30.題名のない料理店
6,000文字近くなってしまったので、一部屋だけです。
「へい、らっしゃいっ」
数えて四番目の試練。
地母神マルファの部屋には、偵察したときと同じく美味しそうな料理が並んでいる。
食堂の部屋に入った途端、気合いの入った。それでいて、ちょっと可愛らしい声が俺たちを出迎えた。
「……寿司屋かよ」
「露店の呼び込みのようね」
感想は人それぞれだが、法被にねじり鉢巻きという火の精霊から発せられると違和感が……そんなにないな。
まあ、火の精霊が法被にねじり鉢巻きという時点で違和感しかないんだが。
「かわいいですね」
「……そう、なのか」
女子高生的には可愛いらしい。
なるほど。分からん。
分かるのは、エクスがキャラ被りに厳しい態度を取りそうなことぐらいだが……。
「ふっ。まあ、こういう方向性なら悪くないんじゃないですか?」
「あ、これはありなんだ」
さすがのエクスも、江戸っ子相手にキャラ被りで憤慨することはないらしい。
良かった……のか?
ちょっと上から目線で「ふふんっ」ってしてるエクスが可愛かったので、良しとする。
ヨシッと、スルーできないのはリディアさんだ。
「精霊って、もっと神秘的な存在やった気がするんやけど」
「精霊なんかに夢見ちゃだめよ~」
「それ、一番言っちゃ駄目なヤツじゃない!?」
「いつまで、呆けてやがるんでぇ」
宙に浮いていた火の精霊たちが、俺たちの背後に回って体を押した。
風の精霊にツッコミを入れていた俺は、抵抗できずにテーブルへとつれていかれてしまう。
「ちょっ」
「飯屋に来たら、飯を食えってんだい。べらんめえ。話がしたいなら、話屋へいきなッ」
「あーれー」
気の抜けた声のほうを見れば、風の精霊が部屋の外へと押しかえされていた。
「なんで、風の精霊が部屋から追い出されとるん!?」
「だって……お姉ちゃん……食事できないから」
「そりゃそうだ!?」
食べられないと、挑戦さえできないのか。
つまり、精霊には元々クリアさせるつもりがない?
「冒険者だろう? 飯食いねえ」
「話が通じねえ」
「江戸っ子でも、お寿司でもなかったですね……」
そんなわけで、遺産相続会議っぽい長テーブルに無理やり集められた俺たちは美味そうな料理の数々と直面することになった。
これを、食べろと?
「俺っちが用意した飯が食えねえって言うのかい?」
「あからさまに怪しすぎる」
「はあぁんっ? 食ってみりゃ分かるってもんよ。この美味さに悶絶間違いなしってな」
というか、会話する気がそもそもゼロだな。やっぱり、ゼロはなにも答えてくれないじゃないか!
「そもそも、飯食って悶絶しちゃマズいだろ」
「……ミナギくん、どうする?」
「そうは言ってもな。どうするもこうするも……」
「食べないと、許してくれそうにありませんね」
監視するように飛び回る火の精霊を困ったように見つめながら、本條さんが言った。
「しゃーなしや。まずは、ウチからいくわ」
「リディアさん……」
「精霊に手を出すわけにはいかんし、吸血鬼なら毒にも耐性あるよってな」
「こっちで鑑定した結果、毒があるとは出ませんでしたが……」
可能性は否定できないと、ナース服になったエクスが顔を伏せる。
「それに、そろそろワインも飲みたい頃合いやったし」
「だろうね!」
俺のツッコミをうれしそうに聞き流し、すでに注がれていたワインを一口。
「ふ~ん。悪うはないけど、世界樹ワインのほうが美味いな」
「即効性の毒ではなさそうね」
「無味無臭で遅効性の毒とか、最強すぎるやろ」
カイラさんの指摘へ大らかに返答し、二杯目を注ぐリディアさん。悪くないと言いつつ、ノータイムだ。
ワインと吸血鬼という組み合わせなのに、一切の淫靡さを感じさせない。これも、才能か?
「ほらほら、飯も食えよ飯。酒だけなんて、胃を悪くするじゃねえか!」
「お、おう。一応、サーブするつもりはあったのか……」
リディアさんが食前酒を口にしたことでスイッチが入ったのか、火の精霊たちが飛び回って俺たち全員に肉を切り分けていく。
これは、みんなで食べないとダメなヤツかな……。
昔やったダンジョンシナリオで、あからさまな罠を避けると食らうよりもでっかいペナルティを受けたこととかあったし……。
ほんと、ダンジョンマスターには人の心がない。
「ほらほらほらほら! 食った食った!」
給仕を終え、目の前を飛び回ったり、肩に乗っかったりして食事を促す火の精霊たち。
……覚悟を決めよう。
「俺も食べるよ」
「……その前に、やってもらいたいことがあるのだけど」
「あっ、確かにそれがありましたね」
カイラさんと本條さんが、なにかを期待するかのように俺を見つめる。
リディアさんは、肉に手を出している。
「これも、まあまあやな。アヤノはんのほうが、よっぽど美味いで」
「それは、本條さんが料理上手過ぎるだけなんじゃ……って、はっ!?」
本條さんがきらきらし始め、なにを求められているのか気付いた。
なるほど。なるほどね。
……え? この状態でカイラさんをほめろと?
