34.空の旅と山の上の船
「ふふふふふ。それでは、早速外に出て《マナ・リギング》試してみましょう!」
「その前に、世界樹に挨拶してからな」
「はっ。エクスとしたことが……」
「私も、すっかり忘れていました」
顔色を青くする本條さん。
カイラさんはなにも言わないが、尻尾がたらんと垂れていた。
「ウ、ウチは憶えてたで?」
憶えてて、まるっと無視してるほうが罪は重たいんじゃないかなぁ。
「まあ、通知の来たタイミングが悪かったよな」
「まったく1000%オーナーの言う通りですね」
そういうことになった。
なので、青々と葉を茂らせる世界樹へと向き直る。
世界樹か……。
いろいろあったもんだ。
謎の種が勝手に埋まったり。
翌日には、木になってたり。
その木が、ログボの実を生やしたり。
ログボの金銀財宝は貯め込んであるけど、あるとないとじゃ精神的な余裕が違う。貯金って、大事だよな。
朝ご飯も、美味しかった。
実の中にご飯が入ってるのって、童心に返ってワクワクしたな。
命も救ってもらったし、最後まであの幼女はなんなのか分かんなかったけど、別れるとなると寂しいもんだ。
家の庭も、殺風景になるな……。
「俺のところに来たのは偶然だったんだろうけど、今までお世話になりました」
合っているかは分からない……というか、確実に合ってはいないだろうけど二礼二拍一礼の作法で感謝の思いを伝える。
これだって、明治になってから制定されたものだし。要は、心がこもっていればいいのだ。
目を瞑っているのでよく分からないが、みんなも思い思いのスタイルで気持ちを伝えているはず。特に、リディアさんはワインのお礼をちゃんとしないとな。
「あ、オーナー。実が生りましたよ」
「え?」
エクスの言った通りだった。
顔を上げて見れば、いつものように実がふたつ生っている。
「植え替えても、そこは変わらないのか」
「絆……ですね」
本條さんが、感極まったように言った。
一方、カイラさんはわりとあっさりしてる。
「とりあえず、実を回収するわね」
軽く飛んで実をもいでいく。そして、片方をかぱっと割った。
中身は……ラベルのないボトルだ。
「お、ワインやないの。ぐへへ……」
「これが、財宝のようね」
たまに思うけど、金銀財宝枠のワインってすごくない? 飲んだら、幻覚が見えそう。
「これは、頑張ったウチへの報酬やろなぁ」
「今は、飲んじゃだめだけどな」
「……そんなつもり、最初からなかったですしぃ?」
キャラが崩壊してララノアになるほど、ショックだったのか……。
キャラ崩壊してなっちゃうララノアって、一体なんなんだろうなぁ。
「もうひとつは、サンドイッチだったわよ」
「お弁当ってことかな」
「今は、そういう気分ではないのですが……」
「まあまあ、せっかくだしさ」
イップスになりそうな場合、遠ざけるんじゃなくて大丈夫だって分からせることが大事だって宇宙兄弟で言ってた気がする。
「これからも、ここに来ていいということなのでしょうか?」
「むしろ、勇者くんたち以外の誰も来られないわよ~」
「ああ。鍵がないと、ここへの入り口が作れないのか。さすがに、ずっとあのままじゃあないよな」
「というか、オーナー。ファーストーンでつなげてしまって良いのでは?」
「それもそうだな」
おあつらえ向きに川も泉もあるし。
「お許しが出れば、ウチが毎朝回収しに行くで」
「なら。頼んじゃおうかな」
たぶん、自宅警備員に頼むのがいい仕事だ。正直、俺が代わりたいぐらい。
「じゃあ、今度こそ本当に行こうか」
「はい」
水のファーストーンを泉に投げ入れ、最後にまた世界樹に頭を下げる。
そして、残っていたゲートをくぐり抜けた。
神殿の入り口に戻った俺たちは、そのまま外に出……ようとして、風の精霊に呼び止められる。
「鍵を置いていっちゃダメよ~」
「え? 回収できるものなの?」
足を止めて振り返ると、ファーストーンの欠片を飲み込んだ鍵が床に転がっていた。つまり、あの庭園への扉はもうない。
「誰かがここまで来られるとは思わないけど、むしろ好都合ではない?」
「いえ、モンスターが迷い込む可能性もあるのでは?」
「確かに」
回収しておこう。《ホールディングバッグ》の肥やしになっても、構いやしない。
「もう、イベントはこれで終わりですね? それでは、さくさくいきましょう!」
