44.小さな奇跡
「エクスはんがどんな姿になっても、ウチは絶対に見つけたるからな」
「ええ。私たちはずっとお友達です」
「いつの間にか、お二人は友情を育んでいたのですね」
「麗しいわね~」
「あ、うん」
ズッ友とか、それ絶対だめなヤツじゃん。
こういう小芝居嫌いじゃないけど、本條さんとか本気にしちゃってるからさっさと行こう。
「じゃあ、リディアさんと風の精霊は留守番ということでいいんだよね?」
「ウチが行ったら気を使うやろ?」
「面白そうだなと思ったら、勝手に行くから~」
自由だな、風の精霊め。
「素材は適当に使こうてええからな」
「うん。まあ、元々俺たちの金で買ったもんだけどね」
「細かいことを気にしたらあかんで」
リディアさんから、ポーション用の素材を預かって《ホールディングバッグ》に収納済み。
使った分は、後で補充すればいいのでこっちに関しては気楽だ。
問題は、ヴェインクラルの義腕だよなぁ。本当に使うつもりなのか。
「実は、エクスはお砂糖とスパイスと素敵ななにかでできてるんですけどね!」
「素敵ななにかとは」
「でしたら、秋也さんはカエルとカタツムリと仔犬のシッポでできていることになりますね」
「この男女格差よ」
まあ、水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素よりはマシか。持って行かれちゃうからね。
「とはいえ、使えそうだということしか分かっていませんからね。一度システムを詳しく確認して、他に必要な物があれば戻ってきますよ」
「そうね。撤退は罪ではないわ」
相変わらずクール&ドライなカイラさんにそう言ってもらえると、とてもありがたい。やはり頼りになるな。
「それじゃ――」
「あ、ちょっと待って~。せっかくだから、これも持って行ってね~」
お風呂場からファーストーンで移動しようとしたところ、風の精霊が俺たちを呼び止める。まるで、別れ際の親戚のおばちゃんがごときムーブ。
しかし、渡されたのは帰りの車内で食べるお菓子などではなかった。
「これは、髪の毛ですか?」
「そうよー。せっかくだから、使ってね~」
「ありがたく」
頭を下げてから受け取り、《ホールディングバッグ》へ。
風の精霊の髪って、すげーレア素材アイテム感あるな。
「精霊の髪って……。それ、ものごっつ貴重品やからな?」
「うん。こういうのを集めて、ヴェインクラルの腕のあれな部分を中和しよう」
まあ、使わないのが一番だけどな。
「そういうことなら、吸血鬼の血もいるんやない?」
「あの船は基本吸血鬼しかいなかったのでは?」
「……おお、忘れとった。そうなると、人間の血のほうが貴重やな」
わははと、豪快に笑う片眼鏡の吸血鬼。
メンタル強いよなぁ。尊敬するやら呆れるやらだわ。
「よし。じゃあ、今度こそ行ってきます」
「気いつけてな」
「正常化しつつあるけど、油断はしないでね~」
リディアさんと風の精霊に見送られ、俺たちはようやく出発した。
しかして、到着は一瞬。
あっさりと、館のお風呂場から神殿の中心。その水場へと到着。
こちらではほとんど時間が経過していないこともあり、世界樹にもなんら変わりはない。
「全部終わったら、ここでピクニックとかしたいな」
「いいですね。お弁当作ります」
「たまには、そういうのも悪くないわね」
速攻で開催が決まった。これくらいなら、死亡フラグじゃないよね?
