47.想い出の味
今回のサブタイトルは、栗田さんの声で脳内再生してください。
「おにーさん、途中で寝ちゃってごめんなさいでしたぁ……」
「疲れてたんなら仕方ないよ」
リディアさんに伴われて戻ってきたララノアを、にこやかに迎え入れる。
演技だが、ある意味本心でもある。眠いときはほんと、気絶するように意識が落ちるからね。ディスプレイに頭ぶつけたりするし。
その辺、俺は理解あるよ。
だから不自然さはない……はず。
「むぅ? ちょっと優しすぎません? なにか企んでますぅ?」
「バカな」
あっさり看破された。いや、まだ確証はないはず。
「企んでいるとしたら、エルフの里にどうやって商品を卸すかをだよ」
「……むむぅ。まあ、それはそうですよねぇ」
TRPGで鍛えたアドリブを舐めるなよ。会社の会議でも、話を聞いてないのに適当に合わせられるんだぞ。
不承不承と対面のソファに座るララノアと、その横に陣取るリディアさん。
二人を視界に収めつつ、両隣のカイラさんと本條さんにテレパシーで呼びかける。
(とりあえず、俺が主導する感じでいくから)
(任せるわ)
(ちゃんとフォローをします)
二人が戻ってくる前に、テレパシーリンクポーションはしっかりと摂取済み。
でも、回し飲み必須な仕様はいつか改善してほしい。
「それで、肝心なことを聞き忘れていたんだけど……」
「なんですぅ?」
「里の長老……アイナリアルさんは、どうして俺たちとの交易に反対したんだ?」
宅見くんの探し人と同じ名前だったということで、こんな基本的なことすら聞いていなかった。
焦りすぎだったなと、反省するしかない。
「そう、そこですよ。聞いてください、おにーさんたちは」
「もちろん聞きますよ。教えてください、ララノアさん」
あざとエルフを満面の笑みで受け止める本條さん。
それはあたかも、慈母の包容力。
「おばあちゃんは、不要としか言ってくれなかったんですよぅ」
「それはまた……」
随分と取り付く島もないな。
「今まで無しでやっていけたんだから、不要というのも間違いではないでしょうけどね」
「その結果が、彩りも変化も味もない灰色のエルフ料理なんですよぅ? おばあちゃんの尻馬に乗って、エルフの伝統とか調子に乗って言いまくりやがりますしぃ」
文字通り地団駄を踏んでララノアが悔しがる。
「そっちは勇者との交易が決まって余裕だから、そんなことが言えるんですぅ」
「うちの長老が曲者なだけよ」
「勝者からの上から目線ですぅ……」
酒や料理は片付けてあったが、残っていたらやけ食いしていたことだろう。
仕方がない。代わりを提供しよう。
「まあ、シュークリームでも食べて落ち着いて」
「この程度じゃ騙され――」
「おかわりもいいぞ」
「ううっ」
「三個か? 甘いの三個ほしいのか?」
「いただきますぅ」
エルフが屈した。
奪うようにシュークリームを手にして口に運ぶ。よーしよしよし、イヤしんぼめ。
その間に、テレパシーで相談だ。
(宅見くんの話を聞くとアイナリアルさんはツンデレみたいだったし、この反応もその流れでのことなのかなぁ)
(つんで……? なんですか?)
(でも、素直になれないといっても、アイナリアルというエルフにとっては何百年も前の話のはずよ?)
またしても、微妙な《トランスレーション》の壁が立ちふさがってしまった。
(なるほど。ツンデレとはつまり、本心は別ということですね。だとしたら、説得してもらえるのを待っている……ということも考えられます)
しかし、本條さんはさすがの読解力。
カイラさんの反応から正確に意味を把握し、予測まで立てた。
ヒントとしては充分だ。
「でも、不要ってことは不許可ではないんだよな?」
「一緒じゃないですかぁ」
「違うと思うけどな。不要とだけ言ったのは、必要だと分からせてみろってことなんじゃないか?」
なんとなく、俺の中で説得の筋道――ストーリーが組み上がっていく。
「本当は、おばあちゃんもマヨマヨしたいってことですかぁ?」
「いや、そこは知らないけど」
マヨラーの家系なの? 土方家なの? 薬じゃなくてマヨネーズの行商するの?
「適当なこと言わないでくださいよぅ。だいたい、そんな面倒なことをしないでも、おばあちゃんが許可を出せば終わりの話じゃあないですかぁ?」
「そこだ」
「どこですかぁ?」
意味が分からないとジト目を向けるあざとエルフ。
だが、俺にはルートが見えた。イナーシャルドリフトで抜ける。
「アイナリアルさんが過去に勇者と関係していたというのは、秘密ではないのですよね?」
「里のみんなが知ってますけどぉ?」
同じルートが見えたらしい本條さんが、さっき言った通りフォローしてくれる。俺ばっかり喋るのも不自然だし助かった。
(本條さん、ナイス)
(お役に立てて良かったです)
「そんなアイナリアルさんが積極的に賛成したら、公私混同って言われちゃうんじゃないかな?」
「孫に甘いと見られるのを嫌った可能性もあるわね」
カイラさんからも援護射撃が飛んだ。
「むむ。むむむむぅ……?」
ララノアが、駄目出しされた会議のこととかを思い出しながら考え込む。よしよし、効いてるぞ。
(このラインで攻めれば、なんとかなりそうかな?)
