51.強化して殴るのが一番強い
そして、翌朝。
「やっぱ、空気になるのは難しいかな……」
起き抜けに、そんなことを考える。
もちろん、空気といっても存在感を消したいわけではない。
風の精霊にヒントを得た……わけではないが、透明な風のような存在になってマクロだけ使う。そんなペルソナも、ありなんじゃなかろうか?
もしくは霊体。敵に空裂斬(虚空閃)の使い手がいなければ、無敵じゃない? 暗黒闘気は要らないけど、なんならエレクトラの体を乗っ取ったりできたら嬉しい。
とりあえず、またキャラ作を試そう……と思うが、なんかネコの姿以外は認められなさそうな圧を感じている。
目が覚めて、頭がすっきりしてからますますはっきりと。
みんなそんなに、ネコが良かったのか。
ネコの国は近づいているのだろうか?
「オーナー、さてはろくでもないことを考えていますね?」
「世界征服を企む悪のAIを倒す方法を考えてたんだけど」
概ね、趣味を交えて。
だが、あまり追及されると困る。
「おはよう、エクス」
「おはようございます、オーナー」
クッションを重ねて眠っていたエクスが、むくりと起き上がった。
水がシルクのようになったドレスは、そのまま。というか、基本的に着替えられないらしい。
頭の枝アンテナがぶつからないように気をつけながら、ぺこりと頭を下げる。
うちのエクスが、一番カワイイ。
「眠れた?」
「眠れましたが……」
カイラさんはすでにベッドにいないが、本條さんはまだぐっすりと眠っている。
だから、起こさないようにエクスは小声で言う。
「自動でスリープに移行しないのは不便というか、自然に意識がなくなるのは冷静に考えると恐ろしいですね。目覚めそのものは不快ではありませんが」
「眠らなきゃいけないってのは人間……だけじゃなくて、生き物か。まあ、俺たちの価値観だから従わなくてもいいんだけど……」
押しつけにならないように、言葉を選びながら。俺も小声で伝える。
「とりあえず、生身の肉体には睡眠が必要だから。メンテナンスだと思って慣れていこう」
「むう。メンテナンスと言われると逆らいにくいです。そういえば、オーナーはPCの電源毎回シャットダウンする派でしたね」
毎回わざわざ完全シャットダウンするまである。
「でも、一緒に寝る必要はないので次からは別々にしましょう」
「俺はそれでいいけど……」
だが、本條さんが許すかな?
……うん。あれこれ考えても仕方がないね。
「そういえば、朝ご飯は世界樹のログボだな。エクスは初めてだけど、なにが出てくるかな」
「そこは、多少楽しみと言えなくもありません」
寝起きのぽやんとした顔で、くしゃっと微笑む。
エクスは、やっぱり天使だった。
『猫になる必要がないのであれば、私はこの姿のままで充分ね』
『それは全然構わないんですが、なんで化身が完璧なんです? オーナーといい、すごすぎじゃありません?』
例の白いキャラ作空間。
そこに降り立ったカイラさんの尻尾が、ゆらゆら揺れる。
あの【リアリティバブル・スーツ】、ちゃんと尻尾も出せるんだなと妙な感心をしてしまった。
それぐらい、再現度が高い。
タブレットに表示される比較的小さな画面でも、その完成度は分かる。
見た感じ、完全にカイラさんだ。
「カイラさん、秋也さんと同じだと言われて照れていますね」
「俺なんか目標にせず、もっと高みを目指して欲しい」
運動系なカイラさんだから、自分の体のことは熟知しているはず。それが上手く働いて自身をほぼ完璧にイメージできたんだろう。
あと、「こういう魔法もあるのね。便利だわ」ぐらいにしか思ってなくて疑問を抱いていないのも関係してそう。いい意味で、先入観なさそうだもんな。
「なんにせよ、これで第一関門クリアですよね?」
「ああ、大丈夫そうだ。さすがカイラさん」
世界樹ご飯(どういうわけか、赤飯だった)を食べた後、電脳空間へ移動したのはケモミミくノ一さんだった。
それを外からタブレット越しに眺めているのは、俺と本條さん。あと、集中しているのでほぼ反応はないけどフェアリーフォームなエクスもこの場にいる。
リディアさんは「生活リズム、がたがたやわ」と別室で寝ているし、風の精霊は「ちょっと挨拶回りしてくるわ~」とどこかへ行ってしまった。
たぶん、湖の水の精霊とかエルフの里にいる地の精霊に会いに行ったんだろう。
……さらなる精霊の出現にもめげず、ララノアは強く生きて欲しい。
「というか、こういう風に見えてたんだなぁ」
あの白い空間が、エクス視点で表示されている。
自由に視点移動はできないが、充分過ぎる映像だ。
でも、できたら拡大縮小の機能は欲しい。
「エクスさん視点の秋也さんも、可愛かったですよ」
「あれはネコが可愛かっただけじゃない?」
「箱にふらふらと入っていくところは、秋也さんですよね?」
「……はい」
でも、アラフォーに可愛いとか言わないで。羞恥心で死ぬから。
『外のオーナーたちも、カイラさんのことをほめていますよ』
『……そう』
そしてまた揺れるカイラさんの尻尾。
これがなかったらカイラさんじゃないよなぁ。これを捨てるなんて、とんでもない。
『では、軽く性能チェックしてみましょう』
画面の向こうでエクスが指をパチンと鳴らすと、真っ白い空間に数々のアスレチック施設が出現した。
