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51.今度こそ、エルフの里へ

「今度は、一瞬で戻ってくるんやないんやな。不便やな」

「一瞬で戻ってくるのがおかしいんだよなぁ」


 いろいろあって、一週間後。

 リディアさんを一人屋敷に残し、エルフの里へ出発する日が訪れた。


 食材諸々は《ホールディングバッグ》に収納。テレパシーリンクポーションも飲み準備は万端。


 肝心の本條さんの寿司修行も、とりあえず終了。

 どこへ出しても恥ずかしくない異世界前にぎり寿司が完成した。


 と、一言で言ったが、紆余曲折はいろいろあった。


 安定しない釜炊きのご飯。

 寿司酢の配合。

 ネタごとに追及したシャリの量。

 そして、ネックレスにした勇者の指輪(アインヘリアルリング)


 最後、お寿司と関係ないのが混ざっていたような気がするが、ある意味これが一番重要だった。


 魔法やきらきらでのブーストを受け入れて寿司を握る。

 邪道もここに極まれりいった感じだが、これこそ短時間で修行が完成した要因と言えるかもしれない。


 すごいね、異世界。


 本條さんが修行に明け暮れる一方、俺たちも動いてはいた。


 ララノアとリディアさんがワサビを採取してきたり。

 エルフの里近辺にもファーストーンを設置したり。

 ワサビ巻きを食べさせたり。

 一緒に市場へ行って品定めしたり。

 自分で漁に出たら、バカでかいホタテもどきが獲れたり。

 報酬代わりの魔力水晶を大量に受け取ったり。


 本條さんほどではないが、やることはやった。


 ファーストーンは贅沢な使い方だけど、《ホールディングバッグ》に入れてたら腐らなくなるってわけじゃないから仕方がない。

 ネタを凍らせてもいいけど、味は落ちてしまうからね。


「この家から成功を祈っとるで」

「うん。家にいてくれるだけで安心する」

「自宅警備員の面目躍如や」


 一緒に来ても、トラブルが増えるだけな気がするし……。


「それにしても……。この家から遠出するとき、玄関から出て行った試しがありませんね」

「さ、最初に超巨大半魚人(ダゴン)に出会ったときは、普通に出かけたし」


 つまり、それ以外は《ホームアプリ》かファーストーンである。


「……里へ行くのに、なんでお風呂ですぅ? はっ!? おにーさん、さては……」

「俺にも選ぶ権利はあるんじゃないかなぁ」

「なんでボクが悪いみたいになってるですぅ?」


 華麗にスルー。


「ファーストーンで、エルフの交易所だったっけ? そこまで飛ぶから」

「はぁ? そんなわけ……」

「それじゃ、行ってきます」

「お土産は……別にいらんなぁ」


 世界樹関連が庭で手に入るからね。仕方ないね。


 というわけで、リディアさんに見送られ、ファーストーンでエルフの交易所近くの水場へファストトラベル。


「は? は? は?」


 転移初体験らしいララノアが、水の冷たさも忘れて周囲を見回す。

 まあ、家のお風呂から自然溢れる森の水場に転移したら、そりゃ、そうなるよ。


「……はぁ。もう、おにーさんたちには、なにを言っても無駄ですぅ」

「うんうん。人間、あきらめが肝心だぞ」


 ララノアが納得したところで、エルフの出島的な場所へ行こうとした……が。

 向かったのは別の場所。


「方向が違わない?」

「あれは外向けの場所ですから。バカ正直に行く必要はないんですよ、おにーさん?」

「渉外担当なら、あそこが職場なんじゃないのか?」

「そんな昔のことは忘れたですぅ」


 おいこら、エルフ。


 とはいえ、道案内は任せるしかない。二度目以降は、《オートマッピング》に記録されるんだろうから独力でいけるはずだが……。


「こりゃ、エクスナビがあってもたどり着けるかどうか」

「本当ですね。緑が濃いといいますか……」


 エルフの森は、いかにもエルフの森って感じで。

 トートロジーだが、他に表現のしようもなかった。


 本條さんの別荘の森とも違う。より自然に近く、生命力に溢れている。涼しく、木漏れ日も気持ちいい。


 さすがエルフだ。ちゃんと森を管理しているらしい。


 それでいて、方向感覚が狂うとまではいかないが、森に飲み込まれるかのような感覚もある。


 俺たちは感心しきり。


「確かに、一流どころでないと迷うわね」


