47.電脳空間へ(説明編)
「ちょっと遠回りになりますが、最初からお話しますね」
いつものリビングに到着した直後、エクスは手を離してテーブルの上に移動。ホバリングをして、ソファに座った俺たちを見回す。
さっきまではちょっと赤面気味だったが、平常運転に戻っている。フェアリーフォームなエクスの平常運転がどんなもんか、まだよく分かってないけど。
「最初というと……まずは目的からになりますか?」
「はい。目標設定は重要ですからね」
今までとは違って、大きなエクスがひらひら飛びながら解説している。
なんだろう?
違和感というより、なんか楽しい。
「目的というのは、あのエレクトラたちを倒す……のではないわね。計画とやらを止めることよね?」
「はい。ただ、今回はあえてそれを混同したいと思います」
「あえて、ですか……」
「エクスがしたいようにやればいいよ」
エルフの里に次いで、俺は今猛烈に熱血……ではなく、感動している。これって素敵ファンタジーじゃない?
「ありがとうございます。というわけで、目的はエレクトラの横っ面を引っぱたいてやるため。そのために、相手の土俵で勝負することにしました」
「電脳空間に、こっちからアクセスして殴り込むわけだな」
「イグザクトリィ。その通りです、オーナー」
ファンタジーに反して、話の内容は物騒なんだけど。
エクス、地味にまだ怒ってるなぁ……。
「そうなると、当然の疑問が思い浮かぶと思います」
「どうやって、電脳空間にダイブするんだってことだよな」
「常識的には……不可能ですよね」
異世界組は「え? そうなの?」という顔をしているけど、地球組にとっては当然すぎる疑問。
エクスは信じているが、それとこれとは別の話だ。
「残念ながら、今の技術では不可能です。正攻法では、ですが」
「ということは、抜け道があるのね? なら、問題ないわ」
「はい。鍵となるのは、ちょっと言いましたが【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】です」
「確かに聞いたけど、あくまでもあれは脳内のイメージを出力するマジックアイテムだろ?」
クラックする前提らしいけど、応用すればいけるんだろうか? まさか、本当に魂を抜き出すわけじゃないだろうし。
……リディアさんは、幽体離脱のポーションとか言ってたな。
吸い出されるの? ゴーストって、そういう意味じゃなかったと思うんだけど。
「そう。イメージというのが重要なんです」
「つまり、どういうことなの?」
「うぅん……? そうですね、細かい理屈は省いて結論だけ言いましょう」
宙に浮いていたエクスが、とんっと足音を立てて床に降り立った。
人差し指を立てて、ちょっと前屈み気味になる。
「まず、【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】をつないで、タブレットの中にオーナーたちのアバター――魂の器を作ります」
「そして、それを向こうのネット世界にダイブするのに使うと?」
それでキャラ作か。
「はい。そして、地球のネットワークをエクスの手中に収めます」
「なるほどね……え?」
あれれぇ。おっかしいなぁ。
結局、AIが世界を支配することになる? ならない?
エクスは信じてるけど、協力していいもの……?
その後、エクスからもう少し詳しい説明を受けた。
まず、エレクトラの本体に到達するため電脳空間をエクスの制御下に置く。これが大前提だが、現代社会では世界征服と同義だ。
「もちろん、全世界の核システムを握るとか、あらゆる通信を傍受するとか。そういう話ではありません」
そんなのは目的ではないと、エクスは翅をぱたぱたして否定した。
「それに、表面上は一切変わりませんよ。郵便番号は半角数字なのに、住所は全角数字で入力しなくちゃいけないフォームもそのままです」
「それは修正してくれない? 意味がない、パスワードの確認入力欄とかも」
「気持ちは分かりますが、変に目立ちたくないので」
だめかー。カミーユなら、「そんな入力フォーム修正してやる!」ってやってくれそうなのに。
「イメージとしては、電脳空間をエクスの色で塗りつぶすみたいな感じでしょうか?」
「イカかな?」
「なるほど。陣取りゲームというわけ」
「そうやって相手をおびき出して、返り討ちを狙うのですね」
カイラさんと本條さんも、なんとなくイメージが伝わったようだ。
「はい。そのためにも、オーナーたちに協力をお願いしたいわけです」
「お姉ちゃんは~?」
「英雄界へ行けないウチらは戦力外やろ」
「エクスの能力的にも、三人を送り込むだけで精一杯です」
そこはあんまり増やしてもな。
増やすんなら、もっと数を多くして制圧とかじゃないと意味がないんだろう。
「下手に増やしてエクスのフォローが行き届かなくなったら、逆にエレクトラの支配下に置かれる危険性もあります」
悪堕ち、ダメ。ゼッタイ。
「それは避けなくてはならないわね」
「ええ。本当です」
「うんうん」
「万一、ミナギくんが敵の手に落ちでもしたら……」
「想像するだけで恐ろしいです」
「うんうん……あれ?」
そこはちょっと立場が逆じゃない?
