53.CPを稼ぐのは熱心だけど使い道となると途端に保守的になる男
館の自室で、フェアリーフォームなエクスと二人。真剣な表情で、向かい合う。
といっても、ボードゲームに興じているわけではない。逆に、深刻な要件というわけでもない。
手にはお互いのタブレット。電脳空間での活動に向けて、《水行師》会議が始まるところだった。
「まずは、既存のマクロも含めて、できることを確認しようか」
「数が多いので、人類では憶えていられないでしょうからね」
分身作成は一段落。一段落したんだ。
方向性は決まったので後はブラッシュアップをしていくだけ。
細かいスキルの入れ替えとか、作っているうちに「あれ? こっちのコンセプトが強いんじゃね?」と気付いてしまったりとか、いじっているうちに原型が残ってなかったりするのも楽しいのだが、一段落なのだ。
もっとも、《水行師》のマクロのおさらいは、その調整においても重要だったりする。すべてのデータはつながっているんだ。
「エクスも、とっさの判断で最善手を選び取れるかというと微妙なところではありますし」
「そこはもう、慣れというかパターン化させるというか……憶えておくしかないんだよな」
トートロジーみたくなってしまったが仕方がない。
使わない能力は忘れる。
当たり前であり、これはむしろ推奨されるべきことなのだ。
キャラクターは強くなる。それは上限はないかもしれない。
でも、それを扱う人間の処理能力には限界がある。将棋のプロだって、常に最善手を打ち続けることなんてできないはずだ。
そんな状況で、すべての選択肢を完全に把握していたらどうなるだろうか?
結局、なにも選べずに終わる。時間制限付きギャルゲーの選択肢のように。まあ、ギャルゲーを喩えに出すと、選んだ結果幸せになれるとは限らないのがあれなんだけど……。
ともあれ、少しでも良い未来を引き寄せるためには普段からの意識付けが必要だ。
要するに、勘を養う必要がある。
そのためには、結局、憶えてないとだめなんだよね……。
「とりあえず、既存のマクロをタイプ別に分類してみよう」
「攻撃系とか、防御系とかですね?」
「そうそう、回復系とか特殊系とか」
水見式をやるわけではないので、その辺の分類はわりと簡単に終わった。
・攻撃系
《吹雪の飛礫》、《凍える投斧》、《純白の氷槍》、《渇きの主》、《爛れし雲霞》、《ミヅチ》
・防御系
《渦動の障壁》
・強化系
《水域の自由者》、《水鏡の眼》
・阻害系
《青の静寂》、《泥濘の園》
・操作系
《泉の女神》、《踊る水》、《深き海の法則》、《覆水を返す》、《凍土の誘い》
結構あるような、意外と少ないような感じ。
こうして並べてみると、格好良い風な名前は直感的な理解の妨げになるな。
「やはり、使い勝手の問題か攻撃系が充実していますね」
「エクス、現実から目を背けるんじゃない」
「なんで、水使いなのに回復系とか一切使ってないんですか?」
「ほんとにな」
わざわざ開発するまでもなく、マクロのリストには回復系もある……はずだ。
プリセットに存在してるのに使ったことがないとか、俺にもさっぱりわけが分からない。きゅうべえもびっくりだ。
「エクスが《水行師》をおすすめしたのは、オーナーが一人でもこの先生きていけるようにと思ってのことだったんですよね」
少しだけ遠い目をしたフェアリーフォームなエクスが、軽く翅をゆらめかせながら言った。まるで回顧するかのようで、エクスにはちょっと似合わない。
というか、最初から迷惑掛けすぎじゃないか、俺。
「俺も、まさか速攻でカイラさんや本條さんとパーティを組むとは思っていなかった」
「ですよね。ぼっち脱出がこんなに早くなるなんて思いませんよね?」
「そこまでは言ってないんだよなぁ」
「おっと」
エクスが、ぺろっと舌を出す。
あざとい。
あざとい。
あざとかわいい。
無罪。
「確かに、水使いは万能だから一人で活動する前提なら最強なのは間違いない」
「予想外のことが起きて、こんな歪なリストになってしまったのですが」
「水使いとは、一体……」
「うごごごご……」
と、反省はここまで。
重要なのはこれからだ。
「まず攻撃系だけど……もう、手を増やさなくていいよな?」
「オーナーは今回支援系に回る予定ですし、ここに力入れなくてもいいかと」
「《深き海の法則》で水を圧縮したペットボトル爆弾は大量破壊兵器系だけど、あれ扱い難しいからな……」
そうりょはバギ系を使っていればいい。
ザキもザラキも使うんじゃないぞ、クリフト。
一応、毒の雨を降らす的な攻撃も考えたけど、本條さんがやってくれそうなのでお任せしよう。
「防御系は、どうしましょう? 《渦動の障壁》はカイラさんとの相性が悪いことがはっきりしましたけど。やっぱり、幻影でカバーですか?」
「ああ。たぶん、元々のリストにあるんじゃない?」
水で幻術って基本だし。
それなのに使ってないのは、今は亡きミラージュマントが、その代わりを立派に果たしてくれていたからだ。
「そうですね……。ありました、《幻影ヲ纏ウ水月》です」
「え? それすごいな……」
ひらがなの部分をカタカナにするのが、めっちゃレベル高い。大丈夫か? 今の俺についていけるだろうか?
