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56.泥堕落乱舞

所用のため、いつもの時間より早めに更新です。

次回はいつも通り20時の予定です。

「さてと」


 ヴェインクラルは、もう、エルフたちを見ていない。無視というより、存在を認知していなかった。路傍の石でも、もう少し気にするだろう。


 本條さんはおろか、カイラさんすら同列。


 ヴェインクラルは、ただ、俺だけを見ていた。


「これから、どうするかな」

「どうする? 俺を無視して行くつもりかよ」


 通すはずがないだろうという意味を込めて、ヴェインクラルをにらみつけた。

 ヤツは、心の底から嬉しそうに笑う。《渦動の障壁》越しだが、重圧が減っている気がしない。脊椎と氷柱を交換してしまったような怖気を感じる。


 相手なんかしたくない。


 それでも、この先にはアイナリアルさんやララノアがいるんだ。


 宅見くんのためにも、絶対に引けない。下がれるはずがない。


「いい顔だ。殺り甲斐があるぜ」

「ほめられてもうれしくねえな」

「違いねえ」


 ヴェインクラルが、カカッと笑う。

 さわやかな。実に頼りがいのある笑顔だった――味方なら。


「今すぐ食らうか、万全にしてから戦るか。どっちが楽しめるかと思ってよ」

「なら、行けよ。義手が完全じゃないと、俺たちには勝てないだろ?」


 安い挑発。


「オレのことを良く理解してやがる!」

「嬉しくねえよ!」


 喜色満面。

 本当に心の底から嬉しそうに、オーガの巨躯が突っ込んできた。

 見上げるような巨体が、風を切ってさらにでっかくなっていく。


 ホラー? いや、それ以上に身の危険が大きい。このままだと、結果はスプラッタだ。


 暴走するトラックのように突進してくるヴェインクラルを、他人事のように見つめる。


 怖い。逃げ出したい。


 ――とは思わない。


「私が止めます!」


 俺の横にいた本條さんが、趣味の悪い魔道書を片手にきゅっと唇を結ぶ。

 そこから紡がれる呪文は、俺の知らないものだった。


「地を八単位、闇を四単位。加えて、水を二単位。理によって配合し、重力を喚起・解放す――かくあれかし」


 ヴェインクラルの巨体が、突如、黒に包まれた。

 瘴気と言われたら納得するだろう、不吉な靄。


 それでヴェインクラルの動きが止まった。止められた。


「ほう、こいつは……」


 重力操作! 重力操作じゃないか!

 いつの間に、こんな男の子の琴線に触れる魔法を取得してたんだ。


「本條さん、すごいカッコイイ」

「か、格好いいですか?」


 しまった。テレパシーで伝えるつもりが、普通に声に出していた。

 でも、重力操作だから仕方がない。これなら、東京のアンダーグランドでもやっていけるし。


「はしゃぐだけのことはあるか。だが、この程度でオレを止められると思うなよ」

「思っているわよ」


 この隙を見逃すカイラさんではなかった。

 あのあとカイラさんに声をかけた記憶はないけど、きらきらしていた。背後から、マフラーも含めた三つの刃がヴェインクラルに迫る。


 正々堂々とした不意打ち。


 それに合わせて、黒い靄が霧消した。

 だが、ヴェインクラルが動けるほどの余裕はない。


 今度こそ、必殺の間合い。


 足と胴体と首と。

 光の刃が深々とオーガを切り裂いていった。


 首こそ落ちなかったが、確実に重傷。そうだ。まったく戦い慣れていない状況でも痛み分けに持ち込めたんだ。

 あのときより全然パワーアップしてるし、本條さんだっている。


 負ける要素なんて、ひとつもない。


 それなのに。


「今度は、どんな(まじな)い見せてくれるんだ?」


 ヤツは負傷など関係ないとばかりに跳躍。

 傷だらけの血みどろのまま、俺の前に着地した。


 バケモノめっ。


「いや、オレから見せるとするか。《泥堕落(デイダラ)》」


 そして、新たに生やした義腕をハンマー状に変える。

 巨大で。まるで、雷神の槌(ミョルニル)のよう。


 そんなことまでできるのかよ!?


