56.最後の調整(後)
すいません。普通に明日が更新日だと思い込んでいました……。
《ホールディングバッグ》から出てきた、色とりどりの水球。
それは新開発したマクロ、《結晶の揺籃》。
液状の存在を内部に保存しつつ、触れるだけでその効果を受けることができるという補助的な効果を持つ。
カートのゲームでアイテムを拾うとか、シューティングでパワーアップアイテムを取るとか。そういうのと同じ。スピーダップとか、ミッソーとかそんなやつだ。
そして、その中には《癒やしの水》や身体能力を上昇させる《時順の雫》など、バフ効果のあるマクロが詰められている。
そう。持続時間があるので《ホールディングバッグ》で保存できるのだ。
さすがに、《ホールディングバッグ》を電脳空間で再現するのは難しいので、本番では向こうに行ってから作ることになる。
でも、《水行師》のマクロは強化しなければ時間が許す限り使い放題なので特に問題はない。
常に事前に準備せよ。
合戦の前に勝利を決めよ。
矢を放つ槍を合わすは事後処理に過ぎぬ。
って、センゴクで武田信玄が言ってた通りの行動。
さらに。
「《幻影ヲ纏ウ水月》、《氷像の楽園》」
俺とカイラさんの姿がぶれ、さらに五つずつに分裂する。
全部幻なのだが、見ただけでは判別できない。
「なかなか面白いわね」
「では、そろそろ秋也さんをネコにしますね」
「うん……」
日本語おかしいな。
でも、逆らえない。
電脳空間と同じように、ラグドールという白猫に変わる。
白だの黒だの、初代かよ。
とりあえず、幻影はついたまま猫になれた。
……んだけど、カイラさんはあっさりとマフラーで俺を掴み、首に巻いてしまった。
幻影の意味、あった?
「ミナギくん、行くわよ」
「にゃー(お手柔らかに)」
喋れないので、意思疎通は相変わらずテレパシーリンクポーション頼み。
というか、この状態だとマクロも使えないから、ほぼ置物になるんだよな。今回は、マフラーとの融合を確かめるというちゃんとした理由があるけど。
やっぱり、さっきはネコじゃなくて良かったんじゃないか!
(カイラさんに全部任すよ)
「ええ。任されたわ」
きらきら状態で、一気に風の刻印騎への距離を詰める。
「のこのこと出てこなければ、やられなかったのに! 加減できなかったら、オーナーに治してもらってくださいね!」
エクスが《マナ・リギング》で支配した風の刻印騎。
槍の先から暴風を放って迎撃し、カイラさんを捉えるがそれは偽物。いくつか幻影を潰しただけで、カイラさんは止まらない。
俺はそれに翻弄される小舟。
うっ。
必死にしがみつくが、かなり動きが激しい。ジェットコースターなんて目じゃないぐらい。
「ニャニャニャー」
「安心して。私が、ミナギくんを落とすことは絶対にないわ」
根拠は分からないけど、とにかくすごい自信だ。
(分かった。信じる)
「行動と結果で示すわ」
再びきらきらしたカイラさんが、まさに風となって風の刻印騎へと迫っていく。
「あっ、えっと……。速い!?」
半分自棄になったように、巨大な槍で空間そのものを薙ぐ。
しかし、カイラさんは急停止してやり過ごし、槍が通り過ぎるや否や急加速する。幻影も含めて。
それでいて、俺はわりと快適に運ばれていく。
カイラさんが上下動するのに合わせて、微妙にマフラーを動かして揺れをキャンセルしてくれているのだ。手動のサスペンションみたいな?
