49.電脳空間へ(一応完成編)
前回のあらすじ
ミナギくん「電脳空間に体とか、いらなくない?」
読者さん 「無機物で問題ないな」「スライムで」「むしろ分裂したら?」
キャゼルヌ少将「ヤンは首から下は無用な人間なのさ」
話別で感想を書けるようになってから最大の感想数でした。ありがとうございます。
「エクスがリアルの肉体手に入れた直後に、オーナーは人の姿を捨てたがるとかなんなんです? 寓話ですか?」
「俺たちは表裏一体みたいな?」
「残念ながら、すれ違ってるんですよねぇ……」
ほんとだ。
賢者の贈り物みたいだな。
……ということにしておきたい。
「そこまで言うなら、とりあえず姿を変えてみます?」
「じゃあ、まずはエクスっぽい感じで」
「躊躇がないのが頼もしいというか、なんというか」
「そりゃ、リアルのほうだったら俺もいろいろ思うところはあるけどさ。電脳空間のペルソナってだけじゃん」
基本的に、オタクってのは現実と虚構の区別をつけているからね。
それでもなお二次元を求める、彷徨い人なだけだから。
「じゃあ、いきますよ。エクスと似た感じに――」
デフォ巫女衣装のエクスがパチンと指を鳴らす。ちょっとヒィッツカラルドっぽい。
それと同時に、俺の体にジジッとノイズが走る。
変化は一瞬。
周囲の鏡に、【リアリティバブル・スーツ】はそのままで妖精のようになった俺が映し出された。
「はい、完了です」
「これが……俺……」
まったく変わってしまった体を見下ろし、俺は絶句する。変わっていないのは、いつものタブレットと【リアリティバブル・スーツ】だけ。
後者が致命的に似合わないのは、適当に外見を変えてもらうとして……。
ううむ。
「概ね、地の精霊だなぁ。ヒゲはないけど、俺がSD化しただけみたいな」
「くっ。AIは、デザイン能力に乏しいんですよ……」
「そうなの?」
主語大きくない? 大丈夫? どっかから抗議とか来ない?
「はい。マキナも、エクスも、エレクトラもちょっとした知り合いの芸術家のデザインでして」
「知り合いの神様?」
「まだ、神ではないですね」
そのうち、神様になるのか……。漫画の神様とか、サッカーの神様とか、そういう比喩じゃないんだよな?
深入りは止そう。
「まあでも、案外普通だな」
試しに、白い空間をぐるぐるしてみて確認するが違和感はない。
ふわふわと浮いているが、上下左右自在に動くことはできる。遅いけど。
頑張れば、カイラさんにしがみつくことぐらいはできるだろう。手足短いけど。
妖精なのに、俺の顔だからあんまり可愛くないのが欠点と言えば欠点だろうか?
「この状態で、マクロ使えるか試してもいい?」
「あ、はい。《渦動の障壁》でも使ってみます?」
「じゃあ、それで」
とりあえず、生みたいな感じでオーダー。
「受諾! 《渦動の障壁》実行します!」
体感としてはほぼいつも通りの速度で、俺の周囲を流れる水の障壁が覆った。
フェアリーフォームになって、エクスもタブレットを持つようになったお陰もあるのか。現実と使用感は変わらない。
「ふむふむ。ちゃんと俺の体のサイズにあったバリアになるんだな」
ただ、これ使うとカイラさんにひっつけないのが問題と言えば問題か。まあ、ミニサイズタブレットを持ってる時点で難しいけど。
まあ、確認できたから解除しておこう。
「あの……勢いで変えてしまいましたけど、体が変わってストレスとかないんですか?」
「ストレス? なんで?」
そりゃ、突然前触れもなくグレゴール・ザムザったら発狂するかも知れないけど、一時的なもんだし。
問題はない。なにも問題はない。
「ある意味、すごい才能だと思うんですけど……」
「40代以下の日本人なら、概ねこんなモンだよ」
「主語大きくないです? 大丈夫ですか? どっかから抗議とか来ませんか?」
「来ない来ない」
来たとしても、真面目に取り合う必要はないね。
「そういうことなら、オーナー……。せめて、せめてもっとサイバー感があるのにしません?」
「サイバー感……ドローンみたいな?」
「小型ロボットみたいなのもできますよ」
タチコマかな?
でも、俺のキャラには合わないような……。
「そもそも、ドローンにタブレットを持たせるのか?」
「その場合は、内蔵させられますよ」
「そこは、フレキシブルなんだな」
それも悪くはないな。
いっそ、体をフェニックスウィングにしてカイラさんに乗り回してもらう? ちょっと倒錯的すぎるか?
「そっち系でもいいけど、カイラさんと一体化して被弾面積を減らしたいというコンセプトに反するんだよなぁ」
「オーナー、子泣き爺にでもなるつもりですか?」
「どちらかというと、一反木綿になって巻き付く……いや、セクハラかこれは」
「そこ気にするんです!?」
「するよ……って、ネコだ」
「はい? 猫娘ですか?」
「いや、鬼太郎から一旦離れよう」
ネコ、ネコだよ。
「分かったよ、俺はネコになるんだ……」
「オーナーがギリョウさんに……」
俺がなるのは獣の槍ではない。ネコだ。
「ほら、飼ったことないけどネコって伸びるっていうじゃん?」
「言いますね。箱の中に入りたがるとか、障子を破るとか」
「伸びたネコなら、マフラーの上から巻き付けるんじゃない?」
エクスが動きを止めた。
呼吸も止まっているかも知れない。いや、元々してないかな?
