45.帰還のち帰還
前回の話で感想欄が賑わってうれしかったです。
みんなロボット大好きですね。作者も大好きです。
今回、話の都合で場面転換多め&ちょっと長めです。
「ん? ああ、本條さんのお母さんから……」
景織子さんからのメッセージが届いた時、俺と本條さんはリビングで背中合わせになって本を読んでいた。
俺は、ホビットの冒険。本條さんは、なんかノーベル文学賞取ったイギリスの作家の作品だ。
うんうん。若いうちにね、難しい本を読んでおくといいよ。年を取ると、そんな気力なくなっていくからね。
「そろそろ、帰ってこいってさ」
「え? 家に帰る……?」
振り向きながらスマホの画面を見せると、なにを言われているのか分からないと目をぱちくりさせた。
無防備でかわいい。
しかし、続く言葉は無条件でかわいいと肯定できなかった。
「まだ来たばかりでは……?」
「今日で三日目の夜ね」
カイラさんの冷静な指摘。
だが、俺は忘れない。尻尾をくるんとして、ソファで丸くなっていたことを。
みんな、休暇だからってだらけすぎでは?
名残惜しそうにぱたんと本を閉じ、本條さんがこっちに向き直る。
「そもそも、どうして私ではなく秋也さんに言うのでしょうか?」
「オーナーのほうが物分かりがいいと判断されたのでは?」
「与しやすし……ということですか。お母様……」
「単に、アクセシビリティの問題だと思うけど」
スマホ持ってるの俺だけじゃん?
そもそも、本條さんのお母さんは他人の反対とか気にする人じゃなくない?
だから、俺なら要求が通しやすいとかそういうことはないはず。いいね?
「実際、こっちでやることは終わってるじゃん?」
「そうね。地形の把握も完了しているわ」
俺の指摘に、カイラさんが微妙に分かるドヤ顔をする。
緩いピクニックで、どの辺でやり合えばいいかはリサーチ済みだ。その際、カイラさんが大いに役に立ったのは言うまでもないだろう。
むしろ、カイラさん以外役立たずだったまである。
「あれは、青空読書会だったのでは?」
この本條さんダメだ。早くなんとかしないと。
「…………」
「…………」
「じょ、冗談ですよ? そんな真顔にならないでください」
まだ、手遅れじゃなさそうだ。良かった。
「ですけど、そうですね……。もう、終わってしまうのですね……」
本條さんがしんみりしてしまう。
とても名残惜しそうだ。
ひとつ屋根の下で過ごすのは向こうの屋敷と変わらないけど、圧倒的にゆっくりできたのはこっちだもんなぁ。
アクシデントはあったけど、それは向こうでも起きうるし。オルトヘイムのほうがクリティカルなイベント多いし。
確かに、スローライフできたのは間違いないよなぁ。スマホゲーよりも読書が捗ったのなんて、いつ以来か分からないぐらいだ。
このまま過ごしたら、そのうち蕎麦打ちとか始めそうで怖い。
「別荘に来て、たった三日しか滞在しないことはなかったので……」
「あ、うん」
メロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐な資本家どもを除いて世界同時革命を成し遂げねばならぬと決意した。
……ダメだ。メロスが向こうの吸血鬼になってしまう。
それに、今の俺は資本家に近いからね。気をつけよう。
「本当に、もうやることはないのかしら?」
「次の仕入れは……まだ、必要ないか」
便利な《ホームアプリ》の仕様のお陰で、時間がほとんど経ってないんだもんな。たまに、時間感覚変に狂いそうだけど。
「そうですね。やってもいいですけど、やる必要はないですね。十回はパーティできるぐらいの余剰がありますよ」
明日できることは今日やらない。
なんと聞こえのいい言葉か――!
