37.吸血鬼の宙船(後)
「はい! そんなわけで、重苦しいのは終いや。終わり。閉店や」
手を叩くことはできないので、大きく足を踏みならしてリディアさんは言った。
風の精霊さえもぽかんとしているが、一番びっくりしたのは本條さんに違いない。
「え? ですけど……」
「ええねん。もう、何百年も前のことなんやからな。そんなん引きずるなんて、あほくさいわ」
「あんまり無理されると、こっちとしても痛々しいんだけど……」
「なんでやねん! 思うとった反応と、ちゃうねんけど」
なんでもなにも。起こったのは何百年も前でも、思い出したのはたった今じゃん。現実感がないって言ってたけど、映画を見たってもうちょっと余韻が残るというもの。
つまり、変な配慮をしているのは明白だった。
「ひとつ確認しておきたいのだけど」
しかし、そこであえて空気を読まないのがカイラさん。
そういうことならと、リディアさんに質問をぶつける。
「結局、追っていた吸血鬼というのはどうなったのかしら」
「ああ、そう言えば……」
魔力航行船内部のあれこれがショック大きくて忘れてたが、肝心の追跡対象が影も形もなかった。
もし、危険があるのであれば根を断たねばならない。
カイラさんは多くを語らないが、ぴんと立った耳からはその決意を感じた。
「ああ、それな。共産主義の村に迷い込んだ吸血鬼、あれがきっとウチらの追っとった同族やな」
「ええ……」
あれ確か、いいように使われた挙げ句に内ゲバと弾圧で滅んだんじゃなかったっけ?
どうやら地球の吸血鬼とは無関係だったようだが……もっとひどい結論になった。
「ウチらも目的は達してたんやな……。だいぶ、時間は違うたけど」
と、寂しげに笑った。
「もしかしたら、昔のお仲間がこっちに漂着したから釣られたのかもしれないわね~」
「なるほど。皮肉なもんやな」
それで終わりにするつもりなのか、リディアさんは本條さんの手を離した。
「それよりも、ミナギはん。家捜しせんでええの? なにか、売れる物が残っとるかもしれへんで?」
「ええぇ……」
漁れと?
船に残ってるかもしれないマジックアイテムとかを、持って帰れと?
「それはさすがに、心情的にさぁ」
「かまへん、かまへん。ここに残したって仕方あらへん」
「私も秋也さんに賛成ですが、使ったほうが供養になるという考え方も分からなくはないです」
「とりあえず、探索するのは賛成よ。危険物が残っていたら回収しておくべきでしょう?」
「……そういうことなら」
勇者には、家のタンスを勝手に開ける宿命でもあるのか。
そう言われては、うなずくしかなかった。
「じゃあ、ちょっと地図を呼び出してみましょう」
「あー。個人の部屋なんかないから安心してええよ」
「個室がない? 本はどこで読めば……?」
ツッコミを入れる前に、エクスが正面のスクリーンに船内の見取り図を出す。
そこには、確かに個室のようなものは存在していなかった。あるのは、大きめの会議室と運動場のようなスペース。
食堂もなければ、浴場のようなものもない。
あるのは、格納庫を改造したホムンクルスたちの住居。
そして、墓場と記された一角ぐらい。ドーム状の空間っぽいが、ここに棺が?
「もしかして、棺を安置してるから墓場なのか?」
「これが、吸血鬼のセンスや」
「ドヤ顔されても」
ブラックジョークって、時と場合によるよね
「ま、棺があれば満足するのも吸血鬼が魔力航行船向けの種族と言われた由縁やな」
「でも、そのせいで船に乗って逃げ出しちゃったのよね~」
「絵を裏から見て、表と同じ物が見えるとは限らへんってやつやな」
故郷のことわざかなんかだろうか?
イラストレーターの人が聞いたら、憤死するんじゃない?
