01.異世界ビデオレター
大変お待たせしました。更新再開します。
第三部も隔日更新の予定です。
完結へ向けて頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。
「……移動はできたか」
「問題は、いつどこか……ですが」
「そこだよな」
きょろきょろと周囲を見回しながら、本條さんと言葉を交わす。
時刻は、夜。
場所は、暗い森の中。
エラーなど吐かず、《ホームアプリ》は成功した。
その点の心配は杞憂に終わったのだが、場所……はともかく、時間が盛大にずれていたら大問題だ。
「エルフの森……でしょうか」
「たぶん、そうだと思うけど……」
見憶えはあるが、確証はない。
まあ、場所はいいんだ。位置は《オートマッピング》で判別できる。
でも、時間はなんとも言えない。
とりあえず、ララノアとの合流を目指すか。
そう提案しようとしたところ、カイラさんが静かに断言する。
「恐らく、あの直後で間違いないわね」
「え? 分かるの?」
「分かるもなにも」
ヴェインクラルがエルフの里を襲撃し、アイナリアルさんが登場して地球へ転移した。
その直後だと示す証拠は……。
「何本も木が折れて、そのままになっているではない」
「あっ」
「そういえば、明かりを付けていませんでした」
実は一目瞭然だったわけだ。
節穴っぷりを露呈しちゃったぜ。
いや。ここは、さすがケモミミくノ一さんだと崇め奉ろう。
「カイラさんは頼りになるなぁ」
「この程度で褒められても、困るわ」
と言いつつ、闇の中でふぁっさふぁっさと動く尻尾を、我々撮影班は見逃していなかった!
まあ、それ以前にきらきらがついて一目瞭然だけど。
ともあれ。カイラさんのお墨付きに、まずは一安心。
……したはずなのに、エクスは首をひねっている。
「……おかしいですね」
「エクス?」
「なにか問題があるのですか?」
「問題と言えば、問題なのですが……《ホームアプリ》の石消費量が減っています」
わけが分からないと、エクスは言った。
「減ってる? どれくらい?」
「本来は5,000個のはずが、1,000個にです」
「バーゲンセールかよ」
超サイヤ人かな?
「それだけなら、いいことではありますが……」
「なにもなしに得をするというのも、不気味な話ね」
「まったくです」
どうやら、運営から値下げの通知とかも来ていないらしい。
今までと違うのは、地球へ行くのに《ホームアプリ》を使用していないこと。
それから……。
ふと目に入った、右手の手袋。
それをきっかけにして、天啓が下る。
「あ、世界樹が一緒だから?」
宅見くんたち勇者を地球へ戻し、アイナリアルさんの異世界転移の鍵となった世界樹。
まだ若木とはいえ、影響を与えてもおかしくない。
特に、なんか力が吸われてるような感覚もないので、あくまで状況証拠からの仮説だけど。
「一理ありますね。そうなると、オーナーが厨二に目覚めるだけで120万円の節約に……」
「目覚めてるわけじゃないからね。やむにやまれずだからね?」
中二病に覚醒したままアラフォーになっているのではという意見は、自動的に却下だ。
「おにーさんたち! 無事ですかぁ?」
そうこうしていたら、ララノアが一人で現れた。
アイナリアルさんは、エルフはみんな眠らせたと言っていたけど……その効果が切れた?
