13.新作完成
「できました……」
「できてもうたなぁ……」
共著にすると決めて、わずか三日後。
朝ご飯の時間になって、よれよれになった本條さんとリディアさんがリビングに現れた。
「お疲れ様」
「はい。ですが、やり遂げました……」
実は、こうしてまともに言葉を交わすのも三日ぶり。
ずっと寝てないんだろう。二人とも頬がこけて、動きにも力が無い。
ポーションでドーピングしても、限界というものがある。あと一日。いや、数時間作業延長していたらノックダウンしていたことだろう。
カフェインでドーピングしていた俺が言うんだから、間違いない。
それでも、本條さんの美しさは損なわれていない。それどころか、儚さまで加わっている。美形は無敵だ。魔界医師メフィストにも書いてある。
「ああ、ほんま疲れたわ……。なんでこんな短期間に……」
リディアさんのほうは、夏と冬のお台場にたくさんいそうな感じ。
後々振り返ったら恥ずかしさに身を悶えるかもしれないけど、今はとても誇らしげだ。
リビングのテーブルに置かれた、羊皮紙の原稿。
青春の貴重な産物。
心からのねぎらいと、ほんの少しの憧憬。そして、それよりさらに小さな。でも、確実に存在する嫉妬。
それらと一緒に原稿を手にして。しかし、中身は見ずに。
ソファへ崩れるように身を投げ出している本條さんへ視線を送る。
「諸条件を考慮しまして、今回はひねらない王道で勝負することにしました」
「こっちの文字も読めへんのに、凝った話にしてもしゃーないしな」
「それはそうだ。で、どんな話にしたの?」
「舞台は、当然こちらの世界です」
そこは外せないよね。リディアさんが書くんだし。
というか、地球が舞台だったら整合性がおかしい。地球がリングになるぐらいおかしい。
……いや、おかしくはないか?
「鏡に住む盗賊の幽霊と、お城に住むお姫さまの出会いと交流のお話です」
「あー。それ、幽霊がお姫さまのことを子供の頃から見守ってて、お姫さまに婚約者ができて複雑な想いを抱えながら応援して、最後はお姫さまを守るために消えちゃうやつだ」
「なんで分かるんですか!?」
分かるよ。オタクは、そういうの手に取るように分かるよ。
できれば、ラストは月光が降り注ぐ夜の花園とかでやってほしいな。
でも、短編?
「なんか、情報量多くない?」
「ぎゅっとまとめました」
「これでも、プロットにあった要素はかなり削ったんやで」
マジかよ。
「登場人物を増やすと、文章も増えるんですね……。チェーホフの銃は正しかったです」
「キャラの書き分けもせなあかんし、無理や言うたやん」
「はい。次回に活かします」
次回と聞いても、リディアさんはなにも言わなかった。
諦めの境地なのか。それとも、書く楽しさに目覚めたのか。
……たぶん、後者かな。
「ポーション作りと二足のわらじで頑張って」
「無茶言いなや」
「今回は一点物ですが、地球で大量印刷してこちらで安価に販売という戦略ならベストセラー作家も夢じゃありませんよ!」
「ダンピングだ」
独占禁止法違反じゃない?
「で、人気が出たら値段を上げます」
「麻薬の売人かよ」
薬事法違反だった。
「いえいえ、その程度では終わりませんよ」
「終わろうよ」
「その利益で学校を作って識字率をアップし、潜在読者を増やす作戦です」
「遠大すぎる」
麻薬カルテルが、ひとつの国家みたいな状況になってるじゃん。
「それもう、教科書にリディアさんの作品を採用したら良くない?」
「さすがオーナー」
「さすがやないわ!」
まあ、駄目だよね。
「とりあえず、この原稿は製本に回してくるよ」
「いえ、それなら私が……」
「だめだめ。ちゃんと寝るように」
ふらふらと立ち上がろうとする本條さんを視線と言葉で制す。
若いからって徹夜してると、
まあ、あのベッドがあれば大丈夫なのかも知れないけど。それはそれ、これはこれ。
「心配しなくていいですよ。細かいことはカイラさんにお任せですから」
「そうそう。それに、出かける用事もあるし」
「いえ、そういう心配をしているのではないですが……分かりました」
最後まで責任を持ってやりたい。
そう考えていたに違いない本條さんだったが、最後には納得してくれた。
「はー。寝るか」
「でも、頭が冴えて寝られそうにないですね」
「だからって、次回作どうこうの話はせんといてな」
「……もちろんです」
「その間が信用できへんよなぁ」
とかなんとか言って、二人は寝室へ姿を消した。
「じゃあ、俺たちも行こうか」
「ついに、新技のお披露目ですね」
そう。本條さんとリディアさんが頑張っている間、俺も新作を完成していたのだ。
ついでに、そいつを試してみようじゃないか。
「街へ出るのね? 今から行く? 私も同行するわ」
「カイラさん」
というわけで、俺たちはエジプト……じゃなくて、グライトの街へと向かった。
カイラさんが今までどこにいて、どうやって急に出てきたのかなんて今さら些細なことだった。
「《ミヅチ》」
「受諾! 新マクロ実行します」
人気のない海岸。
虚空に大量の水が発生し、凝縮し、5メートル以上ある怪物の姿を取った。
海といっても、塩を作りに来たわけじゃあない。
水でできた巨大な蛇は、試し割の相手に選んだ岩へ向かって飛んでいく。
しめ縄はないが、鱗滝さんに言われて切ることになった岩に似た感じ。
岩は切るものじゃない。
「やったか!?」
だが、真っ正面からぶつかった《ミヅチ》は、岩を爆発とともに粉砕し水しぶきとなって周囲に充満する。
ミヅチとは竜神、蛇神、水神。
つまり、水の龍である。
深い意味はないが、水の龍である。
異世界で水使いと言えば、水の龍である。
今さらだけどね!
