08.地図の島へ向けての準備
「《マナチャージ》実行します!」
目の前には、魔力水晶が詰まった樽がふたつ。
冒険者と盗賊の両ギルドから届けられたそれを、玄関ホールで吸収しようとしていた。
というか、光の奔流となって一瞬で終わった。
「冒険者ギルドからの納入分は18,651個で間違いありません。一の位までぴったりです」
「さすがマークスさん」
「それから盗賊ギルドから買い取った魔力水晶は12,276個となりました」
「こちらも聞いていた通りね。残る半金を支払っておくわ」
さすがにスタンピードには届かなかったが、輸入分の魔力水晶も大したもんだ。
というか、金貨だけで手に入るんだし、マネロンとしてはかなり優秀。
それにしても、かなり集まったなぁ。
「メフルザードとヴェインクラルが15,000ずつだから……約20,000ってところか」
「オーナー、《中級鑑定》の分が天引きされています」
「おっと」
気付かれたか。気付かれないはずないね。
「まあ、これはおこづかい扱いでいいよな?」
「そうですね。今までの貯金は当座の移動資金などに残すとして、自由に使えるのは石60,000個でいいとおもいます」
現金に変換したら1,800万円か……。
……ふっ。この程度では動じなくなってきたぜ。なにせ、メフルザード資金の一億があるからな。
預金残高は実際大事。
「メフルザードとヴェインクラルの分は、一番でっかいヤツだけ換金して他はキープかな」
「はい。綾乃ちゃんの為にも残しておいたほうがいいでしょう」
「お世話をかけます……」
「魔法使いに大切なことだから」
魔晶石は使い潰す物。白粉ダークエルフもそう言っている。
「なんなら、普通の魔力水晶も買って宅見くんたちにも預けておいたほうがいいかなぁ」
「備えは大事ね」
「なんに備えてかというのもありますが……前例ができてしまいましたね」
「今度戻ったときに、アンケートを取るか」
それもこれも、ヴェインクラルってヤツが全部悪いんだ。
あと、ちょっとだけアイナリアルさん。
「まあ、金貨と違って、ぱっと見ただのガラス玉にしか見えないし。そこまで怪しまれることもないよね」
「完全にボランティアになりますが、まあ、関係維持にもいいんじゃないでしょうか」
エクスのドライな意見に苦笑が漏れるが、否定はしない。実際、そういう面があるのも確かだ。
なにしろ、宅見くんたちに対する明確なアドバンテージは経済力なんでね!
「さて。報酬も確定したことだし、これからの目標はリディアさんのルーツを訪ねて宝島の探索……ということでいいかな?」
「はい。頑張りましょう」
「異存はないわ」
「そういうの、なんか重たいわ」
リディアさんはぷいと顔を背けたが、それだけ。
分かっていれば、リアルツンデレも悪いもんじゃないな。
「それじゃ、まずは情報収集からかな」
彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。
俺の<図書館>技能89%がうなるぜ……って、それじゃ初期キャラじゃねーか。いやいや、成長ロールに失敗し続けたベテランの可能性もある。
その場合、正気度は大変なことになっていそうだけど。
「なら、盗賊ギルドに依頼をするわね」
「餅は餅屋か……。それじゃ、俺たちは……」
「はい! 私が冒険者ギルドの資料室で調べ物をします!」
常になく強い口調で言い切る本條さん。
あまり強い言葉を使うと弱く見えるというのは尸魂界の常識だが、今回の場合は鬼気迫るぐらいの圧力を感じるのでまた例外と言えた。
というか、本を読みたいだけだね。いいと思う。
「じゃあ、俺も一緒に……」
「それはどうでしょう」
定番である図書館での調べ物に、待ったをかけるエクス。
なんなの? 俺を家の外に出したくないの? ハコオンナをどうにかしないと屋敷から出られないの? ハコオンナに勝ったことないんだけど?
「二人きりで冒険者ギルドとか、ちょっと危険ですよ」
「ミナギくんとアヤノさんの二人きりだと、変なのに絡まれそうね……」
「マークスさんの薫陶が行き届いてるし、大丈夫じゃないかなぁ」
「オーナーのギルドマスターへの厚い信頼は、ちょっとどういうことなんでしょうね? エクスというものがありながら」
「なに言ってるんだ。もちろん、エクスが一番さ」
「オーナー……」
「エクス……」
「いえーい」
「いえーい」
見つめ合ってからハイタッチの真似をする俺たち。
茶番? こういうのでいいんだよ、こういうので。
「さすがのウチも、これには引くで」
「みんなで幸せになろうよ」
「本気で言うとるんかいな」
まあ、この辺にしておくか。
「俺と本條さんだけで心配なら、カイラさんも一緒に行く?」
「ですが、調べ物に三人も必要ないのではないでしょうか」
一理ある。
そうなると……おやぁ?
