52.電脳魔術師
『綾乃ちゃん、綾乃ちゃんに謝ってください』
『どうやってですか!?』
『電子メールは自分に送れるんですから、不可能じゃないです!』
『よく分からないですけど、無茶なことを言われているのは分かります』
電脳空間に本條さんが実体化した瞬間、エクスは悪い意味で興奮していた。
その気持ちも、分かる。
だって、エクス視点で映る本條さんは、なんと言うか……。なんと言えばいいのか。なんと言うべきなのか……。
「これは本條さんじゃないよな……」
「同感だわ。一体、どういう自己評価をしているのかしら?」
なんだろう? 不気味の谷を越えているような、越えていないような……。
微妙。
カイラさんと入れ替わって白いキャラ作空間にダイブした本條さんのペルソナは、微妙としか言いようのない顔立ちをしていたのだ。
例の【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】をかぶって眠ったように横たわる本條さん(本体)と見比べると……。
精々、よくできた福笑い?
いっそ、黄色いマフラーでも巻いて欲しい。
どうしてこうなった。
『明らかに私の顔だと思うのですが……』
「これが認知の歪み?」
「もしかして……。顔が整っていると、自分のことには無頓着になるのではない?」
あり得るな。
とある国民的漫画の作者なんて、コンビニで買い物したとき一万円札で支払っておつりは全部募金したりしたらしいしなぁ。
持てる者は、無頓着になるのだろう。
美人過ぎるのも、それはそれで大変なんだな。
『これは修正しがいがありますねぇ。大変ですけど、逆に燃えます』
『いえ、それには及びません』
タブレットの向こうの白い部屋で、本條さんが首を振った。
『どうせ、仮面かなにかで顔は出さないつもりでしたから』
『確かに、綾乃ちゃんのいいお顔を忠実に再現するとリソースを消費しますが……』
『秋也さんを見習います』
『それはちょっと、どうかと思いますけど』
「それな」
本当に、どうかと思う。
俺とか、見習っちゃいけない人間ナンバーワンだろ。
『それからですね。予知の能力は、ばっさり切り捨てたいと思います』
『なるほど。そう来ましたか』
『秋也さんと出会うきっかけになった力ですが、この体と状況では不要だと思いますから。あ、もちろんエクスさんたちとも出会ったわけですけど……』
『いいんですよ。オーナーを第一に考えてくれて、エクスもうれしいです』
視界がエクスなのでどんな顔をしているのかは分からないが、まあ、見えてもろくなことにはならないから追及はしない。
しかし、そうか。予知能力をか……。
『それで、顔を簡略化して予知能力をなくして、どうするつもりなんです?』
『腹案としては、この電脳空間専用の力があればそれを身につけたいと思っています』
『電子の妖精になると?』
『いえ、ハッカーもウィザードと呼ばれるのですよね? それにあやかってというわけではありませんが、電脳空間専用の魔法が使えないかと思いまして』
『ふむふむ。電脳魔術師というやつですね』
電脳魔術師!
そういうのもあるのか!
その響きだけで、ご飯食べられる。
「電脳の魔法使いね」
カイラさんが、軽くうなずき……とんでもない単語をつぶやく。
「私とは逆に、身の安全はミニャギくんに守ってもらう前提なのね?」
「……ん?」
ミニャギくん?
ミニャギくん……?
「ミニャギくん!?」
皆木秋也が符に問う。答えよ。其は何ぞ。
いや、分かるけど。分かるけど、どういうこと!?
「……そういえば、これは秘密って言われていたわね」
「誰から!?」
「秘密なのに、話すわけにはいかないわ」
「ですよねー」
どうせ、本命:エクス。対抗:リディアさん。穴:風の精霊だろう。
容疑者が多いのか、少ないのか……。
あ、全員が共犯という可能性もあるのか。
味方がいない。いなくない?
「というか、俺がネコで分身するのは確定なんだ……」
カイラさんに対しては、バッファー。本城さんには、ディフェンダー。理に適っているといえば確かにそうなのだが。
別に、ネコじゃなくても……。
「ネコは気に入らないの?」
「そういうわけじゃないよ」
カイラさんに哀しい顔をさせるほどのこだわりじゃないな。
うん。ミニャギくんで頑張るよ。
さらば、スライムとか霊体とか……。
……スライムでネコの形をとったら、ワンチャンある?
『そうですね……。エクスとしては、ネットにつながっているサーバやルータ、PCにスマホ等々の機器にマルウェアを仕込んだりファームウェアを書き換えてネットを制圧する計画でいたのですが』
「なにそれ、怖い」
「……そうなの?」
「生きとし生けるものの精神を乗っ取って、世界征服するって言ってるようなものかな?」
「エクスさんだもの、悪いことにはならないでしょ」
『よく分かりませんが、エクスさんが言うのなら必要なことなのですね』
二人からエクスへの信頼が厚すぎる。
まあ、エクスだから被害は最小限にしてくれるだろうけども。
『はい。それを、綾乃ちゃんが手伝ってくれるのならありがたいことこの上ないのですが、リソースは結構消費するんですよね』
「本條さんの能力とは、スキルツリーが遠い感じか」
『ぬぬぬ。ミニャギくん形態のオーナーが守護る前提であれば……』
と、そんなやり取りをしている間もエクスは本條さんの提案を実現させようと思考を巡らせていた。
それは実にありがたいのだが、ミニャギくんと聞いて本條さんが反応してないってことは、もう、俺以外全員に周知されてるってことじゃない!?