「とりあえず、ここに向かうということでいいのではない?」
「オーナー、よろしいですか?」
「ああ」
「了解です。それでは、ナビゲートします」
ツアコンみたいな旗を持ったエクスに従って、艦橋を出る。
船の中心部にある艦橋に対し、墓場は船尾に近いほうにあった。
本條さんに光の魔法を使ってもらい、俺たちは固まって移動した。
『オーナー、ひとつご相談が』
その途中、エクスがタブレットに文字を表示させた。俺だけに聞かせたい情報らしい。
『どうかした?』
『ホムンクルス製造装置はどうします?』
『どうにかしなきゃいけない状況なの?』
『これ、エクスなら再起動できそうです』
『封印しよう』
驚きではなく、行動方針の言葉が出てきたことに自分でびっくりする。
でも、間違いじゃない。
壊すのも、リディアさんに言うのも違う。
このままひっそりと終わらせよう。
『受諾。オーナーの御心のままに』
『よろしく』
秘密の会話を手早く終えると、歩きながらふと気付いた態で疑問を口にする。
「そういえば、ここに来るまで戦闘の痕跡みたいなのはなかったよな」
「奇襲がばっちり決まってもうたしなぁ」
それにと、しっかりとした足取りのリディアさんが続ける。
「魔力航行船には自動修復と洗浄の機能があるよって、完全に機能停止する前に片付けたんやろな」
「すごくね?」
「魔法で水作ったり、簡単な物品の修理ぐらい余裕やろ。パイプにポーション流して、自動散布して緊急修理もできるし」
「なにそれ、すごい。スペースファンタジーじゃん」
「外の装甲の修復もしようとしたのではない?」
「そうですね。だからこそ、そのまま残されることになったのでしょう」
船体がバラバラになってたら、運び出したりできただろうしな
とはいえ、争いの跡がなにもないというのも残酷な話だ。
……と思っていたのは、墓場――吸血鬼たちの住居にたどり着くまで。
もちろん扉は封印されていたが、《マナ・リギング》で掌握したエクスはスケルトンキーを持っているようなもの。
そうして数百年振りに開かれた、吸血鬼たちの住居。
そこは――廃墟だった。
「これは……」
「ひどいもんやな」
リディアさんは笑うが、こっちはそんな気分にはなれない。
半球状の半径15メートルぐらいの空間。
その壁一面に立てかけられた100は下らないだろう棺。
どれもこれも穴が空き、ほとんど朽ちている。率直に言ってしまえば、棺だった物。残骸だ。
しかも、久々に新鮮な空気に触れたせいで、破壊は進んでいく。
「ここまでになってるとは思わんかったわ。皆さん、偉うすまんことしてもうたわ」
「リディアさんに謝られることじゃないけど……」
どうする? と、カイラさんと本條さんを見つめる。
「棺だけでも、荼毘に付したほうが……いえ、これは私たちの感傷でしょうか」
「とはいえ、見つけてしまった以上このままにはしておけないわ」
だよね。
かなり時間はかかりそうだけど……頑張ろう。
「良ければ、あとでお姉ちゃんが全部世界樹のところに運んでおくわよ~」
しかし、そこで風の精霊が待ったを掛ける。
「風でなんとかできるのか……。でも、なんで世界樹の?」
「あそこで、綺麗してくれると思うわ~」
「おっし。それでええで。エクスはんは、悪いけど価値がある物がないか探してくれへん?」
「オーナー、どうします?」
「まあ、一応確認だけな」
部屋の中心部でタブレットを掲げてぐるっと回る。
「う~ん。結構、反応するのがありますね」
「回収してくるわ」
尻尾をふぁっさふぁっさするカイラさんが、エクスの指示に従って棺の残骸からいくつかのアイテムを運んで来た。
「同じ物ばかりね」
床に並べられたのは、陸上のバトンみたいな筒と手のひらサイズの球体がいくつか。球体のほうは、リアルで回すほうのガチャのカプセルみたいな感じだ。
「これ、大知少年がもってたやつじゃない?」
「似ていますね。確か、フォースパイルでしたか?」
「それで間違いないみたいですよ」
と、エクスが鑑定結果を見せてくれる。
【フォースパイル】
価格:6,400金貨
等級:古代級
種別:武器(様々)
効果:50cm程度の筒。片手でも両手でも扱える。
魔力を込めることで、使用者の任意の武器を創造する。
さらに攻撃前に魔力を10消費することで、この武器による攻撃は装甲を無視するようになる。
「このオルトヘイムじゃなくて、惑星セリル原産のマジックアイテムだったんだろうか」
「まったく関わりが無いとは言いきれませんが……。単純に、同じアイテムが作られたという可能性もありそうです」
そうだよね。単純に、スターでウォーズするからフォースなのかもしれないし。
「こっちのカプセル状のは、防具のようですね」
「防具? これが?」
訝しみつつ次の鑑定結果に目をやれば――
【フォースシールド】
価格:4,500金貨
等級:古代級
種別:防具(盾)
効果:魔力を込めることで自律稼働する小型の盾。
球形のコアユニットから放射状に魔力のフィールドが発生する。
物理的・魔法的な攻撃に対して自動的に反応し、魔力を込めた使用者を守る。
――確かに、防具だった。
「石を消費することで起動できるようにハックできれば、オーナーの守りがさらに万全に」
「それ、守れるの俺だけじゃなくない?」
「……はっ。そういえば、特に射程の制限もなさそうですね」
使うのなら、普段はポケットとかに入れておいて起動はエクスに一任したほうが良さそうだ。
