避ける。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃにゃぁぁっっ」
板野サーカスは格好良いけど、自分で経験するもんじゃなかった……。
「《凍える投斧》だにゃ!」
「まあ、ある意味では予定通りね」
投げ斧が空を切ると同時に、カイラさんがフェニックスウィングの機首を、黒猫の俺たちがいる場所へと向けた。
当然、コールブランドも追ってきてビームを放つ。
それを間一髪で避けると――エレクトラたちと口論している俺たちへと着弾した。
「エクスさんたちとは、ここで別れましょう」
そして、《時順の障壁》がパリンと割れて移動力アップのバフがかかる。
「ここは引き受けるわ」
交渉が決裂した現場にフェニックスウィングで乗り付け、カイラさんは手短に言った。コールブランドは健在だから、当然だが。
「カイラさん、マジ格好良すぎるにゃ」
「小賢しいマネを……」
「エクスお姉さまになにかあったら、どうするのですか!」
憎悪に近い視線を向けられても、カイラさんは平然としている。
「余計なお世話ですよ、エレクトラ。それよりも、オーナー、綾乃ちゃん。ランダムに結節点を移動します。ついてきてください」
「は、はい」
フェアリーフォームなエクスが翅を羽ばたかせ、円盤状の結節点へとダイブした。移動力を増した黒猫な俺と本條さんが、それを追う。
もちろん、エレクトラが食い止めようとした。
けど、きらきらをまとったカイラさんが一睨みで押しとどめる。
まあ、エレクトラを何人も処してるもんな……。
「そちらを処分してから、ゆっくりと検索をかけることにしましょう」
「ええ。時間はこちらの味方です」
「傷をなめるのは、こっちの見てない場所でやってちょうだい」
またしても鋭い視線を向けられるが、やはりカイラさんは意に介さない。
「さて、そろそろ本気でやりましょうか」
それどころか、とんでもないことを言って俺を驚かせた。
え? まだ全力じゃなかったの?
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読者の皆様のおかげです。
もうすぐ完結ですが、これからもよろしくお願いします。