(大丈夫、近付いているわよ。ミナギくんには釣りの才能がありそうね)
エクスからは、変なフラグ釣り師ですねとか言われそう。
「不要の一言から、よくもここまで引っ張ってこれるもんやな」
リディアさんが詐欺師を見るような目を向けてくるが、当然スルー。こっちも必死なんだよ!
「そう言われてみると、確かにそんな気がしないことも……?」
良し。間違ってない。
ダイス振って適当に決まったキャラ設定が、シナリオ本編にばっちり噛み合ったときのような高揚感。
あれは気持ちいい。ほんと気持ちいいからな。
「つまり、おじいちゃんのことがあるから逆に拒否した。でも、本心では……と、言いたいわけですねぇ?」
「まだ、里には当時のことを知る人がいるのですよね?」
「数は多くないですけどぉ……」
「だとしたら、おじいさんと仲が良くても悪くても簡単には認められないのではないでしょうか」
「そうなると、認められるにはどうしたら……」
「ちなみに、食材に関してですが」
黙って成り行きを見守っていたエクスが、すっと割り込んでくる。
絶妙なタイミングだ。執事の才能あるな。
「月影の里でやったような試食会ができるだけのストックがありますよ」
「ええっ? マヨネーズがですかぁ?」
「マヨネーズだけではないです」
エクスが真顔でそう言った。
「機会をいただければ、私が料理をお出しします。ただ……」
「そうだよな。好みとか逆に出したら駄目な料理が分からないとやりようがないよな」
本條さんの絶妙なトス。
アタックを決めるなら、今しかない。
「そういえば、ララノアのおじいちゃんに当たる勇者ってどんな人だったのかな?」
(本條さん、お願い)
(任せてください)
「そうですね。その人が料理が得意だったとか、こんな料理が好きだったとかが分かれば参考になります」
テレパシーを混ぜつつ、会話を展開。まったく自然だ。
(器用ね……)
カイラさんからもお褒めの言葉をいただいてしまった。
「それも一理ありますねぇ」
「ララノアにしか聞けないことだ」
「うむむぅ。又聞きの部分もありますけど……」
「お父さんからか」
「はい。優柔不断で頼りない人だったらしいです、最初は」
宅見くん、確かにそんな感じがあるな。
だけど、アイナリアルさんは今でもツンデレなのか……?
「おばあちゃんも、エルフの良い家の出だったので割り引いて見なくちゃでしょうけど」
「邪神戦役……戦争中だもんな」
「だからこそ、おじいちゃんのいいところもたくさん見れたのかもしれないですけどね」
輝くような笑みを浮かべて、ララノアさんがおじいさん……暫定宅見くんのことを語る。
「自由に動く仲間を統率して、おじいちゃん自身もすごい魔法を使って使徒を倒したり、みんなをサポートしたりしてたそうですぅ」
「おじいさんは魔法使いだったんだ」
これもう聞けば聞くほど……。
(確定っぽいよなぁ)
(そうですね……)
(だからこそ、謎が深まるのよね)
なんなんだろうな、これ。金田一とかコナンを呼んで欲しい。駄目だ。死人が出る。帰ってくれ。
「でも、故郷が恋しくて落ち込んだりもしたと聞いたことがありますぅ」
「ホームシックか。それはそうだろうなぁ」
俺みたいな先の見えない社畜じゃなくて、前途洋々とした学生だったんだし。学生なのは今でもそうだが。
「で、おばあちゃんがワショクを作ってあげたという話を聞いたことがあるですぅ」
ほうほう、ほうほう。
(……初めて聞く話ではない?)
(いや、理由はだいたい分かるよ)
宅見くんが、こんな重大イベントに触れなかったわけ。
「でも、お米炊くところから失敗したらしいですけどね!」
「出自が上の方なら仕方ないか」
そりゃ、他人の失敗談を勝手に語るのは気が引ける。
とはいえ、俺だって炊飯器以外で炊く自信はない。むしろ、炊飯器だって使ってなかった。
「難しいですね。和食でご飯を抜きはちょっと……」
「笑い話にしていたので、そんなに気にする必要はないはずですぅ」
「逆に、好きな物を聞いたほうがいいかもしれないわね」
「……オスシですぅ」
は?
「お寿司、ですか?」
「そうですぅ。確かに聞いたことがあったです。おばあちゃんから特徴を聞いても、誰も再現できなかった幻のワショクですぅ」
ハンター試験かな?
「もしかして、お寿司を知って……って、当たり前でしたぁ」
「いやでも、作れるかどうかは別だろう」
寿司と言われてもなぁ。市場の魚を買い占めるとか、おしくらまんじゅうするとかぐらいしか知らないぞ。
とりあえず、アイナリアルさんに柏手を打たせたら勝ちでいいの?
「……やります」
「本條さん?」
「今はできませんが、修業します」
「その意気や良しですよ、綾乃ちゃん。エクスがその修業、お手伝いします」
「ボクも手伝いますぅ。味見とか」
「ウチもや!」
本條さん、託児所みたいになっちゃったよ。ごめんね……。
でも、俺に料理系の手伝いはできない。
「その間、私とミナギくんは別行動ね」
(念のため、ギルドに英雄界との行き来について照会しましょう)
(まあ、他にできることは……市場の下調べぐらいしかないよな)
しかし、エルフがお寿司ねぇ。
あれか。
山の中だと、お刺身がごちそうになるみたいなもんかぁ。
……ところで。
いつの間に俺は、料理マンガの世界に?