48.これが、黒喰流のデート
カイラさんデート回前編。
後半は三人称です。
「こうして出かけるのも久し振りね」
「別荘の周囲を二人で散歩したじゃん」
「では、何度出かけてもいいものねと訂正するわ」
カイラさんが、ふっさふっさと尻尾を振って上機嫌なところをアピール。颯爽と、グライトの街を進んでいく。
きらきらさせながら。
たまにぎょっとする人がいたりするが、俺はもう諦めた。だって、一度消してもまたすぐにきらきらするんだもん。
否、それは違う。
カイラさんも本條さんも、実はきらきら光る人なのだ。
みんな違って、みんないいのだ。
という感じで、押し切ろうと思う。大丈夫。Dとかドクターメフィストとか秋せつらとかに比べたら、全然目立たないから。むしろ、ふらりと中華屋に入ってタンメン食べるまである。
「情報がないことを確認に行くようなものだし、どうせなら楽しんだほうがいい……か」
「その通りよ」
今の今まで、散歩を楽しむなんて発想自体がなかった。
だって、歩いてるだけじゃん。
しかし、最近は多少見慣れたとはいえ異世界の街並みはまだまだ見飽きない。心なしか、空気も澄んでいるような気がする。
そして、隣にはカイラさん。
これは楽しまなくちゃ損だ。
でも、まさか俺たちが盗賊ギルドへ向かうところだとは思うまい。
うん。普通は思わないよね……。
というわけで、まだ超巨大半魚人の爪痕が残る港を抜けて海沿いの倉庫へ。
そこから、荷物の陰に隠された階段を下る。坑道のような地下通路を踏破すると、酒場に出る。
さらに隠し階段を使って曲がりくねった板張りの地下通路を抜けると、ようやく殺風景な執務室にたどり着いた。
「……っ、相変わらず唐突だな」
きらきら光るカイラさんを見てなにか言いかけたが、ぴくりと頬を震わせるだけで済ませた。
さすが盗賊ギルドの偉い人。年末のお笑い番組みたいなシチュエーションにも耐えきるとは、大した奴だ……。
「また、取引の話か? 微少の魔力水晶なら、今、島外から集めているところだ」
「手回しがいいわね」
「それが仕事なのでな」
違うよ。君の仕事は盗賊たちを管理して上前をはねることだよ……って、こっちの仕事のほうがはるかにいいじゃん。やめやめ、接続やめ。
「今日来たのは、別の話よ」
「……また、厄介事か?」
「英雄界と行き来する方法に心当たりはない?」
これはさすがに予想外だったのだろう。きらきらカイラさんを目の当たりにしても動じなかった盗賊ギルドの偉い人が、目をギョロリとさせて沈黙した。
少しして回答が発せられるが、とても好意的とは言えない。
「神秘協会にでも行けとしか言えないな」
「そんな答えを聞きに来たわけじゃないわ」
ぞんざいにあしらおうとする盗賊ギルドの偉い人vs影人の黒喰。バチバチと音がしそうなほどの緊張感。
怪獣大決戦かな?
……リアルでやられるとめっちゃ困るんだなぁ。せっかくのアニメなんだから、ちゃんとゴジラとメカゴジラ戦わせろよ。なんでシティなんだよ。しかも、ゴジラ前作と同じトラップに引っかかってるじゃねーか、とか思ってごめんなさい。
「存在しないものは答えようがない」
「本当に?」
「時折、そんな狂人が出てこないわけではないがな」
「……そう」
ゲームだと、そういう狂人が実際に扉を開いちゃうみたいな展開になるんだけど……。さすがに、それはないかぁ。
そうそう、都合良くはいかない。
「噂程度でもいいわ。情報があったら知らせてちょうだい」
「分かった」
これで、会談は終わり。
カイラさんはきらきらしたまま、部屋を出て行く。そして俺は慌ててついていく。カルガモの親子かな?
