27.ドローンダンジョン放浪記
「……圧倒されるな」
神殿の入り口。
普通の家で言えば玄関に当たる場所はドームになっていた。
神聖な気配が漂っているのか。清涼な空気に驚かされる。
環境適応ポーションのお陰だけじゃない。やはり特別な場所らしく、外の炎の影響は一切感じなかった。
そしてなにより。
俺たちを迎え入れた天井画の美しさは、いっそ、すさまじかった。
「これもう、完全に世界遺産だろ」
「映えますねぇ……」
「あれが、女神様たち……ですか?」
驚きをともにする本條さん。その隣に寄って、風の精霊が解説してくれる。
「そうよ~。一番右上がエイルフィード様」
「ルーンの神様で、実質の主神ですね」
「そこから時計回りに、ヴァランティーヌ様」
「秩序の女神で、英雄神ですね」
「その隣が、ヘルエラ様」
「水と時の女神ですね」
「左下が、リュリム様」
「月と闇と死者の女神ですね」
「最後に、マルファ様」
「いわゆる地母神ですね」
天井画の女神たちを指さす風の精霊さんと、説明をしていくマスタースクリーン装備のゲームマスターエクス。
なるほど。キャラかぶらないと、こんな協力態勢も築けるのか。やはり、争いはなにも生まない。
「とりあえず、道が続いているのは正面の階段の先だけみたいね。私が、先行して偵察をしてくるわ」
「いえいえ。それには及びませんよ」
「ドローンで偵察か」
風の刻印騎との戦いでは、半分が喪失。
つまり、まだ五機も残っていることになる。マグアナック隊のようなものだ。
「では、早速行きましょう」
ちょっと残念そうなカイラさんも含め、全員でタブレットをのぞき込む。
神殿の入り口の部屋からは、カイラさんが言った通り北側に道が続いている。
ドローンを飛ばしてそこを進ませると、すぐに長方形の部屋へと行き当たった。
特に明かりがあるわけじゃないけど、壁自体が発光しているのか。部屋の中は充分明るい。
そんな無駄に高度な謎テクノロジーを使用しているにもかかわらず、部屋の中には、なにもなかった。
あるのは、ただひとつ。
「水……ですよね?」
「そう見えるけど」
10メートル四方ぐらいの部屋。
そこは、一面が水で覆われたプールのようになっていた。
不思議なことに。あるいは、ダンジョンとしては当然のように。その水は部屋の外に流れ出たりせず、部屋の中に留まっている。
というか、水しかない。
「分からんで、さっきの例があるしな」
「なら、燃える水……かしら?」
「石油……。いや、透明だからアルコール?」
普通に灯油とかガソリンかもしれない。
炎の壁で火と水が合わさっていたように、今回も複合精霊している可能性がある。その場合、石油なら地かな?
「……さすがに、ドローン越しに鑑定は通らないよな?」
「ですねぇ。エクスの力が足りないばかりに……」
「無理なものは無理だから、仕方がない」
鑑定が通れば、普通の水かどうかは分かると思ったけど仕方がない。
「他になにも見つからなさそうだし、次の部屋に行こうか」
「左右に通路があるようですね」
「綾乃ちゃんの言う通り、この部屋から行けるのは二箇所ですね」
「隠し扉の類がなければ、ね」
「ああ、そうなるか」
そこが、ドローン探索の限界だよな。
実際あるかどうかは別にして、かもしれないとは心の片隅に置いておかないと。
「オーナー、どっちにします?」
「右で」
理由はない。直感ですらない。完全にノーヒントなのだ。悩む時間がもったいない。
「では、そちらへ」
ドローンが進み、映像も動く。
「勇者くんは、面白い使い魔を使うわね~」
「使い魔ではないんだけど」
むしろ、俺がエクスの使い魔なんじゃないだろうか。
そんな疑問をもてあそんでいると、ドローンは次の部屋に到着した。
「おー、これはまさに金銀財宝ですよ」
「……驚きました。まるで、アルセーヌ・ルパンもののようです」
広さは、さっきと同じ10メートル四方ぐらい。
その中に、金銀財宝が山と積まれていた。
その中でも、一際大きいのが銀の女神像。
剣を掲げ、もう片方の手には天秤を持っている。
「天井画のヴァランティーヌって女神様と似てる……というか、本人か」
「どうせあれやろ。財宝と見せかけて、幻だったり偽物だったりするんやろ」
とか言いつつ、リディアさんの目には金貨のマークが浮かんでいた。
「なくても困りはしないし、問題がなければもらっていけばいいだけ。騒ぐようなものじゃないわ」
カイラさんは、一人クール。
「こうなると、ドローン越しに鑑定できないのが本当に痛いです……。次までには、自己改造しておきます」
「え? そういうのできるの?」
それ以前に、次回はある?
