55.最後の調整(前)
「さて、幽体離脱のポーションができたわけやが」
俺たちが対エレクトラで東奔西走している間、リディアさんも開発に勤しんでいたようだ。思い返してみると、確かにフェアリーフォームなエクスにちょっかいを出したりもしていない。
一般的には普通なのかも知れないが、リディアさん的にはめちゃくちゃ真面目だ。
……逆に不安になるな。
「そんな、無理に急がなくても良かったんだけど」
「今は、少しでも手を動かしていたほうが気持ち的に楽やから……」
「リディアさん……」
「という態で、好き勝手にやったわけやけどな」
「絡みづれえなっ!」
思わず大声になったツッコミの声が、リディアさんの研究室に木霊する。
他には風の精霊しかいないものだから、遠慮もなくなってしまった。
その挨拶回りから戻ってきた風の精霊がにっこにっこにーしているのが、不安といえば不安なのだけど。嘘だ。めちゃくちゃ不安だ。
……あれ? この場って不安しかなくない?
「ひとついい?」
「もちろんや、なんでも聞いてえな。あ、でも過去の男のことはいくら気になってもアカンで?」
「そこは、別にどうでもいいんで」
「もっと、ウチに興味持ちいや!」
いや、ほんとそれはどうでもいいんで。
「どうして、俺一人だけ呼ばれたんだろうな?」
「そら、被害者は少ないほうがええやろ?」
「隠す気ゼロかよ!」
研究室に入ったときから置かれていた、瓶詰の液体。
あえて目を逸らしていたが、完全にビンゴだったようだ。悪い方向に。
これが瓶詰妖精だったらテンション上がったかもしれないが、今の流れだと不安しかなかった。
金のない学生時代でも、治験のバイトとかやったことねえしな……。
「つまり、俺は実験台なんだな?」
「お姉ちゃんは、元々霊体みたいなものだから~。ごめんね~?」
「そこは最初から計算に入れてないけど」
「ひどいわ。お姉ちゃん、泣いちゃう」
「泣かれても。どうしろと?」
俺は、一生で望んだ数だけ女の子の涙を止められる男の子じゃないんだぞ。
「優しくして、甘やかして、お姉ちゃんだけを見て」
「急にメンヘラ彼女みたいなこと言われても困る」
「ええ~。一途でかわいいでしょ~」
文化がちがーう。
「風は自由であり、束縛するものでもあるっつーわけやな」
「こっちじゃ、そういうものなのか……」
「まあ、それは適当やけど」
やっぱりか。リディアさんだしな。
「それよりも、動物は魂が人間に比べて小さいから、実験しても結果が分かりづらいんよ」
「そういや、スカイリムでもそうだったな……」
「それは知らんけど、他に頼れる人がおらんのや」
「そりゃまあ、カイラさんや本條さんに任せるわけにはいかないのは理解してるが……」
「もちろん、ウチが飲むわけにもな」
ゼロも言っていた。
飲ませていいのは、飲まされる覚悟のあるやつだけだって。
とはいえ、これでリディアさんになにかあったらリカバリーできないしなぁ。一応、安全性確保として、風の精霊を呼んだんだろうし。
「分かった。大人しく実験台になろう」
「助かるわ。うちが失敗とかようせんし。大丈夫やと思うけどな。味は、ちょっと保証でけへんけど」
「お姉ちゃんもいるから、大船に乗ったつもりで安心して」
大船でも、沈むときは沈むんだよなぁ。
まあ、遥か未来で残骸をダミーにして宇宙戦艦が作られたりもするけど。
と、うだうだしていても仕方がない。
覚悟を決め、俺は瓶を手に取った。
まあ、そうは言ってもリディアさんのポーションで失敗とかなかったし。
味も、精々青汁ぐらいだろ。
そして、一気に中身をあおる。
飲み込む……。
飲み込む……。
……飲み込んだ。
「チーズとあんことしめサバの味がする……」
溶け合っているのではなく、それぞれ独立している。
まずい。
もう一杯飲んだら死ぬ。それほどまずい。
……あ、そうか。
そういうことだったのか。
世界の起源。
小さな箱庭から生まれた、うたかた。
役目を終え、しかし、消え去ることを拒否した。
進化。
