25.風の精霊
「はいはい。お話ね。何百年振りかしら? たのしみねー」
「はー、今度は風の精霊かいな」
片眼鏡を直しながら、ひょっこりとリディアさんが姿を現した。
話の腰は思いっきり折れたが、目の前のカイラさんが緊張を緩めてくれたので貢献度大だ。
「まったく、精霊の特異点かっちゅー話やで」
「あの……。まず、本当に風の精霊さん……なのでしょうか?」
「水の精霊とか地の精霊と、いくらなんでも違い過ぎるもんな。疑うわけじゃないけど……」
まあ、あの二人もわりとサイズの違いはあった。頭身で言うと倍くらい。
でも、こっちの自称風の精霊さんは、ジャンルが違う。ハリポタとベルセルクぐらい違う。
「ふっ。エクスとのキャラ被りを避けたのは賢明な選択とほめてあげましょう」
「あ、うん」
エクスは、さっきから上機嫌。
だから、深入りはしない方向性で。
「もちろん、風の精霊で間違いないわよ~。証拠って言われても、困っちゃうけどね」
「まあ、そりゃそうだ。俺も、人間かどうか証明してくれと言われても困るし」
「哲学的ですね」
「納得してくれたところで、風の精霊お姉ちゃんって呼んでねー」
「前向きに検討するよう、関係各所に働きかけをしていく所存です」
語尾が上がる特有の喋り方。
確かに、ほんわか系お姉さんみたいな波動は感じる。
だが、うなずけるはずがない。
目の前で、カイラさんがイラッと尻尾立ててるんだもん。尻尾を立てるのは、ガンバと仲間たちだけでいいのに。
「とりあえず、風の精霊だということで話を進めよう」
「ミナギくんがそう言うなら」
「ここで拘泥しても不毛ですしね」
カイラさんとエクスの承認を得て、風の精霊(恐らく)に話を促す。
「新しい勇者くんは、面白い仲間を連れているのね」
さらっと髪をかき上げ、垂れ気味の目をこちらに向けて、蠱惑的な唇を開く。
「それで、なにを聞きたいのかしら?」
「とりあえず、なんで刻印騎に乗ってたかな?」
「あとは、襲いかかってきた理由ですね」
「それもあったか」
巨大ロボットとの戦闘とか、当たり前すぎてなんら疑問に思わなかったわ。
むしろ、戦闘しないほうが分からない。
「う~ん。そうねえ……話は長くなっちゃうんだけど」
「私たちの納得が優先よ」
「ふふふ。そうよね」
風の精霊(自称)も納得し、青空会議が始まった。
立ち話はなんだけど、仕方がない。ここでキャンプ道具を出すわけにもいかないしな。
「どうして乗っていたかというと、いろいろあって暴走しかけたから?」
「暴走? 風の精霊自身がかいな。大事件やん」
「やん。風の精霊お姉ちゃんよ」
「風の精霊お姉ちゃんが、暴走かいな」
「……今は真面目にやってちょうだい」
カイラさんが懇願するように言う。
精霊への敬意とアイデンティティの狭間で、いろいろ葛藤がある感じだろうか?
それはさておき。
「暴走って、てっきり刻印騎が制御不能になったのかと」
「さすが勇者くん。話が分かる~。そっちが正解よっ」
やはりか。
それをどうにかするために風の精霊が乗り込んで……取り込まれてしまったという感じだろうか。
分かる。手に取るように分かる……のは、俺だけだった。
「ルーンが刻印されて魔法的な要素もあるとはいえ、刻印騎は機械ですよね?」
「そうなるやろな」
「それが暴走……。自動運転のような機能があったのでしょうか……?」
なるほど。普通は、そういう解釈か。
ロボットが暴走するとか当たり前すぎて、疑問にも思わなかった。
「う~ん。そうねえ……」
風の精霊が艶やかな唇に触れつつ、どう説明したものかと思案する。
なかなかに色っぽい仕草。でも、ちょっと現実感がない綺麗さだ。
「刻印騎は、《憑依》のルーンの効果で人が乗り移って動かすんだけど……」
「そこに、邪神戦役による人々の期待と不安とか、魔力の過剰な注入とかがあって暴走した……とか?」
「ぱんぱかぱーん! 大正解! ご褒美にキスを――」
「不要よ」
「要りません。いえ、でも、秋也さんが望むのなら……」
「なら、ウチは逆張り……すると命が危ないからノーコメントや」
雉も鳴かなければ打たれないからね。
その判断は、正しい。
まあ、風の精霊(お姉ちゃんではない)に遊ばれてるだけだと思うが。
「お姉ちゃんが乗り込んで、ある程度押さえることはできたんだけど……ちょうど、敵の襲撃が重なったのも運が悪かったのよね~」
それで、島は滅んでしまったと。
いろいろあったんだろうが、結論としてはそういうことだ。
「その後は、無軌道に暴れたいこの子をなだめつつ、島の中心部に来た強そうな相手に襲いかかってたのよ。今みたいに、ショック療法で正気に戻れるように」
「なるほど」
「戻れてないわよね、何百年も」
「そう……なりますね……。何百年も……」
なんの役にも立たなかったドラゴンェ……。
というか、やっぱりいきなり中心地に来たからいきなりボスと遭遇してるんじゃねえか。SFC版スレイヤーズ!のダンジョンかよ。
「こっちの事情は、こんな感じよー。ガツンと効いたわ。ありがと~」
と、ハグしようとする風の精霊をカイラさんがガードしている間に、もうひとつ気になることを聞く。
「ちなみに、あの刻印騎を再利用したりは?」
「やってやれないことはないでしょうけど……戦闘はちょっとね」
「おすすめは、できない?」
「そーね。今は落ち着いてるけど、また戦ったりしたらどうなるか分からないわ~」
サイコフレーム搭載機みたいなもんだしな。
「その上、何百年もノーメンテで動きっぱなしと」
「自己修復機能はあるけど、お姉ちゃんは専門じゃないから~」
「今となっては、専門家もいないか……」
どこかに、アストナージさんか弓教授かウリバタケさんか真田さんかリツコさんでもいませんかね?
