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58.アイナリアル(後)

「ここは……」


 それは、誰の言葉だっただろうか。

 光は消え、周囲から木々もなくなった。


 その代わりというわけじゃないが、闇の中うっすらと見えるのはむき出しのコンクリート。


 繁華街のど真ん中に転移なんていう最悪の事態が回避されたのは良かったけど……。

 ここは、どこだ? それに、いつだ?


「……同期完了しました。今は出発した日の午後十一時です」

「時間がずれてる……」


 エクスを労うよりも、驚きが先に立った。《ホームアプリ》より上位なのか? それとも、イレギュラーだっただけ?


「夜なのは僥倖ですが……」

「うん。宅見くんたちをめっちゃ待たせてることになるな」

「なにをするにも、イレギュラーは付きものよ」


 ああ、カイラさんの言う通り。

 今は、それどころじゃない。


「成功した。成功した。成功しました」


 歓喜。

 いや、狂喜か。


 薄闇の向こうから、感極まった声がする。


 声がするけど……あのシルエットは……? いや、シルエット以前に該当するのは一人しかいないんだけど……。


「……俺の目がおかしくなってるわけじゃないよな?」

「とりあえず、ライトつけましょうか」


 気を利かせて、エクスがタブレットで辺りを照らしてくれる。


 幸いと言っていいのか。

 俺たちが転移したのは、アロハの怪異交渉人とかドーナッツ好きのヴァンパイアが住み着いていそうな廃ビルだった。


 もしかしたら改装中なのかもしれないが、人目に付きにくいという意味では同じことだろう。


 それはいい。それはいいんだ。

 地球へ戻ってきたこと自体も、今さらなにか言うべき事態でもない。


 カイラさんも、本條さんもちゃんといる。


 地の精霊はいない。当たり前か。


 残念ながら、ヴェインクラルもいた。


「オレのことは放っておけ。中途半端な気持ちで()っても面白くねえ」


 そして、そんな殊勝なことを言う。

 ヤツも多少は感慨を抱いているのかもしれない。


「妙な動きをしたら、私が止めるわ」

「……お願い」


 となると、問題は……残る一人。

 張本人である、アイナリアルさんだ。


「アイナリアルさん……で、よろしいのですよね?」


 本條さんが恐る恐る尋ねるが、俺が発してもまったく同じ問いだっただろう。


「ええ。予定通りの変化です」

「変化というか、成長というか……」


 そう。アイナリアルさんは、でっかくなっていた。

 我ながら、IQが低い表現だ。でも、他に言い様がないんだよなぁ。


 幼い子供のようだったエルフの長老は姿を変え……カイラさんと同じぐらいだろうか? 人間で言うと20代ぐらいまで成長している。


 スレンダーだが、それはスタイルが良いと表現すべきだろう。

 やや陰があるものの、凜とした美女。

 まさに、エルフの貴種と呼ぶべき存在。絶対に土下座とかしそうにない。


 エルフの寿命からすると、100年とか200年分の成長になるんじゃないだろうか?


「せっかくこちらへ来ても、老いさらばえた姿では意味がありませんから」

「もしかして、この儀式で成長じゃなくて年齢を吸われた……?」


 昔のヘイスト呪文みたいな感じで、加齢が代償だった。

 それを知っていたので、気合いで若返って準備してた?


 ……マジで?