 俺の驚愕に気をよくして。無造作に。それでいて渾身の力を込めて振り下ろした。


 まさに、痛恨の一撃、


 でも、大丈夫だ。


「《踊る水》」


 腕だろうがハンマーだろうが、水は水。

 なら、俺に操作できないはずがない。軽く軌道を反らしてやれば、それで……。


「秋也さん、避けてください!」

「ミナギくん、耐えて!」


 それなのに、ヴェインクラルのハンマーアームは微動だにしない。

 弾かれた!? いつもみたいに、水が思い通りにならない。


 水じゃない? まさか、そんな……。


「オーナー! 重量オーバーです」

「はあ?」


 強化なしで、200kgまでの水を操れるんだぞ。

 それより重たいって……。


「まあ、そういうこった」


 牙をむき出しにして、ヴェインクラルが笑う。

 直後。


「あっ、ああああああっっっっ!?」


 がつんと、頭を思いっきりぶつけたような衝撃。思わず、舌を噛みそうになる。

 それでも、怪我はない。ダメージはない。


 ただ、《渦動の障壁》が一発で砕け散っただけで。


 なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。


 粉々になった《渦動の障壁》の向こう。

 嗜虐的な笑みを浮かべるヴェインクラルがいた。


 離れろ、離れろ、離れろ。

 逃げろ、逃げろ、逃げろ。


 理性と感情がわめき声をあげた。


 ――そのとき。


「秋也さん!」

「ミナギくん、落ち着いて!」


 すっと、頭が冷えた。

 ああ、二人がいてくれて良かった。一人じゃなくて、本当に良かった。


 エンハンスポーションで上昇した身体能力を借りて距離を取りつつ、エクスにオーダー。


「もう一回《渦動の障壁》!」

受諾(アクセプト)!」


 再び、緩やかに水が流れる球体に包まれた。


 今の俺は、タンクだ。

 敵のヘイトを集めて、攻撃に耐える防衛役(ディフェンダー)だ。


 テレパシーで、そう作戦を伝える。


(俺がヴェインクラルの攻撃を引きつける。あとはみんなが頼りだ)

(秋也さん!?)

(……ミナギくん、勝算があるのね?)

(人はいつか死ぬ。けど、ヤツ相手は絶対にごめんだ)


 さすがに勝算の無い戦いはしないってことはないが、死ぬ気はさらさらない。

 そして、この状況・この相手なら俺の生存は勝利に直結する。


(この想いに懸けて果たすわ)

(今度は私がやり遂げる番です)

(頼んだ)


 これで役割分担は完了。

 攻撃? 二人に任せればいい。


「割り切ったか。そうでなくっちゃ、長生きはできねえ」

「オーガが寿命とか気にすんのかよ」

「当たり前だろ。長く生きりゃ、その分、長く戦場に立てる」

「この戦闘民族! 鎌倉武士!」

「ほめても、血しか出ねえぞ」


 嬉しそうにするヴェインクラル。

 気持ち悪ぃな! ヴェインクラルのデレなんて、何周回っても需要ゼロだぞ!


「まあ、いい。その割り切り、いつまで持つか試してみるか」


 義腕をハンマーにしたまま、大股で近づいてくるヴェインクラル。

 別に、俺へプレッシャーを掛けようってわけじゃない。それがヤツの自然体。最も力を出せる状態。


 しかし、的と同義でもある。


「火を二単位、天を四単位。加えて、風を二単位。理によって配合し、光を励起・収束す――かくあれかし」


 ゴブリンを屠ったレーザーがヴェインクラルへ飛ぶ。威力は低い。だが、その分、狙いは付けやすいのだろう。


 狙いは目。すべての生物にとっての急所。クリティカル表で出したらダメージ三倍だ。


「化われ、《泥堕落(デイダラ)》」


 本條さんを一顧だにせず。

 歩みも止めず。


 レーザーが目を射抜く瞬間――ハンマーで防がれた。


「違う、盾だ!」


 ハンマーが盾になった!?


