59.異世界帰還者同盟の奮闘
・前話を読んだ友人と作者の会話
友人:ヤンデレは怖い。
藤崎:アイナリアルさんはただの押しかけ妻だよ。
友人:そうかなぁ。
藤崎:うる星やつらとか藍より青しみたいなもんだよ。
友人:寝ている間に種だけ採取とかしてませんよね、その二つの作品。
藤崎:うん。まあ、それはね?
今回あとがき長いです。ご注意を。
(どうにかして戦場を変えよう)
(そのためには、動きを止めることですね)
(足止めは任せてちょうだい)
テレパシーリンクポーションで手早く相談。
言うが早いか。カイラさんがマフラーをなびかせて、ヴェインクラルへ風のように突き進む。
(ミナギくんは、待機していて)
(はい。場は、私たちが整えます)
(……任せた)
用意してあるたらいで飛ぶにしろ、新たに水場を用意してファーストーンを投入するにせよ。どちらにしろ、俺とエクスは手が空いていたほうがいい。
なにせ、なにが起こるか分からないからね。
「なにか、企んでいやがるな?」
「一緒にするんじゃねえよ」
「よく分からねえが、オレがここから出て行くのは都合が悪いみてえだな」
エスパーかよ!?
必死にポーカーフェイスを装ったが、通じたかどうかは分からない。
それは、前傾姿勢で廃ビルの床を蹴るカイラさんのお陰だろう。
すごく、ニンジャだ。
きらきらしてるのは、エフェクトエフェクト。
「はんっ。忠犬気取りか。いい加減、オレには敵わねえと学習したらどうだ?」
「自分でできもしないことを」
「違えねえ!」
近づくカイラさんへ、泥堕落をグレートソードのような形状に変えて横に薙ぐヴェインクラル。
小さな。しかし、猛烈な旋風。
カイラさんはそれを軽く飛んでかわし、頭上から襲いかかる。
だが、ヤツはそれを読んでいた。
「変われ、泥堕落」
グレートソードになっていたヴェインクラルの腕が、放射状に分解した。
それは蜘蛛の巣状に広がり……ネット!?
なんでもありかよ!
「オレは、好きなもんを最後に食べるタイプだが、他はささっと片付けるほうなんでな」
「知ったことではないわね」
カイラさんは冷静そのもの。
それも当然。よくよく考えれば、この程度ピンチのうちには入らない。
ネットになった泥堕落が絡め取ろうとしたその瞬間、その場――空中でもう一段跳んだ。
「はあぁ? 二段ジャンプ!?」
背後から大知少年の叫び声が聞こえる。
そうだよね。びっくりするよね。格ゲーかよって思うよね。
でも、これがカイラさんなんだ。
「チェエエエエイィィッッッ!」
さりげなくヴェインクラルの横に回っていた夏芽ちゃんが鋭いローキックを放った。バットぐらい余裕でへし折れそうな勢いだ。
無謀――とまでは言えない。
充分にタイミングを計り、一撃加えた後は安全圏まで離脱するクレバーなアクション。
「ったく、先に一声言えっての!」
さらに、預けた魔力水晶を刃に変えて、大知少年も突貫。
昔取った杵柄というやつか。辻斬りのようにヴェインクラルの腹筋を切り裂いて、走り抜けていく。
「ちょこまかとっ」
「首を落としても、再生するのかしら?」
そこに、くるりと一回転して天井を蹴ったカイラさんが割り込む。
逆立ち状態で、両手とマフラーで握った刃をヴェインクラルのうなじへと差し向けた。
「そいつは、オレも知りてえところだな」
「戯れ言を」
ヴェインクラルはカイラさんの刃をかわそうと首を動かすが、そんなに甘い攻撃じゃない。
回避しきれるはずもなく、斬られるのではなく喉元に突き刺さる運命に変えるのが精々。
致命傷。
――いや、違った。
「試すわけにもいかねえからな」
ヴェインクラルが壁側まで跳び、刺さった光の刃を強引に引き抜いた。
煙を噴き上げながら首の傷が、ぼこぼこと再生していく。
聞いてはいた。
聞いてはいたけど、実際目にするとため息しか出ねえな、これ。
「あっ、たたたたたたっ。堅すぎぃ」
「あきれたタフネスだな、おい」
「なるほどな。主菜を引き立たせるのが前菜の役目だったか」
夏芽ちゃんと大知少年が、あきれたように恨めしそうにオーガの修羅種を見つめる。
それに対して、ヴェインクラルはこきっこきっと首を回して嬉しそうにする。
お前もう、なんでもいいんだな? やめろよ。全肯定ヴェインクラルとかどこに需要あるんだよ。ブラックホールの底まで漁ってもそんな需要ねえよ。
「……オードブルにも、オードブルの意地というものがありましてよ?」
和服美人の星見さんが、自信ありげに笑う。
いつの間にか、その手には大きめのメダルが握られていた。
「会長、そのメダルから魔力が……」
「ええ。ずっと密かに貯めておりました」
それはこの場でという意味なのか。
それとも、地球へ戻ってから……海外でもずっとという意味なのか。
あとで聞くしかないが、充分だったらしい。
「限定顕現・ルーグ」
え? ロボ?