まあ、所有権はリディアさんにあるけど。
「これだけが使用可能な状態で残っているということは、その分、数も多かったのかしら」
「宇宙に出た吸血鬼たちの標準装備だったのかな?」
「まあ、そんなとこやな」
もうちょっと生活感があるというか。遺品になるようなのがあったほうが……いや、それはリディアさんには酷か。
「人数分あるみたいやし、一人一個ずつ分けようか」
「いいの?」
「構へん、構へん。売っても構へんで」
「売らねえよ」
「記念品よね~」
リディアさんなりのお礼ってところだろうか。これは、受け取らないほうがマズいよな。
風の精霊も喜んでるし、それに便乗してもらっておこう。
「じゃあ、フォースシールドは有効活用させてもらうよ」
「なんなら、ウチのフォースパイルも使こうて二刀流してもええで?」
「くっ」
二刀流だけは、いまだに俺のことをどうにかしやがる。
「あと、ひとつだけ傷のない棺が残っていたわ」
俺の不治の病が発動しかけたことも気付かず、カイラさんが黒い飾り気のないシンプルな棺を運んで来た。
それを見たリディアさんが、驚きに片眼鏡で覆われた目を見開く。
「残ってたんかい。ウチの棺……」
「話を聞く限り、偶然ではないと思うわよ」
「せやな……」
誰もなにも言わない。
沈黙のなか、リディアさんは慈しむように棺を撫で振り返って言った。
「まあ、せっかくや屋敷で使うわ」
「ああ。運ぶのは任せて」
棺を《ホールディングバッグ》に格納して、文字通りの墓所となった部屋を後にした。
そうして、魔力航行船の探索を続けた……が。良くも悪くも、棺の間のようなことは起こらなかった。
吸血鬼もホムンクルスも、どちらの遺体も見つからず。とっくに風化してしまったのか手記らしき物もない。
空虚な廃墟。
巨大な墓標。
一通り捜索を終え、俺たちは揃って外に出た。
「戦闘もトラップもなかったわね」
「まあ、安全第一ってことで」
もう、太陽が沈みかけていた。
「こんなもんかいな」
「そうですね。なにかありそうなところは、概ね回ったと思います」
エクスのお陰でほぼフリーパスだったのだが、運動場やら会議スペースになにかあるはずもなく。
ホムンクルスたちの控え室に至っては、ほんとになんにもなかった。空っぽだ。
「冷静に考えると、そりゃ叛乱も起こされるってもんやで」
と、リディアさんがあきれるぐらい。
「さて、ミナギはん」
装甲の裂け目から外に出て太陽を背にし、じっと俺のことを見つめるリディアさん。
あ。これ、ホムンクルス製造装置を黙って封印した件ばれてるな。
直感的に答えにたどり着いたが、そこを直接追及されることはなかった。
「自分、余計なことをしたとか思ってそうやけどな」
「いいことをしたとは、思ってないよ」
「でも、悪いことやなかったと思うで」
俺は答えない。
そうだったらいいなと思うだけ。
「なにより」
そんな俺に、リディアさんは片眼鏡の向こうで笑顔を作る。
「もう、ウチ絶対冒険者の真似事なんてようせんわ。そういう知見が得られただけで、大収穫やで」
「ニート宣言された……」
まあ、薬師としてのリディアさんにはお世話になってるから普段はニートでもいいんだが。
「でも、あれだ。慰謝料代わりに、今度地球で高い酒を買って来るよ。たぶん、世界樹のワインより」
「ウチ、今まで秘密にしてたんやけど……質より量が信条やねん」
「ほんとに安酒買ってくるぞ」
「ええよ、ええよ。酔えればなんでもええねん」
「アル中か」
変な飲み方されないように、結構いいやつをたくさん買ってこないとじゃないか。
俺が考えていることが分かったのだろう。
リディアさんが、ニヤリ……。いや、もっと粘着質にニチャアと笑う。
これで、手打ち。
そういうことになり、俺たちは帰路につく。
「じゃあ、世界樹の所に戻ってファーストーンで家に帰ろうか」
「何日も冒険していたような気がしますけど、まだ一日経っていないんですね」
「ほんとだ! びっくり」
冒険って、密度濃い。
当たり前すぎる知見を得て、宝の地図に端を発した冒険は幕を閉じた。
第五階梯魔導師級大型防御術艦シアリーズ
種別:大型ウィザードシップ
HP:1390 AC:20
魔力点:54
機関:第五階梯A級アルカナリアクター
装甲:ブラックストーン複合装甲
アトリビュートコーティング(冷気)
巡航速度:時速3600宇宙フィート(約5800km/h)
制御用使い魔妖精:インプ(デヴィル)
武装:オーブ・オブ・メイジ+2
ターレット・オブ・ライトニング・ボルツ(7チャージ)
ドラゴンブレス・カノン(冷気)
センサー:サンロッドセンサー
センサー・オブ・アウェアネス
ブースター:テレポーテーションシステム
使用可能呪文:ギャラクティカ・フォースミサイル、ギャラクティカ・シールド、
ギャラクティカ・ファイアボール、ギャラクティカ・ビーストフォーム、
ギャラクティカ・エレメンタルサークルなど多数
これは一般的な魔力航行船ですが、他に銀河級神術呪文を行使するクレリックシップや、
宇宙樹船が存在します。
宇宙樹船は居住可能惑星に墜落することで宇宙樹を植え付けテラフォーミングし、
成層圏まで延びた宇宙樹の枝は、魔力航行船の寄港地となった(軌道エレベーターです)。
また、ドワーフは蒸気機関と鋼鉄の宇宙船で独自路線を歩み、宇宙の片隅で銀河戦国群雄伝やってます。
リディアさんの故郷は、そんな世界なのでした。