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49.市場から台所へ

「さすがに、ヴェインクラルのことは相談できないよなぁ」

「下手に人探しの依頼を出したら被害が大きくなるだけだものね」


 目撃証言だけでも……と思ったけど、口に出したら深入りされそうだったので黙ってしまった。

 もうグライトの街を巻き込んでるし、これ以上はさすがに迷惑を掛けられない。


 あいつが、自分を探る人間に気付かないとは思えない。

 そして、気付いた以上、無傷で逃すわけもない。


 そもそも、最後に見たのは超巨大半魚人(ダゴン)に喰われるところでしたなんて、説明できるかよ!


「まあ、今はエルフだな」

「オスシの材料探しね」


 冒険者ギルドを出て市場へと向かいながら、カイラさんがぱたぱたと尻尾を振る。


 寿司に興味あるのかな? 別荘からの帰り道に寄っていけば良かったな。


「オスシを私は食べたことがないのよね。どういった料理なのかしら」

「ああ……。納豆巻きぐらいか」

「あれもオスシなの?」

「ああ、ほら。サンドイッチといっても、種類はいろいろあるじゃん?」


 微妙な表情を浮かべるカイラさんに、慌ててフォロー。

 納豆巻きに罪はないが、あれが代表的なお寿司だと思われても困る。


「そう……なの」


 あれ? なんで残念そう?


「原料を聞いたときは驚いたけれど、あれはあれで悪くなかったわ」

「それは通だね」


 カイラさんが意外と納豆巻きを気に入っていたという、驚くべき事実。

 それに接した俺は、自然と賞賛していた。ブラボーおじさんの如く。


「俺も好きだよ」

「私もよ……って、これ、あとからまた上映されるのではない?」

「しまった」


 迂闊さに思わず立ち止まる。しかし、エクスはなにも答えてくれない……。


「でも、お寿司と聞いて納豆巻きが出てきたら逆に驚くだろうからね。さすがの本條さんでも、納豆は作れないし」


 気を取り直して市場への道を進みながら、簡単にお寿司の説明をしていく。


「まず、一口サイズに酢飯を握る」

「スメシ? 酢をご飯にかけるの?」

「酢と言っても寿司酢だから、砂糖とかも混ざってたはず」

「変わっているのね」


 だよね。俺も、言いながらわざわざなんでこんな変なことするんだろって思ったよ。

 しかも、お酢って米から作るんだろ? それをさらに米に混ぜるって、どんな儀式だよ。


「でも、これが伝統的な製法で、美味しくするには必須なんだ。たぶん」

「今回は、古いエルフが相手だものね。オリジナルに近づけなくてはならないわね」

「そういうこと。まずは、市場で使えそうなのを」

「あ、お酢はありますよ。お砂糖もですね」


 変に空気を読んで引っ込んでいたエクスが、業務連絡だから仕方ないと飛び出てきた。

 ギルドマスター相手はともかく、普段は出てても構わないんだけどな。今さら、二人っきりで進展もなにもないだろう。


 というわけで、エクスも会話に加わった。


「でもって、生の魚の切り身を乗っけて。醤油を付けて食べるわけだ」

「それはエルフの里では再現は難しそうね……」

「問題は、わさびですねぇ」

「わさびかぁ」

「ワサビ? 辛子も使うの?」


 カイラさんは混乱している。

 甘酸っぱくして辛くするとか、わけ分かんないよね!


 ……普段の俺たちは、一体なにを喰わされているんだろう……?


