インターミッション02 セカンドリザルト
大変お待たせしました。第二部のまとめのお話を幕間的に更新です。
第三部の開始時期は後書きで。
ぼやけた視界。
白く霞んだ光景が徐々に切り替わり、像を結んでいく。
といっても、大したものじゃない。
見慣れた、自分の部屋だ。
部屋……。
目覚め……。
「会社……」
行かなきゃ。二度目の本番テストだったはず。
前回は、惨憺たる結果だった。
会社の若い子と、「でもテストは役に立ったんですよね? 私たちのサービス残業は、なにかの役に立ったんですよね?」「今回のテストで、我々はぁなんの成果も得られませんでしたぁぁ!!」とかネタにするぐらい。
さすがに、またこれは……あれ?
「そうか。休みか」
休みというか、会社なんかとっくに辞めてたわ。
ははは。社畜の魂、百までだな。
かいてもいない額の汗をぬぐい、俺はベッドから身を起こした。
会社は死んだ! もういない!
ひとつになって生き続けたりはしないけど、俺にはやるべきことがある。
「AP消費しなきゃ」
「ミナギくん、目が覚めたのね?」
「カイラさん…」
枕元のスマホに手を伸ばしたところで固まる。
ケモミミアルビノくノ一さんの顔を見て、俺は今度こそ本当に思い出した。
エルフの里でお寿司を振る舞ったらヴェインクラルが襲撃してきて。
それに乗じて、アイナリアルさんが自力で地球へ転移した。
本條さんの予知通りに地球でヴェインクラルとやりあって。
みんなの協力で別荘に追いやって。
そして、この手でヴェインクラルを倒した――殺したことを。
「あ……」
カイラさんの顔に、ヴェインクラルがオーバーラップする。
それがさらに死に際の満足そうな表情に変わり、手にヤツを解体したときの感触が蘇った。
「ミナギくん?」
「ああ、今、起きるよ」
「無理はだめよ」
スマホへ伸ばしていた手が、暖かく包まれた。
俺の手を優しく握り、カイラさんが顔を近づける。額と額がくっつきそうなほどに。
「大丈夫だと思っても、不意に思い出すものだから」
「うん……」
視界も、意識もカイラさんで埋め尽くされる。
いつの間にか、ヴェインクラルの姿は消えていた。
「……うん。もう、大丈夫……だと思う」
「そうね。すっきりした顔になったわ」
「まあ、ぐっすり寝たし……って、寝ちゃったのか……」
すべてが終わってカラオケボックスに移動したけど、その先の記憶がない。
嘘だ。ある。
なんか柔らかいものを枕にして眠った記憶がね!
あれ絶対、膝枕だよなぁ。
それだけで問題なのに、目の前のカイラさんか、それとも本條さんなのか分かんないというね。
この話題は、目に見える地雷だ。
実は、宅見くんか大知少年の膝だったというオチだったり……しないよなぁ。
というか、膝枕って実際は太もも枕じゃない?
「アヤノさんが朝食の準備をしているけど、食べられそう?」
「ああ……。うん。大丈夫だと思う」
胃の辺りを押さえたが、特に不快感はない。
それどころか、意識した途端に空腹を憶える。なんでもいいから食べろと催促をしているかのようだ。
ほんの少し前までは、レモンティーしか受け付けない減量中のボクサーみたいだったのに。
これが、健康ってことかぁ。
「そう。なら、シャワーを浴びてくるようにとエクスさんのお達しよ」
「エクスの……」
「ええ。さすがに、お風呂には入れられなかったから」
「……あ、そうか」
すっかり失念していた。
誰が、俺を店から家まで運んだのか。
カイラさんしかいないじゃん!
