06.これからのことを
「さすが、マークスさん。話が、とんとん進んで助かるなぁ」
冒険者ギルドを出て、ほっと一息。
きらきら光る二人と一緒に歩きながら、俺は心の底から感心していた。
報酬の取りまとめも早いし、納品クエストの件も前向きに検討してくれそう。
難しい部分はあるんだろうけど、それを厭わず冒険者たちの利益を考えて動いてくれる。
「トップとは、ああありたいもんだ」
あの人、めっちゃ有能だよね。
あんな上司の下なら、デスマーチだってなんだってこなせるね。
「ですけど、安すぎて疑われていましたね」
「相手としたら、詐欺としか思えないだろうからなぁ」
きらきらしっぱなしの本條さんに、苦笑しつつうなずく。
きらきらに関しては、もう慣れた。
街が破壊され慣れたトトカンタ市民と、同じような境地だ。
「さすがに、現物見せたら納得してくれたけど」
「そういう意味でも、納品依頼という形式を取って正解だったわね」
「普通に売ったら、転売屋の餌食になりそうだもんな」
一人の人間として、それは絶対に許せない。転売屋死すべし。慈悲はない。
「ララノアさんが、値引きを認めてくれたお陰ですね」
そう。もちろん、《初級鑑定》で出た金額と同じ価格で卸すこともできそうだったが。
「『それは、逆に守旧派からの攻撃材料になりそうだからやめましょう』って、ララノアに言われたしな」
「高く売却して怒られるなんてことも、あるんですね」
「儲かり過ぎてもしなくても、文句を言う人間はいるもんだ」
金がありすぎて困ることはないが、いきなり持たせすぎるのも問題だ。
それに、バブルは続かない。いずれ需要は満たして買い換えがメインになるわけだし。乗っかりすぎるのも悪手だろう。不良債権問題とかが発生したら、いたたまれない。
「それにしても、魔力水晶結構いくもんだなぁ」
モンスターの数も多かったんだろうけど、あんな小さいのを真面目に回収してくれて頭が下がる。
「順調……表現して、良さそうですね」
「うん。超巨大半魚人の石も、ヴェインクラルと同じ15,000個だったら……今回の収入だけで50,000個近くなるのか」
「盗賊ギルドから買い上げる分も、別にあるわよ」
うわぁ。
石50,000個といえば、現金に換算したら1,500万円。なのに、それどころの騒ぎじゃないのか。
事業収入とは別に、これである。
加えて、メフルザードからぶんどった一億円はほとんど目減りしていないらしい。
会社を辞めるというエクスの判断は、妥当だったんだなぁ。
しかし、生涯収入なんて目標はもう古い。
「《中級鑑定》は石40,000個だったよな」
今のトレンドは《中級鑑定》だ。
「……かなり、高額ですね」
「……反対はしないけど、他に有用なものがあるのではない?」
当然のように難色を示される。
無駄遣い?
いやいやいや、そんなことはない。
「でも、ヴェインクラルの腕の情報は欲しいからね。ほら。生霊とかが乗り移ってて、夜になったら動き出したとかなったら困るじゃん?」
「それはないと思うのだけど……」
「ですけど、カイラさん。あの剣の欠片にも魂が宿っているのですよね?」
「……そうだったわね」
仕方がない。
そのためには、仕方がないんだ。
なるほど。
有効活用しろってのは、そういう意味だったんだな。
さすがだぜ、ヴェインクラル!
というわけで。
屋敷に戻った俺は、いつものリビングでラスボスと対峙していた。
「確かに、《中級鑑定》を購入できるだけの石はありますが……」
言うまでもない。渋い表情で腕を組んでいるエクスである。
さすがに石40,000個の買い物となると、俺の一存では購入できない。
我が家の金庫番である電子の妖精を説得しなければ、決裁は下りないのだ。
司令官はヤン提督でも、キャゼルヌ中将が首を縦に振らないと物事が回らないのと同じこと。
「さすがに、石40,000個は高い。そう言いたい気持ちは分かる」
「自覚があるのが、ある意味で困りものというか」
「これは浪費じゃなくて、投資だと考えて欲しいんだよね」
「オーナー、そんなろくろ回すポーズで語られても」
「ろくろ……。あ、幽霊が出てくる古い恋愛映画ですか?」
「ニアピン」
でも、ガーターだ。
というか、古い……?
