60.その因縁を断ちきる刃は
決着です。
「火を一単位、天を二単位。加えて、地と風を一単位ずつ。理によって配合し、舞い踊る光を産む――かくあれかし」
別荘の敷地内にある池。
そこにファストトラベルした――と認識した直後に、本條さんが作り出した光球が周囲を照らした。
池にはまった俺たちにヴェインクラルという、締まらない光景だけど。
「山ん中か。よっぽど、オレとサシでやりたかったみてえだな」
「自意識過剰すぎるだろ」
「外れか?」
「当たりだよ、くそったれ!」
自棄になった俺の答えを聞き、ヤツは牙をむき出しにして笑った。
あ、機嫌いいんだな。
一方、ヴェインクラルの感情が分かってしまった俺は、とぼとぼと池から上がる。休日出勤の予兆を感じられるようになった時も、こんな感じだったわ。
そんな過去を振り切って、ヤツから目を離さずに《踊る水》を使用。遅れて上がってきたカイラさんと本條さんにも使って、さっぱりと脱水。
「はっ。いい目だな。戦りがいがある」
「殺意を込めてるつもりなんだがな」
別荘の池から跳躍して地面に降り立ちながら、ヴェインクラルは疑問に答える。
「それが、いい目だって言ってるんだろうが。なにせ、オレに向けられるのは恐怖ばかりだったからな」
「暴君かよ」
「はっ。怒りも敵意も、全部恐怖の裏返しだぜ」
「嫌われてんのか」
ヴェインクラルは答えない。
代わりに、双眸がすっと細くなった。
「じゃあ、続きといくか」
「ああ、仕切り直しだ。すっかり、怪我が治ってやがるみたいだしな」
「オレの寿命を削って治してるらしいからよ。それぐらいはできるんだろうさ」
「寿命? お前、何年生きるんだよ」
「ああ? 死ぬまでに決まってるだろうが」
「刹那的すぎる!」
知りたかったのは種族的な寿命なんだが。
もちろんと言うべきか、ヴェインクラルがそんなもの斟酌するはずもない。
俺とヤツの距離は、5メートルほど。
しかし、そんなものは関係ないとばかりにヴェインクラルは腕を振り下ろした。
「征け、泥堕落」
右腕がゲル状になって伸び、俺へと一直線に迫る。まるで鞭のようだ。
(ミナギくん、作戦は?)
(さっきと一緒。俺が矢面に立つ)
(信頼に応えます、必ず)
テレパシーリンクポーションで、素早く意思疎通。
宅見くんたちのサポートはありがたかったけど、やっぱり、俺たち三人だけのほうがやりやすい。
「エクス!」
「受諾、《渦動の障壁》最高値で使用します」
以心伝心で支払われる石300個。だけど、もう、赤字とか出費とかは考えない。
「必要経費だこんちくしょう!」
「初めて会ったときから、これだったな!」
なんか感慨深いようなことを言ったヴェインクラルだったが、当然ながら、手加減をするはずもない。
水の鞭と水の壁が正面からぶつかった。
「くっは……ッッ」
またしても衝撃に吹き飛ばされそうになるが、今度は耐えた。無様に恐慌状態に陥ったりもしない。
ヴェインクラルほどじゃないが、俺にだって学習能力ぐらいある。
「また一発で壊れるのかよ!」
代わりに、《渦動の障壁》は一発で割れたけど。光子力研究所かよ。
まあ、いい。
良くはないが、最悪ではない。
「そいつに頼らねえほうがいいんじゃねえのかぁ!」
「他人を自分と同じ戦闘狂だと思うなよ!」
攻撃に使っている間は、腕を盾にできないのだから。
「火を六単位、風を二単位。加えて、地と天を一単位ずつ。理によって配合し、紅蓮の華を咲かす――かくあれかし」
聞き憶えのない本條さんの呪文。あの趣味の悪い魔道書からのアドバイスだろうか。
ともあれ、バスケットボールぐらいの火球がいくつも出現し――ヴェインクラルに直撃。
耳をつんざく轟音。
大気を振るわす振動。
皮膚を焦がす熱。
それが同時に発生した。
ファイアーボールだ! 魔法の基本みたいなところあるけど、本條さんが使うのは初めて見た。
もし一発毎に耐性が付くんなら、今までのレーザー一辺倒は良くない。そして、バリエーションなら、実は本條さんの独擅場だ。
しかし、その一撃で終わり……とはいかない。
「まあまあって、とこだな」
煙の向こうに、焼けただれた。それでいて五体満足なヴェインクラルが見えた。
予想通りだ。問題ない。
「使わせてもらうぞ、メタルバインド!」
報酬として前払いしてもらっていたマジックアイテム。
大きく振りかぶりはせず、コントロール重視で金属球をヤツに投げつけた。
これでも昔は野球部……だったことはないけど、エンハンスポーションのお陰で無難に命中。
金属の帯がオーガを拘束した。
それを見届けると同時に、俺はヴェインクラルから距離を取る。
距離を取れる別荘の広い庭、最高!