「いろいろと、迷惑をかけたみたいで……」
「むしろ、役得よ」
そう笑うカイラさんから逃げ出すように、俺は脱衣所へと急いだ。
今さらと言われそうだけど、意識がないときに背負われていたとか成人男性として恥ずかしい。
それにさ。
役得ってあれ、本心以外の何物でもないよなぁ。
唐突だが、俺はおかゆが好きではない。
東西新聞の大原社主もおかゆ嫌いだが、その意見には大いにうなずかされるところがあった。
「胃に優しいものがいいと思って、おかゆにしました」
シャワーを浴びて食卓に座ったら目の前には湯気を立てるおかゆが並んでいたとなると、テンションは上がらない。
今日のお昼はお寿司よと言われて、ちらし寿司やいなり寿司が出てきた小学生並みのテンションだ。
「うん。いただきます……」
しかし、俺もいい大人だ。アラフォーだ。
それに、作ってくれただけでありがたい。文句を言うなんて、ありえない。
内心の落胆などおくびにも出さず、茶碗に手を伸ばす。
ちなみに、大原社主は見事おかゆを克服する。
そのとき、山岡さんから「かわいそうに、本当に旨いおかゆを食べたことがないんでしょう」と言われるわけだが。
「本当に、その通りだった……」
「なにがその通りなんですか?」
「いや、おかゆがむちゃくちゃ美味いなって」
「良かったです」
炊飯器にもおかゆモードはあるけど、土鍋で炊いたおかゆにはべとっとしたおかゆっぽさがない。噛むと、しっかり米の味が感じられた。
付け合わせの梅干しやら漬け物やら海苔の佃煮も、どれを組み合わせても美味い。
たぶん、材料は本條さんが用意したものだろう。
素材の良さと料理人の腕。そのふたつがかみ合うと、ただのおかゆも立派な料理になるのだ。
「食べれば食べるほど、お腹が空く感じだ」
「おかわりは、たくさんありますから」
カイラさんも、俺に負けず劣らず。無言でおかゆを食べている。
レベルを上げて、物理で殴る。
やっぱ、これが世界の真理なんだなぁ。
「オーナーがたくさん食べているのを見ると、達成感がありますよね」
「分かります」
「そうね」
いや、そのりくつはおかしい。
でも、反論しても無駄なので黙っておく。
あ、卵焼きも美味しい。卵が違うのかな? それとも出汁が?
焼き鮭もいい感じだし、にんじんしりしりも止まらないな。
と、しばし黙々と食べ続け……。
「ごちそうさま」
30分もせず、大量にあったおかゆは空になった。
もう喰ったさ……。ハラァいっぱいだ……。
「お粗末様でした」
本條さんが嬉しそうにしながら、食器を片付けていく。
前に手伝いを申し出たことがあるが、やんわりと断られていた。
足手まといだからね。仕方がないね。
まあ、台所は調理人の城なんだから、他人にあれこれされたくないという気持ちも分かる。
俺の家の台所なんだけどね……。
深く考えてはいけない。
「そういえば、アイナリアルさんはどうしたの?」
食後のお茶をいただきつつ、俺はカイラさんに尋ねた。
施行された禁コーヒー法は現在緩和されているが、おかゆの後にコーヒーでもないだろう。
「アヤノさんが幻術をかけて、あの……なんと言ったかしら?」
「星見さんです」
「そう、その娘が預かってくれたわ」
洗い物中の本條さんが少しだけ振り返って、カイラさんの疑問に答えた。
……ちょっと、ぐっと来る仕草だった。
「オーナー、素直になっていいんですよ?」
デフォ巫女衣装のエクスがぐっとサムズアップするが、断固スルー。
代わりに、星見さんの顔を思い浮かべる。
着物の女子大生。
異世界帰還者同盟の会長にして、憑竜機というロボットの元搭乗者。
ヴェインクラルにも軽くないダメージを与えていたし、俺の中では結構評価が高い。
特にロボットが。
むしろ、ロボットがね。
「星見さんがか……大丈夫なの?」
「実家住みですが、両親は仕事の都合で海外だそうですよ。ゲームみたいですね、オーナー」
「それはそれは」
主人公、宅見くんじゃなくて星見さんだったか。
まあ、異世界帰還者同盟のみんなは、全員主人公だけど。
「幻術の呪文って、どれくらい持つものなの?」
「そうですね。かなり長めにかけたので、一日は……」
「それはすごい」
「でも、日に一回はかけにいかなくちゃいけないのよね」
「マジックアイテムが必要か……」
「もしくは、リディアさんにご相談してポーションでしょうか」
「ああ。そっちのほうがいいか」
手早く洗い物を終えて戻ってきた本條さんにうなずき返す。
未来の世界の猫型ロボットか、ご先祖様が残した大百科のような扱いだ。ちゃんとお礼しなきゃいけないとは思うんだけど、本人が嫌がってるっぽいんだよなぁ。
まあ、どうにかしよう。
「それ以前に、オーナー。いつまでも、お世話になるわけにもいかないのでは?」
「憶えてるよ。うちで事務所……たまり場を用意しよう」
「それについては、エクスにいい考えがあります」
「聞こうか」
お茶を飲み干し、湯飲みを置いてエクスに答えた。
まあ、コンボイ司令みたいなことにはならないだろ。
「キーワードは、メフルザードの遺産です」
「ちょっとクトゥルフ味があるな、それ」
アブドゥル・アルハザードに名前が似てるからな。
「以前、ぱくってきたノートパソコンですが」
「オブラートに包んで?」
「現金資産ではないので放置していたのですが、不動産の情報もありまして」
「なるほど。敵の城を奪って使おうということね」
カイラさんがファンタジー流に理解を示した。
それ、現代だと普通に犯罪なんだよなぁ。
「所有権とか、登記ですか? それは大丈夫なのでしょうか?」
「実はとっくに書き換え済みです」
「えええぇぇ……?」
それ、どうなの?
