表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/225

61.それはきっと、騒がしくも輝ける未来(あした)

「…………」

「秋也さん……」

「…………」

「ミナギくん……」

「ここは、オーナーに任せましょう」


 背後で、二人が離れている気配がする。

 どうやら、どっちかがタブレットを拾ってくれたらしい。


 助かった。


 心配がなくなった俺は、心置きなくヴェインクラルの解体に従事した。


 ディスポーザーのお陰で、どこをどう切ればいいのかはっきりと分かる。

 こうなると、魚をさばくのと一緒だ。


 いや、さすがに一緒じゃねえか。いろいろと、こみ上げてくるものはある。精神的にも、肉体的にも。


 やりたいかどうかで言えば、圧倒的に否。


 それでも、俺はヴェインクラルを解体していった。


 義務だからとか、礼儀だからとかそんな大層な理由じゃないけど。


 他人に任せたら、ヤツに鼻で笑われる。


 そんな気がしたからだ。


 とはいえ、最後まで全部やる気はさらさらない。


 分厚い。なにを喰ったらこんなになるんだ、というほど分厚い筋肉を切り分け。血で汚れないように注意しながら目指す先は、心臓。


 少しずつ傷を切り分け、広げ、たどり着いた先。


 そこには、ヤツが有効活用しろと言った、魔力水晶があった。


「こいつ、メフルザードぐらいのでかさがあるな」


 心臓の近くに存在する、バスケットボールぐらいの宝玉。

 邪魔じゃねえのか、これ……。というか、ヴェインクラルならともかく、メフルザードの体には明らかに収まらないサイズだよな……。


「死んだら結晶化するとか、そういう器官なのか?」

「オーナー、大丈夫ですか?」

「ああ、もういいよ」


 ディスポーザーを地面に転がし、両手で魔力水晶を持って立ち上がる。

 なんだか、吹っ切れた。

 もう、笑顔も取り戻している……のは、さすがにまずいな。笑顔で死体解体in別荘のある山奥とかやばすぎるだろ。


 この辺に人がいないのは確認済だけど、騒ぎにならないうちに戻らないと。


「本当に、大丈夫そうね」

「良かったです」

「心配かけてごめん。まあ、まだ胃もたれしてるような気分はあるけどね」


 それでも、少しずつ消化していけるはずだ。

 まずは、その第一歩といこう。


「エクス、こいつ《マナチャージ》で吸おうと思うんだけど」

「いいんですか?」

「後腐れなくやっちゃおう」

「分かりました。《マナチャージ》実行します!」


 両手で持った魔力水晶が光を放ち、分解され、本條さんに抱えられているタブレットへと吸収された。


 あっさりとした、終わり。


「これはなかなかですよ。石、15,000個分になりました!」

「やるなぁ」


 《ホームアプリ》算だと、一往復半もある。

 初めて鑑定したときよりも、成長してるんじゃないか?


 精々、有効活用してやろう。


「あとは……」

「《ホールディングバッグ》にしまいますか?」

「いや、全部やっちゃおう」


 残ったヴェインクラルの体は、マクロで水分を抜いて塵にした。


「風を二単位、天を一単位。理によって配合し、清き息吹を運ぶ――かくあれかし」


 そこに本條さんがさわやかな風を吹かせてくれた。

 塵はそれに乗って、散っていく。


「ミナギくん、これはどうする?」

「ああ……。壊すのも、危険があるかもしれないか」


 カイラさんが拾ってきてくれた、ヴェインクラルの義腕。

 同じく塵にしたかったけど、変なことになっても困る。


「これだけ、《ホールディングバッグ》に突っ込みましょうか」

「エクスがいいなら、それで」

「心配ありません。腕だけで、なにができるってものでもないですよ」

「あえてフラグを立てに行くスタイル……」

「立てすぎると逆にフラグが立たないという風潮もありますし」


 とにかく、これで終わりだ。


「よし。じゃあ、宅見くんたちと合流しよう」

「はい。向こうも少し心配ですね」

「夜だし、大丈夫だと思うわよ」

「とりあえず、その確認からしようか」


 まだ、今日は終わりそうにない。

 むしろここからが社畜の時間だよなと気合いを入れつつ、俺はスマートフォンを取り出した。





「皆木さあぁぁぁっっん。よく無事でぇぇ!」


 すっかりおなじみとなったカラオケボックス。

 連絡を取り合い数十分ほどで合流したところ――なぜか、宅見くんから熱烈歓迎された。


 ソファに座る夏芽ちゃんたちに視線を送るが、苦笑を浮かべてドリンクを飲むだけ。


「そんなことしなくても、カラオケの支払いぐらい持つよ?」

「そうなんですが、そうじゃなくてですね」


 と、半泣きですがりついてくる宅見くんがちらっと見るのはアイナリアルさん。

 夏芽ちゃんの私服だろうか? フードをかぶって耳をごまかしていた。

 それでも浮き世離れした雰囲気は隠しきれず、アニメキャラっぽさがある。夏と冬のお台場なら自然に溶け込めそうだ。


「で、どうしてこうなったのか聞いてもいい?」


 アイナリアルさんの隣で、落ち着いて微笑んでいるスターゲイザーこと星見さんに尋ねた。

 なぜ星見さんかと言えば、信用できるからだ。ロボット持ちだし。


 スパイダーバースにおいて、レオパルドンを持っていることで他のスパイダーマンから一目置かれていた山城拓哉と同じようなものである。


「最初は、和気藹々として楽しそうでしたわ」

「秋也さんが電話で連絡しているときも、そうでしたね」


 宅見くんを夏芽ちゃんと大知少年へリリースするのに忙しい俺の代わりに、本條さんが応対してくれた。


「その後、重要な問題が噴出しましたの」

「最初から、問題だらけだったのではない?」


 最終的に眼力で宅見くんを引きはがしたカイラさんが、身もふたもないことを言った。

 確かにそうだけどね? もうちょっと加減というものをね?