俺が悪堕ちしても、怖さがないよ?
「オーナー、現実を直視しましょう?」
「エクス……」
中学生ぐらいの妖精エクスが、俺の肩にぽんと手を置いて慰めてくれた。
その慈愛に満ちた笑顔は、死の間際に訪れた救いにも似ていた。
割り切ろう。
でないと死ぬらしいからな。
「それで、キャラ作……俺たちが電脳空間へダイブする方法なんだが」
「【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】をかぶったら、魂が吸い出されてエクスさんのようにその“たぶれっと”に入れるようになるのかしら?」
「大まかに言えば、そんな感じです」
「それだけで、ですか?」
信じられないと、本條さんが目を丸くする。
いろいろ事情は察せられるが、俺も同感だ。
「それってつまり、俺たちがエクスみたいな存在に生まれ変わるってことだろ?」
「エクスさんが私たちの母親になるの?」
「それは……。理屈としてはそうなるのですか……?」
リディアさんはなにも言わないが、絶句している。風の精霊はにまにま笑っていたが、これはあんまり参考にならない。
「いえいえ。そこまで大仰なものではありません」
エクスが、ぱたぱたと翅を動かして否定する。気に入ったの?
「今回、エクスが肉体を手に入れたのと逆バージョン。電脳空間で活動するための化身は、自身で作ってもらうつもりなのですから」
「なるほど。それで、キャラ作か」
VRMMOものみたいな感じかなぁ。
「はい。オーナーたちには順番に【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】をかぶってもらって、タブレット上で化身を設定していただきます」
「そして、本番ではそれに魂を乗り移らせると」
「そこは、ウチがサポートするんやな」
幽体離脱のポーションか。
というか、魂とかアストラル体とか。そういうがある前提の話になってるな。
あるんだ……。
まあ、世界の成り立ちが本当なら当たり前の話か。なにより、今は異世界にいるんだし今さらか。
でも、マジで体から魂抜くんだ……。
「心配は要らないです。細かいところはフェアリーフォームなエクスと、刻印騎をつないで力技で処理しますから。美しくはないですが! 美しくはないのですが!」
わりと嫌らしい。でも、背に腹はかえられないってところか。
ほら、そこはよく分からないけど正常に動いてるコードとかよりはマシだって。
あれ、下手に手出しできないからな……。怖い。
「その化身というのは、現実の私たちをベースにしなければならないのかしら?」
「いえ、必ずしもそういうわけではありませんが?」
「そうなの……」
エクスの答えを聞いて、カイラさんが唇を結んで考え込む。
「え?」
「え?」
思わず、本條さんと顔を見合わせた。
才色兼備なカイラさんに、変身願望が?
アルビノでケモミミで美人で強いカイラさんに変身願望が?
その謎は、アマゾンの奥地へ飛べば判明するの?
「例えば、腕を増やすようなことは可能なのかしら?」
「可能ですが、その分だけエクスの負荷が増えますのでどこかを削る必要があります。訓練も考えると、あまりおすすめはできないですよ」
エクスの対応力を上限として、キャラクターポイント的な制限があるわけか。
まあ、ある程度制限があるほうがやりやすいから問題ないな。
しかし、腕か……。さすがカイラさんと言うべきか、なんと言うべきか……。
「【カラドゥアス】は腕の分だけ増えるから有利だと思ったのだけど……どうかしたの?」
「いや、カイラさんはカイラさんなんだなぁ……って」
「ほめられているのかしら、それともけなされているの?」
「もちろん、ほめてるよ」
ぶれないカイラさん、格好良いよね。
「ちゃんと現実の物品は持ち込めるのですね。それは良かったです」
「ああ、その辺当たり前だからスルーしてしまっていましたね。エクスの負荷に関わりますが、もちろん可能ですよ」
「じゃあ、本條さんの魔法も電脳空間で使用可能なのか」
「【リアリティバブル・スーツ】を持ち込む前提ですが」
「ああ、環境適応」
電脳空間も異世界には違いないのか。
まさか、宇宙とか精霊界じゃなくて電脳空間で活用することになるとは。海のリハクの目をもってしても見抜けないな。
「ところで、それはいつからできるようになるものなの?」
「準備はしていましたので、今からでも可能です」
「じゃあ、俺からやらせてもらおうかな」
正々堂々。正面からルールの隅を突いて最高に効率のいいキャラを作ってやろうじゃあないか。