 カイラさんも認める厄介さ。

 元気というか、意気軒昂なのはララノアだけ。


「里に乗り込んだら、おばあちゃんに直談判しますよぅ?」

「大人の説得はいいのか?」

「将を射んと欲すれば、まっすぐに狙撃すべしですぅ」

「さすがエルフ」


 馬に優しい。


 そんな作戦会議とも言えない話し合いをしつつ、進むことしばし。


 獣に出会うことなく、順調な行程……だったが。


「オーナー、どうやら囲まれているようです」


 エクスの警告に、足を止めた。


 その瞬間。


 俺の目の前……といっても、1メートル以上離れた場所に、なにかが突き刺さった。


 ――矢だ。


 エルフ流の歓迎。


 俺が顔を上げて頭上を見るのと、背後から漆黒の光――カラドゥアスが飛んでいくのは同時だった。


「なにをする!?」

「警告よ」


 短剣が、矢が放たれた場所。葉っぱに隠された枝に突き刺さると、人が乗れるぐらい大きなそれが切り落とされた。


 カイラさんは何事もなかったかのように戻ってきたカラドゥアスをキャッチし、大きな枝から弓を手にしたエルフが落下していく。


 あぶなっ。


「《泥沼の園》」


 咄嗟に、地面を泥にするマクロを使用。

 その泥めがけ、エルフが落下した。


 泥が飛び散るが、どうやら無傷。

 受け身は取れなかったようだが、地面が柔らなくなったお陰でなんともないようだ。


 ……めちゃくちゃ汚れている以外は。


「綺麗にするから、じっとしていて」

「は? なにを?」

「《泉の女神》、《覆水を返す》、《踊る水》」


 マクロで水を作り、浄化し、脱水。うん。綺麗になった。


「……手間をかけた」


 綺麗になったエルフの人は毒気を抜かれたような表情で軽く頭を下げると、樹上へと戻っていった。


 これがツンデレエルフならフラグが立ったのかもしれないが、相手は男なんだよなぁ。だからこそ、遠慮なく水をぶっかけられたというのはあるけど。


「臆病な犬は、よく吼えるな」

「言葉もなしに矢を放つ蛮族は言うことが違うわね」


 姿の見えないエルフの人が、息を飲む気配がした。


(カイラさん、助かった。けど、落ち着いて)

(そうです。カイラさんが手を出していなかったら私がやっていたところですが、落ち着きましょう)


 本條さんが落ち着いてないよ!?

 うちの女性陣がガチ過ぎる……。


 テレパシーで良かった!


(大丈夫。私は冷静だわ)


 感情までは伝わらないのは、テレパシーの弱点だよなぁ。

 でも、またきらきらがついたし。話はちゃんと聞こえているはず。


「無様を晒す前に、こちらの話を聞きなさい」

「そうですぅ。シロアリに食われた頭でも、頑張れば話ぐらいできるはずですぅ」


 頭スカスカってことかな?

 脳筋どころじゃないってことか……。いや、Wスカディは相当脳筋だけど。


「ララノア、どういうつもりだ?」

「どうもこうもないです。これが、ボクたちの選択ですぅ」

「外の風習を取り入れることが、里のためになるとは思えぬな」


 真剣なやりとり。

 でも、これエルフに日本の食材を卸売りするかどうかなんだよな。


 そりゃ、食文化は大切だけど……。


「食べ物の恨みは恐ろしいっていうしな」


 うん。そういうことなんだろう。きっと。そうに違いない。


「外もなにも、元々はボクたちエルフの文化の一部だったはずですよ」

「それを復活させねばならぬ理由もない」

「目の前に獲物がいるのに、矢を撃たない。それは矜持ではなく、ただの愚か者ですぅ」


 俺たちはララノアに任せ、後ろに下がって成り行きを見守る。


(目の前に獲物がいるのに、矢を撃たない……。武士は食わねど高楊枝のような意味でしょうか?)

(誇りと実利と……難しいところだな)

(どうせ食べるのであれば、美味しいほうがいいにきまっているのではない?)


 ニンジャは分かりやすくていいな!


「長老が不要と言ったのだ。大人しく従えば良い」

「だめとは言っていないですぅ」

「へりくつを抜かすな。ならぬものはならぬのだ」

「というか、おばあちゃんが逆のことを言ってたら、そっくりそのまま逆の立場になっていたですよねぇ?」

「……所詮は仮定の話だ。論ずるに値せん」


 あー、これは……。


(図星でしたね)

(図星ね)

(相手のエルフの人、よく頑張ったと思うよ?)