「この程度で、オレを止められると思うなよ!」
「当たり前よ」
北斗神拳の正統伝承者みたいに、メタルバインドを弾けさせたヴェインクラル。
その背後に回ったカイラさんが、カラドゥアスを光の刃……にはせず、元の黒い短剣のまま切り刺し貫く。
別扱いになるらしく、ヤツの背に血の花が咲いた。
でも、足りない。
「しぶといっ」
「弱さを人のせいにするんじゃねえよ!」
ヴェインクラルの右腕があり得ない角度に曲がり、槍と化してカイラさんの胸――心臓へと迫る。
目にも止まらぬフットワークでかわしたカイラさんだったが、決め手がない。
ヤツから距離を取るしかなかった。
それでカイラさんから興味を失ったヴェインクラルが、思いがけないことを口にする。
「ひとつ、ゲームをするか」
「そいつは平和的でいいな」
格ゲー? ボドゲ? マジック?
もちろん、そのどれでもない。
「オレは攻撃も防御もしねえで、ミナギの所へただ進む」
「自殺か?」
俺の願いが叶ったの?
「その間に、オレを殺しきれたらそっちの勝ち」
「できなかったら?」
「オレとミナギのタイマンで決着だ」
ええぇ……? 結局、そうなんのかよ。
今の俺は、お目当てのゲームが発売延期したと聞いたときぐらいショックを受けていた。あるいは、楽しみに録画していたアニメを再生したら万策尽きた総集編だったとか。
最悪だ。
「私たちは不純物だと。そう言いたいのですか?」
「理解が早えな」
「殺るわ」
カイラさん、今ちょっと、ニュアンス違ってなかった……? でも、分の悪い賭けじゃあない。それどころか、圧倒的にこっちが有利。
……それだけに不安になるんだけど。
「その前に、だ」
「エクス!」
「《渦動の障壁》使用します!」
再び、ヤツの腕が水の鞭となって迫る。
しかし、今度は《渦動の障壁》が粉々になったりしなかった。
耐えきった――わけじゃない。
ヴェインクラルに、壊すつもりがなかったのだ。
「逃げられたら、ゲームが成立しねえからな」
ヤツの腕が、《渦動の障壁》ごと俺を拘束していた。試してみたが、巨人に抑え付けられているかのように動けない。
「本当に、無抵抗を貫くつもりかよ」
ヴェインクラルは答えない。
それが答えだと言わんばかりに、一歩踏み出した。
「その態度、本当に気にくわないわ。心の底から」
それに合わせて、カイラさんが俺とヴェインクラルの間に割り込んだ。
かばうように立ちふさがりながら、鞭のように伸ばした腕を切り刻む。
耐性があるのであれば、耐えきれないほど殴ればいいのだろうと何度も何度も。
「こっちが本体でしょう?」
意地の悪いカイラさんも、いいと思う。
だが、その作戦は分が悪すぎた。
「別に、盾にならねえと防げねえわけじゃねえ」
カイラさんが放った光と黒の刃は、ゲル状になったヤツの腕を素通りしてしまった。
耐性どころじゃない。無効化されている。
「ちっ」
「風を八単位、火を四単位。加えて、地と天を二単位ずつ。理によって配合し、神の怒りを呼ぶ――かくあれかし」
今度は、雷。
雲ひとつない空から、夜闇を切り裂いて雷霆がヴェインクラルを直撃する。
まさに、青天の霹靂。
だが、煙が晴れたとき。
俺たちが目にしたのは、平然と歩みを進めるヴェインクラルの姿だった。
オーガには雷は効かない? そんなバカなことが……あるんだから現実はクソゲーだ。
「あと半分だぜ?」
「《スキル錬結》、《凍結庭園》」
虚空に、鉛色の斧が三つと透明なレンズがひとつ出現した。
もはやお馴染みとなった《スキル錬結》で同時に三つ生み出した《凍える投斧》と、それをキーに発動した《コンティンジェンシー》で発動させた《水鏡の眼》。
間髪容れずに、《凍える投斧》がヴェインクラルを打ちすえ、その場に縫い止める。
