28.財宝の天秤
入り口の部屋から通路を使って、第一の部屋の前までたどり着いた俺たち。
そのまま、人跡未踏の奥地へ入って行っ……たりはしなかった。
「部屋に入る前に、オーナー。行動方針はどうします?」
「方針もなにも、部屋に入るしかあらへんのと違う? 水浸しやけど」
「エクスが聞いているのは、その水をどうするかだよな?」
「ふふふ。やはり、オーナーとエクスは一心同体ですね。絶対に誰にも渡しませんよ……」
「急にヤンデレっぽくなるの、なんなの?」
「趣味です」
「趣味なら仕方ない」
というわけで、水の女神ヘルエラの部屋。
10メートル四方ほどのそこは、膝ぐらいの高さまで水が溜まっている。しかし、この部屋から一滴たりとも漏れ出してもいなかった。
不思議というかご都合主義的だが、神様と精霊が絡んでるんだ。なにがあっても、驚かない。
「……あっ、あのバイクを使えば、水に触れずに抜けられますね」
「お姉ちゃんが運んでもいいわよ~」
「いや、それはなにが起こるか分からないのでなし」
「えぇ~?」
不満そうにするけど、今回は風の精霊の出番はなしだ。NPCだと考えて、勘定には入れない。
「素直に、入ってみるのはどないや?」
「正攻法は、そうなんだけど」
「それは、私の役目ね」
危険を顧みず、カイラさんが立候補。むしろ、外したら怒ると言わんばかり。
あらゆる意味で適任ではあるんだけど、危険度が分からないからなぁ……。
「あとは、俺のマクロでどうにかする手もあるけど……」
「先ほどの炎の壁のことを考えると、効かない可能性もありますね」
どれも、一長一短。
スルーして飛んでいくのが、一番安全なんだよな。
「でも、果たしてそれでいいのかしら?」
「確かに、次の部屋には行けると言えば、行けるんだけど」
しかし、ぐるっと円を描いてるだけで他の場所には行けない。
つまり、俺の中の世界樹を植えるべき、神殿の中心への道がどこにもないのだ。
「試練に打ち勝って、道を拓かなければならない。そう思えるのだけど」
「そういうことみたいね~。みんなっぽくない真面目さだけどー」
「それ、自分で言う?」
まあでも、いきなり問答無用のデストラップとか、パーティ分断されてクソみたいなモンスターとの戦闘とかならないだけで慈悲を感じなくもない。
戸板の影から、キャリオンクロウラーが出てきたりもしないし。
「とりあえず、鑑定してみますか」
「うん。《中級鑑定》でなにか分かれば……」
「あー。これは……」
早速《中級鑑定》を使用したエクスが、なんとも味わい深い表情を浮かべた。
「水の中を移動する度に、年齢が1~100歳変動するとのことです」
「振れ幅でかすぎる!?」
「かなりの確率で死んでしまいますね……」
「俺でも、ほぼ5割の確率で死ぬな」
本條さんはもっとだろう。
分の悪い賭けは嫌いじゃないにしても、限度ってものがある。
「とりあえず、ここはフェニックスウィングで飛んで行こうか」
「そうですね。別の部屋でまた、ヒントが見つかるかもしれませんし」
「そうね。危険性が判明したのなら、無理に突き進む必要はないわ」
特に意見は出なかったが、リディアさんと風の精霊も異存はないらしい。
「二人乗りですから、最初にオーナーとカイラさんが乗って向こうへ」
「そして、《ホールディングバッグ》に戻ったのを本條さんに出してもらうか」
順番はどっちでもいいけど、《ホールディングバッグ》の取り出し口がふたつあるとこういうとき便利だな。
「まあ、無理やり詰めれば三人乗れないこともあらへんな」
「大丈夫よ~。お姉ちゃんは風のように軽いから」
まあ、向こうは任せよう。女性の体重と年齢には、触れちゃあならない。古事記にも書いてある。たぶん。
「……俺が、ダンジョンでカイラさんを運ぶことになるとは」
「なんなら、操縦は私がやっても――」
「はい。後ろに乗って」
戦力的にも、カイラさんがフリーのほうがいいだろう。
そう理論武装をして、フェニックスウィングにまたがり移動開始。
水面から数メートル上を浮いて、右隣の財宝と彫像の部屋を目指す。さすがに、いきなり暗闇の部屋に行くのはない。
何事も無く、三分の一ほど進んだ――ところ。
「ミナギくん、水面が渦巻き始めたわ」
「エクス、急ごう!」
「はいっ」
フェニックスウィングにとっては狭い部屋だったが、一目散に次の部屋の通路へと飛び込んだ。
それと同時に、テレパシーで状況を確認する。
(本條さん、そっちも大丈夫?)
(はい。念のため退避しましたが、こちらに被害はありません)
(お、渦が収まったで)
まさか、いきなり渦が発生するとはな……。
クロコダインのおっさんが潜ってたら、バルジの大渦がふたつになってるところだった。
「偵察のときは、起こらなかったわよね?」
「人が通ったら発生するってことなのかも」
そうなると、あの渦にどんな意味があるかだが……。
(試しに入ったら、渦に巻き込まれて引きずり込まれるわけやな)
(強制移動か……)
(その間、ずっと年齢が変化し続けるわけね)
ロシアンルーレットよりひでえや。
「警戒はしつつ、次の部屋へ行こう」
「せやな」
合流した俺たちは、カイラさんを先頭に進んでいく。
そのケモミミくノ一さんは、マフラーの【ギルシリス】を伸ばして通路壁や天井を叩きながらの進軍。
一種のジェネリック10フィート棒だな。もはや、10フィート棒は概念になったのだ。
というわけで、何事も無くヴァレンティーヌ神の財宝と彫像の部屋に到着した。
「やっぱり、絵に描いたような金銀財宝だなぁ」
「そうですね。目の前にあるのに、現実感がありません」
本條さんが、ほう……とため息を吐く。年齢以上に大人っぽく見える仕草だ。
俺的には、財宝よりも価値があると思う。いわゆる個人の感想ってやつだけど。
「しかし、ざーっと鑑定してみましたが本物のようですよ」
「鑑定すら騙す幻とかでなければ?」
「ですね。そんなのがあるのか分かりませんけど」
本物だろうとそうでなくても、価値を感じるならそれでいいのでは?