 なんだか、アイナリアルさんの手のひらの上で争ってるなぁ。

 これがマンガやアニメなら、争わせている間にアイナリアルさんが密かに目的を達成してるパターン。


「ぐぎぎぎぎ……。これだから、戦後世代はガンなんですよ」

「苦労を知らぬお前たち余裕の世代とは違うのだ」


 エルフにも世代間対立が……。

 話には聞いてたけど、目の前で繰り広げられると苦笑いしか出ない。


 ところで、戦後って邪神戦役後ってことだよね? あれ、何百年か前のことだったよな? さすがエルフ……。


「どうあっても、認めないつもりですぅ?」

「我らの暮らしには不要なものだからな」

「停滞は滅亡につながるとなぜ理解できないのですか!」

「華美は退廃につながると、なぜ分からぬ」


 エルフの国……アマルセル=ダエアだっけ? めっちゃ栄えてたけど、邪神の一柱と相討ちになったんだよな。


 今のエルフの中堅世代は、そういった話を上の世代から聞いて育ったわけだ。


(それだけの国力があったから倒せたんだけど、裏から見ると栄えてたから滅んだと言えなくもない……か)

(熟した果実は、落ちるだけですね。なるほど。それで、かたくなに反対しているのですね)


 そういう理屈は分からないでもないけど……。別に、因果関係はないよなぁ?


(問題は、それを信じてしまっていること自体なのですね)


 本條さんのまとめに、内心でうなずく。


 こりゃ、説得は無理っぽくない?


 無惨様に、医者殺すなって言うぐらいの難易度だよ。


「めんどうだから、片付けてしまって構わないわよね。物理的に」

「いやいやいや。駄目だって」

「そうよね。将来のお客様だものね……」


 そうだけど、そうじゃない。

 まあでも、実力行使が防がれたことを喜ぼう。


 しかし、俺は気付いていなかった。


 カイラさんが、テレパシーじゃなくてわざわざ口に出していった意味を。


「エルフたち、話があるわ!」

野を馳せる者(セリアン)か。先ほどの件は、後ほど正式に謝罪をする。だが、よそ者は引っ込んでいてもらおう!」

「あなたたちが負け犬のまま過ごすことを邪魔する気はないから、私たちを通しなさい」


 カイラさあぁぁぁぁぁんっっっ????


 俺は、表情を変えずにいるのが精一杯。本條さんも、全てを知ってしまった猫みたいにカイラさんを見つめている。そりゃそうなるよ。


 でも、ララノアとエクスはドヤ顔していた。今の暴言に、どやぁってする要素あった?


「エクスも、カイラさん止めようぜ」

「まあ最悪、火を放てばいいのではないですか? エルフの里ですし」

「忘れてるかもしれないけど、俺、《水行師》だからね?」

「つまり、火を着けておいて恩着せがましく消す。これがまさに、マッチポンプですね!」


 やらないから。

 エルフの里だからって、焼けばいいってもんじゃないんだからな。


 このままだと、取り返しの付かないことになる。


 世界樹の件を悟られないよう強気に出てるのは分かってるけど……。


 これはどうにかしないと。


「俺、どうやら勇者(アインヘリアル)ってやつなんだけど、通してくれたりしません?」


 危機感に背中を押され、俺は一歩前に出た。

 厳密には俺じゃなくてエクスがだけど、これくらいなら身分詐称にはならないはず。


「……む。勇者(アインヘリアル)


 なんだかんだと、勇者(アインヘリアル)の名前は無視できないらしい。宅見くんたちには感謝だな。

 まあ、たたき落としたカイラさんと助けた俺とで、グッドコップバッドコップ効果を生んだ可能性もありそうだけど。


「ララノアの協力者ではありますが、それとは別に、長老のアイナリアルさんにも用事があります」

「……長老の客であれば、我々に道をふさぐ権利はない」


 このままではらちが明かない。

 というか、実力行使をされたら負けることが分かっていたのだろう。


「囲んでいたエルフたちが、離れていきます」

「命拾いしたようね」


 それ普通、こっちがピンチのときに使う言葉だよねぇ?


「ふっ、所詮はおばあちゃんの後ろに隠れて吼えるだけの意気地なしですぅ」

「他人への罵倒の言葉は自己紹介って、ほんとだよなぁ」

「おにーさん、どうかしたですぅ?」

「いや、ここからが本番だなと」


 さらりとごまかしたが、発言自体は間違いじゃない。


 寿司を振る舞ってアイナリアルさんのガードを下げた上で、宅見くんとのことをはっきりさせねばならないんだから。


 前途洋々とは行かないが、とりあえず、第一関門は突破した。

 前進したのは確かだ。


「くくくくく。入ってしまえば、こっちのものですぅ。革命の始まりですよぅ」


 なかなか不安な出だしではあるが。

ワサビ探し? 当然、カットです。

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― 新着の感想 ―
[一言] スカスカガトリングは過労戦士のなかでも最強
[一言] 五感やステータスにブーストをかけて無理やり技術を再現するなんちゃてすし職人爆誕であるw 団塊対ゆとり、バブル対ハイパーデフレ、まさかのエルフ世代間闘争であったw ばあちゃん何考えてるんでし…
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