「ピクニックもいいですが、オーナー。せっかくなので、世界樹の落ち葉をもらっていきましょうか」
「素材としては、かなりのもんだよなぁ」
採用だ。エクスなら、万一アホ毛が生えても可愛いだろう。
落ち葉を数枚と枝を数本拾い、鍵を使って神殿へ。
外に出たら本條さんの魔法で空を飛んで、一路魔力航行船【シアリーズ号】へ。
「ドラゴンが出てきたら、エクスの一部にしてやろうかと思っていたんですが。出てきませんねえ」
「エクスはどこを目指しているの?」
そう簡単にドラゴンとランダムエンカウントしてたまるかよ。ここはスカイリムじゃないんだぞ。
というわけで、勝利かソブンガルデかだという事態にはならず、これまたあっさりと【シアリーズ号】に到着。
その前には、風の刻印騎が擱座していた。
「こいつも、なにかに使えたらいいんだけどな……」
「エクスが刻印騎に搭乗すれば、そのまま地球へも持ち込めるとは思いますが……」
「人払いはしてあるって言ってたけど、限度があるだろ」
今のところ、エレクトラは戦車とかロボットとか持ち出してないからなぁ。さすがに、刻印騎はオーバースペック。なにより、目立つのが致命的。
異世界帰りの巨大ロボが現代都市で大暴れってシチュエーション的には、たぎるものがあるんだが。
どう考えても、周囲を巻き込んでヤバイ。サンドマン様みたいなトラウマはちょっとね。
「帯に短したすきに長しですねぇ。仕方がありません。愚妹がとち狂って地球に人工衛星を堕とそうとしたら、これで押しかえしてやりましょう」
「地球が駄目になるかならないかなんだ。エクスだけに、いい思いはさせないぜ」
「人工衛星は、基本的に大気圏で燃え尽きるように設計されているのではないでしょうか?」
「前に、燃え残った部品が落ちてくるというニュースを見た気がするけど……。そもそも、人工衛星の制御まで握られてたら、ちょっと抵抗のしようがないよな」
とりあえず、刻印騎は放置するしかない。
基本的に、相手も巨大じゃないと使い勝手が悪すぎるのだ。
「周囲にモンスターの気配はないわ。安全よ」
「うん。じゃあ、さくさく行こう」
急いでいるわけじゃないが、ホムンクルスの完成にどれくらい時間がかかるのか。これは、リディアさんの記憶にもなかった。というか、子供だったし気にしてなかったんだろう。
というわけで、さくさく進むに越したことはない。
「では、エクスがナビゲートしますので地図の通りに進んでください」
タブレットに《オートマッピング》の最大拡大地図が表示され、ルートを表示する。
地図アプリというよりも、3DダンジョンRPGっぽさがある。
内心テンション上がったのだが、魔力航行船大きな船とはいえ船は船。ちょっと土方さんの俳句みたいな言い回しになってしまったが、ホムンクルス製造装置に到着するまで時間はかからなかった。
そこは魔力航行船の中心近く。地下という表現が宇宙船に対して正確かは分からないが、艦橋があったのよりも下のフロアに存在していた。
「意外と狭いな……」
本條さんの魔法で照らされた部屋は、中心に文字通り人一人が収まるような透明な筒。
その上部に金属の管でつながる、CTのような物体。
それと、コンソールが備わった制御装置。
それだけのシンプルな構成だった。
「エクス、早速だけどやっちゃおう」
「はい! 《マナ・リギング》実行します!」
以前よりも幾分褪せた感じがする青い紐が伸び、コンソールに光が点った。
部屋の中を、ぶうぅんという古いパソコンにも似た起動音が響く。
わりと心地好い。
同時に、ゲームの起動ディスク入れっぱなしでOSの起動にミスった記憶も蘇ったがコラテラルダメージだ。問題ない。
「……システム掌握完了しました。あっちの装置に必要な素材を投入すると、正面のフラスコにホムンクルスが生まれるという流れです。もっとも、今回は仏作って魂入れずですが」
「ああ、あれはフラスコなのか」
そうか。ホムンクルスと言えばフラスコだよな。
ハガレンのパクリじゃないよ。錬金術という学問でそういうことになってるんだよ。
「それで、素材はどの程度入れればいいのかしら?」
「先にシミュレーションをして不要なのは弾くので、あるやつはばんばんやっちゃってください」
「すげー便利機能だな」
さすがスペースファンタジー。
感心しつつ、世界樹の落ち葉やらポーション素材として確保していた水精霊の聖水とかを投入していく。
……が。
「それで、ヴェインクラルの義腕だけど」
「使います」
きっぱりと。逡巡もなにもなくエクスは言い切った。
「ミナギくん、そんなに苦み走った顔をしなくてもいいのではない?」
「だって、ヴェインクラルだよ?」
「そうね。でも、義腕よ」
「使ってたのがヴェインクラルってだけで、ヤツの体の一部が素材になっているわけじゃない……か」
「雷切だったかしら? あの大剣と同じではない」
今は、水の精霊殿復活の原動力となったヴェインクラルのグレートソード。
その聖水を使っていながら、義腕を嫌がるのはダブルスタンダードだと。
そう言われると、反論できない。
「秋也さん、まだ使うと決まったわけではありませんから」
「う、まあ、そうか。そうだよな……」
二人に説得され、大人しく《ホールディングバッグ》からヴェインクラルの義腕――泥堕落を取りだした。
「さて、シミュレーションを始めますよ」
エクスがなにか操作するとCTのような機械に乗せた素材が飲み込まれていき、低い機械音が部屋を満たしていく。
しかし、なにやら計算中のエクスと違い俺たちはなにをやっているのかさっぱり分からない。
「う~ん。お砂糖とスパイスは必要ないみたいですねぇ。あっても邪魔にはならないですが」
「本当に入れてたのかよ」
「実は、こっそりシュークリームを」
エクスはどこを目指しているの?