「ですが、これで終わりじゃありませんよ!」
「分かってるって」
設計したの俺だからな。
「続けて、《凍える氷斧》」
「受諾!」
薄靄のように充満した《ミヅチ》の水しぶき。
それが凝集して氷の斧を象った。
石の消費による増強はなし。
にもかかわらず。
氷の斧は残った岩を完全に粉砕し、地面を氷漬けにした。
よし! 設計通り。
「最初から全力で攻撃すればいいと思っていたけれど、これはこれで使い道がありそうね」
「最大火力も大事だけどね」
ガードを解いたところで追撃。
今後、そういう場面もあるかもしれない。
まあ、ガードされっぱなしだとしてもカイラさんや本條さんが仕掛けてくれれば目的は達せられるんだろうが。
それになにより、次への布石っていうシチュエーションそのものが燃えるよな!
というわけで、新マクロ《ミヅチ》は完成した。
ちょっとだけ邪王炎殺黒龍波のエッセンスも加えた、まったく新しいマクロ。空手でもブーメランでもかかってこい。
……和風なネーミングだけど、審査通って良かった。
「やっぱさ、人間余裕がないとダメだな」
「オーナー……。やっと、そこに気付いて……」
「いや、ブラック企業とか社畜の話ではなく」
「《中級鑑定》の存在が、ある意味で足枷にもなっていたのね」
俺の意図を正確に酌んでくれたカイラさん。
ケモミミくノ一さんにうなずきかけつつ、俺はしみじみと言う。
「そうそう。石を貯めなきゃなって重しもなくなったし、あのざるで石も定期的に手に入るようになったし」
結局、【ソルト・トゥ・ダスト】は全部買い取った。
今も、せっせと塩を魔力水晶に変えている。
その実作業は、《シャドウサーヴァント》にお任せ。
俺が仕事を辞めたことでソシャゲのイベント周回というお仕事から外され、元々ファンタジー側では出番が無かった彼も喜んでいるはず。
「偶然だけれど、日頃の行いのお陰よね」
「うん。カイラさんには感謝してる」
紹介した仕事が役に立って、うれしいのだろう。きらきらさせながら、ふぁんふぁんふぁんと尻尾を振るカイラさん。
かわいい。
「ほんと、潤いは大切」
余裕。遊び。マージン。バッファ。
どういう言い方をしてもいいけど、常に切羽詰まった状態じゃ新しいことに踏み出せない。
選択と集中なんて、嘘っぱちだね。遊びがなきゃ、発展なんてしないよ。
「転職するには、まず転職する余裕がないとダメなんだよなぁ」
失うことからすべては始まる。
社畜道はシグルイなり。
「じゃあ、次の実験にいきましょう」
「よろしく」
今度は新作ではなく、元々あったやつの確認。
それでも、今まで使ったことがないのだから準新作と言っていいかもしれない。
「火はすべてを焼き尽くす」
合言葉を唱えると同時に、カイラさんが手首の力だけで鋭い投擲を見せた。
その手から放たれたのは、赤い宝石。
だが、魔力水晶ではない。
精霊石と呼ばれる、そのままずばり精霊の力を宿した宝石だ。
それが着弾すると同時に、凍った岩の残骸に炎が燃え広がった。火種もなにもないのに、これだ。
燎原の……とまではいかないが、さすが精霊の力と言いたくなるほどの非常識さ。
その非常識には、こっちも非常識。
「《青の静寂》」
「受諾!」
火属性の存在を打ち消すマクロを発動。
タブレットを向けられた炎は、淡い蒼の水滴に取り囲まれ――消滅した。
成功だ。
……できたのはいいけど、これが初めてっておかしいよなぁ。
俺が水使いだから、ライバルに炎使いが出てくる。
そんな単純な話ではないのだ。
「うん。普通に通用しそうだ」
「向こうの島でも、機会があれば試してみたいわね」
「うん。対照実験は大事」
とりあえず、準備はこんなものかな。
念願の《中級鑑定》を買った。
石の継続入手の目処も立った。
原稿も製本に出した。
「あとは、ご挨拶を穏便に済ますだけか……」
……急に胃が痛くなってきた。
あと、吐き気も。
覚悟はしてる。
引く気はない。
だからって、緊張しないわけじゃないんだよなぁ……。
次回から、地球が舞台です。