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52.アイナリアル(前)

「ここが、エルフの……」


 本條さんが、感動の面持ちで周囲の緑を見回す。

 それは、たぶん俺も同じだろう。


 お上りさん? 言いたければ言えばいい。


 なにしろ、正真正銘。本物のエルフの里が広がっているんだから。


「ひとつひとつは普通なんだけど、全部が合わさると圧倒的というか」

「……はい」


 言葉少なに、本條さんがうなずいた。

 頬は上気し、吐息も熱い。風邪をひいているかのようだが、違う。

 目の前の光景に熱中しているのだ。子供みたいに。


 中心にある湖は、深く透明で思わず吸い込まれそう。

 そこから発生した靄が周囲の木々を覆い隠し、陽光と相まって幻想的な風景を生み出している。

 その木々の洞や樹上には、エルフたちの住居があるようだ。それがもう、イメージ通りでさ。


 そしてなにより、まとっている空気が違う。

 今いるのは幻想の中。それを、五感すべてで感じていた。


 森と生き、森と死す。エルフたちの生き様を体現したかのような集落。


 そうか。

 TRPGで、ボードゲームで、コンシューマのゲームで、MMOで。俺たちは、ここにいたのか……。


「いやぁ、これは圧巻ですね」

「エクスもそう思う?」

「はい。これは実に映える(・・・)光景ですよ」


 若干斜に構えている面もあるが、これもエクス流といったところか。

 たぶん、めっちゃカメラを回していることだろう。


「ところで、オーナー。()えると聞くと、バエルを思い出したりしません?」


 それ以上いけない。

 アグニカカイエルの魂も二期もなかった。いいね?


勇者(アインヘリアル)の人には、こういうのがいいんですねぇ」

「そりゃ、ララノアは見慣れてるだろうけども。俺たちにとっては、感動的だよ」

「見慣れてるというか、生まれてこの方ずっとこれですよぅ?」


 里の入り口で立ち止まる俺と本條さんに、ララノアが唇を尖らせる。


 相変わらずのあざと可愛さで和む。


「代わり映えしなさすぎて、もうヒマでヒマで。貧すれば鈍すとは、このことですよぅ」

「変わらない良さってのもあると思うけどなぁ」


 たまに実家に帰ったら、近所の床屋がなくなったり、いつの間にか同級生の家がなくなってたり。

 そういう寂寥感を憶えたことはないんだろう。


 この場合、どっちがいいとも言えないか……。


 それに、ララノアはこの場所に住み続けることになるわけだし。


「いっつも同じ物ばっかり食べてるから駄目なんですぅ。日々の生活にマヨネーズを!」

「マヨネーズだけかよ」


 高カロリーエルフは、各方面から抗議が飛んでくるぞ。


「むしろ、誇るべきよ」


 一人ヒートアップするララノアに、カイラさんが俺たちのことを擁護する。


「こちらの里に来たときは、ここまで感動していなかったもの」


 違った。擁護じゃなくて拗ねてらっしゃるーーーーー。


「いやいやいやいや。めっちゃ感動してたから」

「私の場合は、危機的状況からいきなり飛んできたことで感動は二の次だったといいますか……」


 滝の裏に集落とか、めっちゃポイント高いじゃん?


 ちゃんと感動はしていたんだ。

 ただこう、いきなり子供たちに囲まれてシュークリームを配るはめになっただけで……。


「別に、不満というわけではないのよ?」

「ええと……」


 確かに、不満というわけではないのだろう。

 ただ、ちょっと気にくわないというか、尻尾と耳が垂れ下がっているだけで……。


 これは放置できない。


「どうしましょう、秋也さん」

「どうしよう、エクス」

「ふふふ。オーナーから頼られると自己肯定感が満たされますね」


 本條さん→俺とラグビーのようにつながったパスを受け、エクスが穏やかに微笑む。

 オーナーのなにもかも、エクスが管理したいとか言い出されたらどうしよう。


「いいですか? オーナーや綾乃ちゃんにとって、このエルフの里は宗教でいう聖地巡礼のようなもの。ありがたがって当然なのです」

「そう。エルフは、英雄界で人気なのね……」


 カイラさんの耳と尻尾が、さらに垂れ下がる。

 エクス、ここからどう逆転するつもりなんだ?


 それでもエクスなら。エクスならきっとなんとかしてくれる……!!


「一方、今や月影の里はオーナーたちにとっては自宅のようなもの。いわば、安らぎの家。この意味が分かりますね?」

「比べること自体が、間違っているということ……?」


 カイラさんが納得してくれた!?

 そのうち、転移で戻ってきたらやっぱり我が家が一番ねとか言い出しかねないレベルで。


 今は乗るしかない。このビッグウェーブに。


「そうそう、エクスの言う通り」

「そうですね。住むなら断然、月影の里です」

「別にいいですけど、それ、エルフの集落の真ん中で言うことですかぁ?」


 ララノアが唇を突き出して不満そうにする。

 しまった。あちらを立てればこちらが立たず。人は支え合うんじゃなかったの?


