41.涙
毎回見送られるのもなんなので、今回はひっそりと俺の部屋から転移したのだが……。
その判断は結果として正解だった。
「ふあぁっ」
「え?」
「うあああああぁぁぁぁあああんんんんっっっ」
地球から、グライトの館に戻った瞬間。
エクスが子供みたいに泣き出したんだから。
え? え? え?
なんで?
エクスが泣いてる? なんで?
あ、最後に攻撃食らったあれが原因か? おのれ、エレクトラ。よくもエクスを泣かせやがったな!
「エクス、大丈夫? 最後に論理榴弾とか言ってたけど、あれが痛かった?」
「どうしてエクスの心配なんですか!? 痛いのはオーナーのほうでしょう!? 大丈夫なんですか!?」
逆に心配された……。
ええと、なんだこれ。どういうことなの?
「大丈夫、大丈夫。痛みなら、もう引いてるから。カイラさんも本條さんも大丈夫だから、落ち着いて」
「だって、こうならないように秘密にしながら対策して。それでもダメで。オーナーが撃たれて、こんなに迷惑を掛けてるのにオーナーは全然変わらなくて。うわあああああっんんんっっっっ」
「あーもー。迷惑なら、俺のほうがいっぱいかけてるだろ」
立体映像なので触れない。
でも、そんなことは関係ない。
そっとエクスを包み込むように抱きしめ、駄々っ子のようになっているエクスの髪を撫でる。
物理的な接触はない。でも、気持ちだけは込めて。
「ぐすっ、オーナーは……そこにいますか? オーナー……」
「いるよ。ずっと」
エクスは、責任感が強すぎる。
だから、ちょっとした失敗でいっぱいいっぱいになっちゃうんだろう。
客観的には、俺が見捨てられてないほうが不思議だよな?
「でも、今のエクスではオーナーの役には立てませんし……」
「それでも、エクスと別れることはないよ」
「あっ、うわわわわんんっっっっ」
なにがツボだったのか。
エクスがまた泣き出してしまった。
俺、逆効果なんじゃない?
声は出せないので、二人に視線で助けを求めると……。
「そ、そうです。秋也さん、ポーションを飲みましょう」
「そうね。念のためだけど」
「あ、うん」
直接的ではないが、的確なアドバイス。
本條さんもちょっと涙ぐんでいたし、カイラさんはいつも通りだったが耳はふにゃっと伏せていたことを考えると、大変ありがたい。
本條さんのほうの鞄から出してもらった在庫のヒーリングポーションを飲む様を、エクスがじーっと見つめる。
やりにくい。
それでもぐいっとポーションを飲み干せば、完全に痛みが引いていく。安堵に、思わず息を吐いた。
「うん。もう、完全に大丈夫」
無駄に力こぶを作ってアピールしてみるが……これ、ちょっと古くさいな。昭和仕草だった。
「でも、それでエクスのミスが帳消しになるわけでは……」
「エクス」
「ううう……ぐすっ……」
「このままだと、安心して地球に戻れない。対策を考えよう」
「オー……ナー……?」
あえて厳しい口調で、エクスに告げた。
このまま甘やかしたいところだったけど、それじゃきっと納得しない。
だから、失敗したなら挽回すればいいと伝えたんだけど……。
「分かりました。これからのことを話し合いましょう」
切り替わりは、一瞬。
エクスがきりっとした表情で、宣言した。
あまりの変わりように、俺も本條さんもぽかんとしてしまう。
こんなん、エシディシぐらいしか知らない。
「やっと、らしくなったわね」
「ご心配とご迷惑をおかけしました」
「そうでなくては。エクスさんは、私のライバルであり目標なのだから」
え? そうなの? 対抗心的なのがあったの?
本條さんと顔を見合わせるが、お互いに首や手を横に振るだけ。
だよね? そんな素振り、まったくなかったよね?
