60.電脳空間へ一歩
「それで電脳空間とやらに入るんですの? 随分とアナログですわね」
「そこは、科学と魔法の融合と言って欲しいですね」
「あー。言われてみると、スチームパンク的な雰囲気ありますね」
木曜日の夜。
予定通り、俺たちは例のたまり場。元探偵事務所に集結していた。
まだ、注文した家具の類は搬入されていない。必要なので持ち込んだ椅子が四脚あるだけ。
でも、中央に鎮座する【リーンフォース・リブーター】とスパコンを見ると、それで正解だったと思える。
「そのヘルメットで魂を吸い出す。理屈は分かりますけど、勇気がありますわ」
「会長、それ以上はやめたほうがいいですよ。それは写真で魂が抜かれるって言ってるのと同じに思われますから」
宅見くんの忠告に、着物スタイルの星見さんが目を丸くする。
まあ、親切心からだろうけど言わないほうがいいことは確かにあるよね。
「向こうで作ってきた幽体離脱のポーションとか、このスパコンもどきでも補助するから。それに、こいつは実験でしっかり確認してるし」
計画の要である【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】に、疑念の視線を向ける星見さん。
気持ちは分からないでもないが、俺はなぜか【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】を擁護していた。
こんなレトロSFに出てきそうなのっぺりしたヘルメットですが、やるときはやる子なんです!
ペルソナ作りでいろいろ考えるの、楽しかったんです!
「それはそれで、節操がありませんわ」
「刻印騎も大概だと思うんだけど」
「刻印騎や憑竜機は、こんな節操なく科学技術と混ざっていませんわ」
えー? ルーグの背中の砲塔が、ぎっちょんってしたのを俺は忘れてないよ?
あれは、いいものだった……。これには、キシリア様もにっこり。
「でも、スパコンってやつはものすげー熱出すんだろ? こんなところで大丈夫なんすか?」
「大知をどこにやったのよ!?」
「偽物じゃねえよ!? 俺だって、これくらい知ってるわ!?」
相変わらず、夏芽ちゃんと大知少年の会話はハイコンテクストだなぁ。
まだ馴染みのない本條さんが、展開についていけずびっくりしている。
そのままの君でいて。
「認めよう、夏芽ちゃん。大知少年も、学習や成長をするってことを」
「なんて……こと……」
「皆木さんがいると、僕は楽でいいなぁ」
「その分、こちらを構ってくださいまし」
しまった。アイナリアルさんが自然にいちゃこらし始めたぞ。
夏芽ちゃんとアイコンタクトし、話を進めることにした。
「あのでっかいプロペラみたいなので、冷やすのよね? でしょ、シューヤくん?」
「だったら良かったんだけどなぁ」
探偵事務所の天井には必ずある、大きなファン。まあ、プロペラのほうが分かりやすいか?
あれでスパコンを冷やそうと思ったら、天井が飛んでいきかねない。
あのプロペラはいいよね……。
でも、話が進んでいない。
「確かに、これが熱を出すのは確かだけどそこまでじゃないんだ」
精々、4KWとか5KW程度だそうだ。
タイムスリップするには、かなり足りない。ゲーミングPC何台分かってところだろう。それでいて、光りは放たない。
「皆木さんは専門家なんだし、その辺はちゃんと考えてあるって」
「俺はシステム屋であって、インフラ屋じゃないんだけどね」
それに、解決方法も力技だしな。
「それでは、【リーンフォース・リブーター】を起動しますね」
「任せた」
諸々の準備を終えたフェアリーフォームなエクスがぱんっと手を叩くと、異世界から持ち込まれた金属の台が振動を始める。
「なんか、病院の検査みてえ」
「受けたことないでしょ」
「イメージだよ、イメージ」
大知少年と夏芽ちゃんを余所に、【リーンフォース・リブーター】は順調に動き続ける。電気を帯び、それが大きくなった。
電気が弾け、スパコンへと吸い込まれていく。
そして、ぶぉんと起動する。
マジか。電源つながってねえのに。マジだ。
「それじゃ、続けて【オイル・オブ・オーバーロード】もいきます」
特に感動も感慨もなく。当然のように、エクスが瓶からオイルを撒いた。
水に浮かべた油のような色をしたそれが、筐体に染みこみ決めていく。
「スパコンにこの扱いは……」
信じられないと宅見くんが頭を振るが、まったく同意見。
機械はアイスクリームを垂らすと良く動く。特にコンピュータには必ずアイスクリームを垂らすことだ。
という妄想は-15CPだけど、オイルの場合はどうなるだろう?