「もしかして、俺がいらない子になるのでは?」
「そんなことは……」
無いとは言いきれない本條さん。
仕方がない。事実だからね。
「じゃあ、情報収集はカイラさんと本條さんに任せよう」
「任せてちょうだい」
「頑張ります!」
容易くきらきらした二人から、視線を残る二人に移動させる。
「その間、俺とエクスとついでにリディアさんで――」
「ついでは余計やろ」
「――俺とエクスと時々リディアさんで、石の使い道検討会でもやってるから」
「しっかり手綱握っておくから安心し」
リディアさんに言われるほどなの?
「そうですね……。他の用事も片付けたいですし」
「用事? ああ、あの話ね」
本條さんとカイラさんがアイコンタクト。
女の子同士だし、いろいろあるんだろ。仲が良いのはいいことだ。
そのまま出かける二人を見送り、居残り組は二階のリビングへ。
そして、兄さんのようにどかっとソファに座った俺は、尊大に言い放つ。
「とりあえず、《中級鑑定》は確定として」
「変な島らしいですから、あったほうがいいでしょうね」
「……夢?」
「そこまでですか!?」
構想何年ってレベルだよ? それをあっさり受け容れるなんて驚くに決まってるじゃないか。
それに、エクス。不本意なら、真っ白いワンピースになって夢の中の少女みたいな演出をしてるのはなんでなんだい?
「他に必要なのは……島までの移動手段かな」
「船を借りることもできるのでしょうが……」
「それはあんまりオススメできひんな。訳ありの女所帯やし」
「……いつの間に、こんな男女比に?」
比率というか、男は俺しかいなかった。
いやいや。地球に戻れば宅見くんも大知少年もいるし。
夏芽ちゃんや星見さんにアイナリアルさんもいるけど……。
……人数でも押しの強さでも負けてるとか、どうすればいいんだ。
「オーナーは、締めるところだけ締めてくれたらそれで役目を果たしていることになりますから。ライオンの雄だって、狩りはメス任せなんです。どしっとしていればいいんですよ。シートン動物記にもそう書いてあります」
「シートン動物記にライオンの話ってあったっけ?」
ロボの奥さん殺すんじゃなかった。生かしておとりに使えば良かったわって後悔する、ぐう畜なシートン先生しか憶えてないわ。
「それはともかく、フェニックスウィングが拡張できたらいいんだけどな」
「カニ漁のときはやってましたけど、あれでボートを引いてというのは難しいですよね……」
さすがに、遠洋漁業向きではない。
それに、今回は吸血鬼の乗客もいるし。
「片眼鏡のお陰で太陽も大丈夫やけど、一日ずっとだとどうなるか分からんで」
「吸血鬼の船移動かぁ。ドラキュラ伯爵は、難破船に乗って上陸したんだったか」
流れる水……に関しては、大丈夫か。
船で漂着してるんだし、こっちに移動できてるわけだし。
だから、リディアさんもちゃんとした船なら問題ないと
船長には手記を用意してもらわなきゃ。
まあ、船で行くなら慣らしをしてからになるだろうけど。
「そうなると、メフルザードが船を持っていてもおかしくないですね」
「マジであり得そうなのが怖い」
葉山マリーナ辺りに、メフルザードのプレジャーボートが係留されてるとか? さすがに、《ホールディングバッグ》には収まらねえわ。
スモールライトみたいなアプリがあれば別だけど……。
「最悪、綾乃ちゃんの呪文で空を飛びましょうか」
「本條さんの負担が大きくなるのはあれだけど……。それが一番スマートな気がしてきた」
「もちろん、魔力の消費量とか持続時間の問題はクリアしなければなりませんが」
幻術は一日持つって言ってたけど、こっちはどうなのか。
「石の使い道が浮いちゃうけどな……。《水行師》のマクロでなにかないか探すか……なければ作るか……」
氷山空母みたいな英国面に堕ちたマクロだったら却下するけど。
パンジャンドラムを作るゲームなら、インディーズであったが。
「そういえば、精霊に頼るんはダメなん?」
「精霊に?」
「はっ? 頼りになる? 精霊が?」
お怒りじゃ。エクス様が、倒置法を使うぐらいお怒りじゃ。
やってしまったねぇ、リディアさん……。
「ええぇぇ……。ミナギはん、どういうことやねん」
「キャラ被りを警戒してらっしゃるのだ」
「ウチは、ほら、精霊つながりでなにか移動とかでヒントがあるんやないかと思うただけでな。悪気はなかったんや。間違ってるのはウチやない。世界のほうや」
リディアさん、言葉派だったのか……という冗談はともかく。
「情報収集先に、精霊か。それは確かにありだな」
久し振りに行ってみるか、水の精霊殿。
ファーストーンはお試しで落としたけど、その後一回も行ってなかったもんなぁ。
船と吸血鬼でジョジョネタ入れられなかった。無念……。




