15.《シンデレラの願い》
宅見くんたちとは、また後日買い物に行く約束をして別れた。
元探偵事務所から、家に戻ってほっと一息。
若者たちとの付き合いは、楽しいけれど疲労がたまる。ちょっとお茶でも飲みつつ休憩してソシャゲのAP消費を……と、思っていたら。
「オーナー、お話があります」
ずっと黙っていたエクスがタブレットから飛び出し、真剣な声と表情で告げた。
「え? なんかシリアスなんだけど……?」
ダイニングテーブルの椅子に手を掛けたまま、俺は固まってしまった。
かぐや姫だったらこれ、月に帰るって言い出すシーンだぞ。
それくらい、今のエクスには凄味があった。
「オーナーとしては、呪いのアイテムをノーリスクで使用するためのスキルやアプリを購入するために石を温存したいと考えているのでしょうが……」
「あ、うん」
一言も話してないのに、ばれていらっしゃる。
さすがエクスだなぁ。
「ここは、エクスを信じて石を預けてください」
「エクスは信じてるけど……一体なにが?」
正面にいる本條さんと背後に侍るカイラさんを順番に見るが、答えはない。二人とも、なにも聞いていないみたいだ。
「時にオーナー。綾乃ちゃんのご家族とのご挨拶には、なにを着ていくおつもりですか?」
「え? ああ、普段のスーツで行くつもりだけど」
もちろん、ちゃんとしたスーツを用意したほうが心証が良くなるのは分かっている。
でも、時間がないのだ。
フルオーダーは当然。セミオーダーだって相応の時間がかかる。俺は王様の仕立て屋を読んでるから詳しいんだ。
織部だって、付け焼き刃で行くぐらいなら普段の自分を見てもらったほうが良いって言うに違いない。
まあ、マンガならその後なんだかんだと特急料金でオーダーすることになるが、現実は……って、まさか?
「そこで、購入していただきたいアプリがあります」
「この流れだともしかして……」
「そう、自由にカスタマイズして服を作り出すアプリ。その名も、《シンデレラの願い》です」
リアルでキャラエディットをするようなもんだろう。だいたい把握した。
シンデレラはシンデレラでも、エステじゃないから大丈夫だな。殺人鬼は来ない。
「シンデレラだけど、男物は大丈夫なの?」
「なにを言っているんですか、オーナー。男の子だって、シンデレラになれます」
プリキュアかな?
「オーナーは立っているだけでいいです。あとは全部こっちでやりますから」
「……そういうことでしたら、私も協力します」
「第一印象は大切よね」
仕方ないか。
ログボがあったら、なぜかぴったりな服が出てきたりしそうだけど、今は融合しちゃったからなぁ。
「ちなみに、いくらするんだ?」
「アプリ自体は石2,000個です」
「案外安い」
「ただし、カスタマイズした服を確定するには、それなりのお値段が」
「このアプリは無料で着せ替えすることができますが、ゲーム内でアイテムを購入することもできます」
若干闇を感じる仕様だな……。
「服を買うのであれば、当然ではない?」
「そうですよね。オーダーメイドの値段を考えれば、暴利とは言えないのではないでしょうか?」
くっ。根本的に服に対する価値観が違う。
服とかさあ、みすぼらしくなければそれで良くない?
ぶっちゃけ、スーツは作業着。私服は……私服は……着る機会あんまりないよね? いやまあ、最近は私服だけど。
というか、見憶えの無い服が増えてるんだよな……。それを着るしかなくない?
うん。現状とまったく変わっていなかった。
「分かった。石で本條さんのご家族にいい印象を持ってもらえるのなら、ためらう理由はないよな」
「さすがオーナー。では、気が変わらないうちに、こちらの認証を」
マルチ商法みたいな強引さで迫ってくるエクス。
マルチでも、メイドロボを売ってくれるんなら、臓器だって質に入れるんだけどなぁ。臓器って、フリマアプリで売れる?
「はい。購入完了です。では、オーナーは壁際に立ってください」
「こ、この辺?」
「いいですよ。その位置がちょうど良いです。カイラさんは、タブレットを構えてオーナーに向けてください」
「これでいいの?」
そして、三人が液晶画面をのぞき込む。
なんか、緊張する……。
と、唐突に俺は無地のスーツを身に纏っていた。
何事……って、もちろん、シンデレラアプリの効果なのは分かるけど。
「これ、ホログラフ……じゃねえよな? ちゃんと実体あるぞ」
触れるし。
……手触りいいな。これ、結構いい生地なんじゃない?
「でも、まだ確定していないので動かないでくださいね」
「ああ、うん」
これ、動いたら服が消えるとかじゃないよな? とんだ醜態になるぞ?
「このマネキン役、《シャドウサーヴァント》にやらせちゃだめ? どうせ、この後ざるを使ってもらうんだし」
「…………」
「…………」
「…………」
すごい目で見られた。
……ダメか。
ダメだよね……。
「これがオーソドックスな基本系として……ノーベントでは、堅苦しくなりすぎですかね……」
「そうですね」
「そうね」
理解していないはずのカイラさんも、うんうんとうなずいている。
リヴァイアスぐらい、味方がいない……。
ちなみに、ベントというのは裾の切り込みで、乗馬服だったころの名残みたいな物だとか。
ソースは、王様の仕立て屋。
「無難にセンターベントにしましょう」
「エクスさん、ラペルはどうします?」
ラペルとは、なんか襟の形のことだ。
詳しくは、王様の仕立て屋を読めばいいと思う。
「ノッチドでは、今度は無難すぎますかね」
「では、スリムにしてみます?」
カイラさんが持つタブレットを二人が操作し、その度に襟の形が変わっていく。
便利だけど、ちょっと怖いな。
「スリムはいいですけど、どうせならピークドラペルはどうでしょうか?」
「いいですね。その分、普通にツーピースでいいですよね?」
「スリーピースだと、年齢が高めに見えてしまいますから」
「アヤノさんとの組み合わせを考えると、若く見せたいわよね」
だよね。
でも、無理に若作りするのもダメじゃない?