「まあ、行ってみるしかないか。もし本物だったら、鑑定しまくって高いヤツを《ホールディングバッグ》に突っ込もう」
「そうですね。どうせなら、魔力水晶で欲しかったですが」
「それ、俺たちだけだと思うなぁ」
とか言いつつ、ドローンはまた次の部屋へ。
「しかし、このドローン便利やな。なんで自爆前提戦術にしたん?」
「エクスの体が、闘争を求めていたので」
「それでは、八つ当たりになってしまうのでは……」
次もまた、部屋の大きさは今までと同じ10メートル四方。これは、共通の規格っぽい。部屋の左右に、次の部屋への通路があるのも。
「床一面に、けったいな文字が刻まれとるな」
「これ、刻印騎に書かれてた文字と似てるような」
「その通り。間違いなく、ルーンね~」
「もしかしたら、古代ルーンではない?」
上位古代語と下位古代語的なものがあるのか。
ふむ。《トランスレーション》のお陰で、集中すれば読めると思うが……。
「それにしても、文字の数が多いわね」
「歓迎すべきことではないでしょうか?」
本條さんぶれない。
まあでも、ドローン越しだとちょっと読むのは辛いな。解読するのは、実際に部屋まで入ってからにしよう。
「ルーンということは、エイルフィード神と関係ありそう」
「ほんで、さっきはヴァランティーヌ神やったな」
「うん。となると、部屋の配置はあの天井画と対応してるっぽいな」
「……あ。確かに。さすが秋也さん」
「なるほど。この部屋から先の部屋は、ぐるっと円を描くように配置されているわけね」
そのセリフに合わせて、カイラさんの尻尾もぐるっと回る。
かわいい。
「順番通りなら、次は地母神のマルファの部屋ということになりますが……」
けれど、そこにいたのは大量の妖精たち。
しかも、赤い髪を逆立ててねじり鉢巻きをして、法被のような物を着ている。
和風?
……なぜ和風?
「火の精霊さん……でしょうか」
「間違いないわよ~」
「はぁ、全制覇かいな。予想はしとったけど、あきれるわ」
望んでたわけじゃないんですよ。
「ふっ。性懲りもなく、精霊サイズで出てきましたね」
「精霊だからね」
風の精霊が例外なだけだった。
そういう意味で、自由だったのか?
「火の精霊たち、こっちに反応しないな?」
「ドローンは無機物だからですかね?」
「あり得るな」
「しかし、火の精霊たちが飛んでいるのはいいとして、どうしてテーブルの上には料理が並んでいるのかしら」
「そもそも、いつから用意されていた物なのか」
そう。
この推定マルファ神の部屋には、洋館にありそうなでっかくて長い。長方形のテーブルがどかんと置かれていた。
しかも、カイラさんが言った通り様々な料理が並んでいる。
でっかいローストチキンや、マンガ肉みたいな塊。
湯気を立てているシチュー。
柔らかそうなパン。
新鮮なサラダ。
ホイップクリームで装飾されたホールケーキ。
高級そうなワインの瓶。
見るからに美味そう。飯テロかよ。
あれだ。
遺産の話し合いのために集まった一族が会食してそうな感じ。
「気にはなりますが、特になにも起こらないので長居は止めておきましょう」
「せやな。次行こ、次」
「《オートマッピング》の図からすると、次が最後の部屋になるようですが……」
無反応な火の精霊たちをスルーし、次の。そして恐らく最後の部屋に行こうとしたが……。
通路の先は、闇だった。
「暗いな……」
「月と闇の女神、死者の魂を守護し安寧を与える、弱者の庇護者リュリム神……ですか」
本條さんのつぶやきに、そっとうなずく。
闇の女神だから、部屋も真っ暗。
まあ、ここまで情報を得られたことで満足すべきだろう。TRPGだったら、ゲームマスターが相当嫌がってるムーブだしな。
「戻ろうか」
「暗視カメラも必要ですね。反省です」
エクスがドローンを操作し、円状に配置された部屋をぐるりと回して俺たちが待つ入り口の部屋へと戻す。
「秋也さん、早速行きますか?」
「いえ、アヤノさん。その前に、この部屋を調べてみましょう」
「……全部の部屋を回って手がかりがなく、実は」
「あくどいな~」
「でも、他の精霊たちがわちゃわちゃしてたから、あり得なくはないわよ~」
今、風の精霊が自分だけ除外したな。
だが、そこにはあえてツッコミを入れず、俺たちは散らばって入り口の部屋を探索する。
宅見くんから引き取ったマジックアイテム、【グラス・オブ・トレーサー】の出番だぜ。
しかし、なにも見つからなかった。
TRPGだったら、だいたい出目と達成値で本当になにもないのか見落としているのかある程度は分かる。
では、現実はどうか。
「《初級鑑定》でも、《中級鑑定》でも引っかかるものはないですねぇ」
「なにも見つからないわね」
エクスとカイラさんに任せてだめなら、なにもないと判断せざるを得ない。
だって、ドローンだけじゃなくてカイラさん自身で天井画まで調べてこの結果なんだもん。
「……無駄な時間を取らせてしまったわね」
「なにもないことが、分かった。それも、重要な情報だよ」
軽く落ち込んでいたカイラさんのメンタルが、目に見えて上を向く。
なぜ分かるかって? そりゃ、きらきらしたら一目瞭然だよ。
「まずは、あの水の部屋ですね」
「そうだね。しかし、ダンジョン攻略シナリオになるとは……」
「ゴブリンの巣穴に行ったときは……一本道でしたね」
「今回も一本道ではあるけど」
「なんか、仕掛けがぎょうさんありそうやもんな」
「むしろ、なかったら驚く」
なにげに、異世界初ダンジョン。いや、地球でだってダンジョン経験はない。
ちょっと緊張するな……。
まあ、新宿駅よりは、全然マシだけどさ。ガチで迷ったことあるからね。
ほんと。あの日の俺は西口のホビーショップに行きたかったのに、なんで南口にいたんだろうな……。
新宿のイエサブに行きたかったら、まず靴屋を目指せ。