星見さんの背後に、やや頭身が低めのロボット……の幻影が現れた。ずんぐりとしているが、鈍重さは感じられない。
特徴的なのは、背中から伸びる塔にも似た構造物。たぶんというか、絶対に砲塔だ。
和服とロボットの組み合わせとか、それちょっとエモすぎない?
「もはや乗り込むことは適いませんが、影を呼び出す程度ならば」
少しだけ悲しそうに言う星見さんが手を上げる。
それにあわせて、背負っていた砲塔がガチャンと曲がりエネルギー? 魔力? が充填される。
「貫きなさい、タスラム」
邪眼のバロールを討ち取ったタスラム。
その名を冠した魔弾が撃ち出され、プラズマをまとった砲弾がヴェインクラルを捉える
なるほど。星見=スターゲイザー=狙撃系。
……控えめに言って最高では?
「地を八単位、闇を四単位。加えて、水を二単位。理によって配合し、重力を喚起・解放す――かくあれかし」
それにあわせて、本條さんがヴェインクラルを重力で拘束。
光と闇の合体攻撃。
それが炸裂した後に残ったのは、左の脇腹がえぐり取られたヴェインクラルだった。
「……なかなか、歯ごたえあるじゃねえか」
すさまじい勢いで再生させながら、ヴェインクラルが鮫のように笑った。
「興味があれば、南方大陸へ行くとよろしいですわ」
「いいなぁ。世界は広い。憶えておくぜぇ」
放逐したいような、人様に迷惑はかけられないような微妙なところだ。
……いかん。DV被害者みたいな思考になってないか?
とにかく、ヤツは今日俺たちが倒す。
「もっとも、生きていればですけれど」
「そいつは頼もしい」
「第二射、撃てぇ!」
星見さんが片手を振り下ろし、ルーグの砲塔からタスラムの二射目が放たれた。
二度目でも変わらない、耳どころか心臓を震わす轟音。風が巻き起こり、髪を巻き上げる。天井から、埃なのか破片なのか。なにかがぱらぱらと降ってきた。
……崩れないよな?
「会長、誰か来たらどうするんです!」
「逃げるに決まっていますわ」
堂々とした星見さんの宣言。
それ以上に堂々としているのが――ヴェインクラル。
無傷ではないが、さっきみたいに体の一部が失われているということはない。
そして傷も再生しつつあった。
「はっ、大したことなかったな」
「なぜです? 二射目も攻撃力は変わらないはずですのに……」
「そういや、学習機能があるって話だったか」
「学習? 一度受けた攻撃は通用しなくなるとでも言うのかよ」
「そんなところだったか。なら、大したことはないってことはなかったな」
今思い出したと、ヴェインクラルが言った。軽く。本当に、軽く。
再生だけじゃなくて耐性持ちのボスですか。そうですか。
本当に、デザインセンスねえな!
「くっ。憑竜機に乗れさえすれば……」
悔しそうに言って、背後のルーグが消えていく。
魔力切れだろうか?
想像以上にやってくれたけど、派手すぎて誰かが来てもおかしくない。
こりゃとにかく、本條さんの別荘へ移動させるしかねえ。
「あのオーガの動きを止める。それが現状の主眼と判断しました。如何に?」
「確かに、そうだけど」
アイナリアルさんが横まで来て言うけれど、それができたら苦労はしないわけで。
「では、世界樹の騎士たる御身に助力を」
「は、はあ……」
今さらシリアスになられても逆に困るっていうか……。
ほら、宅見くんも苦笑いして頭かいてるじゃん。
しかし、意図的か天然か。アイナリアルさんは微妙な空気を斟酌しない。
「タクマ、わたくしの手を握ってください」
「え? うん」
戸惑いながらも、宅見くんは選択肢を間違えなかった。
この辺が、元勇者の元勇者たる所以か。多少は見習った方がいいのか……いや、これは若者の特権だな。
「恐み恐みも白さく。掛けまくも畏き世界樹よ。その根を張り生り坐せる洞穴こそ在らんと、恐み恐みも白す」
アイナリアルさんが紡ぐ、祝詞のような祈りの言葉。
それは、根を張るための穴ということなのか。
理屈はともかく、結果は鮮烈。
「アイナ、こんなことできたの?」
「愛の力です」
「どうして、ここで愛が!?」
廃ビルの床に穴が空いた。
よく分からないけど、愛なら仕方ないな! むしろ、当然。
「次から次に、やるじゃあねえか!」
巻き込まれたヴェインクラルが、持ち前のフィジカルで高飛びしようとする――が。
「地を八単位、闇を四単位。加えて、水を二単位。理によって配合し、重力を喚起・解放す――かくあれかし」
再び重力に囚われ、ヴェインクラルが落下する。
攻撃耐性も、バッステには効かねえだろ!
