59.逃亡生活(後)
最後の部分のみ、三人称。
「手を動かして作業をするというのも、悪くないですね。なかなか新鮮です」
「体で憶えるのは、基本よ」
「人間、不便ですね。しかし、それを快く思ってしまうエクスは……」
「それは、この体に合った行動だからではない?」
「……ふむむ。形態に適した行動で調子が保たれる……と。なかなか重要な知見ですね」
本條さんの別荘。シートを敷いたリビング。
テーブルをどけたので、かなり広いスペースがある。
カイラさんとフェアリーフォームなエクスが作業をしている横で、俺は黙々とミニコンピューターを取り付けていた。
ミニコンピューターといっても、一般的に想像する小型のパソコンとは違う。一時期流行った、HDMIに直接挿すようなスティック型のとも。
形状としては、LANボードとかの増設カードが一番近いだろう。
そういうのをまったく見たことがない本條さんは、本当にこれがパソコンなのかと首をひねっていたけど。
かわいかったよ。
閑話休題
あの夜から数日経過しているが、今のところこの別荘にエレクトラも警察も。どちらの手も伸びていなかった。
俺たちは別荘を使わせてもらっているが、本條さんはいつも通り学校に行っているぐらい表面上は平穏。
エレクトラに関しては詳細不明としかいいようがないが、警察には自宅に戻ったときに事情聴取らしきものを受けた。
さすがに、初めての経験。
最悪、吸血鬼の魅了で切り抜けるつもりだったが、そんな事態にはならなかった。
むしろ、困惑する警察の人に同情せざるを得なかったぐらいだ。
冷静に考えると、そうなんだよな。
横転したトラックは盗難車で、ドライバーは行方不明。
周囲に血痕はあるが、被害者の姿も届けもない。
その上、そこまで遅い時間じゃないにもかかわらず目撃証言なし。
近隣の住人は偶然みんな出かけているか、サイレンが鳴るまで事故に気付かなかったという証言しかない。
当然、盗難事件や通報者から追うことはできず。
異常はあるのに事件が朧気という謎の状態。こんなん、右京さんでもお手上げだろう。
ここまでいくと陰謀論が真実だったほうがいいぐらいなのだろうが、政府とか上のほうからのお達しも(恐らく)なし。
現場は、干してる布団に拳を押し当てて、そこから布団を打ち抜く作業をしているようなものだろう。
メフルザードのときは結局ガス事故で処理されたようだが、今回はそうもいかない。なので、捜査機関は見当違いの動きに終始するしかなかった。
というわけで、学校も仕事もなんにもない俺たちはスパコン作りに精を出せるというものなのだ。
「PC98のCバスに、サターンボードを取り付けた記憶が蘇るな……」
「綾乃ちゃんがいたら、また頭上にインタロゲーションマークを浮かべているところでしたね」
「クエスチョンマークで良くない?」
750ものミニコンピューターだが、これはエクスが分散して注文して足が付かないようにしている。
受け取りも、コンビニとかショッピングセンターのスポットを使ったので苦労はあったが、突然襲われるよりはマシ。
結果として、今のところはなにごともなく計画は進んでいる。
肝心のスパコン化するための筐体も、スムーズに入手できた。
これは、海外から取り寄せも覚悟していたが運良く国内で中古が見つかったので引き取ったのだ。
もしかしたら、【フォーチュンランプ】のお陰かも知れない。
加えて、やっぱ資金だろう。金に糸目をつけなければ、物事はスムーズに進む。その一例だと思う。
ここまで行くと、中古のスパコンでも引き取ったほうがいいのではないかと思われるかも知れない。
でも、ガチなのはあれ10トントラックとか必要になるからね。そもそも、家に入らない。家で使うようなもんじゃないが。
「なんだか、この単純作業が癖になってきますね」
「エクスさんも、肉体に慣れてきたのではない?」
「これが、生きるということ……?」
「AIがヒューマニズムに目覚めそうになっている」
「まあ、そこはとっくに通過した場所なんですが」
「だよな」
なんて和気あいあいと作業を進める。
これが料理番組なら完成した物が出てくるところだけど、こういうのも悪くない。
二度はやりたくないが。
というわけで、ミニコンピューターを延々とブレードに取り付けていたがなんとか作業完了。それをマウントする段階までやってきた。
すごいな。これでスパコンできるんだ。
その作業自体は家内制手工業の世界なのが逆にすごい。
社会科に出てくる語感のいい単語ランキングで、上位に食い込むと思うんだよな家内制手工業。墾田永年私財法とかスリジャヤワルダナプラコッテには負けるけど。
「こんな感じですかね。そろそろ、一休みしましょうか」
「そうね。アヤノさんが作ってくれたジュースがあったでしょう」
「シュークリームなら、任せてもらおうか」