「……タブレットはどうするんです?」
「必要なら、首輪のアクセサリみたいにしたら?」
実際に操作する必要はないんだし。
「できなくはない……というか、人型を捨てるとかなりリソース浮きますねえ……」
エクスは、めっちゃ複雑そうだ。
ごめんね。効率重視しすぎて、明後日の方向にカッ飛んでごめんね。
だが、私は謝らない。
「あー。どっちが、オーナーを装備するか揉めてるみたいなんですけど……。あと、リディアさんと風の精霊がめちゃくちゃ笑ってます」
「それなら、本條さんもネコになれば?」
今日は、俺と本條さんでダブルにゃんこだ。
「いえいえいえ。魔道書どうするんですか。あれがないと魔法使えないですよ?」
「じゃあ、ネコはネコでもアイルーになるとか」
オトモではない。ニャンターだ、ニャンターになるんだ。
「長靴を履いた猫……ですか。わりと、綾乃ちゃんが本気で検討してますが。オーナー、どう責任取るんですか?」
「ご家族に挨拶済みなのに、これ以上どう責任を取れって言うんだ」
とはいえ、本條さんまでネコやニャンターになる必要性はないよな。
なお、本当に俺がネコになる必要性があるのかは考えないものとする。
「まあ、状況に応じてどっちかがつけるか。それか……」
「それか?」
「俺が分身でもできたら……って、さすがに無理か」
エクスがフェアリーフォームになって、マクロの行使回数が増えただけでチート染みてるんだ。さすがに、俺まで分身は……。
「できなくはないですねぇ……」
「そうなのか……。そういや、エレクトラは普通にやれてるんだよな」
「《シャドウサーヴァント》をクラックして……【オイル・オブ・オーバーロード】で【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】のスペックをガン上げすれば」
ああ、これか。
【オイル・オブ・オーバーロード】
価格:1054金貨
等級:英雄級
種別:その他のマジックアイテム
効果:塗布した物品の性能を限界以上に引き出すオイル(7回分)。
ただし、その所有者は日ごとに衰弱していき2~12日後に臓器をひとつ無作為に失う。
そうなった時点でオイルの効果は終了し、塗布したアイテムは破壊される。
「かなり、最後の手段って感じだけど……」
「エレクトラをどうにかできたら、それで壊れても構わないんですよね……」
むしろ、リディアさん的には壊したほうがほっとするのではないだろうか。【オイル・オブ・オーバーロード】のデメリットを消すためのポーションとかも作ってくれそう。
「ただ、分身? 分裂? する場合は、新能力とか魅了の持ち越しは諦めてもらう必要がありそうですが」
「とりあえず、ネコになってみようか?」
ネコになってマクロが使えないとか、本能に理性が圧倒されるとかだと困るし。
「分かりました。いきますよ」
再び、素晴らしきヒィッツカラルドするエクス。
同時にSD化していた俺の体が揺らぎ一瞬で変化した。
――ことを意識する間もなく、浮遊感に襲われる。
おっと。
落ちているということを理解する前に、本能でしっかりと着地。2メートルぐらい落ちたはずだが、なんの問題もなかった。
まあ、この空間でダメージを受けるのかは分からないけど。
「ラグドールという種類のネコですね。喜んでください、外のみんなからは好評ですよ」
「…………」
ネコ。
完全に猫だった。
白いふわっふわの体毛に青い瞳。俺がベースなのに凜々しいお顔で、カワイスギクライシスまではいかないが、なかなかカワイイ。
四本の足で歩くが、特に違和感はない。尻尾も、なんか普通に動かせる。白い空間に立てられた鏡に映る姿も、普通に受け入れられる。
試しに体を伸ばしてみたが、めっちゃ伸びた。【リアリティバブル・スーツ】は着ていないが……毛皮と同化してるのかな?
問題は、特にない。あとは、確認するだけ。
「エクス、マクロのテストだニャ」
……ニャ? にゃんで? ネコ、ナンデ!?
「オーナー、諦めてください。語尾がニャになるとエクスのリソースが浮くんです」
「これ絶対、わざとだニャろ!?」
「そんなことはないですけど、オーナー。この箱、どう思います……?」
すごく……入りたいです……。
理性はある。
人としての意識もある。その箱、どこから出したんだよと疑問も抱ける。
だが、本能には。本能には抗えない。
手頃な大きさのゆうパックの箱に足を踏み入れ、体と尻尾を丸める。
「ああ……。落ち着く……ニャ」
ほう……。これはいけない。
この箱は、あれだよ。魍魎の匣だよ。どうだ、関口くん。うらやましいだろう?
「弱点を残すとエレクトラに悪用される危険性はありますが、さすがに気付かないでしょう」
「そこは、エクスに任せるにゃ」
ああ……。ネコって、結構快適だな……。
箱の中で丸くなったまま、俺は抗えずまぶたを閉じる。
ちなみに、マクロはネコでも普通に使えた。
ネコと和解せよ。