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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~  作者: 藤崎
第三部 電子の妖精と世界の秘密
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02.エルフの支配者

「というわけで、この里はボクの物になりましたよ。うふふ……」


 翌朝。巨木の洞の中。

 かつてアイナリアルさんが座っていた場所にいるララノアが、妖艶に微笑んだ。

 御簾がないため、その表情を遮る物はない。神秘性には欠けるが、さすがエルフというべきか。普段のマヨネーズクイーンっぷりを忘れれば、文句無しの美人さんだ。


 ……妖艶というか、ちょっとトリップしてるな。


 結果的に禅譲は上手くいったけど、わりと綱渡りだったもんなぁ。


「大丈夫か? ちゃんと寝れたか?」

「くふふ……。ご心配なく。エルフは寝なくても大丈夫なんですよぅ」

「いや、無理だろ」


 寝なくていい生物なんて、いるはずがない。

 いたとしたら、社畜適性がありすぎて奴隷にされるぞ。


「本当なのよ、ミナギくん」

「マジで?」


 俺の後ろに控えるカイラさんと、里長席にいるララノアとを交互に見る。

 バカな。このままでは異世界エルフSEが生まれてしまう。シャドウランのエルフデッカーの先祖なのか?


「しかし、アイナリアルさんに寝かされていたのでは?」

「あれは気絶です」


 本條さんの疑問に、ララノアは真顔で答えた。


 睡眠と意識を失うのは違うのか。

 俺なんか電車で座った途端に寝られるけど、睡眠と意識を失うのは違うのか。


「代わりに、瞑想するんですよぅ。もちろん普通に眠ることもできるですけど」

「それ、瞑想しながら寝てるだけなんじゃ……」

「違いますよぅ。頭も疲労もすっきりですよぅ」

「エルフだからできる技術ね」


 へぇへぇへぇへぇへぇ。

 明日から使えるトリビアだな。ララノアには、今度メロンパン入れをプレゼントしよう。


「話が盛大にずれましたけど、ではでは、おにーさん。早速、交易のお話をしましょう?」

「こっちはいいんだけど……。他の仕事を優先したほうが、いいんじゃないのか?」

「とんでもないですよぅ。これこそ、ボクの長としての試金石になるんですからぁ」


 アイナリアルさんが座っていた場所で、神秘性の欠片もなく拳を握るララノア。まるで、地元に利益誘導しようとする政治家のようだ。


 ほんとに、里長になっちゃったんだなぁ。

 決め手はアイナリアルさんのビデオレターAct2だろうし、血筋もあっただろう。けど、それだけで就任できるはずもない。


 今のララノアは、やる気に満ち満ちていた。


 となれば、俺も協力しなければなるまい。


 なんだかんだと、アイナリアルさんを止められなかったわけだしね……。


「つまり、俺たちとの交易がララノア新体制の目玉政策になるわけだ」

「そうなると、こちらとしても失敗はできませんね」


 秘書スーツ装備のエクスが、秘書眼鏡をくいっと上げながら言った。


「今回持ち込んでいるのは、マヨネーズ100kg。しょうゆ300kg、みそ600kgですね」


 数ヶ月分ということで決めた量。

 そこそこいいやつを買ったけど、卸値だったこともあり全部で30万円ぐらい。


 ……いやまあ、余裕でゲーミングPC買えるぐらいの大金ではあるけど。


「それだけの量だと、全部でいくらになりますかぁ?」

「金貨換算で100枚ですね」

「全部買いますぅ」

「毎度ありです」


 軽く契約が成立した。

 月影の里に卸している額に比べると若干割高だが、関係ないようだ。


 まあ、集落単位だと考えると金貨100枚……50万から100万円相当ぐらいは大したことないと言えるかもしれない。しかも、数ヶ月分だし。


 しかし、これを微少(タイニィ)な魔力水晶を買って地球で現金化すると、60万円になる。


 錬金術かな?