「エクスの処理能力を超えていくんですか!?」
それはたぶん、まだエクスが実体の制御に慣れていないからだと思う。
一方、幻影がついてもカイラさんの動きに淀みはない。
同様に、《結晶の揺籃》のほうも使いこなしている。
最初は、確かめるように《結晶の揺籃》を拾っていた。だが、慣れてからは拾う素振りをフェイントにしてエクスを翻弄している。いや、エクスじゃなくても無理だろこれ。
(カイラさんにバフかかると、手がつけられないな)
「そうでもないわよ」
またキラキラが付いた上に充分バフを得たカイラさんは、二段ジャンプまで駆使して風の刻印騎に取りついた。
ほぼ垂直な足を駆け上がり、胴体を飛び越えて、エクスがいる肩までたどり着いた。
俺はふんわりとホールドされ、特急電車に乗っている程度の揺れと安全性で運ばれていく。
そう。俺を首に巻いたままにしておく手際まで成長していたのだ。
(……ほんとに、俺、落ちなかったわ。すげえ)
カイラさんの尻尾が揺れた気がした。
「お見事。脱帽です」
「そちらも、早速使いこなしているのね。驚いたわ」
フェアリーフォームなエクスとケモミミくノ一さんが健闘をたたえ合う。
尊い。
「ひとつ気になったのですが、《結晶の揺籃》はエレクトラに拾われてしまうかもしれませんね」
(俺たちだけに分かるように、毒でも仕込んでおけばいいんじゃないか?)
「ミナギくんが、ランダムに毒を仕込んでおけば警戒して利用されないだろうって言っているわ」
「なるほど。策士です」
そうなるとすべて破壊されてしまうかもしれないが、それで相手に一手使わせられるのだから損はしない。
テスト結果は、上々と言っていいだろう。
リディアさんの幽体離脱ポーションが完成したら、準備は完了。
決戦の時は、すぐそこに迫っていた。
「それで、ここからはオーナーことミニャギくんをモフるタイムだと聞いているのですが!」
「ニャニャニャ!?(聞いてねえよ!)」
「そういう話もあったかもしれないわね」
(謀ったな!?)
テレパシーリンクポーションである程度共有しているはずの本條さんから、フォローはない。
つまり、賛成多数で可決されてしまったのだ。
「みんな好きですよね、民主主義?」
それ、電子の妖精とルドルフ大帝が言っちゃいけないセリフだからね?
とりあえず、あれだ。
俺がどうなったかは、本能寺の変ぐらい永遠の謎ってことにしたいと思う。
俺がモフられたのか。
それとも、無事切り抜けたのか。
そんな些細なミステリーが過去になった数日後。
俺たちは、リビングに集まっていた。
「こういうのって、出かけた後にちゃんと鍵を掛けたか不安になるのと似てるよな」
「家の鍵ですか……。そう言われてみると、自分で閉めたことがないような気がしてきました」
「あ、お手伝いさんか」
本当のお嬢様って自分で鍵すら持ち歩かないわけだ。
なるほどねぇ。言われてみれば、その通り。常識だと思っているものは、所詮自分のものでしかないってことがよく分かる。
そうだよね。小鳥遊とかオタクの9割読めるけど、それ以外の人はほとんどしらないだろうからね。
なお、オタクの残り1割は『かたなし君』と読む。
「本條さんと一緒にいると、思いもしなかった事実が判明して楽しいな」
「そんな……」
きらきら輝いて、館のリビングがランプとは異なる光に照らされる。
「今、オーナーの家をスマートハウスにしてエクスが全部管理するって話をしてました?」
「え? そういう話でしたか?」
「お姉ちゃんなら、鍵があってもなくても入って来れるから心配無用って話だったはずよ~」
普通に、不法侵入なんだよなぁ。
それにしても、エクスが管理する家かぁ。
「サイバーパンクみたいで、ぶっちゃけテンション上がる」
「室温から湿度から酸素濃度までエクスがすべて掌握してしまうわけですね……」
対面に座っていたフェアリーフォームなエクスがぶるっと体を震わせ、翅から燐光が舞う。
「ぞくぞくしますね?」
しないで。
というか、電子の妖精のフェチって人間にはよく分かんねえなぁ。
「まあ、潜む場所さえあれば私はどこでも構わないわ」
「エクスが全権掌握しても、居場所すら掴めない気がするのはなぜなんでしょう?」
「カイラさんだからじゃない?」
その一言で、カイラさんにもきらきらがついた。
……良かった。こういう風にさりげなくつくのはいいけど、改めて言葉をかけるとなると妙に恥ずかしいからな。
なお、そうでなければ恥ずかしくないのかは考えないものとする。
それよりも、どうしてこんな会話になったのか。
「これで準備は万端整いましたね」
「まだ、バフかけてないけどそれ以外はな」
それは、地球へ戻ることを決めたから。
諸々準備をしたけど本当に抜けがないか不安になるよね……という話から、家の鍵がでてきたわけだ。
「ウチが夜も寝ずに作った幽体離脱のポーションも、ばっちり役立ててな」
「吸血鬼は、夜に眠らない定期」
人体実験に付き合った俺の苦労も忘れないで。
あれは、ほんとやばかった。
途中から、めちゃくちゃ気持ち良くなっちゃったからね。
ほんと、肉体なんか所詮は魂の器に過ぎないよな!