あ、エクスがノリノリだ。
それに引きずられるように外へ出ると、氷の炎の壁が消え失せていた。
残っていたとしても同じ手段で越えられたはずだが、成果が分かりやすい形で提示されるとうれしいものだ。
「やり遂げたのね」
「多大な犠牲を払った甲斐があるっちゅーもんやな」
「そ、そうですね……」
遠い目をする本條さん。
今では完全に元通りなのだが、やはり、体格が良くなってしまったのはショックだったらしい。
これは、早いところエクスに実験してもらわないと。
あの刻印騎を操れるかどうかの実験を。
まばゆい物を見るかのように、眼を細めて擱座する風の刻印騎を仰ぐ。
擱座。擱座するロボット。
この時点でロマンしかない。
「それでは、気を取り直して刻印騎に対して《マナ・リギング》を」
「もう少し近付いたほうがいい?」
「いえ、大丈夫です。見えてさえいれば届きます」
なんか、エクスが格好良い。アーバンアクションな香りがする。
半ズボンからデフォ巫女衣装に戻っているので、ガチで電子の妖精っぽさがあるな。
「ところで、使用する度に石を50個消費してしまいまうのですが構いませんか?」
「問題ないでしょ。ドローンより、全然安いし」
ドローンを使い捨てにするぐらいなら、最初から呪いの盾を飛ばしてもらったほうがコスパいいし。
そこは、気前よくいこう。
「《マナ・リギング》実行します!」
宣言と同時に、エクスの指先から青い紐のような物が伸びて刻印騎とつながった。
「そういえば、刻印騎も、マジックアイテムってことでいいんだよな?」
「もちろんよ~」
風の精霊からのお墨付きが出た。
つまり……。
「掌握完了! 立たせます」
エクスがくいっと腕を上げる。
その動きにシンクロして、刻印騎はゆっくりと立ち上がっていった。
まるで、騎士の目覚め。
決して、鈍重ではない。
迫力と威厳があり、その巨体に相応しい動きだ。
「これは……すごい……ですね……」
「刻印騎が操れるということは、例えばマジックアイテムの鎧を身につけている相手も操れるということになるのかしら?」
魔力ハッキングか。
デッカーでニューロでリガーでカゼだなぁ。
すごく……サイバーパンクです……。いや、この場合はマジックパンクになるのか?
オタクは、すぐにジャンルをクロスオーバーさせたがる。
「不可能ではないですね、ただ……」
ちっちゃな指をくいっくいと動かしながら刻印騎をこっちに移動させるエクスの表情は、しかし、冴えない。
「正直、刻印騎も含めて自由自在に戦闘で活躍……というには練習が必要ですね」
「そうなの?」
「はい。だって、エクスは体の動かし方とかよく分からないですから」
そっか、AI。電子の妖精が、実体験として運動したことなんてあるはずない。
そもそも、実体を持ったことがないもんな。
「あ、今、超AIっぽくなかったです?」
「AIそのものなんだよなぁ」
エクスが手を下ろして、風の刻印騎をひざまずかせた。
「それでは、今度はエクスがプロデュースする空の旅へご招待です」
「また、手に乗ればいいのね?」
覚悟完了……というか、一切動じる気配のないカイラさん。一方、リディアさんは及び腰だった。
「いきなりエクストリーム過ぎひん?」
「10メートルから落ちても100メートルから落ちても、結果は変わりませんよ?」
「いや、ウチ吸血鬼やし。たぶん、10メートルぐらいなら大丈夫……」
「それなら、ますます問題ありません」
ちなみに、パラシュート無しの落下で生存した世界記録は、33,330フィート(10,160メートル)。とあるTRPGのルールブックにも、書いてあったトリビアだ。
とはいえ、リディアさんの心配も分かる。
分かるが、このままだと眠らせて乗せることになってしまう。コングみたいに。というか、話が進まない。
なので、風の精霊に目配せ。
「オッケーよ~」
「ちょっ、無理やりは良くないで!?」
風の精霊に背中を押されて刻印騎の手へと、押しやられる吸血鬼さん。
それに続いて、俺たちも移動する。
「ドラゴンが襲ってきたら、私がなんとかするわよ」
「私も、魔法で迎撃します」
「なら、ウチは隅っこでガタガタ震えてるわ」
「そこは、普通に警戒してくれればそれでいいんで」
わざわざ隅っこに行って、落ちやすくする必要はないよね?
