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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~  作者: 藤崎
第二部 異世界帰還者同盟

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57.宿願を叶えるは今

「時は満ち、縁は途絶えず。魂はあるべき場所へ」


 どこか人間離れした雰囲気のアイナリアルさん。

 その空気に飲まれることのない人間が、一人だけいた。


「なんだぁ、テメェ」


 それは、いいところで邪魔をされたヴェインクラル。

 気持ちは分からないが、推測は簡単。


 ヤツにとっては、ごちそうである獲物のはらわたに牙を突き立てようとしたところで邪魔されたのと同じだ。


 野生の獣が、食事を妨げられたらどうなるか。


 そりゃ、怒るに決まっている。


 目をつり上げ、牙をむきだしにし、思わず後ずさりしそうになるほどの大音声で威嚇――したりはしなかった。


 なにかに気付いた?


「……いや、テメェは古エルフか」

「だとしたら?」

「許してやる。最後のパーツにしてな」

「左様ですか」


 義腕の素材にしてやるとすごむヴェインクラルを、アイナリアルさんが風に吹かれる柳のようにやり過ごした。


 まるで、関心などないと言わんばかり。


(どういうことだと思う?)

(私たちには分からない背景があるとしか……)

(なにが起こっても対処できるよう、集中を切らさないことね)

(さすがカイラさん)


 戦闘のプロだ。最終回で衝撃的なデビューを飾りそう。


「ここから、おもしろいところです」

「それは、しゅかんのもんだいなのでは」

「われわれには、おもしろいのです」


 いつの間にか現れた地の精霊たちが、アイナリアルさんの周囲を飛び回る。

 それはまあ、そうだろうなぁ。というか、今まで出てこなかったほうがおかしい。


「ララノアは眠らせてきました。それは、孫だけではありませんが」

「……一体、なにをするつもりです?」


 このエルフの里で動けるのは俺たちだけ。

 なにかをやろうとしているのは確か。なのに、アイナリアルさんは答えない。


「興がそがれたな」


 ヴェインクラルが唐突に声をあげたかと思うと、突然横になった。サガットステージの仏像みたいに。

 盾と化した義腕は、いつの間にか元通り。格好だけ見ると、休日のお父さんだ。


 自由だな、お前!


「最後まで聞いてやるから、さっさと話せババア」

「……いいでしょう」


 内心はともかく、アイナリアルさんなにも言わなかった。

 俺たちとヴェインクラルの中間に立って、手のひらを胸の前で広げる。


 ぷにぷにとした小さな手の間に、本が開くような光が産まれ……。


「これは世界樹の枝です」


 30cmにも満たない木の枝が出現した。

 意外すぎる展開に。そして、うちの庭の世界樹を遙かに超えるオーラに、二の句が継げない。


 ヴェインクラルですら、横臥からあぐらになって話を聞いている。


 どっちにしろ、態度悪いな!


「世界樹の枝ですか?」

「はい。折っておきました」

「折って……?」


 あまりにもあまりな回答に、質問をした本條さんは絶句した。

 理解がまったく追いつかない。


 うちの世界樹を折ったというわけじゃなさそうだけど、一体全体どういうことなんだ……?


「世界樹は、ここには存在しないと聞きましたが……。そんなにありふれているものなのですか?」

「まさか。この目にしたのは一度だけ。一度だけですとも」


 アイナリアルさんの瞳に、昏い炎が宿る。


 一度。

 それはつまり、宅見くんたちが地球へ送り返されたとき……。


「なべて、エルフは聖樹の加護を受け繁栄を謳歌していました。ご存じですか? 現在、古エルフと呼ばれるわたくしたちは、農業なるものを知らなかったのです」

「は? それは、農業は自然破壊だからとかいう?」


 焼き畑だけじゃなく、農地を開墾すること自体が自然破壊なのは間違いない。

 しかし、答えは予想を遙かに超えるものだった。


「作物など、種をまけば勝手に実るものでした。土壌の栄養も害虫も連作の障害も病気も、すべてエルフは気にしたこともないことでした」

「それが、聖樹の加護……」


 さすがにまったく知らないってことはないだろうが、それくらいヌルゲーだったわけだ。そりゃ、崇め奉らないと罰が当たる。


「失われた今でも、聖樹様への感謝を忘れてはいません」

「それでは、アイナリアルさん。世界樹は別ということなのですか?」

「いえ、世界樹は聖樹の御子のような存在。敬愛する気持ちは同じです」


 分からない。

 アイナリアルさんの意図はどこにあるのか。

 この話は、どこに行き着くのか。


「こうでもしないと、わたくしの願いは叶わない」


 そのとき。そのときだけ、アイナリアルさんは苦しそうな表情を浮かべた。

 でも、それは本当に一瞬。

 すぐに、幼くも妖しい美貌へと戻った。


「単純に優先順位の問題なのです」

「なるほどな。分かったぜ」


 オーガが、唐突に割り込んできた。


「協力してやらねえでもねえぞ」

「分かった? 協力? どういうつもりだ?」


 俺を無視して立ち上がったヴェインクラルが、牙をむき出しにして笑う。

 ただし、戦闘本能ではなく好奇心で。


 そういうのは、オーガのポジションじゃねえよな!


