23.暴風の山
誤字報告ありがとうございます。助かります。
「とりあえず、ここから移動しましょう」
「そうですね。南側は、特になにもありませんでした」
「じゃあ……」
と、足を動かしかけて止まる。
立っているだけならなんとかなるし、環境適応ポーションのお陰で寒さもない。
たが、この氷河をまともに歩いて抜けられるとは思わなかった。キグナスダンスをしても無理だ。
「私の呪文で飛びますか?」
「温存すべきよ」
本條さんの提案をあっさり却下し、カイラさんが俺の正面に回った。
「なるほど。それが、世界の選択か……」
振り払ったはずの過去が追ってきた。
すべてを悟った俺は、ろくな抵抗もせず――カイラさんに担がれた。
知ってた。
こうなるって知ってた。
ははは。久し振りだなー。
「ミナギはんはそれでええとして、ウチらはどないするん?」
「俺はこれでいいのかなぁ?」
「ミナギはんは、ずっとそれでええとして」
「伸びた!?」
「任せてちょうだい」
え? 乗っかるの?
冗談だよね、カイラさん……?
「オーナー、お手数ですがフェニックスウィングを《ホールディングバッグ》から出していただけますか?」
「あ、はい」
そうなるよね。知ってた。
「ですが、私に運転できるでしょうか?」
「大丈夫ですよ。エクスにお任せです」
ぶっちゃけ、俺もハンドルは握ってたけど操縦という意味では微妙だったからね。エクスが上手いことやってくれるはず。
「まさか、ウチまで乗ることになるとはなぁ」
「さあ、早くここを抜けましょう」
俺を担いでいること以外は、至ってまともなカイラさん。
確かに、このタイミングでモンスターに襲われたら、わりとヤバイ。
そんな危機感にも押されて、俺たちは氷河を脱出した。
「うわっ。氷河の隣が花畑になってるじゃん」
「ところで、いつまで抱えられとるん?」
「満足するまでかな」
カイラさんがね。
「さすがに、このままだと作戦会議がしにくいですよ」
「まあ、仕方がないわね」
意外とあっさり、カイラさんが俺を地面に下ろしてくれた。
これ、今後も機会はいくらでもあるって判断だ。なんで分かるかって? 俺はカイラさんには詳しいんだ。
「本当に、不思議な土地なんですね」
「不思議というか、なんというか」
足下には、すみれ色の花畑。
目の前には、真っ白な氷河。
そして、その先に噴煙をたなびかせる火山。
「観光地になりそうだな」
「絵本の中みたいですね」
「あ、うん。なんかごめん……」
「いえ、私も子供みたいなことを……」
これがアラフォーと美少女の差だよ。
……恥ずかしい。
「まあ、それはともかくマップを見てください」
パイロットスーツなエクスが全員を呼び集め、《オートマッピング》で島の地図を表示させる。
島の形は、南東……右下に突出した部分があるものの、基本的には長方形。
ただし、やや縦長の島は、中心以外はまだ白地図状態。
色の付いている真ん中も、白い氷河と草地がモザイク状に配置され、その周囲は山脈に囲まれていた。
「これは否応なく、山を越えなくちゃならないか……」
「はい、偵察に限ってもそうなりますね。電波的に、山を越えてドローンを操作するのは難しいですし」
法律さえ無視すれば、高度は問題ない。
ただ、電波の届く距離は障害物にも依存するのでせいぜい数キロといったところだろう。さすがに、心許ない。
「噴煙もあるだろうからなぁ」
「火山に突っ込んだら、洒落にならんで」
「問題は、どの方向に行くべきかわからないことね」
目的は、リディアさんが見つかった船を探索すること。
その船は山の上に存在しているという話だったが……。
「この周囲の山じゃないんだよな?」
「人さらいが、こんなところまで来れるとは思えないわね」
「そりゃそうだ」
となると……。
「下手に最短距離とか言わず、全部探索するつもりで行ったほうがいいかなぁ。実際、やるかどうかは別にして」
「そこまで、気張らんでもええんやけど……」
「私は賛成です。下手に効率を重視したら、思わぬ陥穽にはまってしまうのではないでしょうか」
「いざとなれば、ファーストーンで往復できるものね」
「でしたら、山脈をもうちょっと詳細に調査してみましょうか」
上空で待機させていたドローン群を操って、まずは手近な山から偵察に行った。
俺たちは、モンスターが襲ってこないか警戒しつつタブレットに10窓で表示される映像を注視する。
「モンスターはともかく、普通の動物もいないんだな」
「普通の動物は、生きていけないのではない?」
「どこから来るっつー話でもあるわな」
熊とか、意外と海を越えて島にたどり着いたりするらしいけどね。
でも、ここじゃ餌もないか。それに、やっぱり中心部まではたどり着けないだろうし。
「登山経験はないですが、普通の山に見えます」
「木も普通に生えてるってことは、森林限界にも達してないと」
山脈と表現したけど、ぐるっと山に囲まれてるだけでそんなに標高はないか。高山病は大丈夫そうだ。
「もしかしたらなんですけど……。山に囲まれているのではなく、この一帯が窪んでいるだけだと言う可能性は……」
「ありえる」
これ、あれだろ。
氷河の下に母親の遺体じゃなくて、大爆発を引き起こしたロボットが沈んでるとかいうパターンじゃない?