なんて事態を見守っていたら……光った。
スパコンが光った。
「ふむ。上手くいきましたね。デメリットのほうも、特に問題ありません」
「えっと、エクス……。他の問題が出ているみたいなんだけど……」
「パソコンって、光るんですね。初めて知りました」
「ゲーミングPCは光るけど、これはちょっと違うなぁ」
本條さんに訂正をしたところで、さすがに現実逃避できないなと思い直す。
だって、サイコフレームみたいな光を放ってんだもん。バイオコンピューターって、そういう意味じゃねーから。
……これ、大丈夫かな? デストロイモードはヤバくない?
俺、ニュータイプにこだわりすぎるのには否定的なんだよ。
「問題ないですよ。八時間程度はですが」
「それ逆に、八時間後に死ぬからそれまでは壊れないってなってない?」
「それよりも、オーナー。熱で壊れたら元も子もないです」
「ああ。《混沌の収奪》、実行しよう」
俺がマクロを起動させると、淡雪のような白い綿がスパコンへ降り注ぎ消えていった。
「……シューヤくん、終わり?」
「地味でごめんね」
生物にはかけられないが、物体の熱を一定量奪い続けるというマクロだ。
我ながらほんとかよと思ってしまうが、本当なのだ。しかも、凍り付く――動作に支障が出るほど下がることはない。
地味だけど、ヤバイマクロだと思う。作ってから、室温下げればいいじゃんって思った。
「安定動作を確認。申し訳ありませんが、ここからはノンストップです。オーナーからダイブしてください」
サイコスパコンとその駆動音を背景に、フェアリーフォームなエクスから促され俺はうなずいた。
同時に、護衛を依頼した異世界帰還者同盟の面々に向き直る。
「まあ、大体説明した通りだから付け加えることはないかな。ああ、でもひとつだけ命がけの必要はないけど、できるだけ守ってくれるとうれしい」
「武器もポーションも魔力水晶も頂いておきながら、相手が強いからと逃げるつもりはありませんわよ」
「そーそー。絶対に守るって」
「そっちはそっちで頑張ってね」
「僕たちに任せてください」
「ああ。よろしく」
後顧の憂いはない。
幽体離脱のポーションを一気に飲み干し、ヘルメットをかぶる。味は、カイラさんと本條さんに飲ませられる程度にはなっている。
そして、俺は持ち込んだ椅子に腰掛けて――電脳世界へと旅立った。
仮想の電脳空間という言い方もおかしいが、本物の電脳空間はまるで宇宙だった。
どこまでも続く黒い世界。
そこを彩るのは無数の光点――星々だ。頭上だけではなく辺り一帯すべて。足下にも空間は広がっている。
俺たちの世界の裏側みたいな話があったが、それよりも全然スケールがでかい。
銀河の歴史が、また1ページしそう。
「あのひとつひとつが、ネットワークにつながっている機器ということになりますね」
「マジかニャ」
フェアリーフォームなエクスの解説に、俺は飛び上がるほど驚いた。
まさに、星の数ほどってわけか。
グローバルIPとイコールだとしたら、そこに惑星みたいな感じでクライアントがぶら下がってるっていうこと?
さらに、それが寄り集まって銀河系や銀河群、銀河団を構成していくのだろうか。
途方もないスケールだ。
「今から、それを塗りつぶすわけだニャ」
「ところで、オーナー。違和感はありませんか?」
「ああ、特ににゃいよ」
ネコのまま、俺は器用に首を振った。
「違和感がないのも、それはそれで問題のような気がしますが……」
「エクスも、フェアリーフォームで違和感にゃいだろ?」
「そうですけど……一緒にしていいんでしょうか」
いいんだよ。作成ポイント稼ぐためなら、俺は肉体のない脳にだってなる。
だから、語尾なんてささいなことさ。もう、諦めてるよ。
「いいんだにゃ。俺は電脳区間という宇宙をかけるネコだにゃ」
そうか。今の俺は宇宙ネコなのか……。その情報、要らねえなぁ。
しかし、まだ分身はしていない。たぶん、カイラさんと本條さんがこっちに来てからやるんだろう。
「お待たせしました」
「ヴェールの魔女っ子綾乃ちゃん、これはグレートですね、オーナー」
「ありよりのありだにゃ」
本條さんは、最初の仮面スタイルではなかった。
オリエンタルな占い師スタイルとでも言えばいいのか。
目から下は紫色の布で覆われ、黒いヴェールをかぶって顔はよく分からない。
だが、それがいい。
「そんな……。ちょっと背伸びしているみたいで、似合ってない――」
「――とんでもないにゃ」
食い気味で否定すると、本條さんが驚いたように肩をびくっとさせる。
分かってない。
なにも分かってない。
ディテールはあれだけど、ベースは間違いなく本條さんなのだ。顔は見えないけど。いや、だからこそマジで美人だと分かる。
下手に隠すより、想像の余地を残したほうがいいってわけだ。
しかも、雰囲気的に黒猫とベストマッチ。
思わず、その肩に飛び乗りたくなる。
きらきらがついた本條さんに微笑まれると、破壊力がすごい。
もう、肩に乗ってもいいんじゃないかな?
