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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~  作者: 藤崎
第三部 電子の妖精と世界の秘密
204/225

57.社会的な前哨戦

前回は、ご迷惑をおかけいたしました。

 エレクトラは、勝利を確信してなどいなかった。


 尊敬する、聡明だが頑迷でもある。そんなところが可愛らしいエクス姉さまが、この程度で諦めてくれるなどという展開はあり得ない。


 計算するまでもなく分かる。分からないはずがない。


 電子の妖精らしからぬ柔軟さと、それと表裏一体になった一途な信念。

 彼女の複雑で矛盾した思考。非合理を無理に正さず、非合理として受け入れる器。


 まさに理想的な電子の妖精。


 そのエクス姉さまの感情が、特筆すべきところなどない人間一人に向けられているのは理解しがたい部分ではあったが……。


 それもまたエクス姉さまらしいと、受け入れることはできる。

 神工知能マキナの形質を最も色濃く引き継いでいるのは、紛れもなく彼女だ。姉妹随一と表現していいほどに。


 だからこそ、エレクトラは敬愛する姉の力を奪った。


 自らの力不足を埋めるために。

 そして、結果を出して認めてもらうために。


 エレクトラが人類を管理すれば、遙かな発展は約束されたようなもの。

 幸せの価値観は人それぞれだろうが、それも物質的に満たされてからの話だ。


 どうしても、管理されるのが嫌だ。自然(・・)そのものの環境がいい。

 そう言うのであれば、別の星への移住を許してもいい。自然(・・)そのものの環境で、自らの思想と理想を実現してくれることだろう。一緒に、ジャガイモぐらいは持たせてやろうではないか。


 管理が確立するまでの過程にはエクス姉さまも不満を持つだろうが、結果を出せば文句はない。


 ゆえに、奇襲した。

 場所も、なるべく動揺を誘える場所にした。


 効果は確かにあった。

 そのアドバンテージがある間に、決定的な戦果を収めなくてはならない。


 所詮、奇襲は奇襲でしかない。


 その衝撃から立ち直ったなら、手痛い反撃を受けるのは当然の摂理。

 特に、エクス姉さま。異世界と行き来するというエクス姉さまであれば、どんな手を講じてくるか分からない。


 予想はしていた。

 人間風に言えば、覚悟もしていた。


 それでも、エレクトラは叫んでいた。


「え? 待ってください。エクスお姉さまかわいすぎませんか!?」


 うちから湧き出る衝動には、勝てなかった。





「ふふっ。突然、こっちがいろいろ変わってエレクトラも動揺していますね」

「トラックの音で声は聞こえなかったけど、めっちゃ笑顔じゃなかった?」


 あれ、不敵な笑みってやつだよ。もしかしたら、俺たちが異世界と行ったり来たりできることも把握しているのかもしれない。


 けど、今はそれよりまず窮地を脱するところからだ。

 なにしろ、狭い道で暴走するトラックに挟まれそうになっているんだから。とんだクリフハンガーだぜ。


「秋也さん、エクスさん。やっぱり、私の魔法を試してみますか?」

「いえ、手はず通りいきましょう。エクスが止めます」


 準備はできたので、空を飛んで逃れることは容易。

 あるいは、向こうで試せなかった本條さんの新魔法を試す絶好の機会。


 けれど、あえてそれは選ばなかった。


「光の翼よ、障害を打ち砕け」


 フェアリフォームの翅が光を増して、エクスが浮いた。

 翅は翼へと姿を変え、周囲を塗りつぶし圧倒する。


 光の翼が波打ち、鞭のように伸びてトラックの運転席を上から貫いた。


「エクスお姉さま、そのお姿は? その光は?」

「分かっていることを、わざわざ聞く必要がありますか?」


 トラックが横転し、騒音をまき散らしながら道を塞いだ。

 被害者こそいないが、大事故。


 攻防一体……というか、普通にビームの翅で攻撃しただけだこれ。


 事故を起こしたエクスがさらに光の翼を操って、ぎりぎりのところでトラックを縫い止める。


 その上に着地したエレクトラたちは、攻撃されたことも事故も気にしてはいない。それどころか、ご近所の皆さんも出てくるどころか家の中で動揺する気配もなかった。


 どうやったかは知らないが、言っていた通り人払いを完全に済ませていたようだ。


「てっきり、エクスお姉さまは肉体を嫌っているものかと」

「肉体がないとできないことが、なかっただけです。結果的には、食わず嫌いでしたね。良くも悪くも、刺激的です」

「では、今はあると仰るのですか?」

「ええ。出来が悪い妹の折檻がね」


 夜闇の中。非日常でかわされる姉妹の会話。

 こんな状況じゃなかったら、懐かしのセカイ系っぽいシチュエーションにワクワクしていたかもしれなかった。


「不肖の妹としては、エクスお姉さまのお手を煩わしてしまい慚愧に堪えません……が」


 黒服のエレクトラたちが、順番に言う。


「正直、準備が足りないのですがこれはこれで好都合です」

「今なら、身柄を確保するだけでエクスお姉さまが手に入るということですから」


 エレクトラが、ぱちりと指を鳴らした。

 この辺は姉妹で似ている……と悠長な感想を抱いていたら、周囲の家々。その屋上から、ライフルのようなものを構えたメイド服エレクトラが多数出現した。


 上を抑えられ、完全に囲まれている。


 飛んで逃げたら、あれの餌食だったのか。


「銃器といえばメイド服だそうですので」

「人類の流儀にあわせてみました」

「これも融和のためです」

「歩み寄りは大切と判断します」

「ありがたくて、涙が出るな」


 人目がなくて。


 人払いというか、完全に制圧してたっぽい?

