42.エレクトラ対策会議(前)
「やっぱり、厄介事に巻き込まれとるやん。一体なんやの?」
「仕方ないわ~。それが、勇者だもの~」
館のリビングへ移動し、二人に地球でなにかあったのか説明したところ。
リディアさんからは呆れ混じりに心配され、風の精霊からは納得されてしまった。
理解しにくい部分もあっただろうが、《トランスレーション》先生のお陰でニュアンスは伝わったはず。
それなのに、この反応。
解せぬ。
「まあでも、それが大切な出会いになったりするわけでね?」
カイラさんとの出会いは、ヴェインクラルという厄介事にこっちから巻き込まれに行く形だった。
本條さんとの出会いはメフルザードとの対決につながるものだったが、それがどうした。
どちらも、まったく後悔はしていない。
失うことからすべては始まるではないが、人間万事塞翁が馬。厄介事だからって、最後まで全部悪いことじゃあない。
「秋也さん……」
「ミナギくん……」
当たり前のことを言っただけなのに、二人は同時にきらきらし始めた。
いつの間に、指輪入れ替えてたの……?
あと、リディアさんは「ウチ、ナイスアシストやろ?」ってドヤ顔するんじゃない。
「オーナーのお心は素晴らしいですが、エレクトラはきっちり潰しますよ」
「エクスが、めっちゃ武闘派だ……」
いや、過激派か? とにかく、いつになくお怒りだ。
これもキャラ被りに入るんだろうか?
「私も賛成よ。向こうから手を出してきた以上、反撃しないといけないわ。これは義務よ」
「エクスさんは、人類を管理するという計画には反対なのでしょうか?」
「そこは共感する部分がないでもないと言いますか……麻疹みたいなところがありまして」
「はしか」
電子の妖精特有の中二病みたいな?
それが人類の管理って話になると、スケールがでかいとしか言えない。
「以前から誘いは受けていたんですが、断っていたんですよね。うるさいので行方をくらましてネットの海を漂っていたところ……」
「それで偶然俺のタブレットに……か」
ある意味、いい隠れ蓑だったんだろう。エクスの役に立ったのなら、俺の社畜人生も無駄じゃなかった。
だけど。
最近、会社設立とかメフルザードの遺産を使えるようにするとかでわりと派手に動いたしな。その辺で、相手の網に引っかかってしまったというところだろうか。
だから、エクスは外じゃあんまり出てこようとしなかったんだな。
「実際やろうと思えばできますけど、人類の同意も得ずにやるのはちょっと違うとエクスは思うんですよね。宇宙人がいきなり現れて人類の文明を進歩させてやろうとか言い出したら、どん引きですよね?」
「いや、どん引きじゃ済まねえと思うけど」
地球大混乱だよ。俺の名前はエイジじゃないけど、地球が狙われてるよ。最悪、スパロボ始まっちゃうよ。
「それに、今はオーナーのお世話が楽しいので。そんな気は、まったくありません」
「俺、全人類と天秤にかけられるの?」
どんだけ手間がかかるんだよ。
「だって、オーナーはご飯食べないですし、徹夜しますし、ブラックなのに会社辞めないですし、ご飯食べてもエナドリとシュークリームで済ませますし、カフェインに頼りまくりですし、会社を辞めてもブラック思考染みついてますし」
「あ、うん」
はい! この話題終わり!
俺が、人類の管理してってお願いしたら実行されそうだから終わり!
「ところで、さっきからエクスはコスプレもしてないよな? やっぱり、結構厳しい状態だったり?」
「そうね。どういう状態なのかは気になるわ」
「うっ……」
俺とカイラさんに見つめられ、エクスがたじろぐ。
いつもなら小道具にカツ丼でも出してきそうなシチュエーションだが、それもない。
「《ホームアプリ》は、なんとかいけます。《水行師》のマクロも、強化なしなら大丈夫です」
「《マナ・リギング》は?」
「ひとつだけなら……ですね」
予想よりはマシだけど、それでも現実を突きつけられると厳しい。
「あと、スキルやアプリの新規取得も無理そうです」
「私も確認したいのですが」
律儀に手を挙げた本條さんが、遠慮がちに。だけど、気後れすることなく疑問を口にする。
「エクスさんが出てこなかったのは、あの論理榴弾でしたか? あの攻撃を予期していたからなのですよね?」
「認めるのはしゃくですけど、そういうことです。あれでエクスの機能が、だいぶ奪われてしまいました」
「……先にあれをどうにかしないと、またエクスが弱体化しちゃうか」
地球へ戻るには、エクスに《ホームアプリ》を使ってもらわなきゃならない。
けれど、使った直後はエレクトラたちが待ち受けている。
しかも、俺はほとんど役に立たない。
あれ? この状況詰んでない?
