19.エクスの武器?
「その様子を見ると、上手くいったようやな」
「はい。お陰様で」
地球からオルトヘイムに戻った直後。
屋敷のリビングで別れたリディアさんが、再会した直後“にやぁ”とやや粘着質な笑顔を浮かべた。
それに比べて、本條さんの無垢なことよ。
「そか。なら、解禁やな」
「解禁……?」
ソファに座って指輪を入れ替えつつ、本條さんが小首を傾げた。
かわいい。
「なにか禁止されていましたか……?」
「避妊薬ぐらい、いつでも作ったるで?」
「そこ、詳しくお願いします」
「なんで、エクスが反応してるんだよ!?」
「止めないでください、オーナー!」
「殿中でござる、殿中でござる」
なしなし。
そういう、後ろ暗い気持ちになっちゃうのはなしだよ!
「そういうのは、ご両親との約束でしないことになってるから」
「からの?」
「そこで終わりだよ」
「ミナギはんは冷静やな。つまらん」
「騒いだら、そっちの思うつぼじゃん」
「せやな」
せやなじゃない。
「ま、見たい反応は見れたからな。この辺にしといたるわ」
「その台詞、新喜劇以外で初めて聞いたわ」
首をひねりながら「シンキゲキ? なんなん、それ」と疑問符を浮かべるリディアさんには直接答えず、俺は話題を変える。
「それよりも、二人の本は好評だったよ。すごい、かぶりつき具合だった」
「ふーん、そかそか」
片眼鏡の位置を直しつつ、リディアさんは軽く流した。
……おや? 吹っ切れてる?
「冷静に考えると、意味不明な文字やし心配の必要あらへんやん?」
「それが……」
冷静になった本條さんが、物憂げな表情を見せる。
めっちゃ美人だけど、できればもうちょっと早く気付いて欲しかった。
「お母様が、かなり本気で解読に取り組んでいまして……」
「プライベートな時間は、全部注ぎ込んでるレベルらしい」
「遠からず、解読してしまうでしょう。お母様に読まれたら、なんと言われるか」
「確かに、やっつけな部分はなきにしもあらずやけど……ウチはわりといけてると思うねんけど?」
リディアさんが、なにが問題なのかと逆に問うた。
「……お母様は、かなり厳しいので……不安です」
「ええやん。こっちは、短時間やけど人事は尽くしたんやし」
堂々としたリディアさんの態度に、本條さんは目をぱちくりさせた。
でも、これが正解だと俺も思う。
変に謙遜されるよりも自信作だと言い切って欲しい。
ほら、一般読者は、そこまで確かな審美眼なんて持ってないからさ。作者がダメだっていったら、そうかなって思っちゃうんだよ。
「でも、秋也さんにもある程度話の筋を予想されてしまいましたし……」
「そら、斬新な話はいくらでも作れるけどな。それが面白いかどうかは別問題やん?」
世に出した以上、批判は覚悟しなければならない。批判と誹謗中傷は別だし、他人を傷つけるようなそれは厳に慎むべきだが。
作者というのは繊細だからね。そう簡単には割り切れないんだよ?
卵運搬クエストぐらい丁寧に扱ってね。
……と、景織子さんに直接言えたらいいんだけどね。
無理なもんは無理よ。
「気を揉むのをやめろとは言わないけれど、読まれるときは読まれるわよ」
「そうですよね。渡してしまったわけですし……」
「振った賽の目を心配するなら、最初から振らなければいいのよ」
うっ。
この世界のことわざらしき言葉が、流れ弾になってヒットした。
そうだ。2D6の期待値は7じゃない。5なんだ、5。
出目に期待しちゃいけないんだ。成功率90%は五分五分だし、成功率5%はワンチャンあるんだ。
やはり、固定値は正義。
それはさておき。
「ちょっと試したいことがあるから、庭に出てくるよ」
「ふふふふふ。ついに! エクスの出番ですね」
「お、なんか楽しそうやな。うちも行くわ」
というわけで、みんな揃って世界樹がなくなってすっきりした庭へ。
相変わらず、俺の手から出ていく気配はない。
いいんだけど……。紋章なしにできませんかね?
