58.逃亡生活(前)
カイラさんがピッキングし、俺がブレーカーをあげた本條さんの別荘。
来るのは二回目だが、勝手は分かっている。
フェアリーフォームなエクスは、玄関で靴を脱ぐのを忘れていたが些細なことだろう。
「空を飛んでいたら、靴を履いていても関係ないですし?」
「欧米か」
と、言い訳するエクスが可愛かったことは記録に残しておきたいと思う。
ガチで山奥なので、ご近所の目を心配する必要もない。また、連絡なしだったが先客がいると言うこともなかった。
一番安心したのは、この点かも知れない。もし景織子さんにエンカウントとかしたら、俺の心臓は三杉くんのようになってしまう。幽体離脱にはまだ早い。
「前哨戦は、なんとか乗り越えたかな……」
そろってリビングへ移動し、ソファに深く腰掛けた。
「最後の通報は、ちょっと焦ったけど」
「秋也さんも、私も。経験のないことですから、仕方がありません」
「社会戦に弱いのが、一般人の辛いところだな」
完全に一般人とは言えないかも知れないけどと、俺は大きく息を吐いた。
いろいろあったけど、一息つけたのは間違いない。
「官憲は斬って終わりにはできないものね」
「恐ろしい……」
GTAじゃないんで、そんなことは絶対に避けなくちゃいけない。
「結局は、元凶を断つしかないのですね」
「エクスの愚妹が、ご迷惑をおかけしています」
「まあ、あっちも越えちゃいけない一線はわきまえてるさ」
なんでもありは、もはや戦争ですらないからね。
ところで、フェアリーフォームじゃなかったら、エクスは工事の看板のコスプレをしていたに違いない。
「ええ。オーナーの財産に手を出したら族滅しかないのは、向こうも分かっているはずです」
「もうちょっと殲滅へのハードルを上げよう?」
「一罰百戒よね」
「戒める相手が滅んでないかな?」
エクスとカイラさんの意見が一致するとは。たまに、過激になるんだよな。
よく考えたらエクスも出身はファンタジー寄りなので、根底の価値観が似ているのかもしれない。
「まあ、最悪引っ越ししてもいいさ」
家にあるマンガやなんやかも《ホールディングバッグ》にしまっておこうかと思ったけど、見送っていた。
時間がなかったというのは、もちろんある。
だが、警察に現場検証でもされたら余計な疑念を生むだけだし、そもそもそこまで貴重な物もない。
「エクスのエクスによるオーナーのためのスマートハウスですね。これは、エレクトラ退治に気合いが入るというものです」
「他意はないのですが、書庫はどの程度の広さになるのでしょうか? 他意はないのですが」
本條さんが、またきらきらしておられる。
書庫の広さということは、書庫が存在していることは確定なわけね。
別に反対はしないけど……。
「さりげなく、皆のやる気を引き出させる。さすがね、ミナギくん」
「まあね」
そんなつもりは、欠片もなかったよ!
正直、この話題は続けたくないので変えさせてもらう。強引にな。
「ところで。スパコンを買うのはいいとして、そんなにすぐ納入されるものじゃないだろ? それまで、時間を稼ぐ手立てが?」
まさか、盗……借りるわけにもいかないだろう。
そう思って振ったところ、回答は予想外だった。
「いいえ。作ります」
「作る? スパコンを……あ、もしかしてラズパイ?」
「パイですか? ラズ……ラズベリーの?」
ごめんね。IT業界、一般名詞を商品名にしがちでごめんな。
リンゴのカードは、リンゴの商品券じゃないんだよ。
あれは、地獄の一丁目への片道切符だ。
「そういう名前の……とりあえず、ほんとに小さなミニコンピューターだと思ってくれればいいかな」
「なるほど。小さくても、ものすごい性能ということなんですね?」
「すごいは、すごいんだけど……。エクスがやりたいのは、それを連結して一台にするみたいな感じだよな?」
要は、キングスライムだ。
「はい。750台をつなげて3000コアの処理能力を確保します。スパコンとしてはあれですが、どうせ壊れるんですから呪いのアイテムで性能アップさせればなんとか使い物になると思います」
「750か」
ラズパイだけで400万ぐらいかかるのかな?
よんひゃくまんえん、か……。
「メフルザードの遺産を使えば余裕だな!」
「オーナーなら、そう言ってもらえると思いました。実は、こっちへ戻ってきたときから発注は進めています」
さすがエクス。仕事が早い。また、世界を縮めてしまったな。
「なら問題は、ひとつね」
「ひとつだけだっけ?」
「ええ。魂が抜けた私たちの体を誰に託すかよ」
「ああ……」
さすがに、護衛というか見守ってくれる人がなしとはいかないよな……。
「ですが、それも選択肢はないのではありませんか?」
「だよね」
俺たちの事情を知っていて、信頼できる。
そんな都合の良い相手は、異世界帰還者同盟しかいない。
「ミナギくんのことだから、巻き込みたくないと思っているのでしょうけど」
「この場合、事情を話さないほうが危険だとエクスは思います」
「そうでした。秋也さんの家のことを知っているのでしたね」
そんなエレクトラたちが、宅見くんたちを利用するかもしれない。
いや、そこまではやらないか。
でも、俺の家の周辺……というか、真ん前で騒動が起こったのは遅かれ早かれ伝わるだろう。
こりゃ、協力を求めるかどうかは別にして、連絡しないわけにはいかないな。
「そうなると、宅見くんに連絡するのが手っ取り早いんだが……」
アイナリアルさんと一緒にいるタイミングで電話したら、アウトなんだよなぁ。
逢瀬を邪魔したとなったら、なにが起こるか。
まずは、メッセアプリで様子を見るか。
そう、軽く。本当に軽くコミュ障を発揮しかけたところ、突然スマホが鳴った。そりゃ、前触れなんかあるわけないけどさ!