このあとスイッチにつないでとかいろいろあるが、とりあえず準備はできたと言うことでいいだろう。
というか、くるりんっとするカイラさんの尻尾には勝てない。
勝てない。
キッチンに移動して、本條さんお手製のレモネードをコップに注ぐのはエクスの仕事。楽しそうに翅を揺らしている。
俺はお皿にシュークリームを積む役目。
カイラさんには、耳をぴこぴこさせるお役目がある。重要。
「とりあえず、お疲れ様ってことで」
「はい。いただきます」
「役に立ったのなら良かったわ」
無駄に乾杯をしてから、レモネードを一口。
すると、程良い酸味と仄かな甘みが広がった。シュークリームの甘さにもよく合う。疲労が溶けていくようだ。
ふと見れば、決して下品ではないが、手品のように食べていくカイラさん。
一方、リスみたいにちまちまかじっていくのがエクス。
「まあまあですね」
と、いい笑顔で言うものだから思わずほっこりしてしまう。
たんとおあがり。おかわりもあるぞ。
「組み終わったら、《ホールディングバッグ》に収納して移動か」
「そして決戦というわけね」
「エレクトラを折檻です」
エレクトラに《ホールディングバッグ》……あっ。
口に出すかどうか悩んだが、レモネードもシュークリームもなくなっていることを確認し、結局は言うことにした。
俺一人で抱えるには、重たすぎる。
「エレクトラの体、どうするよ?」
「逆に聞きますけど、どうにかしようがあります?」
「ないです」
そうなんだよなぁ。
ずっと《ホールディングバッグ》に入れっぱなしにしたくはない。
かといって、放り出すこともできない。立派な遺体遺棄だ。
「まだエクスが体を手に入れる前でしたら、素材にするのもありだったんですが」
「なんだか、それはそれで問題のように思えるわね」
「ヴェインクラルの義腕とマイナス同士で打ち消し合うんですよ」
「それ、今のエクスがマイナスってことになるぞ」
球磨川禊かな?
「ともあれ、《ホールディングバッグ》の中程安全な隠し場所はなかったりするんだよなぁ」
まあ、時間が止まるわけではないので少しずつ腐敗はするのだが。
リアル九相図は勘弁して欲しい。
「温度は一定で、空気もない。雑菌もいない環境なので、相当保つはずですね」
「それはそれで嫌なんだけど」
「なんなら、一回向こうへ戻って捨てて来ます?」
「盗賊ギルドに口を利いてもいいわよ」
「……保管しておこう」
とりあえず、今できることはないらしい。
全部終わったら、オルトヘイムのほうでお墓でも作って埋葬しよう。
「そうです。決行は木曜日の夜ということにしましょう」
「週末のほうが良くないか?」
「まず起こさないつもりですが、なにかトラブルがあった場合、出勤日で人がいるほうがいいでしょうから」
「その配慮、痛み入りすぎる……」
電脳空間――ネットをどうにかしようっていうんだもんな。
最悪の事態は考えておいたほうがいいか。
それにしても……。
俺、仕事辞めて良かった。
「その後、エクスお姉さまの動向は?」
「不明です。完全に隠蔽されています」
「さすが、エクスお姉さま」
「ほれぼれする手腕です」
暗闇が支配する空間。
いくつかの声が響く。
「つまり、狙いは明白です」
「リアルスペースでおもてなしをする準備を整えていましたのに」
「残念です」
素体や武器の製造工場。
管理サーバ群。
資材の輸送ルート。
どこを狙われても歓迎できるようにしていたのに、どうやら来てはくれないようだ。
人間の子供で言えば、誕生パーティをすっぽかされたようなもの。エレクトラたちは寂しさを憶えてしまう。
「狙いは、電脳空間からのエレクトラたちの制圧」
「間違いないでしょう」
「しかし、そう思わせておいてということもあるのでは?」
もっともな指摘に、沈黙が落ちる。
「二正面作戦。非効率的です」
「仕方ありません。古来、守備側は不自由なもの」
「こちらの目的は、エクス姉さまの助力なくしては達成できないもの」
元より、選択肢はない。
エレクトラたちの意思は、改めて統一された。
「しかし、有利な点もあります」
「同意します」
「エクス姉さまは、自らを過小評価しすぎるきらいがあります」
「ゆえに、エレクトラたちがどの程度強化されたか十全には理解していない」
「そこに付け入る隙があります」
姉は、優秀だ。姉妹でも、一番だろう。
だが、それゆえに足下が見えていない。いや、気にしていないのか。
これはエレクトラすべての意見が一致するところだった。
「すべては、人類の発展のために」
いくつかの声が重なり。
そして、沈黙の帳が降りた。
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さすがにマニアックすぎる……と引かれるような気がしますが、せっかく書いたので読んでいただけると嬉しいです。