43.エレクトラ対策会議(後)
「ホムンクルス製造装置、ありがたく使わせてもらいます。他でもないエクスのために」
「そうは言うても、ミナギはんらがおらんかったら雨ざらしになっとっただけやしな。好きにしてええで」
エクスが神妙な顔で頭を下げると、リディアさんは面倒くさそうに手を振った。
あえて『エクスのため』と言った意図も理解した上でのリアクション。
この辺は、数百年の時を閲した重みが感じられる。
「どうしても言うんなら、ワイロを増やしてくれればそれでええし」
「飲みきれないほど用意するよ」
エクスが決めた。リディアさんが受け入れた。
だからもう、うだうだ言わずに感謝して使わせてもらうだけだ。
「エクスさんが……」
「生身の体を……」
と、俺は割り切ったのにカイラさんと本條さんは浮かぬ顔。
エクスが体を持って、なにか心配が?
……あ、そうか。
「確かに、あんまり戦えない状態でエクスまで体を持ったらフォローする対象が増えるんだな……」
でも、これは背負うべきリスクだ。
今回を切り抜けるだけでなく、その後も活動するためには必要になる。
「迷惑を掛けると思うけど、協力して欲しい。お願いだ」
隣に座っているのでやりにくいが、俺は二人に頭を下げる。
「いえ、そういうことではなく……」
「それくらいはなんでもないのだけど……」
「むしろ、言われなくてもやります」
「そうよ。当然よね」
「え? 違うの?」
じゃあ、どんな心配が?
カイラさんと本條さんが、俺を挟み視線だけで会話を交わす。
いかなる内容が議論されたのかは分からない。
けれど、最終的に懸念は本條さんの口から表明される。
「その……。エクスさんが人間になったら、私たちはかなり劣勢に立たされるのではないかと心配をですね。してしまったのですが……?」
「は? 劣勢?」
思わず、いつものデフォ巫女衣装のエクスと顔を見合わせてしまった。
戦闘能力の話ではない。
じゃあなにかというと、もしかして俺がエクスといい仲になるんじゃないかという心配?
そりゃ、エクスのことは好きだよ。好きだけど……。
「別に、エクスはどうなってもエクスだしなぁ」
「オーナー、エクスが人間じゃなくて車になっても今まで通り接してくれますか?」
「むしろ燃える」
デビッド・ハッセルホフに改名していいぐらい。
いや、そこからさらに変形する勇者シリーズ路線というのもあるか?
「ということで、二人とも。完全に杞憂ですよ。そもそも、生身の体が手に入ったぐらいで関係が変わるというのは人間の思考です。電子の妖精たるエクスに、そのようなことはあり得ません」
「そういうものなのでしょうか……。人間と恋をするアンドロイドというのも散見されるのですが」
「エクス的には、綾乃ちゃんたちとオーナーの子供に英才教育を施したい派ですね!」
イイ……。
そういう、人間とは思考回路が違うってところイイネ。
推しの子供を育てたいって変換すると、えらくやべー感じになる? 気のせいに決まってるじゃあないか。
「今ひとつ釈然としないのだけど……」
「とりあえず、納得します」
カイラさんと本條さんも理解してくれたところで、話を先に進めよう。
「そんなに心配なら、体は男の娘にでもしますか?」
……進められなかった。
「エクスさんが男の子ですか?」
「はい。男の娘です」
「男の子ということは、小学生ぐらいの子供の体に入るということに?」
「そうですね。サイズは小さめになるでしょう」
齟齬が発生しつつあるような気がする。
「……なんだか、意味がよく分からないわね」
「確かにそうですね。性別が変わってエクスさんは混乱しないのでしょうか?」
「それもそうなのだけど、そういう意味ではなくてね」
カイラさんは、《トランスレーション》先生が効いているお陰で中途半端に意味が分かって混乱している。
「そういえば、無性のホムンクルスというのもおったなぁ」
「お姉ちゃんたちも、厳密に言えば性別は無いわね~」
「お姉ちゃんなのに」
つまり、正式にはオネニーサマということに?
……いや、よそう。俺の勝手な推測でみんなを混乱させたくない。
「そもそも、そんな自由に決められるもんなの?」
「最初は顔かたちひとつやったけど、問題が出てきたんである程度調整できるようになっとったはずやで」
スペースファンタジーの技術力すげえな。
「性別とか、その辺気にする必要はないよ。全部エクスに任せる」
「秋也さんがそう言うのであれば」
「私も異存はないわ」
「じゃあ、軽く準備をしてからファーストーンでマジックアイテム島へ移動して、エクスの器になるホムンクルスを作るのは確定として――」
でもって、エレクトラが操れる以上、ホムンクルスの中に入る……という表現で良いのか分からないけど、エクスが使えるのも確定。
材料にヴェインクラルの義腕を使うかどうかは保留。
「問題は、その先ね」
「地球へ戻ると、あの囲まれている状況になるのですよね」
メフルザードのときといい、戦闘中の転移は心臓に悪い。
そもそも、ピンチじゃなかったら逃げ帰ったりしないから当たり前だ。今回は、メフルザードみたいに舐めプしてくれそうにないしなぁ。
……そういえば、オルトヘイムで苦戦して地球へ戻るってないな。地球での戦闘が不意打ちに近い状態で始まるから仕方ないんだろうけど。
というか、吸血鬼とか人類を管理したいAIとかと遭遇することを想定しなきゃいけないのは無理がありすぎない?