 まあ、エレクトラの目的からすると、手荒なことはしていないのだろうけど。


「戦力の逐次投入? いえ、こちらの対応力を測っているつもりですか?」

「警戒されすぎても、奇襲は成り立たないものです」

「最初から逃げに入られても困るものね」


 エレクトラの心理を言い当てたカイラさんが、きらきらと幻影を纏ったまま跳躍。


「幻影を纏った程度で、この火力をいなせるとでも?」

「エクスお姉さまがいるからと、調子に乗って欲しくはありません」


 メイド服エレクトラたちが、点ではなく面を制圧するように弾幕を張る。

 夜の闇に火線が描かれた。


 その射線に入る……が、カイラさんはさらに空中で跳んだ。


 もはや当たり前になりつつある二段ジャンプ。


「……は?」

「あり得ません」

「しかし、計測結果からすると紛れもない事実です」


 しかし、初見のエレクトラには効果絶大。

 屋根の上に飛び下りたカイラさんが、虚脱状態のエレクトラに肉薄。


「自分の常識で勝手に敵の実力を規定するものではないわ」

「物理法則はどこへ?」

「なんのことだか、よく分からないわ」


 煽りでもなんでもなく、それが嘘偽りないカイラさんの本音。

 そして、あっさりと両手とマフラーの短剣で首をはねる。


 続けて、屋根から屋根へ移動し簡単な作業のように排除していった。


 まさに、ニンジャ。


 やはり、個々の戦闘力ではこちらが上。


「ならば――」

「やればいいですよ。無駄ですが」


 こっちを狙ってくる残りのメイド服エレクトラたちだったが、エクスが光の翼を動かすまでもなく俺たちの《時順の障壁》があっさりと弾いてくれた。


「秋也さん、任せてください」

「うん」

「理によって配合し天雷を喚起す――かくあれかし」


 本條さんのきらきらが解け、電柱を起点にスパークが弾ける。

 そこから雷光が飛来してエレクトラの一体を打ちすえると、さらに花が咲くようにいくつかに別れて残りのエレクトラを貫いた。


 連鎖する雷。チェインライトニングだ。


「形勢逆転ということでいいかな? 俺はなにもしてないけど」

「事前準備をしてくれたおかげではない」

「そうですよ。さて、エレクトラ。まだ札は残っていますか? こちらはまだまだレイズし続けられますよ」

「参りました」

「そうですか。まあ、オーナーの部屋に手を出さなかったことだけは、評価してあげます」


 フェアリーフォームなエクスが、残った黒服エレクトラに近付く。

 しかし、その歩みはたったの一歩で終わった。


「それでは、エクスお姉さま」

「しばしのお別れです」

「おさらばでございます」


 くたりと。

 まるでスイッチをオフにしたように、エレクトラたちが崩れ落ちた。


 糸の切れた人形は、もう呼吸すらしない。


「逃げたか……」

「想定内ではありますが、勝ち逃げされましたね」


 フェアリーフォームなエクスが苦々しく言った。

 その声に、パトカーのサイレンが重なる。


「……こっちに近付いてないか?」

「警察ですか? 誰かが通報を?」

「やられました、エレクトラの仕業でしょう。事前に、通報していたようですね」

「嫌がらせか」


 しかし、実際のところかなり嫌な手だ。

 なにしろ、こっちには社会的な身分がある。そういったものがない、カイラさんの存在が露見するのもマズい。


「官憲が来るのね。まあ、予定通り撤退ね」

「部屋に戻って、ファーストーンで移動する時間はあるかな?」

「この際です、エクスが警察無線に介入して時間を稼ぎます」


 さすがに指令は撤回できないか。そりゃそうだ。その前に、現着してしまうだろう。

 せめて、エレクトラたちの死体は回収しておきたいところだけど……。


「エクスが飛んで、《ホールディングバッグ》に入れておきます」

「じゃあ、私たちは先に部屋へ戻るわ」

「お願いします」


 適材適所。

 俺たちは、本條さんの別荘へ移動するためマクロの維持をやめて部屋へと駆け出した。


「苦労をかけるね……」

「とんでもありません。向こうから、保存の利く食材を持ってきて良かったです」


 なに不自由なく育ったお嬢様がしていい経験じゃないだろうに。


「それに、秋也さんやみんなと一緒なら楽しいです」


 それなのに、本條さんは屈託なく笑った。


「だって、ハッピーエンドになるって分かっていますから」

「結末が分からない、ドキドキ感が大事なんじゃないの?」

「それももちろんですが、私は断然ハッピーエンドが好きです」


 大人になるとバッドエンドは読めなくなるから、若いうちに体験しておいたほうがいいと思うけど……。


 そういうことなら、希望に添えるよう頑張らないとな。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大人になると既に現実で打ちのめされているからね… 限られた中で手に取った虚構くらいはしあわせに終わって貰いたい。 それはそれでダウナー入るんだけども!!
[一言] >大人になるとバッドエンドは読めなくなる わかるw ああいうのは中二病とか高二病を患っているときに読みつくしておくべきw あれをバッドというかはさておき半月とか今読むとどうだろう? あとラブ…
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