26.炎の壁を越えて
「火の精霊殿改め五大神の神殿へ行くのはいいとして」
結論は出たが、問題がひとつ。
「どういうルートで行く?」
露骨に怪しい場所だったので、あの神殿とは正反対の方向に進んでしまった。
なので、山を下りて氷河を横断するか、氷河をぐるっと回って行くか。それか、山をこれまたぐるっと行くか。
なんにせよ、かなり面倒だ。
「私は、どのルートでも構わないわよ。ただ、無理に最短距離を選ぶ必要もないと思うわ」
「妥当な意見過ぎて、めちゃくちゃ反論しづらい……」
個人的な欲望が思いっきり交じってるのに!
というか、ほんとなんで俺を背負うことにこだわるんだ……。
「私としては……バイクは初心者なので、なるべく優しい道が希望です」
「せやな。急がば回れっちゅーやつや」
本條さんも、カイラさん寄りのご意見。正論だから、仕方がないんだよな。
リディアさん? この人は、面白くなるほうを選んでるだけだから。気にしちゃ行けない。
「そうなると、山道は避けるべきか」
ほんとデスストになるからね。
「はい、はーい! そこは、風の精霊お姉ちゃんにお任せよ~」
「お姉ちゃんじゃないけど、聞くだけ聞こう」
「あの子で運んでいってA・GE・RU」
鎧に身を包んだ色っぽい風の精霊が、人差し指でリズムを取りながら言った。
客観的にはなかなか萌えるポーズだったけど、そんなことはどうでもいい。
あの子とはつまり、風の刻印騎。
「ロボットの手に乗って、空を飛んで移動すると?」
「そうよ~。短いけど、空の旅にご招待しちゃう」
「マジか……」
ロボットアニメでさ、落下してる人をキャッチしたり、戦場の真っただ中で手に乗せて移動したりするじゃん?
あれ絶対に潰れると思うんだよね。
そうでなくとも、絶対に風圧で落っこちる。
まあ、それはそれで演出のひとつだから野暮は言わないけど。
まさか、それを現実で体験できるとは……ッッ!
異世界ってすごいなぁ。
「使わないほうがいいのではなかったの?」
「短時間の移動ぐらいなら、問題ないわよ~」
「戦闘に使用すると、どうなるか分からないということだよな」
こう、みんなの魂が流れ込んだカミーユみたいになっちゃうわけだ。
ついでに、いつの間にかロザミィが死んでることになってたりするんだろうな。そう、新劇場版ならね。
「いや、空を飛んでショートカットはええけど……大丈夫なん?」
「私の魔法で、空を飛ぶこともできますよ?」
慎重意見も出るには出たが――
「エクスは、オーナーに従います」
――結局は、運んでもらうことになった。
……別に、俺がうきうきだから配慮してくれたわけじゃないはずだ。
「ゆっくり落ちるポーションとか」
「それ、落とし穴とスパイクのコンボだとゆっくり刺さるんだよなぁ」
そんなことを言いながら、風の精霊が再び乗り込んだ刻印騎の手に乗る。
「行くわよ~。風で守るけど、落ちないように注意してね」
「おおっ、飛んでるっっ」
体が、重力から解き放たれて……はいないけど、一瞬で空の住人になった。
風で守ってくれているからか、風圧はほとんどない。囲む物はないが、ある意味で理想の空の旅。
「ニルスのふしぎな旅だな」
「秋也さんも読んだことがあるんですか? ニルスが動物達と触れ合って成長して、お別れするのがすごく哀しいんですよね」
「う、うん。そうだね」
ごめんね。俺が知ってるのは、アニメだけなんだ。
まあ、とにかく空の旅はすごい。すごい勢いで花畑とか氷河が流れていく。当たり前なのかも知れないけど、すごい。
「やはり、空を飛べないとダメなのね……」
「そこは、張り合うところじゃないから」
「向上心がなくなったら、戦士として終わりよ」
戦士は、俺を運ぶことに執念を燃やしたりしないと思うんですが、それは。
「そう言えば、もう少し五大神の神殿について聞いてもいいですか?」
「う~ん……。ちょっと長くなりそうだけど……それでもいい?」
「まあ、必要な情報だから」
エクスの問いに対し、風の精霊が語るこの島と神殿の秘密。
「まず、この世界には五人の女神様がいるのよねー」
この世界を運営する五大神。
太陽と天空の女神、地上にルーンをもたらしたとされる、慈悲深きエイルフィード。
月と闇の女神、死者の魂を守護し安寧を与える、弱者の庇護者リュリム。
大地と豊穣の女神、世界で最も広く信仰されていた、愛を司るマルファ。
水域と時の女神、幸運神としても信仰を集める“留まることなき”ヘルエラ。
星と秩序の女神、公平にして苛烈なる英雄神ヴァランティーヌ。
女神たちが降臨されたとされる地に建立された神殿は、この地の魔力をコントロールする役目を担っていたということだ。
「まあ、昔は女神降臨の地とかいろいろあったけどね~。アマルセル=ダエア王国の端っこの山とか」
「山自体が信仰の対象だったのかな?」
エルフだし、そういう自然信仰はありそう。あるいは、天女の羽衣的なあれかもしれない。
立川市じゃあるまいに、休暇に下りてきたってことはないだろう。女神様が山ガールってわけじゃないだろうし。
「で、ずっと上手くやってたんだけど戦争があってね~」
「またしても立ちふさがる邪神戦役か。ノストラダムスかよ」
「私が産まれる前に、大きな騒ぎになったという予言詩ですか。終末という意味では、似ているのかもしれません」
「う、うん」
彗星かな? イヤ、違う、違うな。彗星はもっとバーって動くもんな。
「まあいろいろあって、濃密な魔力が危険なことになって世界が危なくなっちゃったのよね~」
「むしろ、それを狙って邪神の使徒が攻めてきたのではない?」
「それもあるかも~。まあ、とにかく、それを抑えるために精霊総出で神殿を組み替えてなんとかしたんだけど……」
「代わりに、精霊たちが狂っちゃったと」
さらに、次元の歪みがどうこうで、この島に漂着するようにもなったわけだ。
それはちょっと、コラテラルダメージでは片付けられないな……。
「でも、お姉ちゃんたち精霊さんたちも、ただやられたわけじゃないのよ~」
「ああ、そこで世界樹が出てくるのか」
「そうそう。お姉ちゃんたち精霊さんたちの力を悪用されないように仕掛けを作った上で、世界樹の眷属の力で復活できるようにしておいたのよ」
考えてるじゃん、精霊たち。
本気になったら、結構真面目にやれるの?