金本位制を脱したら紙だってお金になるわけで、それでも俺は本物が欲しいとか言ったりはしないぞ。お金なんて、所詮は引換券だ。
それはそれとして、この部屋のギミックはなんなのか。そもそも、ギミックがあるのか。
「どうしたもんかな……」
「お宝回収して、次の部屋へ行くんちゃうの?」
「現状それしかないんだけど、確実にバッドエンドルートへ突き進んでる気がする」
「なにもされないというのも、不気味なものね」
「仕掛けがあるとすると、この像が怪しいと思うのですが……」
本條さんが、天秤を持った女神像へと一歩踏み出す――と。
「宝物を捧げよ」
「え?」
唐突に、声が聞こえた。
女性とも男性とも判別できない。無機質な。しかし、威厳と威圧感のある声。
「あの像から……だよな?」
周りを見回して聞くが、返ってきたのは困惑の表情。
誰も言ってはいない。
となると答えはひとつだが、秩序やら公平の女神がそんなことを言う? という困惑。
「捧げよってことは、あの天秤に乗っけたらええんかいな?」
「そんなところかな……」
「乗らない場合は、足下に置けばいいでしょうか?」
「宝物を捧げよ」
また、声がした。
「ここは、無視しないほうが良さそうだな……」
「そうね~。ここだけじゃないと思うけどー」
「ですよねー」
しかし、問題が残る。
「宝物って、どれを?」
「頑張って鑑定し続ければ、一番高いのは判別できますけど」
「ヴァレンティーヌ神は、そんなに俗な女神ではないわよ」
エクスの提案も、カイラさんはいい顔をしない。
それには、俺も同意だった。
たくさんの金貨。
色とりどりの大粒な宝石。
美しく繊細な装飾が施された、指輪やネックレス。
威厳すら感じる宝冠。
語彙力の関係で金銀財宝としか言えないが、いずれ劣らぬ煌びやかさ。
それなのに……。
どれも今ひとつぴんと来ない。
どういうことなんだろう?
「というか、ここの財宝って全部この神様の物なんじゃないの? それを捧げよっておかしくない?」
「ヴァレンティーヌ様に、金銀財宝とのエピソードは特になかったわよ~」
「せやな」
だとしたら、この部屋自体がおかしいってことになる?
それとも、秩序とか公平とかそういう領域は関係ない?
「悩むぐらいなら、とりあえずなんか置いてみたらどない?」
「そういうことなら、私がやるわ」
「あの……危険では?」
「あー、そういうことか!」
「はい?」
唐突に叫んだ俺に、本條さんが目を丸くする。
「エクス、付き合ってくれる?」
「オーナーと一緒なら、どこへでも」
軽くうなずき、俺はそのまま女神像へと向かう。
「秋也さん?」
「ミナギはん?」
「たぶん、大丈夫だと思う」
財宝には目もくれず、女神像と対峙。
手にあるのは、俺の宝物。唯一無二の存在――エクスが宿るタブレット。
それを天秤の片側に乗せた。
「虚飾に惑わされぬ、その心に祝福を」
大仰なほめ言葉。
それが頭に響くと同時に、女神像が光に包まれた。
「うぉっ、まぶしっ」
思わず、目を閉じる。
「ああ……。やっぱり、そういうオチですか……」
いち早く視力を回復したエクスの声。
それに導かれるように、まぶたを開くと……。
「なくなっているわね」
「エクスじゃないけど、そんなことだと思ってた」
女神像はおろか、山と積まれた財宝はすべて消え失せていた。
目の前の財宝に惑わされないとか、大切な物はいつも身近にあるとか、そういう試練だったんだろう。
後に残ったのは、琥珀色の宝石ただひとつ。
「宝石……か」
「ファーストーンに似ているようだけど」
「ずばり、ファーストーンよ~」
「精霊のお墨付きが出てしまった」
でも、今は精霊の力が乱れてるから使えない……はず。
いや、例外はいくらでもあるか。
例えば、全部揃えると真の力が発揮されるとか……。
「これ、最初の部屋にもファーストーンがあったのかな?」
「そう……なりそうですね……」
「せやな」
やっぱ、攻略しなきゃダメか。
そりゃそうだよな。
……戻るか。
英雄神ヴァランティーヌの部屋
→地の精霊との複合。財宝が山と積まれた部屋。
ヴァランティーヌ神の像が持つ天秤に片方に、その部屋で最も価値ある宝物を捧げることで、この部屋は開放される(地のファーストーンが核になっていた女神像が砕け散る)。
(元々あった財宝ではなく、自分の持ち物を捧げるのが正解)
失敗した場合は、あなたが持つ最も価値ある装備品が純金に変わる。
この試練を乗り越えたなら、財宝はすべて消え失せ、純金に変わった装備品は元に戻る。