現世への執着がなかったら、本気でヤバかった。アニメはまだガンには効かないけど、確実に俺の命を救ったよ。
そんなリディアさんの幽体離脱ポーションは、《ホールディングバッグ》に格納済み。電脳世界へのアクセスに、大きな力となってくれるだろう。
「ああ、鍵といえば本当に別荘を使っちゃっていいのかな?」
「もちろんです。事後承諾になりますけど、問題ありません」
気の早い話かも知れないが、家がバレている以上、エレクトラたちを一時撃退したあとのことも考えておかないといけない。
候補になったのは、どこかの適当なホテル。アイナリアルさんの為に用意した、たまり場の元探偵事務所。そして、本條家の別荘。
まさか最後の一回を非生物に使われることになるとは思わなかっただろう【リーンフォース・リブーター】に関する予知からして、元探偵事務所に行くことになるのは絶対。
だが、今じゃない。
少なくとも、宅見くんたちに事情を説明してからでないと無理だ。
下手なホテルでは捕捉されそうなので、ファーストーンで移動できる別荘が理想的となるのだが……。
いくら本條さんの許可が出ても、鍵がないとどうしようもない。
ところが、「鍵? あの程度なら、どうとでもなるではない」というカイラさんの頼もしい一言で避難先は決まった。
「今のエクスなら、エレクトラたちからの探査もかわしきれるでしょうから。簡単には露見しませんよ」
「いざとなったら、またこっちに来ればいいけどな」
「スパコンのために節約したいところではありますが……」
そこで言葉を切って、フェアリーフォームなエクスが不敵に笑う。
「現代において、お金なんてただのデータですからね」
「その通りなんだけど、エクスが言うと凄味を感じる」
鬼灯様に金棒を持たせてしまった感。
今までは、エレクトラの件もあるし結構自重してたんだろうなぁ。
この話題を続けると恐ろしいことになるので、俺は話を変える。いや、進めることにした。
「じゃあ、最後の準備といこうか」
ソファから立ち上がり、マクロを実行していく。
カイラさんとエクスは、《幻影ヲ纏ウ水月》と《氷像の楽園》。
二人が歪み、そのままの姿をしたダミーがいくつも現れる。
……部屋の中だと、ちょっと。いや、相当違和感あるな。
「これをあっさりやっちゃうところが、勇者くんよね~」
「その感想は、よく分からない」
俺と本條さんには《時順の障壁》。《水鏡の障壁》は、さすがに街中で使うものじゃないと自重した。
本條さんからは身体能力が上がる魔法がかかる。俺の中では、カイラさんが二段ジャンプできるようになる魔法として認識されているやつだ。
念のため、各種ポーションも摂取済み。
で、エクスは背中の翅を伸ばして光の翼状態でスタンバっている。
「ふふふ。エレクトラの驚く顔が目に浮かびますねぇ……」
その上、殺る気に満ちていた。やる気ではない。殺る気だ。
焦って逃亡しておいてなんだが、負ける気がしない。
……準備しすぎたかな?
レベルを最高にしてからラスボスに挑むのに似ている。
苦労した感じがなくて微妙というか、あっさりして拍子抜けというか。逆にいじめみたいで罪悪感あるんだよな。
現実じゃ、そんなこと言ってられないけど。
「もう負けることはないと思うけど、ぶっちゃけ前哨戦だ。気を抜かずに、しっかりやろう」
「ええ。前回も特殊な攻撃がなければ、勝っていたのはこちらだったはずだけれど」
「はい。油断はしません」
「やってやりましょう! 《ホームアプリ》実行します」
リディアさんと風の精霊に見送られ、俺たちは戻っていった。
エレクトラたちが待ち受ける、戦場のただ中へと。