「それから、砂糖に食用油なんかもありますよ」

「お米もありますか? とりあえず、全部買うですぅ」

「気持ちのいい買いっぷりですね。もちろん、用意してますよ」


 最初のマヨネーズなんかは最低ライン。

 さらなる需要を見込んで仕入れていた食品まで俎上に載り、エクスがとてもとてもいい笑顔を浮かべる。


 同時に、ララノアのことが心配になってしまう。


「全部うちに切り替えて、大丈夫か? 今までの取引先との関係とかどうするんだ?」


 買ってもらえる分には構わないんだが、こうも簡単に決められると不安になる。

 一回きりじゃなくて継続した取引を望んでるんだから。


「なにを言ってるです、おにーさん。ボクたちは、他にどこからマヨネーズを買えばいいです?」

「それもそうか……」


 まあ、どこかにしわ寄せは行くんだろうけど、メリットのほうが大きいと。


「そもそも、こちらはほぼ鎖国状態。交易はわずかで、ほとんど自給自足ですよぅ」

「それ、逆に払う金あるの?」

「金貨100枚程度なら問題ないですけど、将来的にはどうにかするとしか言えないですねぇ。現時点では、ですが」

「金貨が難しければ、魔力水晶でも構わないけど?」

「それなら、里で作ってる物とかでもいいですかぁ?」

「どんなのがあるんだ?」


 なんとなくわらしべ長者的な流れになっているが、エルフの里の特産品は気になる。


「そうですねぇ。有名処だと弓矢とかマントとかブーツですね」

「ほう。それはそれは……」


 エルヴンボウ。

 エルブンマント。

 エルヴンブーツ。


 いいな。

 もう、このブランド感が素晴らしい。マジックアイテムじゃないけど、特別な効果ありそう。


「むしろ、俺が欲しいぐらいだな」

「おにーさん、弓を使えるんです?」

「いや、触れたこともない」

「……まあ、売っちゃったら、どう使ってもらっても構わないですけどぉ」


 エルヴンボウとか、地球でも絶対売れるよな。私が作りましたって、エルフの写真つけてもいい。了承を得られればだけど。


「エルフのマントは丈夫で保温性があり、ブーツも頑丈で履いた者は疲れ知らずと言われているわね。昔、私も使っていたことがあるわ」

「マジックアイテムじゃないですが、品質に自信はありますよぅ」

「それは、冒険者相手に売れそうだな」


 性能はカイラさんのお墨付きだ。

 まあ、《初級鑑定》もあるし、こっちが損をすることはないだろう。


 転売しなくちゃならないという手間を除けば。

 あと、今まで売却してた商人との関係もあるな。


「物納はいいけど、今までの取引先はどうなる」

「……ふっ。今までは、許可が出なくてほとんど売りに出してないですよ」

「鎖国状態だったんだな」


 渉外担当だったララノアの苦労はいかばかりか。


「あとは、販路が問題か……」

「ギルドに売ればいいではない」

「盗賊ギルドか。それは確かに」


 転売っぽくなってしまうけど、楽なのは間違いない。


「違うわ、冒険者ギルドのほうよ」

「素材の買い取りとかはしてくれるんだろうけど、直接商品を買ってくれるもんなの?」


 冒険で見つけたアイテムならともかく、交易品みたいなのは扱わないイメージなんだけど。


「そうね、たぶん納品の依頼という形式になると思うわ」

「なるほど。そうすれば、余計なマージンがかからないということですね」


 ふむ。

 ギルド自身が俺たちへ依頼を出して、エルフ製品を納品してもらう。

 それを比較的安価で、ギルドから冒険者に提供する……と。


 みんなが得する、いい取引になりそうだ。


 元々、冒険者相手にブーツやマントを売ってた店や職人さんは……頑張れ。


「じゃあ、サンプルでいくつか商品を渡してくれ」

「はいですぅ。それで……」

「もちろん、マヨネーズその他は置いていきますよ」

「分かってるですねぇ」

「こういうのは最初が大事ですから」

「美味しい食事で、誰にも文句を言わせないようにするですよぅ」


 エクスとララノアが、悪代官のような表情で含み笑いをした。

 そんな空気に毒されない本條さんが、控えめに声をかける。


「ララノアさん、アイナリアルさんへの手紙やメッセージがあれば合わせて承りますけど」


 あ、忘れてた。

 その気配り、さすが本條さんだ。


「ありません」

「え?」

「ありません」