「それは、アイナリアルさんに帰る手段がないという問題ですか?」

「帰る場所は、ここですわよ?」


 誰も、なにも言えなかった。


 もう、結論出てるんじゃない?

 空いてるソファに腰掛けながら、諦めたらという視線を宅見くんへ送る。


 それにしても、これ……。ふ、あああああ……。


「あ、俺、めっちゃ疲れてるわ」

「でしょうけど! そうでしょうけど!」

「心配しなくていいよ。見捨てたりはしないから……」


 しない。そんなことはしない。

 それはそれとして、眠いな……。


 社畜の時間とはいえ、仮眠を取ることがあるのだ。取れない日もある。


「要は、アイナリアルさんも行き来できればいいわけで。それなら、俺の仲間になったら――」

「無理ですわ」

「だろうね」


 希望は一瞬で砕かれた。

 これが愉悦?


「アイちゃんを送り返すなんて反対だけど……」

「けど、一緒に住むのも無理ゲーだろ」

「説明、できないわよねぇ……」


 夏芽ちゃんと大知少年は、基本的に宅見くん側。というか、現実をちゃんと見ているというかことか。


 宅見くん、わりと主人公属性なのに両親は海外出張だったりしないのか。


「星見さん。過去に、異世界帰還者同盟リーグ・オブ・リターナーズでこんな事態になったことがあったり?」

「すると思いますの?」


 ですよねー。


 となると、宅見くんが責任を取るのは確定として、その前段階は大人の仕事だ。


「とりあえず、うちの会社もどきの事務所を用意しよう。で、そこにアイナリアルさんも住んでもらう」


 事務員名目でお給料を払っても構わない。それより、相談役がいいかな?

 実際、エルフの里との交易はアイナリアルさんがバックにいれば円滑に進むだろうし。


「よろしければ、わたくしも出入りさせていただきたいのですが」

「はい、はい!」

「そうだね。いっそ、みんなのたまり場にしようか」


 返却するつもりだったけど、みんなの金貨を換金すればそれくらいの資金は余裕で作れるだろう。


「その間に、アイナリアルさんの戸籍を作ろう」

「そんなこと、できるんですか?」

「記憶喪失の人が、新たに戸籍が取れる制度はあるらしいよ」


 カイラさんがこっちに来たときに調べた……わけじゃない。

 調べたは調べたけど、それは実際に異世界へ行く前。日本に異世界の人が来たりして、戸籍をとる方法があるか調べたのだ。


 まあ、正攻法が難しければエクスがなんとかしてくれるはず。


「で、宅見くん」

「は、はい」

「大学に行くタイミングで、一人暮らししようか」

「それは……」

「タクマ……」

「う、はい。そうします」


 ひゅーひゅーちというはやし立てる声と、拍手がカラオケボックスに響き渡った。


「タクマっ」


 感極まったアイナリアルさんが宅見くんに飛びつき、驚きながらもしっかりと受け止める。

 はやし立てる声が、さらに大きくなった。


 例のベッド、ベッド・オブ・ノクターンだったか。

 むしろ、この二人に贈ったほうがいいんじゃないだろうか。


「秋也さん、良かったですね」

「丸く収まった……わけではないの?」

「これ、ララノアに説明しなきゃいけないんだよな……って思うとさ」

「あ、忘れていました……」


 まあ、それはまだ先の話。今は、水を差す必要はないだろう。

 アイナリアルさんは置き手紙を残したそうだが、ちゃんとしたメッセージを届けるぐらいアフターサービスの範囲内だ。


 突然、仕様変更されたわけじゃないんだしね。


「その辺は、落ち着いたら順番に片付けていこう」


 なんだか、頭が働かない。

 通勤電車で運良く座れたときのように眠い。


「ミナギくん、膝を使っていいわよ」

「私の膝も空いていますよ?」

「さすがにそれは……」


 と抵抗したが、あっさりと横に倒され意識が遠くなっていく。


 柔らかな感触。


 一体、どちらの膝だったのか。

 それは、箱の中の猫にでも聞いて欲しい。

異世界からエルフの押しかけ妻早く来て。


というわけで、これにて第二部完結です。


ブクマや評価、ストレートにやる気になります。

誤字報告、いつも大変助かっております。

感想のために更新しているところあります。


第三部は、来年一月下旬再開予定です。

それまでの間に、前回のような幕間も更新される……はず。


それでは、第三部(そして予定では最終章の)『電子の妖精と世界の秘密』でお目にかかれるのを楽しみにしております。

(その前に、レベル99とかダブルエルフの番外編も書きます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 終わりじゃなくてよかった 続き楽しみにしてます
[良い点] 完結付いてて驚きました! まだ第三部を楽しめるのですね!お待ちしています! [一言] レオパルドンいいですよね。 ソードピッ。
[一言] よかったぁ終わりじゃないんですね。完結済みのマークが出てたからビックリして声に出しちゃいましたよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