 マジかー。マジでかー。


 スゴいね、人体。


「オーナー、あの四人が来ます」

「宅見くんたち? ここ、カラオケボックスの近くだったのか」

「……そう……ですか」


 びくりと動きかけたアイナリアルさんが、ギリギリの所で押し留まった。

 それは、正解だった。


 真っ先に飛び込んできたのは、大知少年。

 俺たちの姿を認めると、文字通り飛び上がって驚きの声を上げる。


「おわっ、なんだこりゃ!?」

「なんだこりゃじゃ分かんないでしょ、バカイチ! ちゃんと報告!」

「じゃあ、自分で見ろよ!」

「うわっ、なんでこんなことに!?」


 夏芽ちゃんも大知少年と大差なかった。

 まあ、仕方がない。


「タク、早く来なさいよ! 大変なことになってるから!」

「そこに僕を押し出すのはどうかと思うんだけど……」


 と、正論と文句のミックスみたいな言葉をつぶやきながらやってきた宅見くん。


 彼が薄闇の中で目にしたのは、期待通りの。

 しかし、予想を裏切る相手。


「アイナ!? え? 本当に?」

「タクマ!」


 引き絞られた矢が飛び出すように、アイナリアルさんが飛び出していった。

 スタートダッシュを決め宅見くんの胸へと飛び込むと、そのまま押し倒す。


「よくも、わたくしを置いて帰ってくれましたわね。その上、何百年も待たせて!」

「あう? え? あ、それは大変遺憾に思っているというか……」


 若干しゃべり方が変わっているが、あれが昔のアイナリアルさんということなのか。もしかすると、長になってからが演技だったのかもしれない。


 星見さんと、ちょっとかぶるな。エクスと違って、キャラ被りに寛容だといいんだけど。


「カラオケボックスで待機していたら、魔力が異常にふくれあがって。それで様子を見に来たんですが……」


 ノリノリすぎてステージに寝っ転がったベーシストみたいになっている宅見くんが、説明を求めて俺へと声をかけた。


 でもさぁ……。


「手紙を渡す前に、ほとんど自力でいらっしゃったよ」

「はあ……。はい? はあぁぁ?」


 理解不能って顔してるね、宅見くん。

 でもね、これはさすがに依頼の範囲外だと思うんだ。


 あとは、若い人に任せたい。


「ぶっちゃけ、俺たちはほとんどなんにもしてないし金貨とマジックアイテムは返すよ」


 片道分の石も節約できたし。


「そうですね。私も、お寿司を握っただけですし」

「いえ、あのオスシ。あれで力を得ました」

「そうなのですか。それはそれは……」


 思わぬ方向から賞賛を受けて、本條さんが頭を下げた。

 日本人的なリアクションで、心が和む。


「それに、ミナギさんたちがいらっしゃらなかったら、タクマたちとの縁が結べずに見当違いの場所と時間に飛んでいた可能性もありましたわ」

「まあ、その辺は後で話し合うとして……」


 ここで、そわそわしていた夏芽ちゃんが、手を上げて疑問をぶちまける。


「えっとぉ……。アイちゃんはタクを追っかけてきたってことでいいんだよね?」

「はい、そうです。お久しぶりですわね、二人とも」

「う、うん」

「お、おう……」


 夏芽ちゃんも大知少年も押されている。

 まあ、ヴェインクラルのことが気になって目の前の問題に集中できないって感じではあるけど。


「……ここは、若い人にお任せするとしますわ」


 最後にやってきた会長の星見さんは、一歩引いたポジションに立つ。

 その視線は、やはりヴェインクラルに向いていた。


「孫もわたくしの手から離れたことですし、ちょうど良い頃合いでした。書き置きも残してきましたわ」

「孫……ララノアという?」

「そこまでご存じでしたのね」

「あ、うん。皆木さんから……っていうか、その……」


 いよいよ、宅見くんが核心に触れる覚悟を決めた。

 押し倒されながら。


「もちろん、タクマの血を引いていますわよ」

「でも、僕にはその……」

「ええ、そうでしょう。眠っている間に種だけいただきましたもの」

「種だけ」


 あ、そういう……。


「そう、こんな風に」

「むっ、んぐぁ……」


 二人のシルエットがひとつになり、唇が重なった。


 ……うん。なんというか、実際はもっと生々しい。すっごい水音とかしてるし。本條さんと夏芽ちゃんは指の間からしっかり見てるし。


 良し。


 これは超法規的措置!

 見なかったことにしよう!