「おこしてきたのです」
「すいみんは、つちのたんとうりょういきなのです」
「たてわりぎょーせーです」
さらに、ひょっこりと地の精霊たちが姿を現す。
エクスがファイティングポーズを取るが、落ち着こう。こいつら、地球についてこなかっただけ、まだ空気読める。
「ちっ、命拾いしましたね」
「突然のバイオレンス!? って、おばあちゃんはどこですぅ?」
「あー……。それな……」
「それに、さっき世界樹と聞こえた気がするんですがぁ?」
「アイナリアルさんが、世界樹の枝で地球……英雄界へ転移したんだよ」
「……………………はい?」
ララノアの背後を、カラスが飛んでいった。
もちろん幻覚。もしくは心象風景であり、実際に飛ぶわけがない。新宿にはスイーパーも種馬もいないし、新宿駅に掲示板もない。それくらい、放心状態だったというだけだ。
気持ちは分かる。
同情しかできないけど。
「……は? おばあちゃんが?」
「ララノアのおじいちゃんを追って、英雄界……俺たちの世界へ転移したよ」
改めて、事実を伝えた。
これが事実という時点で、かなりあれだよな。
ララノアとの話を俺に任せているカイラさんと本條さんも、なんとも言えない空気を醸し出している。
「さすが、あいななのです」
「へいぜんとやってのけるのです」
「そこにしびれるあこがれるです」
宅見くんが泥水で口をゆすいでいる幻想を追い出し、闇の中ララノアに向き直る。
「絶対ではないけど、もう、こっちには戻ってこれないと思う」
「こんなとき、どんな顔をしたらいいのか分からないです……」
笑ってる場合じゃねえな。
素数を数えて落ち着けばいいのではないだろうか。無理か。
「とりあえず、二人からのメッセージを預かってるから。落ち着いたら見て欲しい」
「見る? 手紙ではないんですかぁ?」
「動画だからね……。まあ、見れば分かるから」
ララノア向けと、里のエルフ向けの二種類ある。
ぶっちゃけたのと真面目なのの二種類と言い換えられるだろうか。
「じゃあ、ここで見れますかぁ?」
「タブレットで再生するだけなので、問題ないですよ」
「でも、落ち着かなくない?」
「みんなが寝ている間に、事態を把握しておきたいですぅ」
「まあ、それもそうか……。短いしな」
短いというか、あれで長かったら耐えられないというか。
意外と責任感のあるララノアに感心しつつ、タブレットを操作する。
そもそも、ララノア向けのビデオメッセージは他人には見せられないしな。
「じゃあ、ここに映像が出るから」
ムービーのアプリからファイルを呼び出し、再生開始。
フルスクリーンで、二人の姿が映し出される。
……さて、覚悟を決めよう。
「おおっ。この板の中に二人がいるですぅ?」
「昭和のタイムトリップか」
ツッコミを入れている間に、動画は始まった。
『初めまして、ララノア……さん?』
『タクマ、呼び捨てでいいですよ』
「おにーさん」
妙にシリアスなララノアの声。
同時に、動画の再生を一時停止する。
カラオケボックスのソファに並んで座っている、二人の動きが止まった。
止めるの早くない? まだ一言ずつしか喋ってないのにね?
「おばーちゃんが知ってるおばーちゃんになってますよ?」
「なんか、転移の術を使った反動で年を取ったらしい」
「なるほど……」
ララノアは静止した画面を見ながらうなずき……。
「なるほど?」
直後、首を傾げた。
「じゃあ、なんで若返ってたです?」
「言ってたじゃん、気合いだって」
「本当だと思うわけないですよぅ!?」
速攻で不定の狂気に陥りそうなララノアに同情しつつ、一時停止を解除する。
正気度って、一度減り始めるとインド人を右にするぐらいアクセル全開で減っていくんだよなぁ。
『……うん。じゃあ、改めてララノア。僕が君の祖父、宅見タクマです』
自己紹介した宅見くん。
その横で、満面の笑みを浮かべているアイナリアルさん。マジでにっこにこだ。
「ねえ、おにーさん」
再び、一時停止。
あわせて、ララノアに忠告をする。
「言うな」
「ボクは、一体、なにを見せられようとしているです?」
「言うなって」
気付かなければ、楽に逝けたのに……。
残念ながら、その答えは動画の中にしかない。
俺は了解を取らずに一時停止を解除する。
『突然のことで驚いていると思うけど……というか、僕もびっくりしてるんだけど』
『タクマ、それでは迷惑だったと言っているようですけれど?』
『そ、そんなことはないよ』
『でしたら、これは勇者たちが好きな、サプライズというものでしてよ?』
『もうちょっと、前振りが欲しかったなぁ……って、ララノアがあきれてるよ、きっと。皆木さん、やり直しできません?』
緊張しつつも、まだ見ぬ孫へ必死にメッセージを届けようと頑張る宅見くん。
それに寄り添い、助言しているアイナリアルさん。
……と見せかけて、べたべたとボディタッチしているだけだった。宅見くんが緊張して気付かないのをいいことに。
しかも、その表情は……。
『こういうのは、自然体していればいいんです。そこから伝わるものがあるものですわよ』
『そうかなぁ?』
『まったく、タクマは相変わらずですわね』
あきれている……以上に、この人は自分がいないと駄目だと喜んでいる声と表情。
なんで分かるかって?