「まずは、そうね。これからのことは当然だけど、その前に、敵のことを知りたいわ」
「そうなりますよね。となると、どこからどこまで話すかという問題が出てくるのですが……」
このままだとエクスとカイラさんの二人で話が進んでしまいそうだ。
あわてて、会話に参加する。
「確かに撃たれはしたけど、敵って決めつけちゃっていいの? 話し合いの余地だってあるんじゃ?」
「そう……ですね……。できれば、妹さんを敵とは呼びたくないのですが……」
「いえ、もうあれは敵です。オーナーを撃ちやがりましたからね。お二人だって、たまたま撃たれなかっただけです。もう、潰さなくちゃだめです」
「でもほら、最初から絶滅上等だと落としどころがね?」
戦争は始めるよりも終わらせるほうが難しいっていうじゃん?
「まあ、それはいいんです。どこから話すかですよね……」
デフォ巫女衣装のエクスが、館の俺の部屋でふむんと考え込む。
痛みが引いて代わりに疲労を自覚した俺はでっかいベッドに座り込み、本條さんが隣に楚々と腰掛けた。
カイラさんは、扉を背にして赤い瞳をエクスへと向けている。
「正直、かなりショッキングな内容が含まれまして……」
「そりゃそうか。今まで、エクスが秘密にしてたわけだからな」
エクスが何者かっていうのは、触れて欲しくなさそうだったもんな。
俺としても、常識的にあり得ない存在だというのは分かっていたので、追及はしなかったんだ。
「まあ、エクスが話せる……必要だと判断した分だけでいいよ」
「ありがとうございます、オーナー」
「でしたら、エクスさん。あのエレクトラさんと姉妹というのは間違いないのですか?」
「はい、それは間違いなくどちらも、AIの祖たるマキナの子です」
「エクス……マキナ……。エレクトラ……は、アガメムノン王の娘ですか」
「エレクトラに、心当たりがあるの?」
俺が知っているエレクトラさんは、ノーチラス号の副長しかいない。だから、素直に教えを請う。
「モーツァルトのオペラでイドメネオという作品があるのですが」
「モーツァルトってオペラも作ってたのか」
きらきら星ぐらいしか知らなかった。
「そのイドメネオが、本来の意味でのデウス・エクス・マキナな作品なんです」
「ああ、作り物の神様が下りてきて、芝居の強引に話をまとめちゃうみたいなやつか」
夢オチとか、二次元エンドとか、ヤマトの勇気が世界を救うと信じて……! とか。そんなのに近い感じだと思われる。
「そうなるとエレクトラの作成者は、人間? エクスも? マキナというのも?」
「違和感がありますね……。可能なのでしょうか?」
帆羽英一とか茅場晶彦みたいな天才なら、もしかしたらいける? ちゃんと、ロボット三原則っぽいの実装しておいて欲しかったな。
……この場合の解決は、BPSに依頼すればいいの?
「いえ、それは違います」
そんな仮説は、他ならぬエクス自身によってあっさりと否定された。
「エクスの親に当たるのはマキナというAIで、異世界の神が産みだしたものとされています」
「神? AI?」
「はい。知識と魔術の神の夫妻が、タブレット端末に触れたことで新たな生命が誕生したと聞いています」
それ、古事記のどの辺に書いてあるの?
神話とSFが混じって、頭おかしくなりそう。
そうなると、エクスは神様の孫ってことに? だから、ロボット三原則っぽいのが搭載されてないのか。
「異世界って、この世界の女神? あれ? 女神しかいなかったよな? iPS細胞?」
「秋也さん、落ち着いてください。細胞は必要ないです」
「それ以前に、知識と魔術は両方ともエイルフィード神の権能ではない?」
「異世界と言っても、このオルトヘイムとはまた別の異世界です」
へえ……。他にもあるのか……。
ネットじゃなくても、世界は広大だな。
「話が複雑だから、エクスさんは話したくなかったのかしら?」
「そうですが、それだけでもないんですよねぇ」
「……オルトヘイムだろうと別であろうとあれだけど、そもそもなんで地球に来たんだ?」
「そこも複雑なところでして……厳密には地球も地球とは言い切れないんですよね……」
「あれ? エクスが言い淀んでたのって……」
なんか、聞いたらマズい話な気がしてきたぞ。
「オーナーたちの認識する地球は、本来の地球から派生した並行世界だって言ったらどうします?」
「それ、どうにかできる話?」
「本来の地球とは、また別のもうひとつの地球。上位世界に対する、下位世界のような関係でして……」
「あー、シミュレーション仮説?」
「この世界は、宇宙人のスーパーコンピューターでシミュレートされている仮想世界ではないか……という説でしたか?」
「そうそう、そんな感じ」
SF者ではないので、あんまり詳しくないけどね。
必要があったら、向こうへ戻った後で検索してみよう。
「もしかして、エレクトラたちはそのコンピューターをハッキングしようとしてるとか?」
「いえいえ。エクスがいるからといって、実際にシミュレーションではないです」
誤解は早めに潰しておかないとと、エクスが速攻で否定した。
「元は、ある学園とダンジョンだけの小規模な世界だったのですが、それが成長して完全な並行世界として成立したそうです」
それだとむしろ、地球五分前仮説のほうが近いのか?