……違うか。精霊たちですら本気で真面目にならざるを得なかったわけだ。
「世界樹の降臨は、その当時から決まっていたということなの……?」
「神サマが、すべてを見越して準備してたのよ。よく知らないけどね~」
「その割には、今までこの島が放置されていたのは……」
「時期が来たということねー」
よく分かんないけど、そういうものか。
「なあ、これ……。ウチのルーツ探索とかどうでもええんやない?」
「そんなことはないよ」
「そうですよ。リディアさんは、大事な仲間ですから」
「絶対にやり遂げるし」
むしろ、五大神の神殿が前座だって。
「そろそろ、到着よー」
「喋ってたら終わってしまった……」
堪能とまではいかない空の旅だったが、気持ちを切り替えた。
前座で転けたら、話にもならない。
「実際目の当たりにすると、すごい迫力です」
「火事ってレベルじゃないよな……」
ごつごつとした岩が転がる、むき出しの地面に降り立ち炎の壁と相対する。
環境適応ポーションのお陰でそこまで熱さは感じないが……10メートルは離れてるのにこれって、相当じゃない?
火か……。
水使いなのに、今まで火を使う敵が出てこなかった。これもう、構造的な欠陥だよね。
「とりあえず、《青の静寂》で鎮火させてみよう」
「受諾!」
射程は充分足りている。エクスにより、即座にマクロが実行された。
「……あれ?」
しかし、なにもおこらなかった!
失敗? なら、やり直すだけだ。
「エクス、もう一回」
「受諾!」
しかし、なにもおこらなかった!
あれれー? おかしいなー?
まさか、あれで実は火じゃないとか?
「……あの壁、《中級鑑定》できる?」
「やってみます!」
タブレットのカメラを炎の壁に向けて、待つこと数秒。
「できました……が、『氷でできた炎の壁。火属性かつ水属性の特性を持つ』そうです」
「あー。そういうことね」
完全に理解した。C++ぐらい、完全に理解した。
「オーナー! これは、エクスたちへの挑戦ですよ」
「確かに、《水行師》の面子はぼろぼろだ」
別にこだわりはないけど、自信満々にやってこの結果だもんな。
しかし、他に手か……。
「風でどうにかするのは……なしだな」
「どうしてもって言うなら、お姉ちゃん頑張っちゃう」
「止めておこう」
風の刻印騎限界説もあるし、精霊の力が狂っているというこの島で、さらに風の精霊の力をぶつけるとか危険すぎる。
「《渦動の障壁》で強行突破は……リディアさんが、あれか」
「ウチが、完全に足手まといになっとるな」
「そんなことはないけど……」
「大人しゅう、ミナギはんの愛人になっとれば、こんなことには……」
「この指輪は、そういう意味じゃないからね!?」
「え? お姉ちゃんにも指輪を?」
「ノリで場を引っかき回すの止めてくれませんかねぇ」
自由かよ。
自由だったよ。風の精霊め。SDな他の精霊と違ってRGだから、厄介だなぁ。
「私の魔法を、いくつか試してみますか?」
「それとも、このまま飛び越えてみる?」
「飛べるんなら、手前で下ろさないと思うんだけど」
だよねと、風の精霊を振り返る。
コケティッシュに微笑んでいた。
「そうね~。炎がボーッて伸びてくるわよ~。壊れるほどのダメージじゃないから、強行突破はできるかもだけど~」
「それは、最後の手段だな」
氷でできた炎の壁。
これは、どうでもいい。
火属性かつ水属性の特性を持つ。
これが、重要なんだ。
「う~ん。本條さん、魔法で火属性を強化とかできたりしない?」
「……できます」
例の趣味の悪い魔道書に触れ、瞑目した本條さん。
目を開いて口にした言葉には自信が溢れていた。
「じゃあ、お願い」
「火を九単位。加えて、地を三単位。理によって配合し、焔を集いて炎と化す――かくあれかし」
本條さんの魔法が完成すると同時に、炎の壁が倍近くにまで
「これは、さすがにマズうない?」
「大丈夫よ。ミナギくんのやることだもの」
火勢が強まった。
つまり、氷――水属性が弱まったということでもある。
カイラさんからの信用はちょっと重たいが、
「エクス、もう一度《青の静寂》。最大まで石を突っ込んでだ!」
「受諾!」
火属性の効果を消去する《青の静寂》。
その対象に、炎の強さによる制限はない。
小さくとも、大きくとも。火であれば、関係などないのだ。
「逆転の。いいえ、自由な発想ね~。まさに、これは風だわー」
「ミナギくんなら、当然ね」
「秋也さん、やりました」
「ああ、上手くいって良かったよ」
とにかく、結果は成功。
一部分だけ。
しかし、充分な通路が炎の壁に空いた。
炎の壁を越えて、進もう。