「あんまり用途がないですからねぇ。さすがに、里に卸すことはないだろうと判断してしまいました」

「それはしゃーない」


 刺身か寿司のほかは、そばとかの薬味で使うぐらいだ。それに、買ったとしてもチューブだろうし。


「最悪、自生してるのを探して採取に行くか……?」


 それは妙案のように思えた。相手はエルフだ。わさびなら、天然物のほうがポイント高いはず。

 それに、採取依頼だ。セルフではあるが、採取依頼。


 冒険者なら一度は経験したい採取依頼。ちゃんと根っこから丁寧に取って、ボーナスをもらったりしたい。


「どんな植物かは分からないけど、市場になければ薬師ギルドに聞けば分かりそうね」

「その手があったか」


 専門家だもんね。


 新米冒険者の定番クエストは、始まる前から終わってしまった。


 さすがに、なにがなんでも行きたいとは思わない。


 ぶっちゃけ、俺のわがままだし。偉い人が現場に立つようなもんだからね。

 個人的には満足だろうけど、周りはたまったもんじゃない。


「とりあえず、魚を見ていけばいいかしら」

「そうしよう」


 市場で魚を見るのは、本條さんとデートしたとき以来だな。

 あのとき、なんか告白されたわけで……。


 めちゃくちゃ驚いたというか、あれでいろいろ変わったというか。


 ……うん? 釣り上げられた記憶しかねえな。


「まず、生で食べられる魚を探せばいいのね」

「あぶったり、酢で締めたりしてという技法もあるけど」

「また、お酢……」


 ほんとだよ。どうなってるんだよ。


 などと戦慄を憶えつつ、沖縄の市場のように色鮮やかな魚を見て回る。


 寿司と言えば、マグロ、ブリ、アジ、ヒラメ、イワシ、ホタテ……等々、定番はいくらでもある。


 あるが……。


「あっちと見た目が違いすぎて、どれがどれやら。よくよく考えたら、こっちはカニも金色になってるんだよなぁ」

「手当たり次第に買ってしまえばいいのではない?」


 カイラさんも魚に詳しいわけではないので、飛び出す助言はストロングスタイルだ。


「そいつはうれしいが、なんでもかんでもってのは困るな」


 しかし、さすがに通じない。

 店のおじさんに注意されてしまった。


「ですよね。でも、どんな魚か分からないので……」

「どんな料理に使う予定なんだ?」


 生食です……ってのは、さすがに言いにくい。


 あと、この人にちょっと見憶えがある。《初級鑑定》金貨3,000枚ってなったメチョフという魚も、ここで買ったような……?

 ダメだ。前後のインパクトがすごすぎて記憶が曖昧だ。


「新鮮なのは?」

「どれもこれも、朝上がったばかりだ。どいつもこいつも新鮮に決まってるぜ」

「たとえば、生で食べられるぐらい?」

「生ぁ?」


 ごめんなさい。危険ですよね。でも、フグも食べる民族なんです。猛毒の肝も、理屈は分からないけど無毒化して食べる国民なんです。許して。


「……兄ちゃん」

「あ、あの……」

「分かってるじゃねえか」


 ぱんっとでかい手で肩を叩かれる。

 ホワイ?


「エルチェか? プラか?」


 え? なに? 魚? 料理?


 わけが分からない。


 だが、TRPGプレイヤーのアドリブ力を舐めてもらっちゃ困る。


「りょ、両方かな」

「おお。それなら、この辺がおすすめだぜ」


 と、黄色かったり青かったりする魚を勧められる。

 ええいっ。金ならあるんだ。


「じゃあ、それぞれ一匹ずつもらいます」

「毎度あり!」


 葉っぱみたいなのに包んでもらいながら話した内容を総合すると、エルチェもプラも料理の名前だった。


 エルチェは、魚を角切りにしてたれとか香辛料とか混ぜる料理。

 切り身にレモンみたいな柑橘類をかけてそのまま食べたり、パンに挟んだりするのがプラというらしい。


 港町ならではだ。


「結局、手当たり次第になったのではない?」

「過程も大事だからね」

「エクスとしては、前回のような掘り出し物がなかったのが不満です」

「そんなん、毎回あってたまるか」


 お寿司に使えるか、確認したいだけなんだよ?


「なるほど。鮫を買ったら、中にヴェインクラルがいるなんてことも……」

「あり得たかもしれないですねぇ」

「ねえよ」


 あってたまるか。





 市場で魚を入手した俺たちは屋敷に戻ってきたが、出迎えはなかった。


「みんな、台所にいるみたいですね」

「練習でもしてるのかな?」


 握りの練習はおからとかでするんだよな。マンガで読んだことあるぞ、関口ィ。


 帰ったことを知らせるため台所に向かう……と。


「ただいま」


 手ぶらだけど戦利品を運んできた俺たちは、そこでとんでもない光景に出くわした。


 そう。

 ララノアとリディアさんに押し倒されている本條さんという……なんだこれ?


