20.以心伝心
冒頭三人称です。
「分かりました。やめます」
まだ若いような、意外と年を食っているような。
年齢の読めない勇者が発した言葉に、フウゴの思考は停止した。
年齢だけでなく思考まで読めないとは、完全に予想の外。
フウゴは、影人技を継ぐ野を馳せる者の中でも有数の実力者。最上位の称号である黒喰の称号を持つ者だ。
長老からは、精神面の修業を重ねるよう言われているが、それを補って余りある実力を有している。
そのフウゴが、予想外の事態に反応できずにいた。
適当に挑発すれば、腕試しに持っていける。その思惑は、早くも破綻しつつあった。
いくらカイラが認めようと、それだけで納得できるようなものではない。他の黒喰が動かないのであれば、自分がやるだけだ。
実際、使い魔の妖精は簡単に乗ってきたのにだ。
「そうね。本来なら、私たちが処理すべき問題ですものね」
しかも、勇者を使うと言い出したはずのカイラまで賛同する始末。
「そいつは……」
だが、それならそれでいい。なんの問題もないはずだ。
ようやく、フウゴは立ち直る。
「それは、そうだな。ああ、俺がやってやるぜ」
「分かりました。それじゃ、俺たちはここで失礼します」
「オーナー? オーナー!?」
なにやら騒ぐ妖精をなだめながら、勇者はフウゴの横を通り抜け――ようとしたところで、太い腕がその行く手を遮った。
「待てよ。それが通るわけねえだろ」
「えー?」
露骨に、嫌そうな表情を浮かべる勇者。フウゴから、徐々に冷静さが失われていく。
「だって、オーガを無傷で撃退する手段があるんですよね? それなら、俺は必要ないでしょう?」
「……あ?」
再び、フウゴは絶句した。
そんな都合のいい方法があるはずがない。
「バカか、テメエは。そんなことができたら、とっくにやってるに決まってるだろ」
「それはおかしいですよ。なんで、俺と同じことができないのに、しゃしゃり出てくるんです?」
「……ああ?」
「すごんでも、意味ないですよ」
薄い微笑み――冷笑を浮かべて、勇者はフウゴの威圧をやり過ごした。まるで、雲のように。
そして、その雲から雷のようは反論が放たれる。
「俺が手出ししない代わりに聞かせてください。どうやって、オーガたちを追い払うのか。もちろん、被害は最低限でですよ?」
「そりゃ……」
戦って、倒して、殺す。
それ以外に、なにがあるというのか。
「それともなんですか? 明確な対案もなしに、文句を言いに来たと。そういうことですか?」
「そいつは……」
まったくもってその通りだった。
少なくとも、戦って、倒して、殺すと言っても、勇者は納得はすまい。
さらに思考を巡らし……ほんの数十秒で破綻した。
「ああ? 勇者だかなんだかしらねえが、オーガを無傷で撃退するって言うテメエを倒せば、俺にも同じことができるってことだろうが」
だから、フウゴはこう言うしかなかった。
自暴自棄の言葉だったが、次第にそれが真実であるように思えてくる。理屈としては間違っていないはず。
それなのに。
相対する勇者の瞳は、悪魔のように冷たかった。
「勇者だかなんだかしらねえが、オーガを無傷で撃退するって言うテメエを倒せば、俺にも同じことができるってことだろうが」
やっぱ、なんにも考えてなかったかぁ。
もう、乾いた笑いしか出てこないね。
止めると言ったのは、もちろん嘘だ。
相手の言葉を認めて適当にこの場を脱したら、後はどうとでもなるのだから。まさか、監禁されるわけでもないだろう。
だけど、実は秘策があるとかだったら任せるつもりはあった。俺は戦闘狂ではないし、戦闘でしかアイデンティティを確立できない人形でもないからね。
その挙げ句が、これだよ。
勝手に仕様変更と納期変更を受け入れた上司を見るような目で、フウゴを視界に収める。たぶん、明日の朝にはお肉屋さんに並んじゃうんだねって瞳だ。
こうなると、実際はどうあれ、相手の中で真実は決まってしまっている。エビデンスを示して説明しても、絶対に認めようとはしない。絶対にな。
プロパーは、これだから!