謀ったな?
『魔道書の魔法と組み合わせて……いえ、その前に』
まあ、ミニャギくんはどうでもいいんだ。
問題は、本條さんが電脳魔術師になれるかどうか。
『まずは、外見から変えていきましょう。今のままだとなんだか、綾乃ちゃんへの冒涜って感じがしますし』
「あ、そこから?」
「外見も大事よ?」
『そこまで変ですか……?』
ショックを受ける本條さんもかわいい……やっぱ、今は微妙だ。
これもしかして、本條さんは絵を描いたら画伯だったという可能性もあるな。
というわけで、エクスがぱちりと指をヒィッツカラルドすると本城さんの顔は仮面で隠された。
白い、のっぺりとした仮面。
格好良いけど、シャドルーの四天王っぽい。バルセロナで奇声を上げてそう。
「でも、今まで一番電脳空間のペルソナっぽいな」
「そう?」
これでマントと杖とか装備してくれると、サイバーパンク系TRPG系のハッカーキャラのアイコンっぽさがマシマシになる。
まあ、個人の感想だからカイラさんには伝わらないだろうけど。
『視界は普通に確保されるのですね』
『ぶっちゃけ、外見だけですからね。特に防御力とか閃光への耐性とかありませんし』
そういうのが欲しければ、追加でリソースを支払えってことなんだろう。
まずは、超美人の25CPが浮いた時点で満足すべきかな?
『……電脳魔術師路線ですが、個々に呪文に当たる行動を開発しましょう』
『大変であれば、諦めても良いのですが』
『いえいえ。やりがいがありますから。オーナーは、そういう人じゃないので』
「ごめんね」
俺に、謝る以外の選択肢があったら教えて欲しい。
『例えば、光の魔法を応用して電脳空間を走査し敵……まあ、エレクトラですが。エレクトラを発見する魔法とかあったら便利ですよね』
「その魔法の名前、《探査》とか、どうだろう?」
『逆に、相手の走査から逃れる魔法も必要でしょう』
「そっちは、《逃査》にしよう」
ネスケか。何もかも皆懐かしい……。
ブラウザを店で買ったり、パソコン雑誌のおまけで入手してた時代があったんだよな……。
『それから、魔法陣を描いてドローンを召喚。電脳空間の各所を爆撃して、世界をこちらの支配下に塗り替える魔法なんてどうでしょう?』
『爆撃ですか?』
『ヴィジュアルのイメージは、カラーボールで塗りつぶす感じにしますが』
『そういうことであれば……』
本格的に、陣取りゲームになるな。
分かりやすくていいんじゃない?
「そのドローンの外見は狐にして名前はファイア……フレイムフォックスにしよう」
多少は変えないとね。そのまま過ぎるのはね。
『ただし、こういった魔法を使用している間はあまり動けなくなりますが……』
「そこは、俺が守ればいいってことか」
「私が、迎撃してもいいのでしょう?」
『……と、外の二人も言っているので問題ありませんね。役割分担です』
方向性は決まったかな?
『そうなると、綾乃ちゃんの格好はもっと魔女っぽくするべきですね』
『え? そこからですか?』
そこは、エクスのテンションにも関わるので妥協して欲しい。
『やはり、とんがり帽子に黒いワンピースの正統派魔女スタイルがいいでしょうか』
『お、お任せします……』
『分身と言っても、同じ姿にする必要はないですからね。綾乃ちゃんのミニャギくんは黒猫にしましょう』
お? 映画の中盤から終盤に喋れなくなるのか?
『これは、なかなか楽しくなってきましたよ!』
『お、お手柔らかにお願いします……』
『綾乃ちゃん、エクスをベッドに引きずり込むとき手加減をしましたか?』
これが、因果応報。
まあ、しばらくエクスと地獄に付き合ってもらおう。
「これで、なんとかなりそうかな……」
「ええ。あとは、戻った直後のこともしっかりと決めておかなくてはね」
「うん? 戻った……あっ」
そうか、そうだった。
キャラ作に夢中になってたけど、地球へ戻ってもエレクトラたちに囲まれてるところからリスタートじゃん。
エクスもパワーアップしたし負ける気はしないけど……。
そういうときほど危ないんだよな。気をつけよう。
キャラ作シリーズは、とりあえず終わりです(とか言いつつ、次回はマクロ開発回ですが)。
大変楽しく書けましたが、『TRPGの自キャラに転生したけど、義理の妹が不利な特徴ガン積みでヤバイ』というネタを思いついてしまいました。
20レベルで完成するキャラなのに1レベルからスタートなので、「このキャラは、どうやってこのレベルまで生きてきたんだろう?」というTRPGプレイヤーにとってはあるあるな悩みを抱えた主人公が、強大で頻繁な敵とか余命一年とかを積んだ義妹を守護って必死に払い戻しを目指すハートフルストーリーです。
書く予定も余裕もないので、ここに妄想を吐き出して供養します。