「ごゆるりと」


 百合の間に挟まる男になってはいけない。

 俺にできるのは、くるりと振り向いて撤退すること――


「いや、違う。本條さん、怪我はない?」


 ――って、んなわきゃない。


 おれはしょうきにもどった。


 カイラさんがリディアさんの首根っこを掴み、俺はララノアをこてんと転がして本條さんを抱き起こす。


「取り乱してもうた」

「ボクは悪くないですよ? このおねーさんのオスシが美味しすぎたのがいけないんですぅ」


 まるで反省の見えない二人。


「一体なにがあったの?」

「大したことやないで」

「そうです、そうです」

「試しに、ローストビーフでお寿司を作ってみたのですが……」

「それをもっと欲しがった二人に、押し倒されたと?」


 見れば、床に皿とローストビーフ寿司のなれの果てが転がっていた。

 なるほど。俺たちのために残していた分を奪い合ったところ、勢い余って……か。


 本條さんが落ち込むのも分からないではない。


「肉のオスシもあるのね」

「正統派とは言えないけどね」


 転がっている手鞠寿司のようなローストビーフ寿司を拾い、ひょいっと口に入れた。

 うん。適度に脂が乗って美味い。修業なんか要らないんじゃない?


「秋也さん、駄目。汚いですよ」

「本條さんが作ってくれたものだし。美味しかったよ?」

「もう、試作品なんですから。いくらでも作りますから、落ちた物まで食べなくていいんです」


 ちょっとへこんでいた本條さんが笑った。

 きらきらし始めたし、作り笑いじゃなさそうだ。


 それはそれとして、罰を与えなくてはならない。


「とりあえず、二人とも味見は抜きな」

「そんなぁ。後生や」

「そっちのおねーさんはともかく、ボクは味見要員としてははずせないですよぅ?」

「安心しろ、ここにお寿司の国から来た人間が二人もいる」

「なんて……こと……」


 ララノアが、シリアスそのものの雰囲気を漂わせて崩れ落ちた。


 そして、そのまま流れるように……。


「許してください」


 DOGEZAをした。


「これが、エルフの土下座かいな。見事なもんやな」

「聞きしに勝るわね」


 エルフの必殺技って、本当だったのか。

 いやいやいやいや。


 ぶっちゃけ、引くわ。どん引きだ!


「秋也さん、そこまでされるほどでは……」

「ああ、うん。そうだね……」


 だが、同情はしない。


「許そう。でも、わさびでも探して取ってきてもらおうか。寿司には必須だからな」

「それ、どこに生えているんですぅ?」

「水の綺麗なところに生えてるらしいぞ」

「全然絞れないですよぅ」


 そこからが仕事だよ?


「アカン、虎の尾を踏んでもうたわ」

「うう……。過剰反応過ぎないですぅ?」


 虎の尾? 俺は別に怒ってはいない。本條さんが押し倒されたとかも、この際関係ない。


 簡単な場所にあったら、罰にならないからな。仕方がない。ただ、それだけだ。

カイラさんのデート回のつもりで書いたんですが、いちゃいちゃせずいちゃいちゃしてますねえ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 米に酢が儀式みたいだってあったけど、豆腐に醤油をかけても、油揚げを醤油で煮ても、納豆に醤油をかけても、豆腐田楽を作っても、湯葉に醤油かけても、全部大豆+大豆だから、別に儀式なんて大したものじ…
[一言] RPGでも最初は村長さんのおつかいや、同世代同士の肝試しから始まるんだし、 ワサビ探しから始まるRPGがあってもいいよね(錯乱 カイラさんは好き好きオーラを出しながら迫ってくるキャラではな…
[一言] 山葵を探すところから冒険が始まるのか。納得。泉の精霊に訊いたら生えている場所くらい教えてくれないかなぁ。
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