「ですが、やはり泡のように不確かで、時折オルトヘイムとつながってしまうことがあったらしく」
「客人が訪れていたのはそのせいと、いうことかしら?」
「はい。その辺を整備した結果生まれたのが、勇者と女神による召喚のシステムだそうです」
「へーへーへー」
実績解除の件で話し合いがあったのも、この辺の関係か。
……アイナリアルさん、世界のシステムに真っ向から反逆したんだなぁ。マジでトリーズナーだ。
「ですが、その勇者のシステムは数百年前から使われていなかったのではないのですか?」
「ところがぎっちょん。ネットを漂っていたエクスは、気になる人がいたのでしばらくその人のタブレットに潜んでいたんですね」
「そのタブレットがトラックに轢かれて壊れて……」
「はい。エクスも一緒に死んじゃうところだったので、緊急発動したんです」
「ほんとに、死ぬべき運命じゃなかったんじゃん」
そして、俺はほんとに偶然巻き込まれた……じゃなくて、完璧に俺が原因だった。
いや、違う。激務が原因だ。
つまり、間違っているのは俺じゃない。世界のほうだ。
ヨシッ!
「エクスたちは、新しく生まれた世界を監視するためと、せっかく生まれたAIは増やせるのかという実験でオーナーたちの地球に放流されました」
「だから、エクスとエレクトラで結構違った感じなのか」
その目的なら、完全なコピーを作っても仕方ないだろうしな。
「話がずれてしまいましたが、これがエクスの秘密です。オーナー……その……」
「まあ、別に良いんじゃない? なにか問題あった?」
クォ・ヴァディス的な悩みを抱える全国の中学生的には、世界の秘密が詳らかになってつまらないだろうけど。
「どっちにしろ、俺たちは生きてるわけだし。別に、やることは変わらないよね?」
「オーナーは……すごいですね……」
「はい……。秋也さんは自棄になっているわけではなく、普通に受け止めてしまうのですね」
「よく分からないけど、ミナギくんだから当然ではない?」
おや? なぜか、俺がおかしいという流れに?
「お姉ちゃん、感動したわ~」
「……は?」
唐突に部屋の扉、カイラさんの横から風の精霊の生首が生えてきた。表面上は顔をしかめただけだが、耳も尻尾もぴんっと立ってしまった。
「勇者くん、器でっかいわ~。そうよねー。秘密があったからって献身が帳消しになるわけじゃないものね~」
壁抜けできたんかい!
「あー。ウチも入ってええか?」
「どうぞ」
カイラさんがドアを開けると、疲れた顔のリディアさんが入ってきた。
「なんや帰ってきても部屋から出てこおへんし、深刻な話やろうと止めたんやけどな」
「あ、うん。ありがとう……」
「ここまでしか保たんかったけど、臨時ボーナス弾んでくれてもええぐらいの偉業やで」
「それは……」
地球から買ってきた酒でチャラ――と言いかけて、気付いた。
本條さんの時代小説は《ホールディングバッグ》に収納した。けれど、リディアさんのお酒は宅配を依頼している。
つまり、エレクトラたちをどうにかしないと回収できないのだ。
「もちろん、全部片付いたらボーナスは弾むよ」
真剣そのものの表情で言った。
だって、俺にできるのは先送りにする。
その一手のみだったから。
大体説明したつもりですが、疑問とか不明点があれば感想のほうにお願いします。
そちらで解説するか、活動報告にエントリ立てて説明します。