50.アラフォーだって中二病に目覚めたい?
「とりあえず、生で食べられる魚を市場で仕入れてきたから、寿司ネタになりそうなのを見繕おうか」
「その前に、オーナー。それと、二人も外へ」
罰は決まったので早速作業に移ろうとしたところ、エクスが珍しく神妙な顔をして言った。
一体なにが……?
そんなエクスに逆らえるはずもなく、台所から出て行くことになった俺たち。
「そっちの二人は、大人しくしててな」
「ウチに任せとき。このエルフが余計なことしないようにしっかり見張っとるで」
「あ? ずるいですぅ?」
リディアさんの熱い手の平返しが炸裂した。
分断して統治せよ。ンッン~~名言だなこれは。
なお、落ちた寿司はスタッフが美味しく頂きました。
まあ、リディアさんとララノアなんだけど。
「で、一体なんの話?」
台所の扉をぴったりと閉め。念のため、少し離れた場所まで移動。そこでようやく、エクスに話を促した。
「このままだと、修行が終わるまでララノアちゃんを泊めることになると思うのですが」
「まあ、そうだろうな。宿を取れとも言えないし」
部屋も余ってるし、問題はなくない? 女子濃度が高いのは今さらだし。
「で、庭の世界樹(仮)はどうするんです?」
「……あ」
「いろいろあって、忘れていました……」
「彼女が来た直後に、英雄界へ行ってしまったものね」
三人揃って頭を抱えた。
こりゃ、《ホームアプリ》の弊害が露骨に出ちゃったな。
「エクスもエクスで、指摘するのが遅れてしまいましたが……」
「いや、助かった。マジで」
エクス様々だぜ。
このままアクシデント的に世界樹のことがバレたら、大変なことになるところだった。
「エルフに世界樹の存在が露見することになりますね……」
「厄介事の匂いしかしねぇ」
「そうね。オスシどころではなくなるのではない?」
ですよねー。
しかし、どうしよう。
いくらララノアがあんな感じでも、普通の庭木ですと言ってごまかせる気がしない。
「目を潰しましょうか。一時的に」
「バイオレンスが過ぎる」
謎のデザイナーXでも、全力で止めると思うんですが。
「そうね……。短絡過ぎたわ」
「分かってもらえたら、それで」
「エルフなら、なんらかの感覚で分かったりするかもしれないものね」
違う。そうじゃない。
「朝ご飯が出たら、かなり不審を抱かれると思うのですが……」
「そうか。ログインボーナスもあったな」
さすがに、ララノアだけ別に食事とかするとかは無理だよなぁ。そんなことしたら、なにか隠し事してますって選挙カーで言いふらしてるようなもんだし。
準備にどれくらい時間がかかるか分からないけど、隠しきるのは不可能かもしれない。
かといって、正直に話すのも……。
あらやだ、この国詰んでる。
「とりあえず、こうして話していても仕方ありませんね。現場に行ってみますか」
「そうだな。なにか妙案が出るかもしれないし……」
出るかな? 出ないかも知れないな。まあ、ちょっと覚悟はしとけ。
というわけで、屋敷を出て中庭へ。
そこには、御神木として祀られた世界樹が鎮座していた。
サブタイトル風に言うと、世界樹はいつもそこにある。
「改めて見ますと……」
「隠しようがないわね」
「無理か」
どうしようもない存在感。
当たり前だよね。木だもんね。
「ここをいきなり森にしたら、上手いことごまかせないかな」
「《木行師》なら可能かもしれませんが、取得します?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
無茶を言ったので、オヤシロ様ぐらい謝っておく。
仕方がない。正直に話すか。
勇者なら多少の理不尽はまかり通るみたいだし、ララノアにはワイロを送って口をつぐんでもらうしかないか。
「ちょっと朝ご飯とログインボーナスはなしでいいから、縮んだりしないかなぁ」
「秋也さん、それはさすがに……」
「うん。現実逃避はやめよう」
諦めて屋敷――台所へと戻ろうとした、そのとき。
「ふぇ?」
思わず、変な声が出ていた。
「木が光って……」
「ミナギくん、後ろへ」
咄嗟に、きらきらしっぱなしのカイラさんが前に出る。
え? 世界樹まで勇者の祝福が?