「本條さん、任せた!」
「火を九単位、天を二十七単位。加えて、風を六単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」
太い光の束が放たれ、水のレンズを通して増幅。
星見さんのタスラムをも凌駕する必殺技が、周囲を光で塗りつぶしてイオン臭を発しながらヤツを貫いた。
不可避の絶対攻撃。
真祖をも滅した最大攻撃。
耐性があろうが、これなら……ッッ。
光に飲まれ、ヴェインクラルの半身が消え去るのが見えた。
「……ッ」
やったかっ!?
という叫びをなんとか抑え込む。
そんなフラグ立てるわけにはいかねえ。
だけど、それは無駄だった。
「オーナー……。引きが良すぎません?」
「まさか、これでも……」
ヴェインクラルは、半身だけになっていた。
間違いない。
それは間違いがない。
ただ、そう。
一瞬で、生えてきた――再生しただけ。
「あー。今のは、危なかったな」
こきりこきりと首や手足の調子を確認しながら、軽く言うヴェインクラル。
なにをしても、ヤツを倒せないんじゃないか?
「ミナギくん、私に攻撃手段を!」
――そんな諦念とは、無縁の仲間が一人いた。
「エクス! カイラさんに吸血鬼の牙を」
「受諾」
討伐特典ときらきらを得たカイラさんが、背後から組みつく。そして、ためらいもせずヴェインクラルの頸動脈に噛みついた。
吸血鬼というよりは野生の獣と評したくなる攻撃。
「……悪くねえ、が」
ヴェインクラルは、笑った。
笑ったまま、歩みを再開する。
背負ったまま、近付いてくる。
前言を翻すことなく。
攻撃も防御もせず。
――俺の前にたどり着いた。
「来たぜ、ミナギ」
「見りゃ分かるよ、ヴェインクラル」
正確には、見ていることしかできなかった……か。
(カイラさん、ありがとう)
(ミナギくん……)
言いたいことは山ほどあっただろうに。
カイラさんは、なにも言わずにヴェインクラルから離れた。本條さんも、反対の声をあげることはなかった。
「オレの勝ちだな」
泥堕落を元に戻して拘束を解除し、ヤツがドヤ顔で言った。
……もう、腹も立たない。
「さあ、サシでやろうぜ」
「ああ。だが、お前はなにもするな」
サシでも、まともにやるとは言ってない。
魅了の力で、ヤツを押しとどめた。
「エクス、貧乏くじで悪いな」
「それは言わない約束ですよ、オーナー」
デフォ巫女衣装のエクスと笑い合う。
言葉にしたのは、それだけ。
だけど、俺の手には小さな刃があった。
それを指輪に触れ合わせ、白い鎧の光り輝く聖騎士を召喚。
(心を伴わぬ武は、無力より悪し。いずれその身だけでなく世界を滅ぼすものなり)
枝刃のついた大剣を振りかぶって、虚空に出現した。
(《降魔の突進》)
その勢いのままチャージを仕掛け、ヴェインクラルを両断。
避け得ぬ死。
「そいつは、一度見たぜ」
なのに、ヴェインクラルはニィと笑う。
その笑いひとつで、耐えた。
あの超巨大半魚人の足を斬り落とした一撃に、耐えきった。
もう、理屈なんか分からない。
だけど、不思議と疑問は抱かなかった。
だから、俺は走り出していた。
――前へ。
「エクス、《渇きの主》!」
「受諾! 《渦動の障壁》を解除して《渇きの主》を最大威力で実行します!」
「来ると思ってたぜ!」
俺の右手がヴェインクラルに触れる直前。
ヤツは、なんの躊躇もなく腕――泥堕落を引っこ抜きやがった。
「なんということを……」
呆然と、本條さんがつぶやく。
これが普通の反応。
命綱を自分で切り離すようなものだ。
ヤツは、それを嬉々としてやりやがった。
ああ、まったくもう。
どこまでも、予想通りなんだよ!