考えれば考えるほど厄いな。
「あ、人工物がありました」
エクスに言われて、すべての視線がタブレットへ注がれる。
10窓から、人工物を見つけたというドローンの映像のフルスクリーンに切り替わった。
それは、より正確には建築物だった。
「神殿……でしょうか?」
「水の精霊殿と似てるような……?」
「そうなると、火の精霊殿ということになるのかしら?」
噴煙の向こう。
火口の奥に、炎に包まれた神殿が映し出されていた。
燃えてないし、煤で汚れてもいない。立派な白亜の神殿だった。
「これ以上近付くと危ないので、解像度はこれが限界です」
「見たところ、なんかモンスターが潜んどるようには見えんな」
「生息環境が厳しすぎる」
支配の王錫だって、耐えられないよ。
もちろん、サラマンダーみたいな火の中上等なモンスターもいるんだろうけど。
「まるで、ブリュンヒルドですね」
「ああ、炎の館か」
戦乙女ブリュンヒルドと結婚するには、炎の壁を越えなくちゃならない。
結婚したかったグンナルは越えられなかったので、代わりにグンナルの変装をしたシグルズが壁を越えてプロポーズするという話だったか。
神話や伝説特有の倫理感? なにそれ? おいしいの? という微笑ましいエピソードである。まったく微笑ましくない。
「《渦動の障壁》を張れば、とりあえず見に行くことはできそうか……」
「可能不可能と要不要は別よ」
カイラさんの慎重な意見。
概ね賛成だけど、今のところ他に指針もないんだよな。
「単純に、あの神殿の反対側に行ったらええんやない?」
「そのもひとつですね。まずは、山の上に登ってそこからさらに偵察するのが良いのでは?」
本條さんの提案は、まったく妥当だった。
というより、他に選択肢はないというべきか。
「そうなると、迅速な移動が必要ね」
「ゆっくりでもいいんじゃないかな……」
「そうなると、迅速な移動が必要ね」
「……はい」
おお あなた ひどいひと! わたしに くびつれといいますか?
でも、あなたともだち!
というわけで、実は《ホールディングバッグ》に保管されていた懐かしい背負子でカイラさんに運搬されることになった。デスストかな?
「ウチが来なければ、こうはならんかったわけやなぁ」
「単純な算数の問題だな」
背負子の上から、フェニックスウィングに乗るリディアさんに言った。
でも、まあ、こればっかりは仕方がない。
「感謝されて然るべきなんやない?」
「そうね」
俺がなにか言う前に、カイラさんが答えた。
即答だった。
そんな風に、道なき道を進んで向こう側を目指して進む俺たち。
30分ほどは、何事も無かったが。
突然、エクスが警告を発した。
「モンスターの反応があります!」
それは、氷のように冷たく、青い肌のトロル――コールド・トロル。
岩というか山肌に擬態し不意打ちで襲いかかってくる巨人の一種。
その打撃力や強靱力は、一般的な冒険者の手に余る。
というモンスターだったらしい。
「一体だけでは、修練にもならないわ」
なぜ、現場にいるのに伝聞なのか。
だって、俺が背負われてるうちにカイラさんが【カラドゥアス】を投げて倒しちゃったからね……。
「よっこいせ。はいはい、堪忍な」
瞬殺。
あとは、リディアさんが酸を傷口にかけて再生を防いだら、それで終わりだよ。
俺が、背負子から下りる暇もなかった。
必要もなかった。
「相変わらず、カイラさんは凄いな。ところで、魔力水晶を回収するから下ろしてくれる?」
「そう……ね」
仕方がないと、カイラさんが俺を解放した。
とことこと歩き、リディアさんが側にいるトロルの元へと移動する。
マクロで水分を抜いていると、リディアさんが耳元でつぶやく。
「もう、全部あの人一人でええんやない?」
「むしろ、喜ぶんだよなぁ」
ほら、またきらきらしてるじゃん?
「こういうとき、温存をしなくてはならないのが少し寂しいです」
魔力水晶を回収して戻ると、本條さんが浮かない顔。
「温存以前に、まったく間に合わなかったのですが」
「難しい問題だよな……」
TRPGなら、クロスボウなら撃ってればと言ってるところ。
でもさぁ。
こっちは魔法を使いたくてマジックユーザーやってるのにさぁ。なんで呪文を温存してクロスボウなんだよって話だよ。それなら、最初からローグやるわ。
「焦らなくても、綾乃ちゃんに頼る場面が出てきますよ」
「それ、あからさまにピンチやん」
「そう言われると……頑張りますけれど……」
本條さんが、趣味の悪い例の魔道書を手に困惑する。
危機的状況しか出番がないというのは、確かに複雑だろう。
「ほら、医者とか警察は暇なほうがいいって言うし」
「……そう、ですね」
本條さんがなんとか気を取り直し、歩みを再開し……ようとしたところ。
「待ってください。なにかが降ってきます」
「Oooooooooohhhhhhhh!!!!!! Guuuuuuuuuuuu!!!!!!」
地面が。そして、体が大きく揺れた。
風が逆巻き、さらにその風を吹き飛ばすような暴風が周囲を襲う。
まともに目が開けられない。
だが、それで見過ごしてしまうような相手ではなかった。
「ロボじゃん……」
山に立つ巨人。
さっきのトロルなんか、比較にもならない巨大さ。ビルが意思を持って襲いかかってきた。そんな圧迫感に、動きを止めてしまう。
いくつもの刻印が描かれた、風を纏った騎士。
それが、俺たちを睥睨していた。
「島の一番奥だもんな。そりゃ、ボスいるよな……」
「オーナー風に言うと、戦闘ずっと逃げて進めていたら、七英雄がめっちゃ強くなって詰んだみたいな感じですか?」
そんなゲームみたいな話じゃない。
理解はしているが、思考は止まらない。
「ゲームだったらこれ、さっきの神殿にあのロボを倒すキーアイテムがあったりするだろ」
それはない。
それはないと思いたいが……どうにも嫌な予感は拭えなかった。