「いくらオーナーでも、この状況では……」
「そんなことはないよ」
できらぁっ!
エクスの振りに乗せられた感じだが、やらなきゃ大問題でしょ。
カイラさんを哀しませることなんてできない。
「あー。カイラさん」
「なに?」
期待で、瞳を輝かすケモミミくノ一さん。
え? こんな待ち構えられた状態でカイラさんをほめろって?
……できらぁ!
「このダンジョンは後半戦っぽい雰囲気だけど、島の探索はまだまだ続くんで。なんというか、こう……頼りにしてます」
「任せてちょうだい」
カイラさんも、今日何度目かのきらきらが付いた。
「腹一杯食えよ!」
「分かってるよっ!?」
一応空気読んだらしい火の精霊が、ちょっとうざい。
でも、変な雰囲気にならずに済んだのはありがたい。
「……とりあえず、いただきます」
恥ずかしさをごまかすように、フォークを鶏肉に突き立てて口に運んだ。
「お、確かに美味い」
「文句はないわね」
皮はぱりっと、中はジューシー。
言うのは簡単だが、実際にそう仕上げるのは難しい。それをやり遂げているだけで、大した物だ。誰が作ったのかは知らないが。魔法で作ったのか?
「でも、確かに本條さんのほうが好みだな」
「そんな。よくできていると思います」
「アヤノさんは、私たちの好みに調整してくれているのよね」
「なるほど。さすが、本條さん」
とか言いつつ、マンガ肉にも手を出す。
「……これは、純粋な味だけじゃなくて思い出補正も込みだな」
「私には、ちょっと食べにくいです……」
細かく切り分けながら食べなくてはならない本條さんには不向きだが、肉にかぶりつくという行為そのものが絶妙なスパイスとなっていた。
なんの肉か分からないが、あのマンガ肉を食べている!
この快楽は、なにものにも代えがたい。
「……でも、わりとお腹いっぱいになるな」
「限界? それは自分で決めるもんじゃねえだろ!」
「まあ、一通りは食べるけどさ」
口直しのサラダだが……これが、結構美味かった。
屈辱的だ。
海原雄山は人間は本質的に野菜が嫌いだと喝破したが、大いに同感。
でも、年を取ると野菜が美味くなる時ってあるんだよ。それが屈辱的。認めたくないものだな、加齢ゆえの味覚の変化というものを。
「お野菜、美味しいですね」
「ちょっと素直すぎるけど、悪くないわね」
まあ、女性陣にはそういうこだわりないみたいだけど。
「ふう……。ウチは、いっぱいや」
「もっとだ! もっとたくさん食えよ!」
「もう、ええちゅうたやろ!」
空になったリディアさんの皿へ、シチューのおかわりを注ぐ火の精霊。保温でもしていたのか、湯気が出てで美味しそう。
「ほら、飲んだらおかわりついでやるぜ」
「ワインと違ごうて、そんなかぱかぱ飲むもんやないやろ!?」
「ワインも、そういうものでは……」
わんこそばかな?
そこそこ美味しいからいいんだけど、食べ過ぎたら後に障らないか?
リディアさんと火の精霊を眺めつつ、俺はパンをシチューに漬して食べる。
やっぱり、日本人としてはご飯が欲しくなるところ。でも、シチューに漬けて食べると謎の満足感があるな。
代替品としては、あり。本音としては、ご飯にかけて食べたいけど。
「まあ、美味いことは美味いけど確かに本條さんの料理のほうがいい」
「オーナー、そう言いつつ手が止まっていないのですが……」
「そんなことは……はっ!?」
見れば、最初に取り分けられた分はなくなっていた。火の精霊が当然のように、追加を持ってスタンバってる。
一心不乱に食べていた。
そのことに気付かないくらい、夢中だった。
まるで、ジャンの料理を食べる大谷日堂のよう。
「覚悟を決めてしまえば、意外と食べられるものね」
「そうですね。味付けは参考になります」
「酒がいくらでも出てくるのは、ええな」
そして、それはカイラさんたちも同じだった。
そうか。俺が、俺たちが大谷日堂だったのか。
「って、これマズいだろ!? みんな、普通に食べ過ぎだって」
「あっ。いつの間に、こんなに……」
「おや? 立てへん……?」
まさか、そんな……。
「マジだ……」
どれだけ足に力を入れても、体が椅子から離れなかった。
「まだ、早えってもんよ。お残しは許さねえぜ」
「食堂のおばちゃんか!?」
江戸っ子と食堂のおばちゃんとか、合体事故起こしてるじゃねーか。どう考えても勝てない組み合わせだよ。
「勇者くん、逆らっても無駄だと思うわ~」
「……ですよねー」
デザートのケーキを食べながら、背後からの声に同意した。
あ、甘さ控えめでいくらでも食べられそう。罠かよ。罠だったよ。
「ファーストーンが出てこない以上、この流れに乗るしかないわね」
「はい。止むを得ないかと」
「毒を食らわば皿までやな」
そうコンセンサスを形成した後は、黙々と食べ続ける。
限界はとっくに超えているはずだが、なぜか止まらない。胃にも、するする入っていく。
ヤバイ。
それは分かっていても、突き進むほか道はない。
「よくやってくれた! 後は任せたぜ!」
卓上の料理がすべて消えた瞬間、火の精霊も消え去った。
「終わったの……か?」
あれ? なんか、体が……沈む?