今だ!
「エクス! 《女神の泉》、全力全開で!」
「受諾です!」
アクセル全開。床に空いた穴に水を注ぎ、即席の水溜まりを作り出す。
新しい池にヴェインクラルが飛び込む水の音がする。
それを追いかけるようにして、ファーストーンを投げ入れた。
使い捨てになるけど、こればっかりは仕方がない。
(カイラさん! 本條さん!)
(完全に無効でなければ、死ぬまで切り刻んでやるわ)
(はい!)
うん。最後は、この三人――エクスも入れて四人で決着だ。
「協力ありがとう。倒したら戻ってくるから、例のカラオケで待ってて」
「あっ、アイナは……」
やべ。めっちゃエルフじゃん。目立たず移動とかできる?
でも、ヴェインクラルは放置できない。
「愛があれば、どんな障害も乗り越えられるから」
「皆木さん、他人事じゃないです!?」
「場所はカラオケじゃなくてもいいよ!」
責任を取るのは、宅見くんなんだよなぁ。
俺は答えず。
ただ親指をぴっと立てて、水へと飛び込んでいった。
憑竜機(改訂増補版)
オルトヘイムの南方大陸では、古来より巨大なモンスターとの生存競争が繰り広げられていた。
そのための力として、北方大陸に住む偉大なる刻印術師が開発したのが憑竜機のプロトタイプである刻印騎である。
それは巨大なプレートメイルであり、中心部に人間が乗り込む形で動作する。
だが、乗り物を操縦するわけではない。
《憑依》のルーンにより、巨大な鎧を自らの肉体の延長として扱うことができるのだ。
巨大なのは、大型魔獣に対抗するためであり、数多く刻まれたルーンが干渉しないようにするためでもあった。
それだけのルーンの動力であるコアには、ドラゴンの心臓が用いられている。
強力ではあるが、コストパフォーマンスは非常に悪い。
それがプロトタイプとなったのは、巨大な鎧というコンセプトゆえ。
まったくの新兵器では、それに慣熟するための訓練が必須となる。
しかし、切迫した南大陸の状況はそれを許さなかった。
そのため、元々のスキルを活かすことができる刻印騎は非常に都合が良かった。
サイズはロボットとしか言うほかないが、実質的にはパワードスーツであった。
そのコンセプトを受け継いだ憑竜機は、ルーンによる強化だけに頼らなかった。
それは、刻印騎によりいくつかの超巨大魔獣の駆逐に成功し、戦線に余裕が出た結果であり。また、現実的にそれだけの刻印が不可能であるという事情もあった。
憑竜機は、刻印騎に比べると小型になった。10メートルほどで、安定性を求めるため頭身も低めだ。
それに伴いドラゴン以外の心臓もコアとして使用できるようになり、数が揃えられるようになった。
同時に、機体を異相空間に収納し、コアから直に呼び出す技術も開発された。
その副産物として、限定顕現という憑竜機の武装のみを使用する技法も生まれた。
これは、オーガやトロルなどの小型モンスターへの対抗策として優れていた。
小型化した分、刻印できるルーンの数や性能は下がったが、《憑依》のルーンを解析した結果生まれた、共鳴魔術によって補うこととなった。
これは、類似したもの同士は、互いに影響しあうという発想による。
人と巨大な鎧。
サイズは違うものの、どちらも本質は同じ。ゆえに、望む通りに動かすことができる。
それは、刻印騎の損傷がパイロット(ルーンオーダー)にもある程度フィードバックされることから明らかだ。
その理論を応用した共鳴魔術は、コアを通して魔力を注ぐことで、モンスターの他の憑竜機の部位を移植――否、同化させることを可能とした。
エルフの聖弓。
ワイヴァーンの翼。
サイクロプスの四肢。
ドワーフの豪槍。
キマイラの爪。
討魔神剣。
ドラゴンのブレス。
これらを操る憑竜機が各地の戦場で活躍するようになった。
また、従来はルーンによる自己修復に頼っていたが、触媒に魔力を通すことで修理が可能となった。
その応用により、充分な触媒を用意すれば数日で装甲の素材を変更することすらできる。
そう。
憑竜機は、育て上げることが可能な兵器なのだ。