「それにしても、こんな宇宙空間だなんて……。素敵です」
「ふふふ、綾乃ちゃん。これからここをエクスたち色に染め上げるんですよ」
「揃っているわね」
そこに、最後の一人。カイラさんが現れた。
こちらは、本当にいつも通り。この宇宙空間にも、動じた様子はない。それが、実に頼もしかった。
「うん。改めてよろしくにゃ」
「ええ。でも、まだ一人なのね……」
きらきらはついた。
けど、俺が分身してないのを確認して、ちょっと耳を伏せちゃったよ!
ネコのなにが、カイラさんをこんなに狂わせるんだろう……。
「エクス、やろうかにゃ」
「そうですね」
フェアリーフォームなエクスが、翅を揺らして指を鳴らす。
すると、俺の視界が光に包まれ――
目の前に、黒猫がいた。
目の前に、白猫がいた。
ネコになった俺が、ネコになった俺を見ている。
ネコになった俺が、ネコになった俺を見ている。
黒猫な俺は、本條さんの肩に飛び乗った。
白猫な俺は、カイラさんのマフラーに掴まれ首に収まった。
なんだろう?
ふたつに分かれたけど、それを統御する人格がもうひとつあるような?
意識を集中すると片方の存在が切り離されるけど、その状態でも一方が抜け殻になるわけじゃない。
言葉じゃ言い表せない。不思議としか言いようがない感覚だった。
「オーナー、大丈夫ですか?」
「問題ないにゃ」
「問題ないにゃ」
「大丈夫そうですね。では、各種バフをかけていきましょう」
分担してみたが、マクロの使用も問題なかった。
でも、やっぱり不思議だ。見えない距離に別れたら、意識や認識も独立するんだろうか?
「そろそろ、ノードへ出ます。そこからは打ち合わせ通り分離行動ですよ」
「はい。私はエクスさんと一緒になるべく動かず、周囲を制圧」
「こちらは、遊撃役で暴れ回るわ」
両手に【カラドゥアス】を構えて、淡々と口にするカイラさん。
「やっぱ、格好良いにゃ」
「そうですね」
肩に乗った黒猫の俺の言葉に、本條さんが同意する。
「もう、変なことを言わなくていいのよ?」
「個人の感想ですにゃ」
「それが一番の問題ではない」
「はいはい。一応、隠蔽した上で離れた場所に出ますが、なにが起こるか分かりませんから油断はしないでくださいね」
フェアリーフォームなエクスが、再び指を鳴らす。
映画のシーンが切り替わるように、白い円盤のような場所に移動していた。
宇宙にぽつりと存在する、電脳空間の結節点。
ここから、電脳空間の星々へのルートが伸びている……のだが。
「お待ちしておりましたわ、エクス姉さま」
「エレクトラ、あなたストーカーですか!?」
「ふふふ」
俺たちを待ち伏せしていたエレクトラが、意味ありげに笑う。
まあ、十中八九ブラフだろう。
これ単に、広く網張ってただけでしょ。
まさか、電子の妖精がストーカーとか。そんなことあるはずないじゃん。
そんなことあるんだよなぁ。
ミナギくんが、エレクトラのシスコンっぷりの真実を知る日は来るのだろうか……。
【もう一回宣伝】
一昨日に投稿した、「TRPGの自キャラに転生したけど、それよりも義妹が不利な特徴ガン積みでヤバかった」ですが、日間ランキングに乗ることができました(今は落ちてますけど)。
ありがとうございます。TRPGを知らなくても面白かったという嬉しい感想もいただけましたので、まだ未読でしたら是非、下のURLからアクセスしてみてください。
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https://ncode.syosetu.com/n7101gg/
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あと、活動報告にちょっとした解説も書きましたので、あわせてどうぞ。