高い壁とか、石を浮かべてある池とか、不安定な吊り橋とか……これ。よくぞ生き残ってきた我が精鋭たちよって言いそうな感じ。
俺の時に出してきた箱とは規模が違う……が、本来、これくらいできるってことなんだろう。
俺は最初から運動能力捨てたからね。仕方ないね。
『面白そうね』
タブレットの中で、カイラさんが不敵に笑う。尻尾もふぁっさふぁっさ揺れる。
「俺だったら、たぶん最初の壁も越えられないな」
「私もです」
そうだよね。一般人は、そんなもんだよね。
とはいえ、俺と本條さんの身体能力もだいぶ違いそうだが。現役で体育の授業を受けているかどうかは、かなり大きい。
そんなことを考えている間に、カイラさんは軽々と壁を飛び越え浮き石の池へ。
リズムよく石を飛んで池を移動し、途中、浮き石が沈むトラブルがあったもののなんなく次の石へと飛び移った。
あのプラグスーツっぽい【リアリティバブル・スーツ】を着てマフラーをなびかせ、縦横無尽に動き回るカイラさんは本当に絵になる。00シリーズのサイボーグのよう。
続けて、ドッヂボールが飛んでくる吊り橋も瞬く間に駆け抜けていった。
その他、いくつかのアスレチックも軽々とクリア。
一周回って元の場所に戻ってきて、俺たちは思わず拍手してしまった。いやぁ、いい物を見せてもらった。
『なるほど。里で訓練に用意するのも悪くないわね』
もしかして:SASUKE。
『まったくなんの問題もなさそうですね。オーナーと綾乃ちゃんも拍手喝采です』
『いい準備運動だったわ』
『じゃあ、続けてオーナーをアドインしましょう』
再び、エクスが指を鳴らす音。
それと同時に、アスレチックが消え、代わりに俺……じゃなくネコが一匹現れる。
『エクスが操作する仮想的なオーナーですが、充分参考になるかと』
『任せるわ』
ぴんと耳を立て、カイラさんは言った。
『では、オーナー行ってください』
エクスの指示に従い、俺ネコがカイラさんの体を器用に伝って肩まで移動。エクスが操っているだけあって、かなり俊敏だ。
そのままぐっと体を伸ばすと、カイラさんの後ろから顔を出す感じで首に巻き付いた。
「冷静に考えると、アラフォーが首に巻き付くって犯罪じゃないか?」
ネコとはいえ、中身は俺なわけだし。江戸川乱歩でも、こんな倒錯的なシチュエーション書いてないだろ。
まあ、今は仮想的な俺なんだけど。
「合意があれば、なんの問題もありません」
「そうかなぁ……」
それはちょっと人の自由意思に重きを置きすぎじゃないだろうか。
『どうですか?』
『もう少し力を込めていいわよ。いっそ、スーツに爪を立てても構わないわ』
『これくらいですか? 試しに動いてみてください』
お互い位置を微調整してから、カイラさんが試しに跳んだり跳ねたり。
これ明らかに振り払われるだろ……と思っていたが、俺ネコはしっかりカイラさんと一体化していた。
なんだろう? サイズは違うけどジャイアントロボと大作くんみたいな感じ?
『最悪、頭に乗せる感じでもいいかなと思いましたが、大丈夫そうですね』
「大丈夫かぁ?」
『ええ、問題ないわ。もっと動きが激しくなるときは、ギルシリスで掴ませてもらいましょう』
「秋也さん、問題ないそうですよ」
解せぬ。
『次は、マクロを試しましょうか。基本の《渦動の障壁》からいきます』
チョイスは、妥当。
しかし、失敗だった。
俺ネコの周囲に流水の壁が現れ、巻きつき状態を維持できなかったのだ。
「当たり前と言えば、当たり前だよな」
「ですが、問題ですね……」
本條さんは、自分がそうなったときのことを考えていそうだ。
『なるほど。アドイン状態でバリアを張るのは良くないですね』
『私の攻撃が制限を受けてしまうのも、問題だわ』
『となると、防ぐのではなく水の幻覚とか分身で攻撃を外すマクロのほうが良さそうですね』
さては、エクス。俺の意識を、キャラ作じゃなくて二人との連携方面に持っていく気だな?
そうはいかな……まあでも、シャボンみたいなので幻像を作るのは水使いの王道だよな。
あと、今まではそういうのやってなかったけど、《水行師》の能力でポーションっぽいのが作れてもいいよな。
なにせ、電脳空間にはリディアさんのポーションは持ち込めない。仮にデータ化できたとしても、エクスのリソースを使うんだし。
そう考えると、マクロの設定で石を払っても俺がポーションの再現を試みるというのは充分ありだ。
あとは、デバフ方面もだな。《凍える投斧》の行動阻害があるからって開発してこなかったけど、こういう状況ならいくつか作っていいかもしれない。
水は、攻撃から回復にデバフまで万能だからな。
「エクスさん、秋也さんがいろいろマクロを開発するようです」
「え? どうして分かったの?」
なにも言ってないよね?
「それはもちろん、黙っているからです」
「あ、そうか。そうですね……」
的確すぎるツッコミに、俺はなにも言えなかった。
なので、露骨に話題を変える。
「ところで、本條さんはどういう方向性でいくとか考えてる」
「私は、自分を大きく変えたいと思います。秋也さんを見習って」
「なるほど……え?」
俺を見習って?
それは、やめたほうがいいよ?
久し振りに、主人公が水使いの自覚を取り戻しました。