10.《中級鑑定》
地の精霊に会いに行くのは、別の日にしたほうがいいな。
そんな配慮は――
「はぁ? 別にエクスは大丈夫ですし? 精霊のことなんて、これっぽっちも意識していませんし?」
――という、エクスの強がりで粉々に砕け散った。
めんどくさいけど、エクスがこんな態度を取るのは新鮮でもある。
「秋也さんだけでなく、私たちもお世話になりっぱなしですから」
「そうね。エクスさんがいてくれなかったら、ミナギくんやアヤノさんとの出会いはなかったはずよね」
「ああ……。承認欲求が満たされます……」
「それは良かった」
エクスには、SNSはやらせないようにしよう。絶対に。
そんな具合にエクスをなだめつつ、ララノアと面会するためファーストーンでエルフの里へ。
面会はすぐに叶い、アイナリアルさんがいた大樹の部屋に通された。
「精霊の力が乱れた島……ですかぁ?」
今はこの部屋の主となったララノアが、こてんと首を傾げた。
意識したものではないのだろうが、実際かわいい。
しかし……。
なんか前に見たときよりも、丸くなっているような……?
いや、これ以上はなにも言うまい。セクハラだしな、セクハラ。痩身なエルフなんだから、多少丸くなっても問題ないさ。
見なかったことにしよう!
俺は超法規的措置を発動し、話を進めることにした。
「ああ、そのことで地の精霊に話を聞きたいと思ってさ」
「精霊ですかぁ……」
ハンバーグに、嫌いな野菜が混ぜ込まれていた子供みたいな顔をするララノア。
エルフが、精霊にそういう態度を取っていいのだろうか?
そう疑問に思った刹那。
「はなしはきかせてもらったのです」
「よばれてとびでるのです」
「ずっと、たいきしていたのです」
にゅっと、床から地の精霊たちが飛び出してきた。
相変わらず、デフォルメしたサンタクロースみたいなフォルム。黙っていれば愛らしいが、愉快犯な部分はエスカレートしているような気さえする。
「……びっくりしました」
「便利な技ね」
素直に驚く本條さんと、新技の習得に貪欲なカイラさん。
どっちにしろ、ビーカーブースタイルでファイティングポーズを取る電子の妖精よりはマシな反応だった。
「まあ、なんだ。仲良くやってるみたいだな、ララノア」
「出てきたり、出てこなかったりで面倒なことこの上ないですよぅ」
「それは、ひとのこのりろんなので」
「じゆうは、かぜのとっけんではないのです」
「これからのごかつやくを、おいのりもうしあげるので」
お祈りされてるんなら、仕方ねえな。
「しかし、地の精霊がボクの里長就任の後ろ盾にもなっているので邪険には扱えないという……。おにーさん、どうにかしてくださいよぅ」
「つまり、足元を見られているわけか」
非難を込めた視線を地の精霊に向けてみる……けど、当然と言うべきか効きやしない。
「おもしろきこともなきよをおもしろくしてもらいたいだけなので」
「ごらくをもとめているだけなので」
「ゆえつをもとめているだけなので」
しかし、高杉さんとごらく部と愉悦部はどうしようかね。
ウンディーネは、わりとまともなんだなぁ。
なお、精霊はすべてエキセントリックだという説は採用しないものとする。
……この連中が狂った土地に行くとか、ジャン・ヴァルジャンぐらい無情さを感じるな。
「とりあえず、ララノアの件は置いといて」
「置いていかれるですか!?」
「だって、どうしようもないし。それで、水の精霊にも相談したことなんだけど……」
と前置きをして、地の精霊にも情報を求める。
「あそこは、むずかしいばしょなのです」
「じくうのゆがみのちゅうしんちというか」
「ゆがみをいっかしょにまとめて、あんていかさせているというか」
「ほう……」
ウンディーネとは、また違う情報が出てきたぞ。
「水の精霊さんからは、乱れを修正して欲しいって言われたのですが……」
「殴らないほうが、いいのかしら?」
「いや、もうだいじょうぶなのです」
「あいんへりあるがいる。それがそのしょうこなのです」
「やっちゃえ、あいんへりあるなのです」
よく分かんないけど、水と地の精霊が言うのならいいのか。
「では、われわれからはおやくだちあいてむをおくるのです」
「かかげると、ふしぎぱわーでどうにかしてくれるのです」
「ぱかぱぱーんです」
説明にならない説明。
それと同時に、光が虚空に現れた。
光が霧散すると、ふわふわとなにかが落ちてきた。
「くっ、不思議生物のくせに妖精さんみたいなことをやりやがって」
「確かに、魔法少女のペットみたいですね」
「ダメですよ、綾乃ちゃん。最近のそういうのは、詐欺だと相場が決まっているんですから。息子と魔法少女はサギ。警察もそう言っています」
「もっと夢があるものなのでは……」
奇跡も魔法もあるけど、夢や希望はないのだ。
インキュベーターに騙されても困るので、素早くそのなにかを回収した。
重量は、ほとんど感じない。
ペンダントというか、円盤というか……ペンタクルかな?