そんなあり得ない発想が浮かんだ瞬間。
世界樹の緑色の光が増し……それが、カイラさんを貫通して俺の右手に吸い込まれた。
ホワイ?
いやいやいやいや。
光はいい。どうでもいいけど、これは……。
目の前に広がる光景に呆然としてしまう。
「消えたんだけど……」
「消えましたね……」
「消えたわね……」
「CGとか言われますねえ、これ」
エクスだけ視点が違うけど、言っていることはひとつ。
「世界樹が、消えた……」
あんな立派な木が、無くなってしまった。
一瞬で。
「秋也さん、その右手は……」
「紋章のようね」
光が吸い込まれた先。俺の右手の甲には、見慣れた葉っぱの紋章があった。
前は左手だったけど……え? え?
「状況からして、世界樹がオーナーの願いを叶えたというところでしょうか」
「つまり、世界樹がその紋章の中に収まっているということに……?」
「あり得るわね」
あり得ないよ!
「ラー!」
「え?」
「どうかしたんですか?」
幼女の元気な叫び声が……みんなには聞こえてない? 幻術か。
「体調不良ではなさそうね?」
「うん。それはまったく問題ないけど……」
むしろ、世界樹を収納して問題がないほうが問題のような気がしないでもないが……。
「それよりも、この紋章どうしようか」
「自分の意思では消せないのよね?」
「……やってみるか」
右手の甲に刻まれた紋章に意識を集中し、念じてみる。
――消えろっ!
しかし、なにも起こらなかった。
ちょっと恥ずかしい……。
「無理だな」
「包帯でも巻きましょうか?」
「医薬品と一緒に買っておいたので、出しましょうか」
「それしかないか……」
宅見くんかアイナリアルさんに、こんな機能があったら簡単に運べるのになぁ。
はははははははは。
「エルフにその紋章を見せたら、なんでも言うことを聞きそうね」
印籠かな?
いや、印籠を見せるのが俺ってことは、黄門様は別にいるのでは? エクスか?
とりあえず、カイラさんには毎回入浴シーンがある……と見せかけて、風車投げそう。先行して旅籠を取ってくれそうだし。
「秋也さん手を」
「自分でやるけど……」
「秋也さん」
「……よろしく」
負けたわけではない。
合理的な判断である。
というわけで、本條さんが俺の手を取って包帯を巻いてくれた。
その間、俺はまたしても白衣観音経を唱える。
南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音菩薩南無仏。
「終わりました」
「ありがとう」
うん。お経を唱えてたらあっという間だったな。
しかし……。
「この右手の包帯はちょっとなんとも……」
ダークフレイムマスターかな?
邪王炎殺黒龍波が使えそう。
「いつまでも包帯ではいられないわよね」
「ポーションで怪我が治る世界は、これだから……」
「それなら、秋也さん。指貫グローブみたいなので隠せるのではないですか?」
草薙京かな? へへ燃えたろ?