しかし、本條さんは浮かない顔。
「明日帰ったとしても、金曜日だけ学校に行くというのは……」
「それは嫌だなぁ。変に詮索されないよう、一週間まるまる休んだほうがいい……?」
ファーストーンで今すぐ戻ることもできるけど、ご家族に怪しまれるだけだしな。
まあ、本條さんなら勉強について行けないことはないだろうし、休むこと自体は問題ないと。
「それに……。正直、お兄様と顔を合わせづらいといいますか……」
「ああ……」
うん。まあ、あれはね……。どう接して良いか分かんないよね……。
「私への対応はともかく、秋也さんとカイラさんへの態度は……。家族として、本当に情けない限りで……」
「大丈夫よ、顔を合わせづらいのは向こうも同じでしょう?」
「それもそう……ですね」
兄妹仲が、ぎくしゃくしてしまった。
俺がなんとかしよう……とすると、さらにこじれそうなんだよなぁ。
「ほら。宅見くんに会って、報酬を受け取れば向こうに戻れるから」
「そう考えると、一日だけでも学校に行っておいたほうがいいでしょうか?」
「いや、逆かな。向こうでのスケジュールにもよるけど、本條さんにとってはものすごく久しぶりの登校になる可能性が高い」
「それなのに、周囲からすると休日明けでしかない……となってしまいますね」
ギャップが生まれるのは致し方ない。
だったら、中途半端に行って違和感を生む必要はないだろう。
「まあいいですけど、綾乃ちゃんのお母さんにどう説明するんです?」
「……観光をしたいから……で通るかな?」
「既成事実を作るから猶予が欲しいと言えばいいのではない?」
「なるほど……」
「なるほどじゃない」
本條さん、まだポンコツなままなのか……。
という不安を残しつつ、結局は翌々日。金曜日に別荘を後にした。
もちろん、既成事実の話をしたわけじゃない。普通に、猶予をもらったからね?
今まで、本條さんの送迎をカイラさんに任せていたが、今回ばかりはそうもいかない。なにしろ、急なことだからと、帰りを金曜日までずらしてもらったんだから。
社会人として、挨拶をしないわけにはいかない。
向こうで買ったお土産を手に、タクシーで本條さんの家へ。
それは家というよりは邸宅だった。
なんか、一般人が住む家とはセンスが違うの。こう、外観がね。違うの。
普通の家が工場で大量生産されたマスプロダクツなら、こっちは朝が早い職人が一個一個丹精込めて作り上げた芸術品なの。
その、別荘に負けず劣らず普通の建売住宅とは一線を画す邸宅で俺たちを出迎えたのは……。
「預かってくれて、助かったわ」
「いえ。こちらこそ、大変お世話に……」
本條さんのお母さんだけだった。
お父さんとお兄さんのことは気になるが、こっちから触れてやぶ蛇も避けたい。
……けど、避けるわけにはいかないんだよなぁ。
「ところで――」
「二人は、まだ大学よ」
「そうなんですか」
帰る日は伝えてあったので、てっきり待ち受けられるのかと思っていた。
ほっとしたような、残念なような……。
けど、しっかりと準備をしてから対面したかったのも事実。今は、準備期間ができたことを喜ぼう。
「だから、あがっていってもいいのよ?」
「いえ、タクシーを待たせているので」
家庭訪問する先生のように玄関先で応対していたところ、景織子さんが無遠慮に睨めつけてくる。
な? なにごと?
カイラさんはエクスとタクシーに残ってもらっているので、遮るものはない。
え? え?
「他人行儀ね」
実際、他人では……という言葉はギリギリで飲み込んだ。
偉いぞ、俺。
「ということは、まだ、なのね」
「まだとは……」
「言わなくても分かります」
と、軽くため息。
ちょっと、オープンすぎません?
「綾乃?」
「私たちには、私たちのペースがありますから」
景織子さんの視線を受けても、本條さんは動じない。
大物だ……。
「綾乃が悪いわけでもなさそうだし、誠実さと受け取っておきます」
「ありがとうございます」
「でも、何事も行き過ぎれば……分かりますね?」
「は、はい」
とりあえず、うなずいた。
他にできることがあったら、是非教えて欲しい。
「ところで。近いうちに、一席設けさせてもらうわ」
「はい」
一も二もなくうなずいた。
他にできることがあったら、是非教えて欲しい。
「秋也さん、心配しないでください。お父様と兄さんには、私からも言っておきますので」
そう請け負う本條さんは、なんかこう、成長を感じさせる。
絶対にして不可侵な魅力があった。
そして、二日後。
本條さんを含めた俺たちの姿は、すっかりおなじみとなったカラオケボックスにあった。
本條さんが、お父さんとお兄さんになんと言ったのか。
詳細は教えてもらえなかったが、問題なく外出できたということはそういうことなんだろう。
女性の力が強いほうが、家庭円満になるって言うしね。サマーウォーズとかそんな感じだったしね。メインヒロインのおばあちゃんとか。
先輩……? 知らない人ですね?