「とりあえず、立ち話もなんだな。俺たちはどこで待機してればいい?」

「はい? 大した荷物もなさそうですから、おばあちゃんに会いに行きますけどぉ?」

「いきなり会えるの?」


 てっきり、寿司処あやので心を開いた後にお話なんだと思ってた。


「うちのおばあちゃんを、なんだと思っているんですかぁ?」

「エルフの偉い人」

「他の種族には、きつめに接しているのかと……」

「そういう面もなきにしもあらずですが、大丈夫ですぅ!」

「期待はせず、警戒していきましょう」


 カイラさんがまとめ、ララノアの先導で村の奥へ。


 霧が煙るエルフの集落を十分ほど進むと、一際高い木に出くわした。

 いや。高いだけではなく、太さも相当なものだ。


「神社にある御神木とは、スケールが一回りも二回りも違います……」

「もしかして、世界樹……?」

「まさか、ですぅ。どこのエルフの里にも世界樹なんてないですよぅ。極めて稀に株分けがあるらしいですけど」


 そんなSSR星5世界樹が、うちの庭には生えてるんだよなぁ。


 気付かれなくて良かった。


 でも、手の中に引っ込むことはなくない?


「さあ、おにーさんたち。着いてきてください」

「私の出番ね」


 ララノアが、エルフらしく簡単に枝へと飛び乗った。

 その後を追って、カイラさんも跳ぶ。ダンバインぐらい。


 俺と本條さんを肩に背負って。


 あ、問答無用ですか。そうですか。


「本條さん……」

「秋也さん……」


 本條さんの魔法で、どうにかできた。

 でも、やめておこう。俺たちは、空気を読める日本人だから。


 テレパシーリンクポーションを使わず通じ合った俺たちは、カイラさんに運ばれ木を登っていく。


 めちゃくちゃスリルのあるアトラクションだが、不思議と命の危険は感じない。


 さすがに、景色を楽しむ余裕もないけれど。


 ドナドナされること数分。


 靄を抜け、広い木の虚にたどり着いた。


「おばあちゃん、勇者(アインヘリアル)を連れて来たですよ。今日こそ、うなずいてもらいますよ!」


 魔法の明かりで照らされた、木の洞窟。

 学校の教室を一回り小さくした感じだろうか? 装飾品はほとんどなく、床に敷物がある程度。


 だが、簡素というわけではない。むしろ、エルフらしさが感じられる。


 その一番奥。

 カーテンで仕切られたスペースに、人の気配があった。


「このような形でお目にかかることを、お赦しくださいませ。容色衰えたところ見せては、威厳が保てず支障をきたす場面もあるものでして」

「お気になさらず」


 シルエットしか見えない相手に、俺は普通に答えを返していた。


 偉い人って御簾の向こうにいるもんだよね?

 うん。なんの問題もないな。


「新たな勇者(アインヘリアル)様におかれましては、早くもご活躍だとか」

「いえ、そんな大したことは」


 謙遜だけでなく、本当に恐縮していた。


 声は……若いと言うよりは、ちょっと幼い?

 だけど、威厳もあった。

 宅見くんが言っていたツンデレっぽさは、微塵も感じられない。


 この数百年で成長したのか、それとも、まったくの別人なのか。


 本人を前にして、自信とか前提が崩れていく気がする。


 嘘をつくような人かなぁ?


「とんでもありません。水の精霊殿が蘇ったのは、精霊から聞き及んでおりますもの」

「ここにもいるんですか、精霊……」

「ええ。おりますとも」


 水の精霊、めっちゃハイテンションだったもんな。

 あのテンションで、他の精霊に復活のお知らせをしに行っても不思議じゃないか。


「それで、勇者(アインヘリアル)様が、このような場所になぜ?」

「それはもちろん、ワショク復活の――」

「――ララノア」

「……おにーさん、ばっちり説明してあげてくださいよぅ?」


 お祖母さんの前で三下っぽくなったララノア。

 すがりついてくるボクっ娘ギャルエルフをカイラさんへと回しつつ、俺は目的を見つめ直す。


 交易を認めてもらう?

 宅見くんとの関係を問い質す?


 それもあるが、本質じゃない。


 俺たちが要求するのはひとつ。


「真実を」

「真実とは、人の数だけ存在するのではありませんか?」

「だとしても、数多ある真実のひとつにすらたどり着けていませんから」


 カーテンの向こうから、答えはない。

 俺は急かさず、じっと待つ。


「その対価に、なにを支払ってもらえるのでしょうか?」

「想い出を」

「それは……なにものにも変えられないものでしょうね」


 承諾の言葉。

 次の関門もクリアできた。


「はい。私がお寿司を握らせていただきます」


 本條さんが腕まくりして答えた。


「おばあちゃんもきっと気に入るはずです!」


 散々味見をしたララノアも、太鼓判だ。


「オスシですか……。なるほど……」


 カーテンの向こうから、微笑む気配がした。


「承りました。では、夕餉に」


 了承は得た。

 いろいろな人の期待を背負った勝負が始まる。


 寿司対決が……ッッ。


 いや、対決はしないけど。


 寿司で、本当に良かったんだろうか……?


 他に選択肢はなかったし準備も終わってるけど、ファンタジーとしてさ。

明日別作品の番外編を更新する関係で、申し訳ありませんがこちらの更新を一回スキップさせていただきます。

次回は、12/04(水)の更新です。


もし未読でしたら、↓の『刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ』を読破したりすると、次回がもっと楽しくなるんじゃないかな? かな?


・刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ

https://ncode.syosetu.com/n7933ex/

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― 新着の感想 ―
[一言] ちらし寿司の可能性。
[一言] エルフの森は現在住みにくそう…まあかつての王宮が住みやすかったわけでもなさそうですけど(逃げたしw) まあ月影の里は甘味様受け入れられすぎという説もありますw 次回、グルメ漫画(味○子、美…
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