「なら、俺が勝てば認めてくれるわけですか?」
「……話が早くていいな」
虎耳尻尾の男が、にやりと笑う。
あ、やっぱりか。こいつ、ヴェインクラルと同じ人種だよ。
……こうなったら、仕方ない。
俺は、頭の中で、作戦を組み立てていく。
マクロはあれだけあって、《ホールディングバッグ》には……。
「ミナギくん! 必要ないわよ。フウゴ、あなた――」
「話して分かるんなら、カイラさんにすでに説得されてますよ」
結論ありきで絡んできてるのだ。
言うだけ無駄だろう。
「そうですよ。それに、オーナー以上にエクスがやる気です」
「エクスさん……」
シャドウボクシングを繰り返すエクスに、カイラさんも押され気味。
思わぬところに、地雷が埋まっていたって顔だ。いや、この世界に地雷はないだろうけど。
「ただし、条件がひとつ」
「いいぜ。聞いてやる」
「やるなら、カイラさんと一緒です」
それはつまり、カイラさんが認めない限りはやらないよという意味なのだが……。
残念ながら、通じていなかった。
「女と一緒じゃないと戦えないというのか? 勇者が聞いてあきれる」
「俺はカイラさんと一緒に対処するんですよ? 実際の条件と違うテストをしてどうするんです?」
そうだよ。本番環境のテストが、どれだけ大事かって話だよ。
これは絶対に譲れない。
「……それで構わん。怪我をさせるつもりもないしな。外へ行くか」
一方的に言い捨てて、踵を返す。
だが、俺は動かない。
「エクス、《ホールディングバッグ》からペットボトルをひとつ」
フウゴという虎男から視線を外すことなく、エクスに告げた。
「受諾。《ホールディングバッグ》、ディスペンサーモードで実行します!」
以心伝心。
かつてエクスが言った通り比翼連理のコンビネーションで、俺の意図通り200キロのペットボトルが出現した。
虎男の頭上に。
「あの世で、後悔するといいです!」
「ぬっ」
落下する、フウゴの視点では、謎の物体。
それをあえて受けることもなく、迎撃することもなく。素早く下がって事なきを得た。
200キロの物体が頭に当たったらただでは済まなかっただろうが、さすがニンジャ……じゃなくて、影人。反射神経は並じゃない。さすがだ。
けど、もちろんこれで終わりじゃあない。
「《踊る水》!」
「了解です!」
地面に落下する寸前。
ペットボトルがふわりと浮いて、すっ飛んでいった。
200キロまでの水を自在に操作するマクロは、ペットボトルの水にも有効。俺たちの意志に従い、正確にあごを捉える。
「ぬおっ……」
――寸前。
アッパーカットのように放たれたそれも、驚異的な反射神経で回避する。
おお、さすがニンジャ。
マクロの集中を切り、力を失ったペットボトルが地面に落ちる。ドンッという、重たく鈍い音が響く。だが、破裂したりはしなかった。
中身の重さとは関係なく、容器自体の耐久力は変わらないらしい。
それはともかく、これで詰みだ。
「二対一、だったわよね?」
「カイラ……」
回避に気を取られ体勢を崩した虎男に、カイラさんの追撃が対処できるはずがない。
首筋に突きつけられたクナイのようなナイフに、動きを封じられた。
あれは、いわゆる棒手裏剣だろう。
一般的な星形の手裏剣よりも実用的だ。鎌倉の武器屋で聞いたんだから間違いない。
「こいつは……」
「オーガ相手に、同じこと言ってみます?」
まだ勝負は始まってないとか、そんなことを言おうとしたであろうフウゴの機先を制す。
でも、これは釈迦に説法だ。
俺なんかより、よっぽど実戦慣れしてるんだから。
……というか、この月影の里で俺より実戦経験のない人っていないのでは?
「ぐぬぬ……」
動きだけでなく反論も封じられ、うめき声を上げる。いや、それしかできない。
美少女以外が、ぐぬぬとか言ってもなぁ……。
「あっ、ははははははは!」
その直後、憑き物が落ちたかのような笑い声を上げた。
テンションの振り幅大きすぎない?
正直、引く。
「負けだ。負けだ。よし、この首くれてやる!」
カイラさんの棒手裏剣を無視して、その場にどかりと座るフウゴ。
そして、俺のほうを向いて、首を手刀でとんとんと叩く。
「ええぇ……」
要らねえ……。
ローチ……じゃなくて、エクスに首をぶら下げたら取得経験点が増えるシステムだったとしても、絶対に要らねえ……。
「すでに地上へ来てるオーガが攻めてきたら、迎撃してもらわなきゃだし?」
「そうか……。そうだな……」
感じ入ったようにつぶやき、あぐらをかいたまま頭を下げた。
ニンジャなのに、サムライのように。
「なら、いざというときは、この命を自由に使ってくれ」
「オーナー。仲間になりたそうに、こちらを見ていますよ?」
「里へお帰り」
そういうの……なんか、重たい。
《踊る水》
持続:精神集中
射程:5メートル
対象:効果参照
効果:射程内の200リットルまでの水を自由に移動させることができる。
強化:移動させる水の量を増やす。石10個につき倍。最大で、石500個(10トン)まで。
なお、棒手裏剣のほうが実用的だという話は、実際に鎌倉の山海堂で聞きました。実話です。