「すごいですか? 効果は、普通に水の膜の幻影を纏って光の反射を操作し位置情報をごまかすぐらいのものですけど」
「それは逆にすごい」
まさか、《幻影ヲ纏ウ水月》が今は亡きミラージュマントとほぼ変わらない効果とは。
まあ、これでミニャギくんもディスプレイサービーストの仲間入りだ。触手はないけど。
「電脳空間で使用すると、エクスたちのIPアドレス的なものとかをごまかす感じになりますね」
「あるのか、俺たちにもIPアドレスが……」
「それはありますよ。そうしないと、電脳空間に影響を及ぼせませんから」
同じレイヤーに下りてこないと……ってことなんだろうか?
「じゃあ、幻影は幻影でもダミーをばらまいて本体をごまかすことも?」
「できますね。マクロでいうと……《氷像の楽園》というのがありますね」
「それもう、最初に使っておいたほうがいいな」
今までも、知ってたら使って……は、いなかったな。《渦動の障壁》のほうが確実だし。
回避は確率。
ダメージ減少は固定値。
どっちを信用するかは言うまでもないよなぁ。
「そういえば、《渦動の障壁》といえば、あれ普通に壁としても使えたんだよな?」
「はい? そうですけど?」
急な話の展開についていけず、フェアリーフォームなエクスが目をぱちくりさせる。
生身になってコスプレはなくなったけど、こういうリアクションの可愛さはアップしてる気がするな。
「ちょっと思いついたんだけど、壁の大きさを絞ったらピンポイントに攻撃を弾く盾にできないかな?」
「ああ、なるほど。というか、よくもまあぽんぽん出てきますね」
「必要とあればな」
逆に言うと、必要がないとアイディアは出てこない。
仮に出てきたとしても、サポート専門と割り切らないと使うタイミング自体がなさそうだ。
「それは、専門のマクロを作ったほうがいいでしょう」
「《水の盾》……だと、シンプルすぎるな」
「でも、エクスが【フォースシールド】を扱えば要らないかもですね」
「ああ、そうか」
あと、光の翼でビームシールドができたりするんだっけ。
「とりあえず、それは保留にするか」
ぶっちゃけ、下手に俺が手を出すよりも先にカイラさんが回避してくれるような気はする。
そして、本條さんだと《渦動の障壁》が使えるしな。
「オーナー、ところで回復関係はどうするつもりです?」
「ポーション持ち込むのもリソース消費するのなら、回復系はしっかり抑えておくべきとは思ってる」
「そうですね。綾乃ちゃんのほうで使えるかもしれませんが、メインはオーナーです」
「どんなのがある感じ?」
そりゃそうだよな。もちろん、回復役になることに否やはない。
「そうですね。オーソドックスに負傷や体力が回復する《癒やしの水》がありますよ。ちゃんとね」
「だろうな」
ちゃんとあるのに使ったことがない水使いがいる……さ、ここにひとりな!
でも、食らってから回復するだけじゃ芸がない。
「その《癒やしの水》を水球にしておいて、自動的に怪我人のところへ飛んでいく……みたいな改造できないかな?」
「自動化ですか……。それなら、そういう専門のマクロを組んだほうがいいのでは?」
「ああ、それもそうか」
マクロの発動と、自動化の部分を分業。錠剤のほうのタブレット化しておくようなイメージでいけるかな?
「それか、そもそもリジェネみたく持続時間中HPが回復し続けるマクロを作るかだな」
「そのシリーズで、身体能力が上がるようなマクロ……は、きらきらがあるから不要でしたね。そうですね」
「いるよ、いりまくるよ」
「きらきらの価値が下がると、多方面から抗議を受けそうなのでちょっと……」
そうか……。
もしかしたら、分裂してひたすら二人に言葉をかけまくるのが最高のバフだったりするのか……。
「まあ、その、なんだ。うん。俺の立ち位置は、僧侶系ということで定まったよな」
あとは、それに相応しいマクロを選んだり作ったりしていくだけだ。
だけど……。
「でも、ちょっと引っかかりがあるんだよな」
「オーナー、なにか不満が?」
「不満じゃないけど、地味だなぁって」
「派手な支援系とは?」
「正論で殴られた」
「そもそも、分身しておいて地味とかどの口が言うんです?」
まあ、そうだよな。ネコだしな。
「でも、TRPGプレイヤーは力を求めるんだ。攻撃力を上げるようなバフもあったほうがいいと思うし」
「……考えるのは自由ですよ? それにまだ、期日まで時間はありますし」
エクスは、やっぱり俺に甘いな。
そういうところが……。
「そうは言っても、あんまり手札を多くしすぎても扱いきれないしな」
甘やかされると、逆にしっかりしなくちゃってなる。
「本当にいいんですよ。エクスも、呪いのアイテムショッピングしたいですし」
「また、やるのか……」
俺の胡乱な視線を真っ正面から受け止めて、にやりと笑う。
やっぱり、うちのエクスは天使だった。
200話到達です。
もう少しで完結ですが、これからもよろしくお願いします。