「種明かしされたら、納得の結論ね」

「まあ、ハッピーエンドでいいんじゃないかな?」


 アイナリアルさんにも、いろいろあったんだろう。


 いずれ帰る宅見くんに負担はかけられないとか。

 邪神との戦いが第一だとか。

 それでも諦めきれないとか。


「こういう手があるということは、憶えておきましょう」

「変な学習しないで!」


 その辺は両性の同意により、どうにかしよう? ね?


「なあ、夏芽。俺はあいつを慰めればいい? それとも、上手いことやりやがってと嫉妬すればいい?」

「モモちゃんに相談してみる?」

「インコじゃねーか!」


 分かる。

 その気持ち、めっちゃ分かるぞ大知少年。成人してたら酒でもおごってやりたいぐらいだ。


「そろそろ、茶番は終わりにしてもらうとするか」


 黙って成り行きを見守っていたヴェインクラルが、壁から離れて俺たちを睥睨した。


 さすがに空気を読んで、アイナリアルさんも宅見くんを解放する。がっちり腕を組んでるけど、さっきよりはましだ。


「オレも、ゆっくりとはしていられないんでな」

「初めてきた世界に、なんの用事があるんだよ」

「いるんだろう?」

「なにがだよ」

「ミナギみたいなのが、たくさん」


 い・て・た・ま・る・か・!


「お前、それが目的でアイナリアルさんに協力したのかよ」

「ああ? 当然だ。倒しちまえばそれで終わりだろうが、こっちならいくらでも獲れるだろうよ」


 トランペットを見つめる黒人少年のように瞳を輝かすヴェインクラル。


「そっちのは出がらしみてえだが、前菜としては悪くなさそうだしな」

「さて、オードブルが務まりますかどうか」


 ああ……。うん……。そうか……。そういうことか……。

 ヴェインクラルにとっては、まるっきり異世界転移だもんな。そりゃ、どっきどきーのわっくわくーだよ。


「なんだか、かつての浅慮を責められているような気がしてくるわ……」


 これには、カイラさんも苦笑いしかできない。


「というか、タイミングが遅え」

「ああ……。吸血鬼と……ですか」


 本條さんの言葉に、力なくうなずいた。


 メフルザードとかみ合わせられたら最高だったのに。

 で、漁夫の利を得る。


 メフルザードしか損をしない、最高の展開だったのに。


 だから、お前はヴェインクラルなんだよ!


「お? ここにも真祖がいるのか? そういや、さっきの妙な力……。そうか、真祖を喰ったのか」


 クリスマスプレゼントとお年玉を一緒にもらった子供のように、ヴェインクラルがはしゃぐ。

 俺がパワーアップしたことが嬉しいらしい。


 大変遺憾だ。


 どうせなら、自衛隊の駐屯地……は可哀想だから米軍の基地にでも転移すれば良かったのに。

 良かったな、世界を向こうに回しても勝てる軍隊を相手にできるぞ。ソースは、HoI。


「そいつは楽しみだ」

「全然楽しみじゃねえよ」

「そうか? 実は、この腕……泥堕落(デイダラ)は、自己修復機能があってな」

「マジかよ……」

「その自己ってのには、オレも含まれるんだそうな」


 ……確かに、カイラさんがつけた傷はなくなっている。


 つまり、今度は残機制じゃなくて再生持ちのボスってこと?


 俺の敵、こんなんばっかかよ。


 クソゲーだえー。

Q.心当たりのない孫がいるんですが、どういうことなんでしょうか?

A.一服盛られてました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロトの娘たちかな?(旧約聖書) あっちのほうが血筋的にヤバいけど ヴェインクラル…地球に適応する忍耐力があれば吸血鬼ハンターとかなれるよ(震え)
[一言] >あのオスシ。あれで力を得ました さすがはオーガニック・スシ…。実際スゴイ。
[一言] そっちか~DT相手になんてことを((((;゜Д゜)))) 睡姦→妊娠からの押しかけ女房…これがヤンデレか。 『異世界救って戻ってきたら恋人のエルフが追いかけてきた』までなら普通のラノベだった…
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