俺も、エクスとかカイラさんとか本條さんから向けられてるからね!
「おばあちゃんが、おばあちゃんが完全にメスの顔をしてるですよ!?」
「言うなって」
自分の祖父母がいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしている光景を見せつけられるなど、その心中は察して余りある。
まあ、なんにもできないんだけど。
「な、仲が良くて素晴らしいですよね?」
「アヤノさん、ここは沈黙が正しい選択よ」
「どっちもいたたまれないですよぅ!?」
泣いた。
ララノアは、泣いた。
まだ、冒頭なのに。
あるいは、近いうちに叔父か叔母が生まれる。そんな未来を予感したからかもしれない。
「さあ、どんどん続けていきますよ」
「エクス、人の心がないの?」
「だってエクス、AIですから。第一部で学園ライフ満喫させて、第二部で同級生や教え子と戦争させるぐらい余裕です」
「それは本当に人の心がない」
道徳の授業の限界を感じる。
「でもまあ、続きを見ないと話もできないしな」
そう。答えは、ひとつなのだ。
短いムービーだし、一気に行こう。
『突然おじいちゃんとか言われても戸惑うと思うけど……』
「いや、それ以前の問題ですよぅ?」
『里でしっかりと仕事を任せられていると聞いています。立派に育ってくれて、本当にうれしいです』
「そこで常識的な対応をされても反応に困るですよ!?」
ララノアの慟哭。
まあ、真面目に語りかける宅見くんの手を、アイナリアルさんがにぎにぎしてれば、それはそうなるよな。
『さて、ララノア。残念ではないのですが、現状、こちらからそちらへ帰る手段はありません』
『表現に気をつけて!?』
『祖母は、こちらで生きています。ララノア、あとのことは任せます』
『丸投げだぁ』
『……というのも酷なので、手紙を残していますわ。遺言と思って結構。あとは自由になさい』
『ま、またメッセージを送ります。返事をくれるとうれしいです』
最後は、宅見くんが締めた。
常識的な対応に、彼の苦労が忍ばれる。
「……終わったですぅ?」
再生が終わったタブレットから目を離し、ララノアは虚空を見つめる。
「ああ。里のみんな向けのメッセージは普通だから、安心していいぞ」
「つまり、どういうことだったんです?」
「『私は好きにした、君らも好きにしろ』ってことかな?」
「なるほ……ど」
口をぽかんと開けて、ララノアは放心した。
黙って傍観していた地の精霊たちが、その背後で同じポーズを取っている。
「これが、里を支配するための試練だったんですねぇ……」
「マヨネーズをプレゼントするから、元気出せ」
エルフとの交易を見越して在庫は補充してきているぞ。
「それって、何キロぐらいですぅ?」
「……直接吸うのだけは止めろよ?」
マヨネーズ好きがララノアだけじゃなくエルフ全体だったら、サブスク制のマヨネーズ食べ放題サービスとか成立するような気がしてきた。
サービス名は、マヨネーズアンリミテッド。
超秘っぽいな。スクリューパイルドライバーのコマンドで出せそうじゃない?
ララノア「信じて送り出したわけじゃないおばあちゃんが、頭のねじが外れたビデオレターを送ってきたですぅ」