「まあ、できる限りのバフはかけるにしても……」
「相手の手札が、あれだけとは限らないわよ」
「だよね」
「秋也さんの家も、知られてしまっています」
「ああ、それもあった」
あの場を切り抜けられても、解決にはならないんだよな。一体、エレクトラが何人いるか分からないし。
元を絶つにしても、どうすりゃいいんだ?
「とりあえず、一回は反撃して交渉に持ち込むか」
「そうですねぇ。できればあの場で決着をつけたいのですが現実には厳しいです。ぐぬぬ……。愚妹め……」
「選挙に出るよう説得とかできねえかな……」
「選挙ですか?」
「まずは、AIに人権を認めさせるところからになるけど」
……おや? なんかものすごい遠大なテーマになってしまったぞ。
「それなら、政治力のある人間を適当に説得してAI管理の実現を訴えたほうが早いですね」
「エクスさん……あの……妹さんが、それをやろうとしているということは……」
「ありえますねぇ」
あ、これちゃんと「お話」しないとだめなやつだ。
「最悪、俺がヴェインクラルの義腕も使うことを考えるべきか……」
とにかく、俺がエクス抜きだと使い物にならないのがネックなので。多少の無茶は承知でやんなきゃいけない。
「私は反対よ。死んだら元も子もないわ」
カイラさんの言葉はもっともで。
だからこそ、予想できたもの。
ゆえに、対策も一応考えてある。
「本條さんには、吸血鬼の眷属を作る能力を取ってもらって、いざとなったら俺を生き返らせる手もあるかなって」
「なるほど……。ですが、そうなると秋也さんは本当に吸血鬼になってしまうのではないですか?」
アラフォーの吸血鬼か……。それはちょっと美しくないな。
吸血鬼っていうのは、耽美で……美形で……。なんていうか、退廃的じゃなきゃだめなんだ。
「まあ、そこは最悪はということで」
「それくらいなら、エクスが使いますよ?」
「ああ、《マナ・リギング》なら安全に……って、だめじゃん」
エクスがいないと、なにもできねえなぁ。
「ちょっと不思議なんだけど~」
「なにか気付いた?」
「なんで、そのエレクトラって娘たちは同じ攻撃受けても大丈夫なのかしら~」
「……そう言われてみると確かに」
範囲攻撃だったから、エレクトラも影響受けるはずだよな?
第三者視点の風の精霊だからこそ出てきた指摘に、俺たちは考え込む。
対エクス専用にチューニングされてるとか?
そんな便利なことできる?
「それは簡単なことです」
だが、エクスには分かりきったことだったようだ。
「エレクトラたちは、生身の体の中にいますから」
「ああ……。機械の体じゃなかったのってそういう意味もあったのか」
「技術的な問題の他に、メリットがあるからですね」
突破口になるかと思ったけど、そう簡単にはいかないか。
「でも、論理榴弾をどうにかするっていう方向性は間違ってないんじゃないか?」
「そうですね。なにか、妨害する手段があれば良いのですが」
「今のエクスでは難しいですね……」
やはり、機能が制限されていると論理榴弾への抗体作成とかもできないんだろう。
「そんなら、エクスはんも生身の体を持ったら?」
「いや、そんな簡単には……」
思わずリディアさんに胡乱な視線を向けてしまうが、ニヤリと微笑むだけ。
そして、片眼鏡の吸血鬼は爆弾を落とす。
「ホムンクルスを、作ったらええやないの」
「え?」
「やっぱ気付いてたか……」
「え?」
なんのことか分からないと呆然とする。でも、そんな状態でも美人な本條さんに宇宙船でのことを軽く説明。
「そうだったのですか……。なにも言わなかったのは正解だと思いますが……」
「かまへん、かまへん。なんとかしてくれへんと、英雄界のお酒がウチのところに来てくれへんやん」
本條さんから気遣わしげな視線を送られても、リディアさんは手を横に振るだけ。
まったく気にしてなさそうなんだけど……それでこっちの罪悪感が減るわけじゃないんだよなぁ。
「そりゃまあ、ウチも思うところがないわけやないけどな? 今回は魂入れずに器だけやろ? そんなに気にすることないで」
「すぐ使い物になるものなのかしら?」
なおも困惑する俺とは違い、カイラさんが実用的な面から切り込んだ。
「それは触媒次第やな」
「触媒? 魔力水晶とか、モンスターの素材とか?」
「せやな。でも、その辺を組み合わせたんがもうあるやないの」
「あ。ヴェインクラルの腕……」
確かに、あれは主の素材でできたマジックアイテムだったよな……。
これが有効活用か。
え? ほんとに? ヴェインクラルの義腕がエクスの体になるの?