表面には不思議な五芒星が描かれている。ちょっと、エルダーサインに似ているような。偶然だろうけど。
「アイテムをもらえるのはありがたいんだけどさぁ」
「かんしゃはむようなのです」
「ちなみに、使い方は……」
「そのときがくればわかるのです」
「あ、はい」
まともに答えてくれる気はないようだった。
まあ、害になるような物じゃないだろうから別にいいけど。
「では、さらばなのです」
「けんとうをいのるのです」
「おみやげをもってきてもいいのです」
言いたいことを言って、地の精霊たちは木の中に消えていった。
「自由ね」
耳をぴくりと動かし、一言。
カイラさんの言葉が、この場の総意だった。他に表現のしようもない。
「頑張ってくださいね、おにーさん。ボクには、なんのことやらさっぱりですけど」
「そっちも頑張ってな」
「その対応が心に痛いですぅ」
ララノアは、その場で突っ伏した。
まあ、壊れない程度に頑張れ。
「さて、オーナー。そろそろお暇しましょうか」
「ああ、そうだな……って。そういえば最後にひとつ」
「なんですか、おにーさん」
コロンボみたいになったのは、わざとじゃない。
そう心の中で言い訳しつつ、用件を告げる。
「あれからしばらく経ったけど、アイナリアルさんに手紙とか……」
「書きません」
「あ、うん」
明確すぎる拒絶。
それに対抗する術を持たず、すごすごと帰っていった。
ララノア、ストレス溜まってそうだな。
今度、タブレットで猫動画でも見せてやろう。
「さあ、気を取り直して鑑定だ」
情報収集を終えてグライトの屋敷に戻った俺は、みんなを前にして当然のように告げた。
「そうですね。《中級鑑定》取得しましょうか」
「……いいの?」
デフォ巫女衣装のエクスが、にこりと笑った。
カイラさんも本條さんもリディアさんも、なにも言わない。
「あれ? なんだこの急展開? 逆に不安になるんだけど? 新手のスタンド使いの攻撃?」
「自分で言っておいて不安にならないで欲しいんですけど」
「だって、今までそんな雰囲気なかったじゃん?」
伏線とか大事にしよ?
「なにがあるか、なにが起こるか分からない場所ですから。情報を得る手段はひとつでも多いほうがいいと私も思います」
「そうね。未知は怖いものね」
「ウチは、賛成も反対もする立場やあらへんし」
「というわけです、石40,000個消費して《中級鑑定》を購入します。オーナー、認証を!」
「お、おう」
タブレットに指を伸ばす。
その手は震えていた……が、狙いを外すことはなかった。
「《中級鑑定》購入完了しました!」
買った。
買ってしまった。
石40,000個。日本円で1,200万円……。
初期の配布石じゃなくて、稼いだ石で40,000個……。
「ふう……」
満足だ。
もう、ゴールしてもいいよね?
