46.地雷原タップダンス作戦会議
「この様子やと、あと一時間は目ぇ醒まさへんな」
客間のベッドで、すやすやと眠るララノア。実際、里での話し合いとかで疲れたのだろう。本当に、ぐっすりだ。
それにしても、宅見くんの孫(一応、暫定)だと思うと……。
一服盛ったこととか、誰にも話せないな! 絶対に!
「そこまで分かるものなんだ」
とりあえず、まだ猶予はありそう。そして、製造者責任を問う必要もなさそう。
客間から出た俺たちは、屋敷のリビングへと戻っていった。
「もしかして、麻酔薬として使用できるのではないでしょうか?」
「そう言われてみたら。これって、かなりのオーパーツになるんじゃ?」
「麻酔?」
しかし、ファンタジーの住人であるリディアさんには、いまいち伝わらなかった。
リビングのソファに一人で座って、三人でぎゅうぎゅうになってるこっちを片眼鏡越しに怪訝そうに見やる。
これは、概念自体が存在していないパターンか?
「外科手術の時に使って、体を切っても痛くないようにする薬かな」
「こわっ。体切る前提の医療とか、勇者怖いわぁ」
「そうしないと治せない病気はたくさんあるんだよ」
カイラさんまでが、不思議そうに赤い瞳で俺と本條さんを見つめる。
「魔法で、なんとかすればいいでない」
「そっかー」
「それこそ、ポーションもありましたね……」
回復魔法のある世界の住人はこれだから……。まあ、《レストアヘルス》で健康体を手に入れてしまった俺の言えることではないが。
「とりあえず、詳しい話を教えてくれるん?」
「うん。リディアさんにも知恵を貸して欲しいからね」
「それでは、ダイジェストは不肖このエクスが担当しましょう」
最近、動画編集に凝っているエクスが、俺にタブレットを立てかけさせる。
スタンドも必要かな……。
「さあさあ、お立ち会い。水飴とかを買ってから見るんですよ」
違った。紙芝居だっ。時代が戦前になってるよ。
というわけで、リディアさんを観客にしての前回までのあらすじ。
邪神戦役時代の勇者から、仲の良かったエルフの捜索を依頼された俺たち。
探し人であるエルフのアイナリアルさんは、なんとララノアの祖母と同じ名前だった。
しかも、言われてみたらララノアはその勇者に似ているっぽい。
周章狼狽しつつ勇者本人に確認したが、身に憶えがないという。
一体どういうことなのか。
「これはもう、顔を合わせて話をしてはっきりさせるしかない! これが、ロミオとジュリエットプランの全貌です」
「要するに、離ればなれになった両者をどうにかして会わせたいってことだな」
エクスのダイジェストと、最後に俺のまとめ。
「種まき勇者は見つかったけど、心当たりがないってなぁ……」
それが終わった後の、リディアさんの感想がこちらである。最低だ。でも、リディアさんらしいから困る。
「そこだけ切り取るのやめて」
あと、宅見くんにその自覚はないからね。疑わしきは罰せずだよ。
「でもなぁ。どっちかは、嘘をついてることになるわけやろ?」
「少なくとも、宅見くん……勇者のほうは嘘をついていないと考えてる」
「そうでなければ、真実を聞き出すために全財産を差し出したりはしないわ」
まあ、日本じゃ持ってても怪しまれるだけの不良債権ではあったけど……。
それでも、想い出の品であることには変わりない。
「そうは言うても、カイラはん。エルフも人間も子供ができるシステムは変わらへんで?」
「野を馳せる者だって、そうよ」
「ならやっぱり、やることやらんと」
「そこをはっきりさせるために、二人に話をさせたいんじゃないか」
いつの間にかメビウスの輪になっていた会話に楔を打つ。
天パとノースリーブみたいになっても困るからね。
「せやな……。けど、そんなん召喚魔法でも聞いたことないで」
「最悪、声のやり取りができるようなのでもいいんだけど……」
エジソンの霊界通信機みたいなノリで。
「テレパシーリンクポーションに期待しとるんか? さすがに次元を隔てては効果ないで」
「あったらびっくりする」
というか、それで会話ができたら俺たちが世界移動してる間は時間が止まるって前提が崩れるな。
もし実現したら、運営対応案件だ。
「仮死状態にして《ホールディングバッグ》で運ぶってのと、同じ壁にぶつかったか……」
「えぐっ。やっぱ、勇者えぐいやん」
ゲーム脳だからね、仕方ないね。
「というか、ミナギはんと一緒に連れて行ったらダメなん? まあ、ダメなんやろうけども」
「その通り。不可能なんです」
沈痛な面持ちで、本條さんが断言した。
異議あり!
「そうよ。これは、ミナギくんと私たちの絆が成し得る奇跡だもの」
「なるほどなぁ。さすがに、ハーレム入りさせるのはマズいわな……」
「いや、これ別にハーレムの証じゃないんだけど……」
仲間、仲間だと俺が認めた相手に渡す指輪だよね?