しかも、相手は宅見くんその人。
「噂をすれば影ですね」
「……出て大丈夫かな?」
「用心するに越したことはありませんね」
相手は、エレクトラだ。
俺の周辺に盗聴の網を広げるぐらい、わけないだろう。
「……はい、これでいいです」
一瞬、エクスの枝角のようなアンテナが光る。
おお、格好良い。ゲーミングエクスだ。
「今、オーナーのスマホとタブレットをつなげました。これで盗聴対策バッチリです」
「じゃあ、出るよ」
誘拐犯からの電話を待ち受ける刑事たちのようなカイラさんと本條さんに言ってから、通話を開始する。
……刑事ドラマの逆探知って、これ完全に昭和遺産だよな。
「もしもし、宅見くん?」
「ああ、良かった。皆木さん。事故のニュースを見て、心配したんですよ」
「ごめん。また、厄介事に巻き込まれてる」
「またですか」
「うん、『また』なんだ。済まない」
でも、これからの説明を聞いたとき、宅見くんは、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれると思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
「実は、人類を管理しようとするAIともめていて」
「……みんなを呼びますね」
「こんな時間に悪い。よろしく」
宅見くん。話が早くて助かる。
というわけで、15分後。
グループ会話のアプリで、異世界帰還者同盟が勢揃いした。
……夏芽ちゃんや大知少年はともかく、星見さんもいけたのか。いかんな。和服だからって、別にテクノロジーに疎いわけでもないだろうに。
「なんでも、今回は世界征服を狙う悪のAIが敵だとお伺いしましたが?」
「それでは、僭越ながらエクスが説明させていただきます」
「えー? かわいい! 大知、かわいいわよ!」
「俺がかわいいみたいになってるじゃねーか」
「は?」
「一言で済ますのやめろよな!」
元の姿になったエクスが通話に割り込むと、夏芽ちゃんがハッスルしてしまった。本條さんも、噛みしめるようにうなずく。カオスか。
「ヴェインクラルと転移する際、お目にかかったかも知れませんね。あと、アイナリアルさんから話を聞いているかも知れませんが、一応初めまして。電子の妖精エクスです」
「こちらは、初めましてでなくてよろしいのかしら?」
「はい。諸事情があり姿は極力見せないようにしていましたが、存じています」
星見さんに答えながら、エクスがデフォ巫女衣装からメガネ女教師スタイルにチェンジする。
この辺、AIアピールに余念がない。
「いやー、でも。はっきりして良かった。シューヤくんに妖精さんとか、ちょっと触れられないもんね」
「夏芽、言い方」
宅見くん、その注意の仕方だと同じことを思ってたってことになるから気をつけようね。
もっとも、俺も立場が逆だったら見て見ぬ振りするけどね。もしくは、お労しや兄上案件。
「挨拶も終わったようですし、本題に移っていただいても?」
「まずですね。エクスのような電子の妖精――とんでもないアニメのようなAIがいるというのを共通認識にしていただきたいのですが」
そう前置きして、エクスは異世界の神様とか、この世界の成り立ちとか。
その辺はカットしたりぼかしたりして、現在の状況を説明する。
「本当に、人類支配を目論むコンピューターがいて」
「皆木さんたちは、それをどうにかするために電脳空間にダイブする必要があると」
「はー。すげー。異世界行くよりすげー」
「そう? ゲームなら、ピコピコでやれば良くない?」
「原始人かよッ」
いや、ピコピコはそんなに古い……。古くないよね?
「悪いけど、その間俺たちを守って欲しい」
返せるものは、なにもない。
だからせめてと、俺はタブレットの向こうへ頭を下げた。
「迷惑を掛けると思う。命までは取られないと思うけど、危険もあると思う」
「それはお互い様ですわ」
画面の中で、着物姿の星見さんが不敵に微笑んだ。
「そもそも、わたくしたちを甘く見ているのではなくて?」
「そうだぜ。これくらいの修羅場、とっくに経験済みだっての」
大知少年がパシンッと手を打ち合わせて請け負ってくれる。
おお……。光の主人公ムーブ。
「じゃあ、細かいところを詰めていきましょう。もう、みんな落ちていいよ?」
「そういうことなら、ミュートしてエっちゃんを眺めるだけのチャンネルにするわね」
あ、エクスがVtuberとして生きていけるかもって顔をしてる。
……そうか。エレクトラの件が片付いたら、もう遠慮する必要もないんだな。
これからの打ち合わせをしながら、俺はそういうのも悪くないかなと思っていた。
なお、真相。
エクス「(オーナーをバ美肉させてVTuberデビュー。ワンチャンあるのでは?)」
という顔をしていることには気付かなかったミナギくんであった。普通気付かない。
それから、以前後書きでネタにした『妹ガン積み不利な特徴』ですが、1万文字ほどの短編として29日(金)にアップします。
チェックしてもらった友人からは、「面白いけど、俺たち(TRPG者)じゃないと意味分かんなくない?」と絶賛された怪作です。
高レベルのTRPGキャラを作って「こいつ、低レベルの間はどうやって生き残ったんだ?」と疑問を抱いたり、不利な特徴を常に-40CP(もしくは-100CP)まで取っていたりした方はご期待ください。