「オーナー! お腹いっぱいになってる場合じゃないですよ!」
「……そうだな。せっかくだし、ヴェインクラルの腕を鑑定してみるか」
「じゃあ、持ってくるからちょっと待っとき」
言われた通りに待つことしばし。
ブルーシートに包まれた義腕を持ち込み、床に広げた。
それにタブレットのカメラを向け……。
「それでは、《中級鑑定》実行します!」
すぐに、結果がタブレットの画面に表示された。
みんなで、それをのぞき込む。
【泥堕落】
価格:非売品
等級:伝説級
種別:武器(様々)/その他のマジックアイテム
効果:様々なモンスターの素材や魔力水晶を元に作られた邪工の傑作。
同期した者の四肢ひとつと置き換える(補う)。
《千変万化》:四肢ひとつを任意の武器に変更する。
その攻撃が有利になる効果を与え、与えるダメージを上昇させる。
盾の場合は回避が有利になる効果と、天属性へのダメージ耐性(上級)を与える。
《無限生命》:再生(上級)を与える(常時効果)。
《未完成品》:装備者の生命力を吸い取り稼働する。
装備者は、10~60日後に死亡する。
「うあっ。えっぐいな、これ」
真っ先に反応したのはリディアさん。さっきまで持ってたんだから、
「あいつ、最初から死ぬつもりだったのかよ」
「それは違うわ」
鑑定結果を目にしたカイラさんが、普段よりも厳しい声で否定した。
「でしたら、未完成品だとは知らなかったと……」
「いえ、知っていたでしょうね」
「それでは辻褄が合いません」
「合うわ。恐らく、完成させるにはエルフのなにかが必要だったのだろうけど、ミナギくんがそこにいた。だから、挑んだ」
そして、負けた。
死んだ。
「でも、それはただの結果か」
死にたいわけではなかった。
死んでもいいとは思っていなかった。
だが、命よりも俺を倒すことのほうが大事だった。
「戦闘民族過ぎる……」
「価値観が違うのですね。私が浅はかでした」
「ま、理解して欲しいとは思ってないでしょうし、別に良いのではないでしょうか。それよりも、この情報を得られただけで、《中級鑑定》を取った意味がありましたね。さすがオーナー」
「ああ、そうだな。漢識別してたら、ヤバいところだった」
寿命のカウントダウンスタートとか、呪いのアイテムかよ。
「まさか、活用しろとはそういう……?」
「……いや、それはないと思う」
ヴェインクラルが最後に仕掛けた罠だったのではないか。
本條さんの疑念を、俺は反射的に否定していた。
「ヤツは、俺を倒したいんであって殺したかったわけじゃないと思う」
「……男の人だけが分かる世界ですね」
「いやいや、そんなもんじゃないから」
俺まで少年漫画の住人にしないで。
「そういえば、オーナー。あの地の精霊のアイテムも危険性を確認すべきでは?」
「空気を変えたいのか、ガチで疑ってるのか」
「もちろん、両方ですよ!」
なら、仕方ねえな。
同じくタブレットのカメラで撮影し、アプリを実行。
その結果は……。
【地精霊のペンタクル】
価格:売買不可
等級:神話級
種別:その他のマジックアイテム(アーティファクト)
効果:神霊の印が描かれた円盤状の護符。
地の精霊界とパスを開き、周囲を精霊の力で満たす。
世界の歪みは正され、生命は豊穣を約束される。
「なんてものを……」
山岡さん……じゃなくて、海原雄山の料理を食べた京極さん状態だ。
「普通……ではないでしょうけど、そこまで驚くような効果でしょうか?」
「精霊の加護なのだから、当然ではない?」
「そうですよね。すでに湖がひとつ生まれているわけですし」
こういうフレーバーアイテムが一番ヤバいんだよ。
データが決まっていれば、できることは明確だ。
でも、データ以上のことはできない。
一方、効果が曖昧なアイテムは使い所が難しいが、効果は青天井。GMが認めれば、なんだってできる。
「湖がひとつできる時点で、相当ヤバイって」
「そう言われてみれば……。それと同等だとしたら、迂闊には使えないこということですね」
「でも、使うことになるわよね」
「ですよねー」
カイラさんの割り切りが頼もしい。
「さて、オーナー。これからどうします? もう、島へ行っちゃいます?」
「いや。とりあえず、一旦地球に戻ろうか」
「英雄界へ?」
「うん。冒険に行くなら向こうで装備も調えたいし」
それに……。
「ご挨拶も済まさないとね」
「それであれば、解決しなければならない問題がありますね」
本條さんが類い希な美人さを遺憾なく発揮し、真剣な表情でうなずく。
その視線は、片眼鏡の吸血鬼へと向けられていた。
はい。ミナギくんが《中級鑑定》を取得するまで64万文字かかりました。
……え? マジで?
記念に感想とか評価をもらえたりすると、ミナギくんも泣いて喜びます。