03.帰宅後の一幕
「おやぁ? もう帰ってきたん?」
案の定と言うべきか。
昼近くになってグライトの家へ戻った俺たちを出迎えたリディアさんは、片手にワインの瓶を持っていた。
出迎えたって言うか、風呂場から出てきた俺たちとワインセラーから移動したリディアさんが、玄関ホールで偶然遭遇したって感じだな。
「エルフのお嬢ちゃんは一緒やないってことは、とりあえず上手くいったみたいやな……って、はっ!?」
俺の視線がワインボトルに注がれていることに気付いたのか。
リディアさんは軽く咳払いをして、片眼鏡の位置をくいっと直した。
「ちゃうねん」
「聞こうか」
別に怒ってはいないが、どんな言い訳を聞かせてくれるのか。それは純粋に気になるところだった。
いや、訂正しよう。
素直に、楽しみだ。
「ミナギはんたちが戻ってきたときに一緒しよう思うて、確保しておいただけやねん」
「それも、嘘なんだね?」
「ちゃうねん」
しかし、リディアさんは意外な抵抗を見せる。
まだなにか、言い訳があるのか?
果たして、ここから逆転は可能なのか?
「実は、ポーションの原料にならんか試そうと……」
「成分的には、普通のワインと違いがないのではないですか?」
「正論を言うアヤノはんなんて、嫌いや!」
「もう諦めたら?」
試合終了しよう?
「確かに、この世界樹ワインはウチが一人で飲もうとしていたわけやけど」
「やっと、罪を認めたか」
「わけやけど! これからみんなで一緒に飲んだら、おかえりなさいパーティに早変わりや!」
「申し訳ありません。私は飲酒はちょっと……」
「正論を言うアヤノはんなんて、嫌いや!」
本條さん、そこは空気読んであげても良かったのに。
でも、天丼は基本か。それに、お陰で空気が変わったしね。
「むう。こないなことになるんなら、昼更かしせんと寝とけば良かったわ。広い家に一人でおるテンションに負けてしもうた自分が憎いわ」
「家族が旅行に行って留守番することになった男子中学生か」
というか、昼更かしって。もうちょっと、吸血鬼流の雅な表現が欲しかった。
「とりあえず、庭に行って世界樹を戻してくるから」
「おっしゃ。それまでに体裁整えとくわ」
リディアさんが、二階のリビングへと走って行く。
「なんとなく、帰ってきたような実感沸いてきたな」
「騒々しいのも、悪くはないわね」
それを苦笑いで見送り、俺たちは庭へ。
スキルの検証をしたり、戦闘訓練をしたり、一夜にして世界樹が生えたりした思い出の場所。ここに学校があったら、伝説の樹の言い伝えが生まれていたことだろう。
しかし、今、そこにはなにもない。
「少し寂しげですね」
「というか、なにもないのに神棚だけあるのシュールだな」
手袋を取って紋章を向ける。
殺風景になった庭に、世界樹が再び――
「戻らないわね」
――出てこなかった。
いやいやいやいや。
どういうことだよ。
アイナリアルさんのところに世界樹の枝があることを感知して、無理やり一緒についてきたんじゃねえのかよ? もう、そのクエストはこなしただろ?
「ほら、ほらほら。家に着いたぞー。やっぱり、家が一番だろー?」
小さい子供かペットに言い聞かせるように言った。その声には、知らず知らず焦りがにじんでいた。
中二病は嫌だ中二病は嫌だ中二病は嫌だ。
……と言っても、現実は非情だった。
「戻って……」
「……くれないわね」
……マジか。マジかぁ。
ログボは、いいとしてずっと右手のタトゥーが残ったままに?
「これは、今後も手袋&《ホームアプリ》80%オフキャンペーン継続ですかね」
「それ同列に並べるのやめない?」
「家の中なら、手袋を外しても大丈夫でしょう?」
カイラさん、割り切り早いなぁ。
でも、本條さんのご家族への挨拶があるんだよな……。
「私が幻影の呪文でごまかしても……」
「普段はいいけど、必要な時はお願いするよ」
手袋がダメってわけじゃないけど、相手の印象を考えると外した方が無難ではある。
「まあ、戻らないものは仕方がない……か。どう考えても、俺より地面のほうが居心地いいと思うんだけどなぁ」
「そうでもないかもしれませんよ? 最近は、オーナーの食生活も改善してきてますし」
「じゃあ、ご飯は二人分作らなくてはですね」
妊娠してるのかな?
いや、俺はS○NYも好きだけど。
「とりあえず、戻りましょうか。せっかくなので、リディアさんとも情報共有してきましょう」
「まあ、報告は必要か」
どうなっているか気になるだろうし。
「エクス的には、あの腕をリディアさんに預けてしまいたいんですよね」
「あ、うん」
ずっと《ホールディングバッグ》の中にあると、エクス的には微妙な気分なんだろうな。
俺としても、海軍とは違ってエクスの提案には賛成である。
「江戸時代とか、輸入したミイラを薬の原料にしてたらしいしな」
「それは、同じレベルで語っていいのでしょうか」
本條さんが困ったように言うけれど、気にしてはいけない。
病は気からなのだ。
もちろん、俺は飲まないけどな!