「それくらいやるだろうさ、ヴェインクラルならな!」
「それでいい!」
「どこまでも、オレを楽しませてくれるな!」
「そっちが勝手に楽しんでるだけだろ。迷惑だ!」
ヴェインクラルもこうなることは予測済み。
片足を振り上げて、ヤクザキックを放ってきた。
簡単な蹴り技。
だが、俺にとっては丸太がぶつかってきているようなもの。
死ぬしかないだろう。
当たったら。
「秋也さん!」
が、実際にはかすめただけ。マントが裂けた気配がするけど、それだけ。
「ミラージュマント、やっと役に立ったな」
もしかしたら、例のランプのお陰もあったのかもしれない。
真相は霧の向こう。確かめようもない。
それに、確率とか幸運より。もっと頼りになる相棒がいる。
「エクス!」
「オーナーは、やればできる子です!」
タブレットを放り投げた。
代わりに、俺の手にはもうひとつの刃――ディスポーザーが握られていた。
ずぶり。
ディスポーザーの刃が、壁のようなヴェインクラルの胸板に沈んでいった。
あっさりと。
なんの抵抗もなく。
「……やっぱりか」
刃を残したまま手を離す。
逃げたわけじゃない。
感触が嫌だった……のは確かにそうだが、それだけが理由じゃない。
一番の理由は、そう。
もう、必要ないからだ。
「相討ち狙いだったんだな、ヴェインクラル」
ディスポーザーの刃が綺麗に通るってことは、はぎ取り対象……死体ってことだ。
「そ、りゃ……他に、手がなかった……から……な」
「泥堕落がなくなったら、今までのツケを支払わなくちゃならない。かといって、《渇きの主》で破壊されても同じこと……か」
俺のネタばらしに、ヴェインクラルが凄絶な笑顔で答えた。
なんということはない。
泥堕落を切り離した時点で。あるいは、装備したそのときに、ヴェインクラルは詰んでいたのだ。
もっと早く気付いときたかったなぁ、ほんと……。
「ミ、ナ、ギ……。感謝、する……ぜ――」
感謝。
死ぬというのに、なにが感謝なのか。
最期。
本当に、終わりまでなにひとつとして理解ができない。
でも、間違いなく強敵だった。
「ヴェインクラル、お前には本当に心の底からうんざりだ」
「人生の……善し悪しは……流した血の量で……変わるんだ……ぜ」
「なら、最高だったんだろうな。お前にとってはな」
「そいつ……は、ミナギ……。お前も同じだ」
「俺は……ッッ」
反論したい。
でも、できなかった。
「オレ……を……有効活用……しろよ」
言いたいことを言って。
俺の返事も聞かず。
ヴェインクラルの巨体が倒れ伏した。
思ったより、血が流れなかった。もしかしたら、あの腕と関係があるのかもしれない。
だがもう、詮無きことだ。
「終わった……」
終わった。
終わらせた。
「ミナギくん……」
「秋也さん……」
「うん。大丈夫だよ」
そう答えながらも、俺はカイラさんと本條さんを見ようとはしない。
ただ、物言わぬ骸となったヴェインクラルから視線を動かすことができなかった。
もっとすっきりと。
それこそ、コンティニューしまくったボスに勝った時みたいな爽快感でもあるのかと思ったが、全然違った。
わけ分かんねえわ。
言えるのは、ひとつ。
ヴェインクラル。
本当に、迷惑なヤツだった。
第二部、残すはエピローグなので明日も更新します。