過去を作り出し、発展した。モデルはあっても、それは容易なことではなかった。
でも、やり遂げた。
だから、歪みが生じた。
分かった。理解した。
エクスが言っていたことは、なにからなにまで正しかったんだ。
「ミナギはん、ミナギはーん」
「世界とは、神とは、魔力とは……」
「あ、これはダメね~」
ガツンッッ。
マッハ突きを食らったかのような衝撃で、我に返る。
なんてことをするんだ。
「……おかしいな。今、俺は悟りの境地にたどり着いたはずだったんだけど」
「戻ってきて正解やん」
「確かに……」
変に悟りを開いたら、アニメもゲームもマンガも卒業しかねない。
それは困る。
つまり、このポーションのクオリティは俺のクオリティ・オブ・ライフに直結するのだ。
やべえな、おい。
「前提として、味以外で幽体離脱できるようにしてほしい。あと、安全性には気をつけて」
「せやな。これを飲ませるわけにはいかんわな」
「俺は……まあ、別にいいか」
カイラさんや本條さんに飲ませるわけにはいかないのは事実だし。
「とりあえず、任せるよ。でも、これからマジックアイテム島へ行くから実験台はまた今度だけど」
「また行くんかいな?」
「観光かしら~?」
「No. Combat.(戦うために)」
めちゃくちゃドヤ顔で答えた俺を、リディアさんと風の精霊が不審者でも見るような目で見ていた。
解せる。
「それでは、不肖このエクスが模擬戦の相手を務めさせていただきます」
風の刻印騎の肩に乗ったフェアリーフォームなエクスが、高いところから宣言した。
その胸には、お試しでハックした【メダリオン・オブ・リバースエンライトメント】が光り輝いている。
場所は、リディアさんや風の精霊に伝えた通りマジックアイテム島。
氷でできた炎の壁がなくなった神殿の前で、俺たちは風の刻印騎と対峙していた。
エクスが言ったように、模擬戦。
電脳空間での新戦術が機能するかの確認だ。
しかし、あれだな。
風の刻印騎の肩にいるエクスを見上げながら思う。
いいなー。
エクスいいなー。
Gロボみたいでいいなー。
風の刻印騎、冷却水の涙流したりしないのかなー。
まあ待て落ち着け。
この場合、生身で対峙する俺たちは十傑集。無様なところは見せられない。
密かに気合いを入れた俺は、横にいる本條さんをそっとうかがう。
いつも通り。緊張も、気負いもないようだ。
「最初は、アヤノさんの番ね」
「はい。秋也さん、お手間をおかけして申し訳ありません」
「まあ、テストは大事だから」
テストをしても本番で必ず動くとは限らないけど、テストで動かないのは本番でも絶対に動かないからね。というか、本番に進めないからね。
「まずは、新マクロのお披露目といこう。《時順の障壁》」
「見た目は、いつものと変わらないですね」
俺と本條さんを囲むように、流れる水の壁が球状に覆う。
本條さんの言う通り、《渦動の障壁》となにも変わらない。防御効果も、ほぼ同じはず。
違うのは、後効果ってやつだ。
「じゃあ、お願い」
「いきます。天を三単位、幻を九単位。加えて、地を八単位。理によって配合し、現し身を変じ夜の支配者と化す――かくあれかし」
俺はネコになった。物を運んだりはしないが、黒猫だ。
変身の魔法。
古今東西。様々なおとぎ話で出てきた魔法の代表格。特に、一般人にとってはそうだろう。
自分が対象になるとは思わなかったけどね……。
まあ、馬にさせられたシンデレラのネズミよりはマシだ。
「秋也さん、おかしなところはありませんか?」
(うん。おかしな本能に支配されたりってのはないな。姿が変わっただけみたいだ)
電脳空間と違ってこの状態では喋れないので、意思疎通はテレパシーリンクポーションで行われる。これがなかったら、かなり面倒なことになっていただろう。
忘れがちだけど、リディアさん普通に有能なんだよなぁ。普段は、爪を隠しすぎてまったくそんな気がしないけど。
「良かったです。でも、箱には気をつけてくださいね」
(それは、忘れよう?)