「床が、沼地に変わっているわよ」
「テーブルが、スライムに変化しとるで!」
異変は、同時に起こった。
だが、本條さんは冷静だった。
「空を飛んで逃げれば、どちらも問題ありません」
「頼んだっ」
うぞうぞと動き出しそうなスライムを牽制しつつ、本條さんからの呪文を待つ……が。
「ご、ごめんなさい」
おや?
「魔法が……お腹がいっぱいで集中できなくて……」
「そういうトラップかよ」
だが、そういうことなら問題ない。
「エクス。お任せでっ」
「シェフの気まぐれ攻撃こと、《純白の氷槍》です」
氷の槍が虚空に生まれ、テーブルが変じたスライムの核を貫いた。
それで。それだけで、スライムは、沼地へ溶けるように消え去った。
「ありがと、エクス」
「いえいえ。この程度、なんでもありません」
「助かったわ」
「私が動けていれば」
「それは、まあ、みんなそうだし」
終わりよければすべてよしだ。
そういうことに、しておこう。
「なんや、よく見たらあれやな」
ようやく落ち着いた俺たちは、見るとはなしに周囲――それぞれの顔を見る。
……なんだか違和感が……あっ。
「ちょっと太――」
「それ以上いけない」
ほんと、ダメ、絶対。
というか、そんなに言うほど、変わってないから。俺はどうだか分からないけど、みんな可愛いままだから。
「あ、スライムがいたところにファーストーンがあるんじゃない?」
「そうね。探して……」
言いかけて、カイラさんが止まった。
本当に、動きが止まった。
それは、カイラさんだけでなく全員同じだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無言。
誰も彼も無言で、そして、顔を合わせようとはしなかった。
動かない。体が重くて動かない。その事実から目を背けるように。
なんて恐ろしい罠なんだ……。
「くっ……。屈辱だわっ」
体が思うように動かない。
恐らく初めてだろう悔しさに、カイラさんは顔を歪める。
重ねて言うが、外見はほとんど変わってない。あれだけ食べたことを考えると、逆に不思議なくらいだ。
ただ、体が重たい。それもこう、重力10倍で修業してる! みたいな感じじゃない。不摂生で体が重たい。お正月のようなけだるさ。そんな感覚が一番近かった。
……普通に最悪じゃねーか。
「とりあえず、部屋を出ようか」
「……はい」
「ちゃんとファーストーンが出てるようですから、それも回収しておいてくださいね」
蚊帳の外にいるエクスの言葉に従い水のファーストーンの欠片を拾って、暗闇の部屋方向に移動する俺たち。
5メートルもない道のり。
なのに、出口が遠い。
「ぜ、絶対にダイエット……します……」
「付き合う……で」
「お姉ちゃんも、する~」
「いいから、足を動かして!」
風の精霊は食べないんでしょ!?
「俺もダイエットに付き合うから、まずはここを抜けることを優先して!」
「……やっぱり、ダイエットが必要なほどですか」
「いや、そんなことないよ!?」
ここで、自分でダイエットって言ったんじゃんとツッコミを入れてはいけない。乙女心とは、繊細なのだ。
「困ったものですね、人類。やはり、肉体などという殻は脱ぎ捨てるべきなのでは?」
「ほんと、それな」
とりあえず、部屋を出たら諸々元に戻ってくれた。
……強敵だったね。
マルファ神の部屋
→水の精霊との複合。それなのに、江戸っ子な火の精霊の料理店。
料理を食べずにはいられず、体重が倍に増える(見た目は、あまり変わらない)。
料理を食べきると部屋が沼地(水田)になり、テーブルが変じたスライムが迫ってくる。
スライムを倒すことで、ファーストーンが出現する。
それを所持した状態で部屋から出ると、体重は元に戻り部屋は解放される。