「……いや、本当に俺なのか? エクスじゃないのか?」
「だとしたら、ますます不可能ですねぇ」
エクス的には、俺のお嫁さん候補に印を付けたみたいな感じだったり?
……よし! 深く考えるのはやめよう!
「あれやな、昔は偶然こっちに人が来たりしてたみたいやから、不可能やないんやろうけどな」
「客人と呼ばれていた時代の話ね」
「せやな。今でもあるかも知れへんけどな」
昔からいた……とはいえ、いくらなんでも宅見くんをトラックに突っ込ませるわけにはいかないからなぁ。
大知少年と夏芽ちゃんや、星見さんなら大丈夫な気がするけど。
「そうなると、こちらから地球へ来た人もいたのでしょうか?」
「それは、いないほうが不自然かもなぁ」
吸血鬼の存在とか、かなり怪しい。血が弱点って共通してたしな。
あと、かぐや姫とか浦島太郎系の話も……って。この辺深く掘り下げると、むしろMMR案件だ。
「これは、あれかな。アイナリアルさんが探し人だと確定させるのを優先させるべきかな?」
「世界樹の情報も、エルフなら持っている可能性があるわね」
うちの世界樹が育つのを待ってたら、アイナリアルさんはともかく宅見くんがやばい。幼女だもんな。
いや、宅見くんがナイスミドルになってエルフのアイナリアルさんは昔のまま……みたいなシチュエーションはありなのでは?
……そしたら俺もう、還暦だよ。アラフォーどころの騒ぎじゃねえ。却下だ、却下。
「でしたら、ララノアさんにどこまで話すか決めておいたほうがいいのではないでしょうか?」
「綾乃ちゃんの言う通りですね。シミュレーションしましょう。シュミレーションではなく、シミュレーションです」
本條さんが軽く片手を上げての提案に、エクスが賛同した。
「全部話したらマズいかな?」
「そりゃマズイやろ」
「そうね……」
リディアさんとカイラさん。正反対な二人から駄目出しを受けてしまった。これは本当に駄目なやつ。
「アイナリアルさんから、どういう風に聞いているかにもよるとは思いますが……」
本條さんのフォローも切れ味が鈍い。
まあ、リアクションが読めないから当然か。
「同郷の人間として気になった……というラインで、探りながら話す感じかな?」
「その前に、ララノアというエルフにとっての目的を忘れるべきではないでしょうね」
エクスが真剣さとドヤ顔の中間ぐらいで言った。
相変わらず芸が細かいが、正論だ。
「ララノアの目的か……」
「お祖母さん――アイナリアルさんの説得ですね?」
「なぜか、想い出の味のはずの和食を嫌がったんだったよな」
……あれ?
おかしい。おかしくない?
「そもそも、なんで反対したんやろなぁ?」
「……もしかして、宅見くんの故郷の料理なんて、二度と見たくないということだったり?」
「可能性はありそうね」
うわぁ。
もしかして俺たちって、地雷原でタップダンスしてるんじゃない?
「あちゃあ。ご愁傷さんやな」
「もっと、親身になろう?」
「それはウチの仕事やないで」
こう、社員も経営者の意識を持ってさぁ。
「待ってください。それは結論を急ぎすぎではないですか?」
「綾乃ちゃん。なにか根拠があるんです?」
「少なくとも、勇者の子孫だと言ったときのララノアさんはうれしそうにしていました」
そうだったっけ……?
まあ、少なくとも嫌がってはいなかったか。
そうなるとだ。
「アイナリアルさんの様子を確認しつつ、そこからさりげなく宅見くんのことを聞き出す感じか……」
「そのふたつ、間に断崖絶壁がありません?」
「言うなって」
気付かなければ落ちたりしない。そう、ワイリー・コヨーテならね。
「じゃ、起こしてこよか」
「できるの?」
「当然やん。軽い気付けぐらい初歩の初歩や。冒険者の需要もあるしな」
そう言って、リディアさんはリビングを出て行った。
「……あ。テレパシーリンクポーションを飲んでおくべきかな?」
「それがいいですね。エクスは混ざれないので残念ですが」
そう言いつつ、ニヤニヤしてるのはなんでなんだぜ?
エクスの意図は分からないが、気付くのが遅すぎた。
「リディアさんは、どうしよう。ララノアの前で回し飲みは怪しいってレベルじゃないし……」
「今からでは、諦めるしかないわね」
「そうですね。仕方がないです」
正論。
正論なんだけど、カイラさんと本條さんからの圧が強い。絶対に強い。
「う、うん。諦めるしかないね。仕方がないよね」
はいかイエスで答えるしかない。それくらい、強い意志を感じる……ッッ。
エクス、こんな展開になるって気付いてたな……。
友人から、憑竜騎メインの小説の企画を作るように命じられてしまった……。