「ところで、オーナー。少しだけ血を頂いていいですか?」
「俺でいいの?」
大丈夫? アラフォーの血だよ?
「オーナーがいいんです」
そう真剣にお願いされたら、断るなんて選択肢はない。
かといって、自分で傷つける勇気もない。
「大丈夫よ。優しくするから」
「いや、ひと思いにやって欲しいんだけど……」
なので、カイラさんに指先を切ってもらってポーションの空き瓶の底に溜まるぐらい血を注いだ。
「はい。ポーションです」
「別に、そこまでしなくても……」
「だめです」
はい。
本條さんに言われてポーションを飲むと、みるみる傷口が塞がった。痛みも消えている。
当たり前なんだろうけど、不思議だよな……。
そうこうしているうちに、どの素材を使うか決まったようだ。
「……これでいきましょう」
不要な素材が、CTみたいな装置で送り返される。それを《ホールディングバッグ》に回収。
「では、ホムンクルス製造スタートします」
エクスが宣言すると、コンソールのディスプレイに次々と見知らぬ文字が流れていった。早すぎて《トランスレーション》先生でも判別できない。
ホムンクルスの製造が始まったのだ。
一体、どんな体になるんだろうか。
俺の血はともかく、他の素材はどれも一級品だから失敗ってことはないだろうけど……。
世界樹の葉。
風精霊の髪。
水精霊の聖水。
異世界人の血。
そして、超巨大半魚人やらモンスターの主級素材がふんだんに使われた義腕。
……これ、ちょっと混ぜすぎなのでは? 合体事故で外道スライムになっちゃわない?
「エクス、どんな感じにしたの?」
「それは見てのお楽しみですね」
「何時間待てばいいんだ」
これがソシャゲだったら高速作成チケット的なアイテムで即終了させられるところだが、現実はそうはいかない。
――と、思っていたら。
「おかしいですねぇ。なぜか、5分で完成となっているんですが」
「それ本当に大丈夫なの?」
「失敗したのでしょうか?」
「いえ、これはむしろ大成功のようです」
大成功? ここで? 絶対失敗じゃなくて?
……もしかして、あのランタンの幸運効果が発揮された?
まさか、そんな都合のいいことが……。
「万が一にも人造霊魂が入り込まないように、もう、体に移動しますね」
「エクス……っ! しっかりな」
「はい!」
慌ただしい別れ。
エクスの姿が消え去り、装置の稼働音がやけに大きく響く。タブレットが、重たいんだが軽いんだかよく分からなくなる。
待ち時間の間に説明するつもりだったんだろうけど、急すぎるだろ……。
「エクスさんなら大丈夫よ。あまり心配すると、逆効果になるわ」
「うん。エクスだもんな」
「そうです。エクスさんですから」
カイラさんと本條さんに元気づけられながら、その時を待つ。
フラスコは曇っていて、なにが起こっているのかまったく分からない。
音も、機械が動いている音しかしない。
あっという間の。
しかし、永遠に感じる5分。
「ブザーが鳴りましたね」
「終わったのかしら?」
「…………」
中央の透明な筒――フラスコの中央が縦に開き、中から中学生ぐらいの少女が進み出る。
青い髪の少女。
一言で言えば、天使だった。
水がシルクのようになったドレスで身を包み、妖精のような翅と相まってあまりにも神秘的。
側頭部からは角のように枝が生え、まるでアンテナのよう。
手にはまた別のタブレットを持ち、顔立ちは幼さと大人びた印象が同居している。
完全に別人。
でも、分かる。
「エクス」
「はい、オーナー」
「気分はどう?」
「控えめに言って、最高です」
間髪入れずに返ってきた答え。
にこりと微笑むその笑顔まで天使だった。
というわけで、名実ともに電子の妖精となったエクスをこれからもよろしくお願いします。