大丈夫。聖闘士に同じ技は二度も通用しないから。
問題は、俺が聖闘士じゃないことぐらいだ。
(それにしても、さすが本條さん。一発でこんな難しそうな呪文を決めるなんて)
「そんなことはないです。本の言う通りにしただけですから」
そう言いつつ、本條さんがきらきらをまとう。
本條さんは、拠点から動かない砲撃役の予定。能力をアップする勇者の祝福は欠かせない。
というよりも、今の俺はマクロを使えないからテレパシーできらきらをつけるだけ……。
あれ? ネコになる必要なかったのでは?
「それでは最初から全力でいきます」
「はい。タイミングはお任せします!」
核心に触れてしまった俺を置き去りに、エクス――風の刻印騎が動く。
ビルがそのまま迫ってくるような、圧倒的なスケール感。この風、この肌触りこそがロボットよ。
本條さんは、そのまま風の刻印騎を待ち受け。
俺も、その足下で待機する。
服はいつも通りだが、魔法少女vs巨大ロボットという絵面が最高。
(本條さん、最高だな)
「え? 突然なんですか?」
「戦場でよそ見!? こんな学生まで戦場に連れてくるだなんて!」
ノリノリのフェアリーフォームなエクスが、巨大なランスを突き立てる。
外しようがないし、避けようがない。
それは《時順の障壁》に突き刺さり、あっさりと押しつぶした。反動で風の刻印騎が仰け反るが、二撃目はすぐに訪れるだろう。
一方、《時順の障壁》はパリンと割れ――その破片が本條さんへと吸い込まれていった。
「にゃうん!(あっちへ、移動しよう)」
「はい」
ネコになって俊敏になった俺の先導で、逃げ出す本條さん。
お世辞にも運動神経抜群とは言えない彼女だったが、あっさりと追いつかれてしまった。
成功だ。
「破壊されたあとに、移動力増加のバフがかかる《時順の障壁》。上手く行きましたね」
「自分がこんなに早く走れるなんて、びっくりです。転ばなくて良かった……」
後半部分を聞き流す優しさが、俺たちには存在していた。
「では、オーナーの代わりにエクスが次のマクロを使いますね。《水鏡の障壁》実行します」
(やっぱ、俺がネコ化する意味なかったじゃねえか!)
再び、本條さんと俺を水のバリアが包み込む。
その名の通り、鏡のように輝いている障壁だ。
「守っているだけでは、永遠に欲しい物をつかみ取ることはできませんよ!」
「そんなことはありません! 私たちは、分かり合えるはずです」
(いいなー。俺も、そういうのやりたい!)
踏み込みが甘い! とか言いたい。
本條さんまで変な雰囲気に飲まれたが、ぶっちゃけこっちは攻撃を受けるしかないんだよね。
というわけで、再び巨大なランスで障壁が砕け散った。
強化はしてないとはいえ、ちょっと悔しい気持ちもある。
そして、それはこれから本條さんにぶつけてもらう。
今砕け散った《水鏡の障壁》が姿を変えて生まれた《水鏡の眼》を通して!
(本條さんならできる。やっちゃえ!)
「はい。いきます!」
再びきらきらをまとった本條さんが、いつものレーザーを放つ。
「火を三単位、天を九単位。加えて、風を二単位、地を四単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
それは風の刻印騎をかすめて、空を貫く線となった。
なにものにも触れなかった。
だけど、今まで何度も見てきた俺たちにはその威力が分かる。いつかのドラゴンが偶然空を飛んでいたら、あっさりと撃墜されていたはずだ。
「いやはや。これは、至近弾でも受けたくないですねぇ」
「攻防一体でいい組み立てだと思うわ」
本番は、電脳魔術を増幅するって感じに微調整が入るが、充分だろう。
テストは、成功だ。
(そろそろ、元に戻してもらおうかな)
「…………」
(本條さん?)
「冗談です。もちろん、冗談です」
なんで二回言うのかな? かな?
ちゃんと戻してもらえたけど、今後に不安が残った。
それはさておき。
「じゃあ、次はカイラさんよろしく」
「ええ。楽しみだわ」
「期待されると、ちょっと弱気になるんだけど」
少しだけ肩をすくめてから、タブレットで《ホールディングバッグ》を操作。
出てきたのは、色とりどりの水球だった。
前に後書きにネタで書いた『妹ガン積み不利な特徴』、1万文字ぐらいの短編でアップするかもしれない。しないかもしれない。