「とはいえ、若さを強調しすぎるのもそれはそれで悪手になりかねないですよね……」
「なら、シングルではなくダブルのスーツはどうでしょう?」
「あ、そうですね。それでいきましょう」
スーツのボタンが一列から二列になった。
「無地ではなくピンストライプで誠実さをアピールしましょう」
「あ、似合ってますよ秋也さん」
「そうね。いい雰囲気だわ」
「ありがとう……」
三人寄れば文殊の知恵というか。
船頭多くして船山に上り、オスマン艦隊が山越えしてコンスタンティノープルを陥落させるというか。
とにかく、ご挨拶用スーツはできあがった。
「これで、完成でいいのかな……?」
「はい。まずは、一着目ですね」
「次は、大胆に攻めてみてもいいかもしれません」
「もう少し、運動性を重視してもいいんじゃない?」
運動性って、モビルスーツじゃないんだから……いや、これもスーツか。ノーマルスーツではなく高級スーツだが。
「一着試せば良くない?」
「良くはないです」
本條さんが即答。
エクスとカイラさんも深くうなずいた。
ええぇ……。
「男を着飾らせて、なにが楽しいの?」
「楽しいわよ」
「楽しいです」
「本望です」
本望なら、仕方ない……。
仕方ないか……?
分からない。もう、なにも分からないよ……。
「それでは、当日の戦闘服は決まりましたら、次は演習ですね」
男性物のスーツを着て、付けヒゲまでつけたエクス。
俺をダイニングテーブルの椅子に座らせ、しかつめらしい顔をして言い渡した。
どういうことなの……?
「もちろん、これから面接のリハーサルを行うんですよ」
「面接ェ……」
就活かよ。
まったくもって、欠片もいい思い出がないんだが……。
「じゃあ、綾乃ちゃんはオーナーの隣に座ってください」
「は、はい」
いつも可愛い本條さんが、ぎゅっと指輪を握ってから
「カイラさんは、面接する側です」
「任せてちょうだい」
なんだろう、このシチュエーション。
「それでは始めますよ。おっ、ほん」
エクスが可愛く咳払いをして、開始を宣言。
そして、第一声。
「お前のような男に、娘はやらん!」
「コントかよっ!」
「お父様は、さすがにそんなことは言わないかと……」
「おかしいですね……」
さては、真面目にやる気ないな!?
「エクスの情報収集.botで拾った最新データを集約したはずなのですが……」
なるほど、ポンコツなほうだったか?
あざとい。
……好き。
「では、お父さん役はカイラさんに譲りましょう」
「とりあえず、最初は反対するけど最終的に懐柔されればいいのよね?」
「八百長かな?」
立ち合いは強くあたってあとは流れでお願いします。
「まず、年齢が離れている件ね」
「あ、はい」
なんか、普通の面接になってないか?
「これは、仕方がないわよね。遅く生まれろとか、早く生まれろと言っても意味がないことだし」
「理解があって助かります……」
「ただし、それに伴う経験の多寡は気になるところだわ。端的に言うと、アヤノさんが騙されている可能性ね」
「おうふ」
淡々と問題点を指摘されると結構、来るものがある。
これ、面接と言うよりレビューになってない?
「もちろん騙してなんかいないけど、証拠と言われると……」
「カイラさん……ではなく、お父様。それは、デメリットだけを見すぎだと思います」
「メリットがあるというの?」
「もちろんです」
誰もが振り返る……どころか初対面で告白されるレベル美少女と、ケモミミくノ一さんが正面から視線をぶつける。
「確かに年は離れていますが、その分、秋也さんは大事にしてくれます」
「それはもちろん、はい」
「あと、こう言ってはなんですが収入面の心配もありません」
「不自由はさせません」
俺が一人でやったわけじゃないけど、収入の目処は立っている。
「なによりその……私が好きな人なので……」
はい、死んだ! 今俺死んだよ!
「もう、ばっちりですね」
「エクス、いきなりさじを投げないで」
「いやぁ。これもう、他人がどうこう言う余地なくないです?」
「いえ、あの普通に思っていることを言葉にしただけですから……」
と、顔を真っ赤にしてうつむきながら言う本條さん。
ああ……刻が見える……。
「愛ね」
「愛ですね」
「ははははは……」
愛は無敵だな!
愛などいらない?
聖帝様は、ターバンのガキに足を刺され続ければいいと思うよ!
「心配ないわ、ミナギくん。当日は、私も影から見守っているから」
「あ、うん……。頼もしいな」
見守る=なにかあったらやる気満々ですね? 分かるとも!
……やべぇ。
カイラさんが出てくるような事態は、絶対に避けないと。
それはつまり、頑張って無難にご挨拶を終わらせるということか。
なんか、方向性が間違っている気がするけど……。
不退転の決意は固まったから、問題ないよね?
次回、ついにご対面。