「それなら、1990年の映画ですね」
「そうか」
確かに古いな……。
俺が小学生の頃だもんな……。
あれ? 俺が小学生だったのって、そんな昔の話……?
バカな。新手のスタンド攻撃か!?
って、それは別に良いんだ。
「鑑定なら、リディアさんにも依頼しているのでは?」
「さすがに、専門違いな部分もあると思うんだ」
「なら専門家……には、難しいですね」
出元を聞かれると、ちょっと困るよね。
下手すると、ヴェインクラルが超巨大半魚人をこの街に引っ張り込んだ件から俺との因縁まで芋づる式に明らかになるかもしれない。
「やっぱり得られる情報は多いほうがいいし、絶対役に立つって」
「まあ、オーナーが本当に欲しいというのなら止めはしませんが……」
「マジで!?」
「しませんが、次になにをするかで判断すべきだと思います」
「次……」
次……?
「ミナギくん、どうしてそこで悩むの?」
「そういや、特になにも考えていなかったなぁって」
やりたいこととやるべきことが一致するとき、世界の声が聞こえるのは分かるんだが……。
なにか、やるべきことってあったっけ?
ヴェインクラルは倒した。
メフルザードの遺産に関しては、俺が積極的にできることはない。
スタンピードが終わったので、周辺のモンスター事情も落ち着いている。
冒険者というか、切った張ったの活動としては一段落しちゃってるなぁ。
そもそも、冒険者として身を立てるルートからは、第一宇宙速度で離脱しちゃてる気がしないでもないが。
地球側でも、十三課とかに狙われるなんてこともないし。
アイナリアルさんのことを除けば、平和そのもの。
「でしたら、秋也さん。商売繁盛になるような能力もあるのではないですか? 神社の御利益のようですが」
「交易関係で使えるスキルとかアプリかぁ……」
あるんだろうけど……。
「なんか卑怯じゃない?」
「卑怯ですか?」
「エクス、交渉が有利になるとか売買価格が優遇される能力とか存在はするんだよな?」
「まあ、ありますね」
エクスは、あっさりと肯定した。
この時点で、話の着地点は見えた。
「それ、相手の利益は度外視して適用されちゃうんじゃない?」
「そういう状況も起こりうるでしょうね」
「確かに、怖いですね……」
「ゲームなら気にしないけど、現実に損を被る人がいるとなるとね」
現状で充分利益が出てるんだし、社会方面に石を振る必要はないと思われる。
だいたい、そういう問題がなければエクスからおすすめしてくれるだろうし。
「魅了の力があれば、不要よね」
「そっちも積極的に使う気はないけど……。最悪の場合は、そういう手段もなくはないなぁ」
偉い人に目を付けられたとか、そんな場合は魅了で切り抜ける必要があるかもしれない。
……そういや、こっちで貴族とかに出会ったことないな。
会いたいわけじゃないけど……あ。
そもそも、アイナリアルさんとかララノアが貴族みたいなもんだったわ。
「そう考えると、なかなかないものですね。《ホールディングバッグ》の時点で、とんでもないアドバンテージですし……」
「なかったら、交易なんて理屈倒れだったよな」
シュターデンへの熱い風評被害はともかく。
というわけで、商売に役立つ系は見送りだ。
「差し迫って、戦闘能力をどうこうする必要もないのよね」
「《水使い》の時点で、わりと完成されてるからなぁ」
すでに、いろいろ振ってるからね。
キャラビルドとしては、わりと完成しているっぽい。
「それなら、どこかへ旅に出ますか?」
「この島を出るのは簡単だと思うわよ」
「ファーストーンで戻ってこれるのは便利だけど……」
じゃあどこへとなると……。
なんの目的がないのもなぁ。アイナリアルさんが近場で見つかったのは良かったんだけど、う~ん。
同盟から、人探しの依頼を募る? そう都合良くあるか? というか、他人の修羅場に巻き込まれるだけだよな……。
「オーナー」
「エクスに、なにかいい考えが?」
「あるというか……。完全に忘れているようなので言いますが、ドロップした地図の探索という手もありますよ?」
「あ、宝の地図?」
いや、宝って決まったわけじゃないんだが。
言われて、ようやく思い出した。
水の精霊殿を解放したときに、諸々出てきたアイテムのひとつ。
現時点で唯一、正体不明な地図の存在を。
やっと伏線回収できたよ、宝の地図。
出せるタイミングがなくて、このまま死蔵するんじゃないかとドキドキしてたよ宝の地図。