「さ、オーナー出しましょう」
「はいはい。焦らなくても、逃げないから」
うっきうきのエクスに従い、通販で買ったドローンを《ホールディングバッグ》から取り出す。
俺が子供の頃だったら、ラジコンヘリとか言われてただろう。
男の子が大好きなやつだ。
すでに向こうで充電をして、準備は万端。
俺が子供の頃だったらニッカド電池を使っていただろうし、ランニングコストもとんでもないことになっていたはずだ。
それが十機も。
「さあ、行きますよ」
たくさんのドローンが、軽やかな音を立てて空へと飛び立つ。
「本当に飛ぶのね、あんなに小さいのに……」
「小さいから飛ぶというか、対抗しなくていいからね?」
「ほお。これは、面白いな」
カイラさんから鋭い視線を向けられたドローンたちは、バラバラに家の周囲へ散っていく。
まるで、それぞれが意思を持っているかのよう。
人間では絶対に不可能な並列操作。
なのに、エクスは平気な顔で飛ばしている。さすがエクスだ。
「あっちでは法律が面倒くさいので試せませんでしたが、こっちは気兼ねなく飛ばせていいですね」
「あー。空飛ぶモンスターとかいるかも知れないから。それだけ気をつけてな」
「はい。そこは、《オートマッピング》と連動させていますから心配ご無用です」
「まるで、レーダーのようですね……。軍事方面は詳しくないので、的外れな感想かもしれませんが……」
「いや、俺も同じ感想だよ」
偵察機かな?
まあ、どっちでもいいんだけど……。
これは……。
「なあ、ミナギはん」
「分かってる」
だから、言わないで。
「これ、普通にやばない?」
「今さらよ」
10窓に別れて表示される空撮映像。
タブレットに映るそれをちらりと目にしたカイラさんが、なんでもないと言った。
「そもそも、世に出したら問題なのはあなたもそうでしょう?」
「あー。薬師ギルドのスキャンダルではあるのか。リディアさんは被害者だけど」
「ウチは、精々この街とか島レベルの問題やん。こっちは、世界が震撼する系やない?」
「あ、はい……」
否定できない。
けど、そうだ。ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。
「どうせ、マジックアイテム島で使うだけだし」
「マジックアイテム島?」
「リディアさんが見つかったあの島のことだよ。ああなる前は、あそこでマジックアイテムが作られていたらしい」
「ほー。そんな島が、精霊力の乱れた場になっとると」
しばし、ドローンが飛ぶ音だけが響く。
ああ、いい天気だなぁ。
「……ほんとに行くん?」
「どうせ行くなら、事情を知ってる人間が探索したほうがいいかなって」
今は浅いところだけみたいだけど、将来はどうなるか分からないし。
厄ネタなら、さっさと摘み取ってしまおう作戦だ。
「オーナー! 爆弾とかくくりつけて特攻兵器にしません?」
「しません」
言うと思ったけど、本当に言われてしまった。
「貴重なドローンだろ」
「でも、普通に偵察する分には十機も必要なくないです?」
「ドローンに積める量じゃ、大した攻撃力にならないんじゃ?」
「盗賊ギルドとかに頼めば、小型の爆弾を用意できると思うんですが。魔法の力で、魔法の力で」
「可能性はあるわね。呪いのアイテムも、まだ未鑑定品が残っているし」
呪いが効かないだろう機械で、敵に呪いをお届け。
地獄かな?
「盗賊ギルドに頼まなくとも、リディアさんの薬品でどうにかできません?」
「……できなくはないなぁ」
本條さんとリディアさんまで!
……だけど、そこまで止める理由もなかったりするんだよなぁ。
やり口が完全にテロリストで、イメージが悪いというだけで。
「くふふふふ。ついに、エクスにも物理的な攻撃手段が……。いえ、ネットワークに依存してる軍隊でしたら、いくらでもやりようはあるんですが」
これ、もしかしたらなんですけど。
戦国大名に火縄銃持たせるようなもんじゃない?
次回、呪いの品鑑定会in盗賊ギルド再び。
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