「それでは、飛びますよ」
「了解。急ぐ必要はないから」
「心配ご無用です。歩くよりも、空を飛ぶほうがまだ理解できます」
「それもそうか」
エクスが指揮者のように手を振ると、視界が上昇していった。
ゆっくりと。でも、確実に。
「人間って、地面から離れられない生き物やと思うんやけど」
「一時的なものだから」
ジョセフ・ジョースターじゃない限り、墜落の心配なんかしなくていいよ。
「では、一緒に残ったドローンも飛ばして島を偵察しますね。しばし、空の旅をお楽しみください」
「……そういえば、俺、飛行機に乗ったことなかったわ」
「そうだったんですか?」
当然、飛行機に乗ったことがあるであろう本條さんが驚きの表情を向ける。
「じゃあ、飛行童貞はお姉ちゃんがもらっちゃったのね~」
「いえ。初めて会ったときに、秋也さんと空を飛びましたから」
「空は飛んでいないけど、背負って運んだのは私が最初だと思うわ」
そこ張り合うところじゃなくない!?
「そうです。今のうちに、食事にしたらどうです?」
「そうしよう」
ナイスフォローだ。
サンキューエクス、サンキューな。
なにか言われる前にマクロで水を出して手を洗い、その水をまたマクロで乾かす。
「あ、ありがとうございます」
それを食べる人間全員に繰り返した。
便利だけど、地味だな……。
「はい、いただきます」
でっかい実のバスケットから、俺はBLTサンドをチョイス。
俺、トマトのぐじゅぐじゅな部分にマヨネーズ絡めたのが好きなんだよね。
異論は認める。
本條さんたちも、めいめい好きなサンドイッチを手に取り、恐る恐る口を付けた。
「……美味しい……です……ね」
「そう……ね」
「せやな」
料理は美味しい。
食べ過ぎは良くないけど、食べないのはもっと良くない。
そんな当たり前を再確認しながら、空の旅は続く。
幸いというか、なんらかの配慮があったのか。サンドイッチの量は多くなく、あっさりと無くなった。
「そういえば、エクス。ドローンと刻印騎を同時に操作して大丈夫なの?」
「別枠なので、問題ありません」
「そういうもんなんだ」
処理するのは、エクス自身だと思うんだけど。
「いわゆる、よく似たアーキテクチャのCPUですけど……。最も違うのが、たぶんクロックでしょうというやつです」
「100年経っても追いつけそうにないな」
「つまり、大丈夫ということね」
カイラさんが、端的にまとめてくれた。
まあ、圧倒的なエクスの処理能力でどうにかしてくれてると思えばいいか。
「……あ、それらしきものが見つかりましたよ」
「え? もう?」
マジックアイテム島は広いは広いが、空から確認したらそうでもないということか。
「しかし、船と言えば船ですが、これは船と言っていいものか……」
「エクスさん、どういうことなの?」
論より証拠と、タブレットにドローンで撮影した映像を映し出す。
そこに映し出されたのは……。
「船……? 船?」
やや丸みを帯びた船体は山に半分埋もれていた。
帆はない。帆柱も、元々存在していない。
舳先も尖ってはいない。
「船と言うには、変わった形ね?」
不思議な金属で作られていて。
見た目には、武装のようなものもない。
「というか、これ……」
クラシック音楽をBGMに戦争して銀河の歴史がまた1ページしそうな。
そんな船だった。
「宇宙船じゃねえか!」
「格好良いですね」
それには同意するけど……。
「リディアさん?」
「……ウチは、ただの吸血鬼やけど?」
記憶がないのに、責めるのは理不尽だが……。
これ、とんでもない物が出てくるんじゃない?