 ゲル状の水のような泥のようなにごった盾が、レーザーを吸収する。痛痒を感じた様子もなく、ヴェインクラルは進んでいく。


 お前、防御とか考える脳みそあったのかよ!


「防御できるようになったのね? 少しは進化したではない」

「オレ専用にチューニングしてるらしくてな。死なれたら困るんだとよ!」


 またしても、どこからともなく現れたカイラさんがカラドゥアスを振るった。

 両手の二本で盾を抑え、マフラー――ギルシリスを伸ばして直接首を狙う。


「甘ぇ!」


 しかし、盾……というか、腕? とにかく、ゲル状の義腕が伸びてすべて防ぎきられてしまった。

 切り裂きはしたものの、破壊には至らない。


 ちっ。

 水はレーザー……水と相性が悪い。


 ここまで見越して、あんな腕を作った? いや、ヤツはカラドゥアスも本條さんも知らないはず。

 じゃあ、偶然? 相性が悪いってレベルじゃねえぞ。


 でも、なにもできないわけじゃあない……はずだ。


「エクス、真祖殺しの特典で魅了の力を取得したい」

「……受諾(アクセプト)


 一拍遅れて。でも、異論は述べず。


「《魅了(アボレス)》、取得完了です」


「オーナー! 目を合わせるか、名前を呼んで命令を下してください」

「分かった」


 薄い光に包まれ、直後細かい粒子となって消え去った。


 なんで、魅了の力を最初にヴェインクラルへ使わなくちゃならないんだ!

 どうせなら、素直になれない幼なじみカップルを両思いにするために使いたかったのに!


 そんな八つ当たりも込めて、オーガをにらみつける。


 簡単な。簡単すぎる条件。

 けれど、それが正しいことは直感で理解していた。


「ヴェインクラル、止まれ(・・・)


 魅了――つまり、操作。

 即ち、支配。


「クハハッ。次から次に」


 決して止まることのなかったヴェインクラルが、止まった。


 こっちの思い通りになるわけじゃない。

 でも、ヴェインクラルがヴェインクラルの思い通りにならなければ、それで充分。


 こっから、フルボッコにしてやるぜ!


「だが、足が動かないだけだ。まだ終わってねえぞ?」

「死ぬまで殴れば死ぬだろ?」


 今まで何度も取り逃がしてきたからな。それで充分だ。


「決着をつけてやるよ」


 殺したら予知が間違ったことになる?

 あれは、ヴェインクラルの弟だったんだ。間違いない。


 だから、今ここで。殺してしまっても、問題は、ない。


「オーナー! エルフの長老が」

「は? アイナリアルさんが!?」

「こちらへ近づいてきます」


 間が悪すぎる!


 協力してくれるのか? 

 怪我でもされたら、宅見くんに顔向けができないぞ?


 戸惑いを余所に、ゆったりと。

 それでいて邪魔のできないオーラと一緒に、小さなエルフが割り込んできた。


「時は満ち、縁は途絶えず。魂はあるべき場所へ」


 すべてを理解している。

 そう言わんばかりにアイナリアルさんは、微笑んだ。


 ぞっとするほど透明な笑顔で。

【泥堕落】

価格:非売品

等級:伝説級

種別:武器(様々)/その他のマジックアイテム

効果:様々なモンスターの素材や魔力水晶を元に作られた邪工の傑作。

   同期(シンクロ)した者の四肢ひとつと置き換える(補う)。

   《千変万化》:四肢ひとつを任意の武器に変更する。

         その攻撃に有利(2)を与え、ダメージを一段階上昇させる。

         盾の場合は回避に有利(2)と光属性へのダメージリダクション75%を与える。

   《無限生命》:再生50%を与える(常時)。

   《????》:????

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― 新着の感想 ―
[良い点] 東京のアンダーグラウンドの重力使いなつかしいですね・・・ 重力と言われるとどこかの大魔道士かなって一瞬思いましたが
[一言] 魂はあるべき場所へ、とか言われたらあっちに送還されそう。やはり予知は…。
[一言] 東京のアンダーグランドだと水使いはライバルポジですな。 つまりミナギ君のライバルは風邪、じゃなくて風使いですか。 ヴィンクラル?要らない子ですね。
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