「やっぱり、情報はなかったわね」
「そのわりに、かなり威圧してたみたいだけど?」
ルートを逆にたどって冒険者ギルドへと向かいながら、先ほどの感想を述べ合う。盗賊ギルドでのやり取りを振り返るとか、一体俺たちはどこから来てどこへ行こうというのだろうか。
「情報を隠している様子もなかったのに」
「そう? 普通だけれど?」
「あれが普通なら、俺たちへの対応はどうなるの?」
「どうして、同じにしなければならないの?」
「あ、はい」
うれしい。
うれしいはずなのに、なんだろう? この大型犬に懐かれているような、この感覚は。
「盗賊ギルドは任せたけど、次の冒険者ギルドは俺が話をするよ」
「……遠慮しなくていいのよ?」
「ほら、マークスさんは普通に顔見知りだし」
無愛想だけど優しいギルドマスターの顔を思い浮かべながら、必死にお願いする。
わりと友好的な関係を結べてるんだから、俺が出たほうがいいはず。
「そうね。ここはお願いしようかしら」
「任せて、任せて」
成果がないことを確認するだけなんだから、ささっと終わらせて市場へ回ろう。
家で、問題児二人と一緒にいる本條さんも気になるしね。
勇者一行が自らの執務室に入ってきたとき、マークス・ジークは密かに緊張で身を固くした。
伝説に謳われる勇者。
存在しているだけで、良くも悪くも世界を変える存在。
この短期間で、それを嫌と言うほど思い知らされたのだ。面会の申し込みをされた時点で、悪い予感が過るのも致し方ない。
まさか、エルフへの対応に関して抗議に来たわけではないだろうが……。
真意は不明だ。否、勇者の真意を推し量ろうというほうがおかしい。
それでも、冒険者ギルドのギルドマスターとして、会わないという選択肢はなかった。
話を聞かずに、もっとひどいことになったら後悔だけでは済まない。
「忙しいところ、申し訳ないです」
「いや。ちょうど休憩を取ろうと思っていたところだ」
執務室内の面会スペースへ勇者一行を迎え入れながら、表情をまったく変えずに言った。
気を遣ったわけではない。一応、事実ではある。
事と次第によっては、休憩そのものが吹き飛びかねないだけで。
「そういえば、ララノア……。エルフの件ではご迷惑をおかけしたみたいですみません」
「ああ。大したことではない。こちらも、スタンピードの後だけあって過剰反応気味だった」
エルフの件はあれで良かったらしい。
口角ひとつ動かすことなく安堵するが、もちろん、これで終わりではない。
上位に立つものが謝罪をする。
これは無理難題を申し渡す前の牽制のようなものだ。
本題は、これから。
「ちょっと、お聞きたいことがありまして」
「私で答えられることならばいいが」
無言で寄り添う。そして、なぜかきらきら光っている野を馳せる者にも注意を払いつつ、マークス・ジークは対面に座る。
果たして、どんな爆弾が飛び出すのか。
それにくらべたら、彼の黒喰が光っていることなど些事だ。恐らく、そんなマジックアイテムを装備しているのだろう。
ギルドマスターは表情を変えず、心の中で壁盾を構えて言葉を待つ。
「この世界と別の世界をつなぐ方法って、ご存じじゃないですか?」
先に彼から持ちかけられた、微少な魔力水晶を引き取りたいという、むしろありがたい申し出と同レベルを期待していたわけではない。
わけではないが……いくらなんでも理解を超えていた。
つなぐ? 世界を? 人は神ではないのに?
「それは、こちらと英雄界を自らの意思で移動する方法があるか……という意味でいいのか?」
「そういうことです」
「ふむ……」
予想外。想定外。あまりにも、突飛すぎる。
ゆえに、マークス・ジークは安堵した。
ギルドマスターの管轄とは、あまりにも異なる。だから、責任の取りようもない。
それに、知らないものは知らないとしか答えようがなかった。
「聞いたことはないな……。少なくとも、公になった手段は存在しないのではないか」
「邪神戦役が終結した後の世界樹以外では、よね?」
「それを含めると、なんでもありになってしまうな」
それこそ、神の奇跡も考慮に入れなければならなくなる。
「比較的現実的な手段と思われる、なんらかの魔法やマジックアイテム。転移門にモンスター。どれも、そんな能力は……いや」
完全に否定しようとして、マークス・ジークは動きを止めた。
ひとつ。ひとつだけ、心当たりとも言えないような候補があった。
「無限書庫迷宮になら、なんらかのヒントがあるかもしれないな」
「なにその素敵ワード」
なぜか、食いついてくる勇者。
「いや、本條さんがこもって出てこなくなる……」
「おとぎ話の類だ。そもそも場所すら分からない」
「そっかー。世界樹を探すのと同じことか……」
どうやら諦めてくれたらしい。
マークス・ジークは内心で安堵する。勇者と無限書庫迷宮の組み合わせなど、火に油を注ぐようなものだ。
「だが、不可能とは言い切れない。行ったきりで証拠が残らないというケースは、どうしようもないからな」
「そうですね。う~ん。こっちでも、手がかりはなしか……」
残念そうではあるが、落胆はしていない。
元々期待されていなかったというのは思うところもあるが、この件では仕方がないことだろう。
「分かりました。ありがとうございます」
「大したことではない。なにか情報があれば伝えるよう手配しよう」
「いいんですか? 助かります」
本当に、大したことではない。
なにしろ、彼がいなければこの街は再起不能に陥っていたかもしれないのだ。
それくらい、超巨大半魚人の撃退は大きな功績だった。
もっとも、そのせいで勇者をグライトに縛り付けようと動き出す者と、それに反対する勢力とで暗闘が発生しつつあるのだが。
冒険者ギルドのギルドマスターとしては、バカは死ぬしかないという感想しかない。
両勢力ともに、勇者には手出し無用としているところが不幸中の幸いではあった。
「あと、今度エルフの里で偉い人に会いに行く予定なんですけど……。独自に交渉しても構わないですよね?」
「そう……だな。特に規制はしていないが……」
それは、エルフたちに交渉の主導権があるからだ。彼らがうなずかなければ、商談もその他の交渉も進みはしない。
往時の勢力はないにしろ、それは、衰えたのではなく自ら引きこもったがゆえ。でなければ、今でもダエア金貨が上位貨幣として流通するはずもない。
ここで、はたと気付く。
そういえば、この勇者は大量のダエア金貨を所持していたはず。
さらに、エルフの里長の孫が訪ねて来ている。
なにかが起こる。そんな予感がした。
「困ったことがあったら、是非相談して欲しい。些細なことでも余さずな」
「……ありがとうございます。そうします」
ややためらった素振りを見せた後、席を立った。
マークス・ジークは、出て行く勇者一行を眺めやる。そして、一切表情を変えずにため息をついた。
なにやら、また、大きな事が起きるようだ。
備えをしなければならないが、なにをしてもそれを越えていくのだろう。
それでも、やらなければならない。
ギルドマスターなど、本当にただの貧乏くじだ。
鉄仮面のように表情を変えないまま、マークス・ジークはそっと息を吐いた。
より深く、長く。