「……もしかして、餌ですか?」
「いい質問ですね」
エクスが満面の笑みでうなずいた。
「そうか。メフルザードの資産に手を出して、反応があるか待ってたのか」
「そういうことです」
「特に動きもないし、こちらで再利用しても構わないだろうという判断ね」
「はい。以前探偵事務所として使っていたという、二階建ての建物が空いています。そこをいただいてしまいましょう」
吸血鬼と探偵事務所か……。
あいつ、吐き気を催す邪悪という部分に目をつぶれば、わりと分かり合える部分がなくはなかったんだよなぁ。
「それなりに人通りもある場所ですし、逆に安全は担保されるかと」
「ファーストーンで移動できるようにしよう」
アイナリアルさんに関しては、とりあえずこんなところかな。
いや、そうだ。
ララノアだ。
「あとは、なるべく早めにあっちへ戻って、アイナリアルさんが戻れないことを伝えないとか……」
「エルフの里、どうなるのでしょう……?」
「全部が全部アイナリアルさんが決めていたわけじゃないだろうし、なんとかなるんじゃないかな?」
というか、なんとかしてもらわないと困る。
「手紙を書かせて、後継者を指名させればいいのではない?」
「なるほど。今度こそ、ビデオレターの出番だな」
「そうすれば、ララノアさんもおじいさんに会えますね」
宅見くん、おじいさんなんだよなぁ。
……頑張れ。
「世界樹も、早く庭に戻さないと」
「そう? 特に実害はないのではない?」
「精神的にね」
中二病は一生治らない。
でも、片手に包帯とか手袋を着け続けるのは精神的にね?
離れられなくなったら怖い。
「……あっ」
そのとき、本條さんが声をあげた。
これは……。
「もしかして……」
「はい、予知です」
視線をさまよわせながら。それでもしっかりと、本條さんはうなずいた。
「ですが、これは……」
「そんなにマズい光景だったの?」
「その……お父様と兄さんが……」
マジか。
本條さんのお父さんとお兄さんが。それは、場合によっては……。
「秋也さんから――」
「俺から?」
「――向こうの……オルトヘイムの本を受け取って、興奮していました……」
「あ、うん」
恥ずかしそうに、うつむく本條さん。
これはいたたまれない。
「なるほど。オーナーが、ご挨拶をするということですね。ついに、このときが」
「……そう、なりますね」
ま、まあ。それは避けては通れないところだから別にいいんだけど。
むしろ、予知のお陰で心の準備ができるまである。
「どうして本で興奮するのかは分からないけど、戻る必要がありそうね」
「そういう家系なので……」
先祖代々にしちゃっていいの?
「……まあ、一回戻るのは確定か。スタンピードの報酬も全部は受け取れてないしなぁ」
カイラさんに、うなずき返す。
方針は決まった。
問題というか疑問は、《ホームアプリ》を使わずにこっちへ来たけど、ちゃんと転移はできるのか。
こればっかりは、試してみないと分からないけど……。
……大丈夫、だよね?
連載再開時期ですが、重大なPCトラブルにより書きためがまったくできていない状況ですので、
若干遅れて来週02/01からとさせていただきたいと思います。
――――以下、言い訳という名の愚痴――――
メインPCをWindows 10にアップグレードしたはいいものの、文字入力をするだけでフリーズ多発。
仕方なく強制再起動していたらPCが起動しなくなり、それはなんとか解消したものの、
Office系のソフトが起動できなくなって心が折れました。
現在は、サブノートをディスプレイにつないで凌いでいますが使いにくさは否めず。
かといって、新しいPCを組む予算もやる気も……といった状態です。
この話自体はとっくに書けていたんですが、再開時期がまったく読めなかったので更新もできなかったのです。
なるべく隔日更新は守りたいと思っていますが、ダメだったらPCがあれなんだなと察してください。
優しいサンタさんが、光らないゲーミングPCとモニタを靴下に入れてくれないかなぁ。