シュウと早乙女博士(OVA)はNGで。
「よっぽど追い詰められてるのなら、別だけどねー」
「規格が合えば、エクスがハッキングするんですが。無線LANとかUSBとかで接続できないですかね?」
「無理筋過ぎる。レイバーにもねえよ」
まあ、今のところそこまでの必要性は感じない。宅見くんか大知少年でもいれば乗らせても良かったが、今は風の精霊(遺伝子組み換えでない)に任せよう。
「とりあえず、聞きたかったのはこんなところかな」
「そうね。今までの尽力に感謝を」
わだかまりは水に流し、頭を下げるカイラさん。
こういうところが、カイラさんのいいところだよな。
「そんなわけで、俺たちは山を越えて海を目指すけど。そっちは、どうするの?」
「え?」
「え?」
リディアさんが発見された、山頂の船を探す。
当初の目的に立ち返っただけなのに、なぜか焦り出す風の精霊。
「あれ? え? 神殿は?」
「神殿って、火の精霊殿?」
「あ~。あそこは、五大神の神殿よ。今は、火の壁に囲まれちゃってるだけ」
あ、そういうこと。
でも、なんで、火の精霊殿改め五大神の神殿に行くことが前提に?
俺たちと彼女の間に、大きな溝が生まれた。
「あれれれぇ? お姉ちゃん、間違ってる?」
「間違ってるというか、そっちは努力目標なんだけど」
「努力? そのために、世界樹の苗木ちゃんを連れて来てくれたんじゃないの?」
「え? そういうこと?」
なんで、世界樹が俺と同化したのか。
それは、この土地をどうにかするため……。もしかしたら、この島に根を張るためだったのかもしれない。
島の地図を持つ俺の下にガチャで来たのも、ある意味必然だったというわけか。
「お別れ……なのですか?」
「ワイン……」
「いや、別にファーストーンで取りに来ればいいだけではあるけど」
ログボは確かに、惜しいが。
それ以上に、《ホームアプリ》80%オフが終了か……。行き来したくなくなる……。
安易に割引サービスをやるべきじゃないというのは、こういうところだよなぁ。
「う~ん。でもねえ……。あそこをどうにかしないと、ここでファーストーンは使えないのよ~?」
「そうだったのか……」
これ、ほんとはもっと序盤……沿岸の辺りで知るべき情報なのでは?
ショートカットしていきなり奥地に来たから、フラグ管理がめちゃくちゃになってない?
「水の精霊が、いきなり奥地へ送るから……」
「あ、うん。あの娘は、自由だもんね~」
風の精霊(めんどくさいから確定)からも、自由と言われる水の精霊ウンディーネ。
これ、精霊はみんなアイツよりマシと思ってるんじゃないかな?
「ミナギくん、どうするの?」
「秋也さん、どうします?」
「ウチは、ミナギはんに従うで」
「こうなったら、仕方ないよな……」
結論を丸投げされたというよりは、選択肢はひとつしかないから決断してくれということ。
答えを出すのが責任者だからね。
俺が責任者というのもどうかと思うが……。
「ちなみに、その神殿ってどんな感じになってるの?」
「最後のほうは意識がはっきりしない状態になってたから確かなことは言えないけど、いろんな精霊が集まってわちゃわちゃしてたわよ」
「わちゃわちゃか」
火は会ったことないけど、あの精霊たちがわちゃわちゃか。
明るい方向ならいいけど、ホラー方面にわちゃわちゃしてたら泣くな。
というか、結局、精霊がいるんじゃねえか。
「神殿の中心部に、世界樹の苗木ちゃんを植えられたら正常化するはずよ~」
「……頑張るか」
「はい。当初の目的はどうあれ、私たちが為すべきことだと思います」
素直な本條さんがまぶしい。
「いざとなったら英雄界へ離脱する手もあるけど、私たちだけしか移動できないわ。気をつけて攻略しましょう」
「……あ」
時間が経たないとはいえ、リディアさん置き去りはマズいよな。
う~ん。逃げる前提じゃないけど、逃げられない戦場って今回が初めてか……。
慎重にいこう。
風の精霊お姉ちゃん裏話
オカマなオネエキャラにしようとしたら、友人から全力で怒られた。