 いつものように語尾を伸ばさず、さっきまでのような悪代官スマイルもなく。

 真剣な表情で言い切ったララノアがそこにいた。


 ……強く生きて。


 あと、闇堕ちはやめて。





 たった一日でララノアが代表者となったエルフの里。

 そこでの交渉を終えた俺たちは、ファーストーンを放り込んだ水場へと移動していた――


「大丈夫なのかしらね」


 ――ところで、先を行くカイラさんがふと疑問を口にした。


 主語はなかったが、なにを言わんとしているのかは分かる。よーく分かる。

 というか、心当たりはひとつしかない。


「もうひとつのメッセージは感動的だったし、ララノアの下でまとまるんじゃないかなぁ」

「感動的……。確かに、事情を知らなければ涙を流していたかもしれません」


 横を歩く本條さんも、俺の意見に賛成した。


 俺たちと再会した後……というか、アイナリアルさんのビデオレターを見た後。

 ララノアは他のエルフたちを叩き起こして経緯を説明してから、まともなほうのビデオレターを再生させた。


 冷静だったら試聴していたはずだが、結果として、問題はなかった。

 アイナリアルさんのビデオメッセージACT2は、真に迫ったものだったのだ。


 邪神戦役と、戦後の苦難。

 平和と安定を取り戻した、喜び。

 育つ、若い世代。


 そんな中、忘れられないのが勇者(アインヘリアル)との思い出。


 もう一度、会いたい。

 でも、会えない。会うわけにはいかない。


 会いたい。


 そういった震えるような想いを切々と語り、派手さはないがその分臨場感があった。途中からはすすり泣きの大合唱になったほどだ。


 例外は、ある意味部外者の俺たち。

 逆の意味でエンターテインメントとして楽しんでいた地の精霊たち。


 それから、裏を知っているララノアだけだ。


 アイナリアルさんの告白を冷静に受け止めたララノアの姿は、それだけで里の長となるに相応しいものだった。


 他のエルフ視点では。


 ここまで読んで、あのトンチキなビデオレターを撮影したのかもしれない。


 ……違うな。あれ絶対、昔の恋人と再会して浮かれぽんちになってるだけだ。


 最近、浮かれぽんちとか言わねえなぁ。


 だけど、あのアイナリアルさんはあえてそう表現したい。


「月影の里としては、エルフたちが下手に動揺されると困るのだけど……」

「そこは、まあ、俺もフォローするから」

「これからお得意様になる予定ですからね。商売をするには平和でないと」


 デフォ巫女衣装のエクスが、うんうんとうなずきながらくるりと一回転。


「いっそ、ふたつの里を統合してオーナーが治めるというのはどうです?」

「なるほど……」


 斥候役として先頭にいたカイラさんが立ち止まり、感じ入ったように言った。


「いや、なるほどじゃないから」

「そうですよ」


 本條さんが、とんでもないことを言い出したエクスをいさめる。


「まずは、大義名分から考えなくては。上手くいくものもいきません」

「違う。そこじゃない」


 まったく、いさめてねえ。

 どうして、俺が野を馳せる者(セリアン)とエルフを統べる者みたいになってるんだ。


「けれど、勇者(アインヘリアル)の庇護を受けられるとなるとメリットは絶大よ? 見返りも相応以上にあると思っていいわ」

「であれば、いずれこの一帯の支配も……」

「はいはい。まずは、家に戻ろう」


 軽く手を叩いて、夢とも妄想とも言えないような話を打ち切った。

 家に帰るまでが、ヴェインクラル退治だよ?


「そうですね。リディアさんも心配しているでしょうし」

「それはないと思う」


 たぶん、一人でワインとか飲み干してると思う。


「そんなことは……いえ、信じましょう」


 信じましょうって言う時点で、信じられてないんだよなぁ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「代わりに、瞑想するんですよぅ。もちろん普通に眠ることもできるですけど」 「それ、瞑想しながら寝てるだけなんじゃ……」 「違いますよぅ。頭も疲労もすっきりですよぅ」 「エルフだからできる技術…
[一言] 紋章から世界樹が出て来るという圧倒的大義名分が…あとは甘味様に続く調味様として君臨するだけw
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