「エクスは万全ではないとはいえ、それだけならみんなで切り抜ける方法はいくらでもありますよね?」
「そうね。戻ると同時に一斉攻撃を仕掛けてもいいし、適当な目くらましを使って一旦離脱しても構わないわ」
「お姉ちゃんも一緒に行けたら、さーって離脱しちゃうこともできるけど~?」
「俺が仲間だって認識しないと一緒に移動はできないので無理です」
「え~? 勇者くんひどいー。お姉ちゃん、泣いちゃう~?」
悪魔泣いちゃう? みたいに言われても困る。
「そもそも、地球で精霊が生存できるかも分からないんだし」
「むううん。あのぴっちりスーツ、お姉ちゃんの分も買ってもらえば良かった~」
ぴっちりスーツ言うな。事実だけどさ……。
本條さんもそうだけど、カイラさんが着ると相当際どくなりそうだけどさ……。
でも、早速役に立ったのは事実なんだよ。防弾チョッキ的な役立ち方は望んでなかったがね!
「まあ逃げるにしろ撃退するにしろ、その後のプランを先に考えておかないとなって俺は思うんだけど」
「秋也さんに賛成です。どうせなら、こちらで有用な物品を用意してから戻ったほうがいいでしょうし」
「エクスさんが、相手から奪われた力を取り戻す。あるいは、逆に相手の力を奪うような方法はないのかしら」
「やろうと思えば、直接撃ち込む論理錨鎖のようなものを開発することもできたでしょうが……」
「今のエクスじゃ、無理か」
「残念ながら。ネット上で直接対決できれば、可能性はありますけど……」
それは、こっちも奪われる危険性がある諸刃の剣だよな。
「俺の魅了とかで従わせても、一体だけじゃあんまり意味ないだろうし」
「ですね。エレクトラのネットワークから切り離して終わりでしょう」
「であれば、あの肉体はホムンクルスと同じように創造物なのよね? それを作る拠点があるのではない?」
「ありますが、そこが本拠地というわけでもありませんよ?」
「少なくとも、敵の戦力を低減させることは可能でしょう」
「それはそうですけど……」
「一箇所とは限らないよな」
バックアップは実際大事。
仮にも電子の妖精であるエレクトラが、それを知らないはずがない。
「エレクトラの本体は、どっかのサーバにいたりするわけ?」
「どちらとも言えないですね」
そうであるかもしれないし。そうでないかもしれない。
別にエクスがガンダルフになったわけではなく、本当に分からないのだろう。
「どこかのサーバに間借りするようなこともできなくはないです。そのほうが、演算リソースに余裕が出るのも確かです」
「でも、今、そうしているかどうかは分からない……と」
う~ん。やりにくい相手だな……。
「正直意味が分からんのやけど、本体がいくつもあるようなもんやん。そんなことありえるん?」
「その分、弱体化するんじゃないのかしら~?」
「でも、データの複製とか分散が容易なのがネットの特性だからなぁ」
そもそも、エクスもエレクトラもそれ自体がネット上を自由に移動できるスパコンみたいなもんなんだよな。効率的に現実へ力を振るうために、タブレットとか肉体を使っているだけで。
「なるほど、分かったわ。敵はアストラル体で、現実で自由に動かせる肉体をいくつも同時に操れるということなのね」
「なんやそれ。そもそも、同じステージに立っとらんやん」
「空から海のお魚を捕まえようとしている感じ~?」
「かといって、俺たちもネットにダイブとかできないしなぁ」
そういうのは少佐と公安9課のお仕事だ。
「いえ……」
ところが。エクスの瞳に強い光が宿った。
無意識に口に手をやり、計算を開始し――終える。
「いけるかもしれません……」
「マジで?」
「そんな。本当に、SFみたいなことができるのですか?」
エクスの思わぬ言葉に、俺と本條さん――地球人たちが思わず腰を浮かしかける。
「ありましたよね、【ヘルム・オブ・イメージプロジェクション】」
「ああ。文章とか絵を出力するヘルメット……」
「あれを《マナ・リギング》で操って、クラックしたら意識をネットにダイブさせることは不可能ではない……かもしれません」
「それ、俺たちの意識大丈夫なんだろうか?」
今さら危険を厭うことはないが、せっかくダイブできてもまともに動けないとかだと意味がない。
「どこだか分からないけど、【リアリティバブル・スーツ】を着ていれば大丈夫なのではない?」
「いや、物理的に移動するわけじゃないし……」
「同期さえしていれば、装備はそのまま持ち込める……かもしれません。あ、これいける。ほんとにいけますよ!? 実際試してみないとですが、電子の妖精としての勘が大丈夫だとささやいています」
……お?
これ本当に、ネットの世界の広大さを知る展開になりそう?
なぜ、俺は首にジャックイン用のソケットを埋め込んでいなかったんだ……。
「よう分からんけど、幽体離脱とかやりやすくなるポーションとかなら作れるで?」
「あ、霊体もネット上の意識体も、本質は同じ……? そこで、オーナーたちに分かりやすいテクスチャを貼ってしまえばこちらのものでは? ふっふっふ。こちらは魔法と科学を融合させて出し抜いてみせますよ、エレクトラ!」
本当に実行されるかは分からないけど。
とりあえず、エクスは完全に立ち直ってくれたみたいだ。
それが一番嬉しかった。
エクスの体はどうなる?
1.天使に決まってるだろ。常識で考えて。
2.こんなに可愛い子が女の子のはずないじゃないか。
3.メカ娘! メカ娘じゃないか!
※アンケートではありません