どっちにしろ、アラフォーにはきつい……。
「おや、内緒話は終わり……おや。おやおやおやおや」
「どうしたですぅ? あれ? おにーさん、怪我ですかぁ?」
「ちゃうで、ララノアはん。勇者特有のアレや、アレ」
「ああ、アレですかぁ」
台所で大人しくしていた二人が、急速にコンセンサスを得た。
……嫌な予感しかしねえ。
「なんで今になってというのは疑問やけど、目覚めたんやな」
「よく聞く勇者仕草ですぅ」
「うん。分かった。だいたい分かった。だから、これ以上言わなくていい」
お願いだから、なにも言わないで。
「さあ、魚の試食だ」
包帯は巻いているが、どうせ庖丁を握っているので関係ない。
……包丁の意味ねえな。
むしろ、問題になるのは本條さんだ。
「お寿司握るときは、指輪を外すんだよね?」
「そうですね。料理の時は外しますが……」
「せっかくのバフがもったいないなって」
「バフですか?」
「ああ、能力補正ね」
カイラさんが俺の言わんとするところを理解した。
それで、本條さんも気付く。
「あ、足の指では……」
「また手に戻すのよね?」
「うう……」
「ネックレスとかイヤリングにしたら、駄目なのかな?」
「今度試してみます!」
「う、うん」
そんなに必死にならなくても……。
でも、バフを乗せて作った料理ってどうなんだろう? ドーピングでコンソメなスープ……とはちょっと違うか。
「じゃあ、オーナー。仕入れたお魚を出していきますよ」
「よろしく」
調理台の上に出現した、色とりどりの魚たち。
……ほんとに、色とりどりなんだよなぁ。
「まずは、この青っぽい魚からいこう」
同様に《ホールディングバッグ》から出してもらった【ディスポーザー】。
鱗を取り、皮を剥ぎ、三枚に下ろして柵を作る。
形はカツオに近いけど、かなり身がねっとりとしていた。
5ミリぐらいの厚さに切り、皿に取ってしょうゆで試食してみる。
「これ、トロっぽいな」
「確かに……でも、ブリのほうが近いかもしれません。厚めに切って、脂の美味しさをアピールするのが良さそうです」
「うん。わさび欲しいな」
あと、白いご飯。
お刺身で白いご飯を食べられない人もいるらしいけど、俺は全然いける派だ。
「で。いつになったら、ウチらに回ってくるん?」
「食べるの?」
こくこくと、カイラさんとララノアがうなずく。
「当たり前やん」
「サシミといえば、ワショクの神髄ですよ」
「せっかくなのだし」
なるほど。生命抵抗力が高いから生でも問題ないのか。
というか、生の血を吸う人も混ざってるわ。
「ほほう、ほほう。これは面白いなぁ」
「生、確かに生ですけどねっとりとした脂の旨味が口いっぱいに広がるですぅ」
「美味しいわね」
なかなか好評だった。意外だ。
「これなら、エルフにお出ししても大丈夫そうですね」
「これは採用だな。次は、このサメっぽいのにするか」
ヴェインクラルの死体が出てきませんようにと念じながら、さばいていく。
適当というか自己流というか。多少無駄にしてもいいやという心意気だ。
しかし、《泉の女神》で水を流しながらやってるけど、内臓すごいな……って。あれ?
「おや? 赤身だ」
「鮫は白身のはずですが……」
まあ、異世界だしそんなこともあるだろう。モモタロウは瞬発力と持久力を兼ね備えた桃筋だし。
さて、味は……。
「サーモンっぽいな」
サメサーモン? ヤツらは、必ず生まれた場所に帰っていく……。
B級映画かな?
「結構いけるな。これも、寿司種にできそうだ」
「サーモンのお寿司ですか……?」
「……あ」
お高い店ではサーモンはないという話を聞いたことがあった。
都市伝説ではなかったのか……。
「回転寿司だと、マヨサーモンなんか人気だよ」
「マヨサーモン! 詳しくは分からないですけど、甘美な響きですねぇ」
そんな具合に魚をさばいていき、次々と見定めていく。
さすがに全部がとはいかなかったが、なかなかの豊作だった。
それもこれも、俺の腕……ではなく道具が良かったから。
優秀だなぁ、ディスポーザー。
包丁として。
モンスターの素材はぎ取り用マジックアイテムが、なぜ……。
俺もどうして、中二病に目覚めた風になっているのか。
どうしてこんなことに……。
マフラーと眼帯が足りなかった。
次回、エルフの里へ出発します。