「……そのようなものがなくとも、目的は達せられると言ったら?」

「だが、オレの同意があったほうが確実だろう?」

「さて、なんのことでしょう?」

「オレの腕を利用、いや養分にしたいんだろう?」


 韜晦するカイラさんに、ヴェインクラルが切り込んでいく。


 養分?

 なんの……?


 ……もしかして、世界樹の枝のか?


「その代わり、利用料だ。オレも一緒に連れて行け」

「わたくしは、そんなに分かりやすかったでしょうか?」

「さあな。なんとなくだ。まあ、外れたことはねえけどな」


 勝手に進んでいくエルフとオーガの話。

 次に気がついたのは、本條さんだった。


「まさか、そういうことですか」


 それはある意味で、当然かもしれなかった。

 この件に関しては、彼女もまた、当事者なのだから。


「詳しい理屈は分かりませんが……行くつもりなのですね、地球へ」

「……そうだと言ったら、どうされます?」


 否定も肯定もしない。

 それこそが、雄弁に答えを語る。


「最初から、それが目的だった……?」


 時は満ち。

 ――世界樹の枝は育ち、養分であるヴェインクラルの腕もやってきた。


 縁は途絶えず。

 ――宅見くんの依頼で、俺たちがやってきた。


 魂はあるべき場所へ。

 ――地球へ行くと?


「……お止めになりますか?」

「オレは、そっちでも構わねえがな」


 止めたい。

 でも、そうしたらアイナリアルさんまで敵に回る可能性が捨てられない。


 ぶっちゃけ、止められそうにない。


 依頼を果たすという意味でも。

 予知を実現させるという意味でも。


 それでも、看過し得ない問題はある。


「危険があるなら、止めます」

「初めてですが、自信はあります」


 幼い容姿とは反比例する、堂々とした態度。

 だが、焦りはあるのか。


 話を打ち切って、早速始めてしまった。


「世界樹よ、わたくしの宿願を今」


 アイナリアルさんの手のひらに浮かんでいた世界樹の枝。

 それが独りでに飛び、ヴェインクラルの腕へ刺さり……根を広げた。


 ああ、もう。

 最悪、ヴェインクラルと一緒に《セーフティゾーン》へこもってやる。それで、こいつが好き勝手に街で暴れることはないだろ。


「ちっ。遠慮なく吸っていくじゃねえか!」


 木火土金水。

 中高生の一般教養である五行相生を連想する。


 木から火が、火から土が、土から金が、金から水が。そして、水から木が生じる。


 その理論通りに世界樹の枝は養分を吸い上げ、あっという間に育っていった。


 世界樹って、急成長しなきゃいけない掟でもあるの?


「無論、里に害を与えてくれたことを見過ごすわけではありません」

「ケッ、しっかりしてやがるぜ!」

「ミナギくん、今なら……」

「……それは、向こうに行ってからでも同じだから」

「私のわがままで……」


 申し訳なさそうな本條さんの頭に手を伸ばして、撫でる……寸前。

 ララノアから隠すために紋章となって一体化した右手が光り始めた。


 ここで、世界樹が!? いや、当然か。


「これが、みぎてがぼうそうするというやつですか」

「ふういんされたみぎては、ほんとうにあったのです」

「あとは、まがんとじゃがんがめざめるのをまつだけなのです」


 お前ら、俺の右手に世界樹がいるの分かってるだろう!?

 あと、魔眼に関しては魔力を感知する目を持ってる宅見くんの担当だから。


「で、これ、どうすればいいんだよ!?」

「ながれに、みをまかせるです」

「あとは、せかいじゅがよろしくやってくれるはず」

「もししっぱいしても、もんくはうけつけないのです」

「のーくれーむのーりたーんで、おねがいします」

「そこは、もうちょっと安心させてくれていいんじゃない!?」


 頼りにならない地の精霊。

 その代わりに、カイラさんと本條さんが俺の手を握る。


「大丈夫……とは言えませんが、絶対に離れたりはしません」

「一緒なら、どうとでもなるわ」

「……ああ、そうだな」

「あの精霊どもよりもエクスが役に立つのは、確定的に明らかですね」


 エクスはぶれないなぁ。


「ハンッ、随分といい雰囲気じゃねえか」


 うるせえな!


 という俺の感情に従ったわけじゃないだろうが、右手からの光がさらに強くなる。


 もう、止まらない。

 止められない。


「わたくしを約束の地へ」


 最後に、アイナリアルさんの声を聞いて。

 俺たちは、光に飲まれた。

わーい、ヤンデレ。藤崎、ヤンデレ大好きー!

(そこまでじゃないですが)

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― 新着の感想 ―
[一言] ヤンデレって相手を奪い尽くす方に振り切れてるのと相手に与え尽くす方に振り切れてるのといると思いますが、アイナリアルさんははたしてどちらか。 あるいは両方同時ということもありますか。 ところで…
[一言] それぞれで意味が違ってくる日本語の妙 アイナリアル「来ちゃった」 ヴェインクラル「来ちゃった」 ミナギくん「来ちゃった」 宅見くん「来ちゃった」
[一言] あ、宅見くんに電話するんで地球行ったらその場で待機ね? と茶化すくらいの余裕がないとやっていられないw
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