「皆木さん、よろしくお願いします」
「うん。確かに」
こっちからは、俺とカイラさんと本條さん。
向こうからは、宅見くんと大知少年と夏芽ちゃん。それに、今日も和服の星見さん。
先ほど軽く自己紹介を終え、今日の本題。
みんなが見守る中、デイパックごと報酬が手渡された。
ずっしりと、重たい。
言うまでもなく、物理的な重たさだけではない。
想いとか責任とか、そういった諸々の重さもあった。
「では、わたくしからも」
「えっと? こんなに?」
宅見くんたち三人分でデイパックひとつだったのに、星見さんからはボストンバッグだった。
よく、ここまで運んできたな……。
「換金できないと言っても、腐る物ではないからと渡されてしまったのですわ」
田舎のおばあちゃんかな?
「では、確かに」
「よろしくお願いしますわ」
領収書を切るわけにはいかないし、そんなものは無粋だろう。
だから、俺たちはしっかりと握手を交わした。
ある意味、契約よりも重たい約束だ。
「期待していますわよ、皆木秋也さん」
「できる限りのことはします」
「是非に。わたくしも、彼のお嫁さんとお孫さんには是非お目にかかりたいですもの」
「あの……会長? まだ、そうと決まったわけじゃないので」
「決まっているようなものですわ」
問答無用の決めつけ。しかし、それが様になっている。
異世界帰還者同盟会長の星見さんは、今日も和服だった。
彼女には、ヴェインクラルの件も伝えて協力を快諾してもらっている。
とはいえ、ロボット乗りだった星見さんには裏方に徹してもらうことになるだろうけど。
いいなぁ。ロボット……。今からでも、毎日東京タワーに行こうかな。
「あー、ええと。手紙を書きました。アイナに渡してください」
「シューヤくん。あたしたちのも、一緒にお願いね」
渡されたのは、ちょっと厚みのある飾り気のない封筒。
これまた、重たい。
「アイナリアルさんだと確認したら、ちゃんと渡すよ」
「しっかり、頼むぜ」
「偉そうに。バカイチは一言だけだったじゃない」
「男は多くを語らないんだよ」
「うちのモモと一緒ね」
「インコじゃねーか!」
「一言だけのほうがいいよ、大知は。ぼろが出ないからね」
この三人は、相変わらず仲がいいな。
ちょっと和んでいると、不意に星見さんと目が合った。
なにか言いたげな星見さんと。
「わたくしとしては……いえ、なにも言わないほうがいいでしょう」
なにを考えたのかは知らないが。本当に知らないが、マジで言わないほうがいいと思う。
「皆木さんたちのことも書いています。紹介状として使ってください」
「うん。助かるよ」
それじゃ、そろそろだな。
カイラさんと本條さんに目配せをする。
テレパシーリンクポーションを飲んだわけじゃないが、以心伝心。二人揃って、勇者の指輪へと付け替えた。
準備は、これだけ。
「戻ってくるのは一瞬だから」
タブレットを操作し、《ホームアプリ》を起動。
石5,000個の支払いに同意した――瞬間。
俺たちは、屋敷に戻ってきた。
冒険者ギルドで微少の魔力水晶を樽でもらったあと、屋敷のリビングで《ホームアプリ》使ったときのままだ。
「なんか、帰ってきたって気がするなぁ」
「秋也さんもですか? 私も、ほっとする感じがあります」
地下から一日外出権で外に出たような解放感。
別に地球が息苦しかったわけじゃないけど、こう思う。
異世界って素晴らしい。
「確か、ララノアを酔いつぶしたところだったよな」
「そうでした。大丈夫でしょうか?」
「ダメだったら、リディアさんになんとかしてもらわないとな」
製造者責任だ。
「それよりも、アイナリアルさんに会う算段を付けつつ、こっちとあっちをつなげる方法を探さないとだ」
「報酬の分は働かないといけないわね」
「結果は出すさ。先輩のために」
休暇は終わり。
これから忙しくなる。
なのに、ちょっとうれしい俺がいる。
別荘でだらだら過ごす日々も良かったが、それだけってのも良くない。
働きたいわけじゃないが、働かないと落ち着かない。
「始発で行って、始発で帰ってくる。そんな日々が帰ってくるんだな」
「オーナー、それはないです」
「そうなのか……」
じゃあ、忙しいっていってもたかがしれてるじゃん。余裕。