「……ほおう。それはまた、波瀾万丈やなぁ」
別れてからの冒険譚とチーズをつまみに世界樹のログボワインを飲みながら、リディアさんがほうほうと何度もうなずいた。
感心していないわけではないが、わりと適当な酔っ払いムーブの比重が高い。
……吸血鬼も、普通に酔うんだな。
「それにしても純愛やな、純愛。昔のウチなら、それで一本話を書き上げてたわ」
「ああ……。昔は小説を書いてたんだっけ?」
俺は消費型オタクなので、それだけでわりと尊敬する。
まあ、リディアさんがそう言ったのは、ビデオレターAct1の内容は割愛したからだろう。
アイナリアルさんの為じゃない。
エルフという種族の為に。
まあ、土下座がアイデンティティになってる種族の名誉って、結構微妙な感じだけど。
「言うて、素人の手習いやけどな」
「せっかくだから、一回読んでみたいなぁ」
「ブッ殺すで」
「なんでさ!?」
俺なんか、悪いこと言った?
知り合いが小説書いてたら読みたいって、普通の反応じゃない!?
あと、カイラさんは待てができて偉いぞ。
「絶対読ませへんわ、あほう。ドアホウ。バーカバーカ」
「やっぱ、恥ずかしいとか……?」
「だって、『これじゃ売れない』とか、『このキャラは男にしろ』とか、『戦記と恋愛、結局どっちを書きたいの?』とか言うつもりなんやろ」
「言わないから」
トラウマを刺激してしまったのか……?
「では、私が読んで判断するということではどうでしょう?」
本のことなら黙っておけないと、本條さんがずずっと割り込んでくる。
「今、全然『では』って流れではなかったやん?」
「私、お友達の本を読むって初めてです。さすがに気分が高揚しますね」
本條さん、小説を書いたりする友達が欲しかったのかなぁ……。
そういうことなら、俺もサポートしたい。
「せっかくだから製本しようか。金ならあるし」
「最悪やな!?」
「どうせなら、それをアヤノさんの家族への贈り物にしたら?」
「……は? 贈り物?」
リディアさんがぽかんとする。片眼鏡がずり落ちるぐらいに。
そうだよね。わけ分からないよね。
説明しよう!
「今度、本條さんのご両親にご挨拶することになりそうなんだけど」
「そのとき、異世界……こちら側の本を渡すことになりそうでして」
「……意味が分からへん」
だよね。普通は、そうなるよね。俺もよく分からないよ。
「我が家は揃いも揃ってビブリオマニアですから」
「そっか……それなら仕方ないって、いやいやいやいや。ないやろ」
「ないよりの?」
「ないわ!」
ぶんぶんと両手を振って、リディアさんが拒絶する。
しかし、本條さんは乗り気だ。
「確かに、どこの誰とも知らない人の本よりはいいかもしれないわね」
そして、カイラさんも止めない。
「いやいやいやいや。いやいやいやいや。なんなん? これ一体なんなん? 最悪のさらに底があったんやけど!?」
なんだろうねぇ……?
俺にも、なんだか分からないや。
「一気に酔いが醒めたわ。ウチが一体、なにをしたと言うんねん……」
「ワインをぱちった」
「そんなことより、あれや。そのデイダラとかいう義腕を、ウチに預けたいんやろ?」
「そうですね。それを先に片付けてしまいましょうか」
「さすが、エクスはん。話が分かるで」
「本の話は、長くなりそうですから」
「アカン、味方がおらん!?」
この包囲網は堅固だなぁ。
これには、足利義昭もにっこり。
「で、まあ、これがその腕なんだけど……」
ワインやらつまみやらを片付け、念のためブルーシートを敷いてヴェインクラルの義腕を取り出した。
「これはなんとも……悪酔いしそうやな」
まあ、グロい。
こんなのが《ホールディングバッグ》にあったと再認識させられて、エクスも渋い表情。
「……いる?」
「いるとは、言われへんやろ。どんだけ変態やねん」
「これまだ完全体じゃないらしいんで、研究してくれない?」
「そう言われたら、断れへんなぁ」
よし。
すすすっと、謹んでヴェインクラルの義腕を進呈する。
押しつけられたリディアさんは、めっちゃ嫌そうな顔。でも、小説の製本とかプレゼントの話よりはましっぽい。やったぜ!
「とりあえず、ポーションに漬けてみるわ」
それでも引き受けてくれるのだから、やはり、雇用者は強いな。
メフルザードが会社を買おうとした気持ちが分かるぜ。
「でもなぁ……」
「え? やっぱだめ?」
「そんな貴重な物なら、ちゃんとした情報が欲しいわなぁ」
それはつまり……。
ついに。
ようやく、《中級鑑定》を取得すべきだと。
今がそのときだと。
そういうことなんだな。
この物語はフィクションです。